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第5章 転換期
168[【祖母】
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祖母に手を引かれて王宮の中をしばらく歩くと、見知らぬ部屋に連れていかれた。
「ここはわしの執務室じゃ。普段あまり使っとらんから、多少埃っぽいかもしれんが、我慢しておくれ」
そう言って祖母は俺にソファーに座るように勧めてくる。勧められるがままソファーに座ると、祖母が正面に座った。
「ふむ……確かにイリスの面影があるのぉ。はは、懐かしいもんじゃ。おぬし、名は……アレン、と言ったかの?」
「は、はい! アレン=クランフォードと申します!」
「ふふ、そう畏まる必要はないぞ。わしはおぬしの母親の母……だった者じゃ。名はミリア=イリーガルという。まぁ……その……なんだ……仲良くしてくれると嬉しいのじゃ」
祖母は裁判の時の強気の態度はどこへやら、やけに歯切れ悪く答える。
「もちろんです。 それに、先ほどは助けて頂き、ありがとうございます。ミリアさんに助けて頂ければ、面倒な事になるところでした」
「……ほう。やはり何か手を用意しておったか。ならば、余計な事をしてしまったかのう?」
「いえ、できれば使いたくない奥の手でしたので、本当に助かりました」
「そ、そうか! そう言ってもらえると嬉しいのじゃ」
(あ……)
そう言ってほほ笑んだミリアさんの姿は、本当に母さんにそっくりで、思わず泣きそうになってしまう。
「はは。いや、すまんの。わしにこんな事を言う資格はないのじゃが……おぬしが無事で何よりじゃ。わしが素直になれなんだせいで……本当にすまんの」
ミリアさんの眼から涙が零れ落ちる。俺はなんて声を掛けたらいいのか分からず、ただミリアさんが落ち着くまで待つことしかできなかった。
少しして、落ち着きを取り戻したミリアさんは、涙をぬぐってから話し出す。
「アレン。おぬしは、おぬしの両親の結婚に周囲が反対したことを知っておるか?」
「えっと……少しだけ聞いています」
当時まだ騎士爵位を持っていた母さんとただの商人でしかなかった父さんの結婚が大変だった事は知っている。周囲を黙らせるために、父さんが青いバラを開発した事も。
「そうか。では、中でも一番強固に反対したのが、わしだったという事は知っておるか?」
「――!?」
それは知らなかった。父さんから『初めて挨拶に行った時は死ぬかと思った』とだけ聞いていたが、ミリアさんと何かあったという話は聞いたことが無い。
「ふふ。そうか、知らぬか。せっかくだ。年寄りの懺悔じゃと思って聞いて欲しい。イリスに初めてルーク殿を紹介された時、我慢できなくてな……つい、『貴様のような軟弱者にイリスをやれるか!』と怒鳴ってしまったのじゃ。それを聞いたイリスと大喧嘩になってしまい、周囲を吹き飛ばしてしまっての……屋敷も全壊してしまったんじゃ」
(屋敷が全壊って……父さん、よく無事でいられたな)
母さんとミリアさんの大喧嘩……想像しただけで恐ろしくなる。
「その後、ルーク殿が青いバラを開発して一財産築いても、わしは2人の結婚に賛成しなかったのじゃ。『いくら金持ちだろうが、軟弱な男のもとに娘はやれん!』と言ってな。商人たるルーク殿の力は財力であろうに、わしはその力を認めようとしなかったんじゃ」
父さんがその一財産を結納金としてイリーガル家に渡した事で、結婚を認めてもらったと聞いていたが、実際は違ったようだ。
「ルーク殿はわし以外の者を納得させるだけの結果を残した。その上、最後までわしを説得しようとしたんじゃ。本当に器の大きい男じゃった。だが、当時のわしはどうしても素直になれなくてな。イリスに『騎士としての誇りはないのか! お前は王家に忠誠を誓った騎士だろう! どうしても結婚したいなら騎士を止めろ!』と言ってしまったのじゃ」
母さんが結婚する時に騎士爵位を返上したことは聞いている。だが、騎士爵位は母さん個人に与えられた爵位で、イリーガル家から離れるからといって、返上する必要はない。騎士爵位を持っていると、いざという時に国から徴兵される可能性はあるが、長い間戦争など起きておらず、徴兵される可能性は非常に低い。むしろ、爵位を返上することで貴族達から反感を買い、青いバラを販売できなくなったと聞いている。
(それでも騎士爵位を返上したのは、ミリアさんに言われたからだったのか……)
「結局、イリスは騎士爵位を返上して、ルーク殿と結婚した。そのせいで青いバラが売れなくなったと聞いて、わしは2人が破局すると思ったのじゃ。イリスに貧しい暮らしが出来るわけないと思っての。ミルマウス家の者をイリスの近くに住まわせて、イリスが帰りたがったら、すぐに知らせるように言っておいたのじゃ。だが、2人は破局しなかった。小さい店を開いて、2人で仲良く暮らしだした。そして、おぬしが産まれ、ユリやバミューダという新しい家族が増えて、イリスは幸せじゃったと聞いておる」
ミリアさんは泣きそうな眼で俺を見て、自虐的な笑みを浮かべた。その笑みには見覚えがある。深い後悔にさいなまれている者が浮かべる笑みだ。
「ふふふ。つまり、わしが間違っていた……と、いう事じゃ。ルーク殿が挨拶に来た時に、2人の結婚を認めてやるべきじゃったのじゃ。いや、ルーク殿が青いバラを開発した時でも間に合ったじゃろう。最悪、小さい店を開いた時でも、良かったのじゃ。わしが意地を張らず、自分の間違いを認めてイリスに謝っておれば、こんな事にはならなかったのじゃ。ははは……」
そう言って、ミリアさんは力なく笑った。
「長々とつまらない話を聞かせてしもうたの。まぁ、年寄りの戯言じゃ。聞いてくれてありがとの」
「いえ。こちらこそ、話して頂き、ありがとうございます」
父さんと母さんから昔の事はほとんど聞いていない。ミリアさんが話してくれなければ、ずっと知らないままだっただろう。
「さて、話は以上なんじゃが……のう、アレンよ」
「? なんでしょう?」
「その……なんじゃ。わしはイリスの母親じゃ。そして、イリスは騎士爵位を返上したが、イリーガル家を抜けたわけではない」
「え? あ、はい。そうですね」
「だからの……その……わしはおぬしの祖母であるわけで……良かったら、そのように呼んで欲しいのじゃ」
ミリアさんが恥ずかしそうに言った。
(『そのように』って……あぁ、そういう事か。でも、いいのかな?)
正直、母さんとほとんど見た目の変わらない人をそう呼ぶのには抵抗がある。
(でもまぁ……本人が言うんだからいっか!)
「分かりました。色々あったのかもしれませんが、これからはよろしくお願いします。おばあちゃん」
「――! ああ! もちろんじゃ! こちらこそ、よろしく頼む!」
おばあちゃんが満面の笑みで頷いた。
色々あったが、王宮に来てよかったと思う。裁判には勝つことが出来たし、新しい家族に会えたのだ。
(ユリやバミューダ君にも会わせてあげたいな。絶対びっくりするぞ)
「良かったら、家に来てくれませんか? 両親のお墓もありますし、家族にも紹介したいです」
「よ、よいのか? ああ、ぜひ行かせてくれ! イリスが養子にした子供達もわしの孫じゃ。ぜひ会わせて欲しい!」
おばあちゃんがユリやバミューダ君も受け入れてくれてよかった。実の子ではない事を気にするかもと思ったが、杞憂だったらしい。
(ユリの『転移』があるし、なんだったら、今日この後、家に来てもらおうかな)
そんな事を考えた次の瞬間――
「ミリアー! 良かった! 良かったねぇー!!」
――王妃が部屋の壁から飛び出してきた。
「ここはわしの執務室じゃ。普段あまり使っとらんから、多少埃っぽいかもしれんが、我慢しておくれ」
そう言って祖母は俺にソファーに座るように勧めてくる。勧められるがままソファーに座ると、祖母が正面に座った。
「ふむ……確かにイリスの面影があるのぉ。はは、懐かしいもんじゃ。おぬし、名は……アレン、と言ったかの?」
「は、はい! アレン=クランフォードと申します!」
「ふふ、そう畏まる必要はないぞ。わしはおぬしの母親の母……だった者じゃ。名はミリア=イリーガルという。まぁ……その……なんだ……仲良くしてくれると嬉しいのじゃ」
祖母は裁判の時の強気の態度はどこへやら、やけに歯切れ悪く答える。
「もちろんです。 それに、先ほどは助けて頂き、ありがとうございます。ミリアさんに助けて頂ければ、面倒な事になるところでした」
「……ほう。やはり何か手を用意しておったか。ならば、余計な事をしてしまったかのう?」
「いえ、できれば使いたくない奥の手でしたので、本当に助かりました」
「そ、そうか! そう言ってもらえると嬉しいのじゃ」
(あ……)
そう言ってほほ笑んだミリアさんの姿は、本当に母さんにそっくりで、思わず泣きそうになってしまう。
「はは。いや、すまんの。わしにこんな事を言う資格はないのじゃが……おぬしが無事で何よりじゃ。わしが素直になれなんだせいで……本当にすまんの」
ミリアさんの眼から涙が零れ落ちる。俺はなんて声を掛けたらいいのか分からず、ただミリアさんが落ち着くまで待つことしかできなかった。
少しして、落ち着きを取り戻したミリアさんは、涙をぬぐってから話し出す。
「アレン。おぬしは、おぬしの両親の結婚に周囲が反対したことを知っておるか?」
「えっと……少しだけ聞いています」
当時まだ騎士爵位を持っていた母さんとただの商人でしかなかった父さんの結婚が大変だった事は知っている。周囲を黙らせるために、父さんが青いバラを開発した事も。
「そうか。では、中でも一番強固に反対したのが、わしだったという事は知っておるか?」
「――!?」
それは知らなかった。父さんから『初めて挨拶に行った時は死ぬかと思った』とだけ聞いていたが、ミリアさんと何かあったという話は聞いたことが無い。
「ふふ。そうか、知らぬか。せっかくだ。年寄りの懺悔じゃと思って聞いて欲しい。イリスに初めてルーク殿を紹介された時、我慢できなくてな……つい、『貴様のような軟弱者にイリスをやれるか!』と怒鳴ってしまったのじゃ。それを聞いたイリスと大喧嘩になってしまい、周囲を吹き飛ばしてしまっての……屋敷も全壊してしまったんじゃ」
(屋敷が全壊って……父さん、よく無事でいられたな)
母さんとミリアさんの大喧嘩……想像しただけで恐ろしくなる。
「その後、ルーク殿が青いバラを開発して一財産築いても、わしは2人の結婚に賛成しなかったのじゃ。『いくら金持ちだろうが、軟弱な男のもとに娘はやれん!』と言ってな。商人たるルーク殿の力は財力であろうに、わしはその力を認めようとしなかったんじゃ」
父さんがその一財産を結納金としてイリーガル家に渡した事で、結婚を認めてもらったと聞いていたが、実際は違ったようだ。
「ルーク殿はわし以外の者を納得させるだけの結果を残した。その上、最後までわしを説得しようとしたんじゃ。本当に器の大きい男じゃった。だが、当時のわしはどうしても素直になれなくてな。イリスに『騎士としての誇りはないのか! お前は王家に忠誠を誓った騎士だろう! どうしても結婚したいなら騎士を止めろ!』と言ってしまったのじゃ」
母さんが結婚する時に騎士爵位を返上したことは聞いている。だが、騎士爵位は母さん個人に与えられた爵位で、イリーガル家から離れるからといって、返上する必要はない。騎士爵位を持っていると、いざという時に国から徴兵される可能性はあるが、長い間戦争など起きておらず、徴兵される可能性は非常に低い。むしろ、爵位を返上することで貴族達から反感を買い、青いバラを販売できなくなったと聞いている。
(それでも騎士爵位を返上したのは、ミリアさんに言われたからだったのか……)
「結局、イリスは騎士爵位を返上して、ルーク殿と結婚した。そのせいで青いバラが売れなくなったと聞いて、わしは2人が破局すると思ったのじゃ。イリスに貧しい暮らしが出来るわけないと思っての。ミルマウス家の者をイリスの近くに住まわせて、イリスが帰りたがったら、すぐに知らせるように言っておいたのじゃ。だが、2人は破局しなかった。小さい店を開いて、2人で仲良く暮らしだした。そして、おぬしが産まれ、ユリやバミューダという新しい家族が増えて、イリスは幸せじゃったと聞いておる」
ミリアさんは泣きそうな眼で俺を見て、自虐的な笑みを浮かべた。その笑みには見覚えがある。深い後悔にさいなまれている者が浮かべる笑みだ。
「ふふふ。つまり、わしが間違っていた……と、いう事じゃ。ルーク殿が挨拶に来た時に、2人の結婚を認めてやるべきじゃったのじゃ。いや、ルーク殿が青いバラを開発した時でも間に合ったじゃろう。最悪、小さい店を開いた時でも、良かったのじゃ。わしが意地を張らず、自分の間違いを認めてイリスに謝っておれば、こんな事にはならなかったのじゃ。ははは……」
そう言って、ミリアさんは力なく笑った。
「長々とつまらない話を聞かせてしもうたの。まぁ、年寄りの戯言じゃ。聞いてくれてありがとの」
「いえ。こちらこそ、話して頂き、ありがとうございます」
父さんと母さんから昔の事はほとんど聞いていない。ミリアさんが話してくれなければ、ずっと知らないままだっただろう。
「さて、話は以上なんじゃが……のう、アレンよ」
「? なんでしょう?」
「その……なんじゃ。わしはイリスの母親じゃ。そして、イリスは騎士爵位を返上したが、イリーガル家を抜けたわけではない」
「え? あ、はい。そうですね」
「だからの……その……わしはおぬしの祖母であるわけで……良かったら、そのように呼んで欲しいのじゃ」
ミリアさんが恥ずかしそうに言った。
(『そのように』って……あぁ、そういう事か。でも、いいのかな?)
正直、母さんとほとんど見た目の変わらない人をそう呼ぶのには抵抗がある。
(でもまぁ……本人が言うんだからいっか!)
「分かりました。色々あったのかもしれませんが、これからはよろしくお願いします。おばあちゃん」
「――! ああ! もちろんじゃ! こちらこそ、よろしく頼む!」
おばあちゃんが満面の笑みで頷いた。
色々あったが、王宮に来てよかったと思う。裁判には勝つことが出来たし、新しい家族に会えたのだ。
(ユリやバミューダ君にも会わせてあげたいな。絶対びっくりするぞ)
「良かったら、家に来てくれませんか? 両親のお墓もありますし、家族にも紹介したいです」
「よ、よいのか? ああ、ぜひ行かせてくれ! イリスが養子にした子供達もわしの孫じゃ。ぜひ会わせて欲しい!」
おばあちゃんがユリやバミューダ君も受け入れてくれてよかった。実の子ではない事を気にするかもと思ったが、杞憂だったらしい。
(ユリの『転移』があるし、なんだったら、今日この後、家に来てもらおうかな)
そんな事を考えた次の瞬間――
「ミリアー! 良かった! 良かったねぇー!!」
――王妃が部屋の壁から飛び出してきた。
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