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第5章 転換期

156【悪夢7 報告】

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「アレンさん!」
「店長!」

 店内に戻った俺をマグダンスさん達が待ち構えていた。

「大丈夫ですか? 役人さんが来たって聞きましたが……」
「すみません。全部説明するので、まずはお店の閉店作業をお願いします」
「え? 閉店作業、ですが? まだ閉店時間ではないですよ?」
「分かっています。ですが、お願いします」
「……分かりました」

 言いたいことはあるだろうに、何かを察したのか、マグダンスさんは閉店作業を開始してくれる。その間に、俺は、に事情を説明するために動き出した。

「クリス、マーサさんを休憩室に呼んできてもらえる? もし寮にいれば、今日お休みの人も。それからバミューダ君に店長室に来るように言って欲しい」
「分かりました」
「ユリ、フィリス工房に行って『発注している商品の生産停止』をお願いしてきて。『事情は後日説明しに行くから』って。もちろん、『代金は支払うから安心して』ともね」
「分かったよ!」

 2人に頼み事を伝えた後、店長室に行き、ミッシェルさん宛の手紙を書く。手紙の内容は、『父さんと母さんが殺されて、特許権を奪われた事』『今後について話がしたいので、どこかで打ち合わせをさせて欲しい事』を簡潔に書いた。

 ちょうど書き終わったタイミングで、バミューダ君が店長室にやってくる。

「お兄ちゃん……どうかしたの? 大丈夫? ……です?」
「大丈夫だよ……多分ね。色々話さなきゃいけないんだけど、まずはこの手紙を郵便局に持って行ってくれるかな? 最速の速達でお願い」

 そう言って、俺は、バミューダ君に手紙とお金を渡した。渡したお金は通常の速達の料金より多いものだ。

「分かった……です。急いで行ってくる! ……です!」
「頼んだよ。終わったら、休憩室に来て。……大丈夫だとは思うけど、身の回りには十分注意するんだよ?」
「了解! ……です!」

 バミューダ君は可愛らしく敬礼した後、走って店長室を後にした。おそらく、父さん達の事はまだ知らないのだろう。

(父さんと母さんが死んだ事、バミューダ君にも伝えなきゃ……)

 伝えたくない。ずっと知らないままでいて欲しい。バミューダ君を悲しませたくなかった。だが、そうも言ってられないだろう。バミューダ君なら、よほどの事が無い限り大丈夫だとは思うけど、身の回りに危険が迫っている事を知らせないわけにはいかない。

 これで、急いで話さなきゃいけない人には連絡出来たはずだ。カートンさん達には後で手紙で伝えれば大丈夫だろう。後は、ここにいる皆に伝えなければならない。

 俺は、店長室を後にして、休憩室に向かう。

「アレンはん……」
「アレン様……」

 休憩室には、ニーニャさんやナタリーさんをはじめ、従業員の皆が全員そろっていた。休憩室に入って来た俺に皆の視線が集まる。

「皆さん、集まって頂き、ありがとうございます。とても大事な話があり、皆さんを及びしました。バミューダ君が戻り次第、お話ししますので、もう少しだけ――」
「――戻った! ……です!」
「私も戻ったよ!」

 俺が話し始めたタイミングでバミューダ君とユリが休憩室に入って来る。ユリの後ろにはマリーナさんとミケーラさんもいた。

「マリーナさん……ミケーラさんも……」
「すぐにでも事情を聞きたくてさ。ユリちゃんに無理行って連れてきてもらったよ」
「申し訳ありません、アレン様。ですが、早急にお伺いするべきと判断し、同行しました」
「いえ。お忙しいところ来て頂き、ありがとうございます。ちょうどこれから事情を説明するところだったので、丁度良かったです。どうぞそちらに座ってください」
 
 マリーナさんもミケーラさんも、簡単に時間を作れる立場の人じゃない。忙しい中、無理してきてくれたのだろう。

(俺は、本当に周りに恵まれてるな)

 そう思うと、眼が熱くなる。

 俺は2人を座らせてから、話を続けた。

「結論から言います。しばらくの間、クランフォード商会を閉店します」

 俺の言葉にバミューダ君とミーナ様は驚きの表情を見せたが、他の人達はあまり驚いていない。

「まぁ、こないな時間に閉店作業するゆうから、なにかあったんやろなとは思うたけど……ほんで? 理由は教えてくれるんやろな?」

 ニーニャさんをはじめ、他の人達はある程度予想していたようだ。

「もちろんです。……昨日、父と母が亡くなりました。殺されたんです」
「――っ!?」

 バミューダ君が驚愕の表情を見せた。隣にいたミーナ様は驚いた後、心配そうにバミューダ君を見つめている。

「お兄ちゃん……そんな……本当に……?」
「ああ。事実だ。俺とユリも誘拐されそうになった」
「そんな!? お母さんもお姉ちゃんも強い! ……です! どんな敵が来ても大丈夫! ……です!」
「敵は、魔法を無効化するアクセサリーを持っていた。それで、母さんは『強化』魔法を無効化されて力が出せなかったんだ」
「そんな……そんな……ぅぅうう……わわあああー!!」

 バミューダ君が泣き崩れてしまった。ミーナ様が支えてくれているが、落ち着くまではしばらくかかるだろう。俺は拳を強く握りしめながら、皆に説明を続けた。

「父が持っていた特許権が奪われました。そのため、我々はリバーシやチェス等販売する事が出来ません」
「……」
「よって、しばらく、クランフォード商会を閉店します。急で申し訳ないのですが、皆さんの今後については、個別に相談させてください」

 ニーニャさん達はアナベーラ商会に戻れるよう、ミッシェルさんに頼むつもりだ。クリスやミーナ様の事は、ご家族も含めて相談する必要があるだろう。マーサさんには、申し訳ないが、次の寮の使い手が決まるまで困らないだけの退職金を渡すつもりだ。幸い、金なら余裕がある。

「3年間……一緒に頑張ってくださったのに……こんな事になってしまい、本当に申し訳ありません!」

 そう言って、俺は頭を下げた。

 まさかこんなことになるとは思っていなかった、という言い訳は出来る。だが、俺は、経営者で責任者なのだ。本来であれば、こういうリスクを避けるために、父さんと、販売許可契約を結ぶなり、特許権を預ける相手を分散するなりしておくべきだったのだ。そうすれば、少なくともいきなり閉店するような事にはならなかっただろう。

 そういった、商会としてのリスクを回避するのは、支店長である俺の役目だったのに、父さんが持っているから大丈夫という思い込みで、リスク回避を怠ったのだ。

 この閉店の責任は俺にある。そう思っていたのだが……

「なに言うとんねん。だれもあんさんのせいやとは思うとらんし、それどころやないやろ」

 ニーニャさんが答える。

「そうですよ! そんな事より、ご自分の心配をなさってください!」

 マグダンスさんが心配してくれる。

「大丈夫です。自分の気持ちには整理を付けて来ましたから――」
「――そんな簡単に整理できるわけないじゃないですか! ほら、手! 血が出てます!」

 ナタリーさんに言われるまで気付けなかったが、いつの間にか、握りしめた拳から血が出ていた。

「救急箱持ってきます!」

 マーサさんが走って救急箱を持って来てくれる。

「アレン。無理しなくて大丈夫ですよ」

 クリスが、俺の拳をゆっくりとほどいて包み込んでくれた。

「クリス……」
「親とは……家族とは、自分の一部です。それを失って平気なわけがありません」
「クリス……でも……俺は――」
「――ユリさんと悲しみを分かち合い、乗り越えましたか? それとも、ユリさんを守るため、そして私達を守るために弱音を吐いている場合ではないと心を決めましたか? たとえそうだとしても、貴方の心が傷付いた事に変わりはありません」
「……」
「それに……もう一人悲しみを共有すべき人がいるでしょう?」

 そう言ってクリスは自分の背後にいたバミューダ君の方を見る。

「バミューダ君……」
「うっ……うぐ……ううぅぅ……お兄ちゃん……本当に……本当に、お父さんとお母さんが……?」
「……ああ。ああ、本当だ。2人共亡くなった。亡くなったんだ」
「……やだ……やだよ、お兄ちゃん……ぅぅううわわああぁぁああ!!!」

 バミューダ君が泣きながら抱き着いてきた。

「……やだやだやだ! せっかく家族……出来た……ぅぅ……お父さん……お母さん」
「………………ごめん。ごめんな。俺がもっと早く……もっと……もっと……ぅぅ」

 俺もバミューダ君を抱きしめ返し、泣きながら謝った。俺が両親を殺したわけではない。それでも謝らずにはいられなかった。
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