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第5章 転換期

147【帰路2 実戦】

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「お兄ちゃん、3キロ先に盗賊だよ。数は10人」
「分かった」

 しばらく進んでからユリが静かに教えてくれた。

「いざとなったら私が何とかするから、気を楽にね」

 俺が緊張していることを分かっているのだろう。ユリの声はいつも以上に優しい。

「ありがとう。大丈夫だよ」
「あはは……私も初めて戦う時にお母さんに言われたんだ。『大丈夫だと思ってるって事は大丈夫じゃない証拠よ』って」

(??? どういう意味だ?)

「戦いが終わったら分かると思うよ。今はとりあえず、敵を倒す事に集中して」
「……分かった」

 よくわからないが、母さんとユリが言うのだ。心に留めておくべきだろう。その上で、俺は敵を倒す事に意識を集中した。



「もう少しだよ。……あ、道の真ん中に2人、両脇に4人ずつ隠れた」
「了解」

 先ほどと同じように2人が足止めして残りが挟撃してくるつもりだろう。至近距離で挟撃されると魔法銃での対処は難しくなる。

「少し離れたところで止める。両脇に隠れている奴らが移動してきたら教えて」
「了解だよ!」

(距離さえあれば大丈夫……大丈夫なはず……)

 そう自分に言い聞かせて、馬車の手綱を握りしめる。



 少しすると道の真ん中でうずくまっている2人組が見えてきた。

「(あれが盗賊?)」
「(そうだよ! 油断しないでね)」

 小声でユリに確認してから馬車を止める。まだ30m以上離れてはいるが、十分に声は届くだろう。俺は2人組に大声で話しかける。

「大丈夫ですかー?」

 すると2人組のうちの1人がこちらを振り返って返事をした。

「すみません! 連れが足をくじいてしまって……助けて頂けませんか!?」

 2人組はその場から動こうとしない。俺達を誘い込むつもりのようだ。

「(ユリ、両脇の盗賊は?)」
「(まだ動いてないよ)」

 ならばもう少し近づいても大丈夫だろう。俺は魔法銃を引き抜いてから馬車を降りた。ユリも俺の後に続く。

「(お兄ちゃん! 隠れてる盗賊達がこっちに来たよ!)」
「(――!?)」
 
 一番近い茂みからここまで5mもない。盗賊達が奇襲をかけてきたら対処しきれるがギリギリの距離だ。俺は左の茂みに魔法銃を向けて声を張り上げた。

「動くな!!」

 茂みの中で何かが止まったような気配を感じる。

「大人しく投降しろ! さもなくば撃つ!」
「……何言ってんだお前?」

 左の茂みの中から4人の盗賊達が現れた。盗賊達が茂みの途中で止まったため、俺達までの距離は7mくらいある。

(この距離なら大丈夫だ)

「俺達の存在に気付いたのは見事だが、そんなおもちゃでどうしようってんだ?」
「おっ! ガキだと思ってたが綺麗な顔してんじゃんか。こりゃ高く売れるぞ」
「大人しく投降しな! そうすりゃ気持ちよくしてやるぜー」
「ぎゃはは! ちげぇねぇ!」

 右の茂みの盗賊達はまだ隠れたままでいるようだ。おそらく、まだ俺達が気付いていないと思っているのだろう。

 俺は近くの木に向けて魔法銃を撃った。

 ドバン! ドッシーン!

 木の中心部分が吹き飛び、そのまま倒れる。

「「「「――は?」」」」

 盗賊達は言葉を失っていた。俺は魔法銃を盗賊達に向けて再度言い放つ。

「大人しく投降しろ。さもなくば撃つ」
「「「「…………」」」」

 少しすると盗賊達は両手を上にあげて言った。

「いやぁー降参だ。おとなしく投降するぜ。っつーかなんだよ、その魔道具。見たことねーぞ」

 両手を上げて投稿すると言いながらも武器を手放す様子はない。俺が警戒していると、盗賊が右手首をくいっと下げて合図を出した。

「お兄ちゃん! 右!」

 次の瞬間、右の茂みにいた盗賊達が一斉に飛び出してくる。

(速い! 撃たなきゃ!)

 もう言葉による制止などできそうにない。俺は先頭にいた盗賊の右足に照準を合わせて魔法銃を撃った。

 ドバン!

「グアッ!」

 先頭を走っていた盗賊の右足が吹き飛び、その勢いのまま転んだ。だが、後ろの盗賊達はそのまま突っ込んでくる。

(なんで!? 魔法銃の威力は分かっただろ!? なんで止まらない!?)

 盗賊達との距離はもう3mもない。俺は盗賊達の足のを狙って魔法銃を乱射する。

 ドバン! ドバン! ドバン! ドバン! ドバン! ドバン!

「グッ!」
「ギャ!」
「アウゥ!」

 盗賊達のが吹き飛び、地面に転がった。

「はぁーはぁーはぁー」

 ただ魔法銃を撃っただけなのに全身が疲労感に襲われる。身体じゅうから汗が吹き出し、立っているのも辛い。

(倒した……よな? ……そうだ! 左の盗賊達は!?)

 慌てて左の茂みから出てきた盗賊達に魔法銃を向けると、彼らも地面に倒れていた。

(え? なんで?)

 俺が混乱していると、ユリが明るく話しかけてくる。

「お疲れ様! 最後、よくこいつらに魔法銃を向けられたね! 私は座り込んでお母さんに怒られたのに。さっすがお兄ちゃん!」

 ユリの手には愛用している刀と矢が2本握られていた。だが、ユリは弓矢など使ったことはないはずだ。

「それ……どうしたの?」
「あ、これ? 最初に道の真ん中にいた2人がお兄ちゃんに向けて撃った矢だよ。大丈夫、もう撃ってこないから」

 完全に意識から抜けていた。慌てて足止め役の2人組の盗賊を見ると、彼らの首は胴体から離れている。確かにあれならもう撃ってこないだろう。

「あ、ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして!」

 ユリに助けてもらわなければ、あの矢に貫かれて死んでいたかもしれない。いや、それ以前に、左の盗賊達をユリが抑えてくれなかったら、俺は殺されていただろう。

(魔法銃を開発して強くなった気でいたけど……所詮はこの程度か)

「お兄ちゃん、あんまり気落ちしないで良いと思うよ? 私よりは動けてたし」
「……そうなの?」
「うん。私は片方の盗賊倒した後、思わず座り込んじゃったからね。それよりは全然ましだよ」

 ユリが慰めてくれるが、そう簡単に割り切ることは出来ない。

「お兄ちゃん、盗賊1人の足を撃てば他の盗賊達は止まると思ったでしょ?」
「……うん」
「私もそう思ったの。一番前を走っている人の腕を切り落とせば他の人は立ち止まるはずだって。でも、全然止まらず突っ込んできて……私、パニックになっちゃったの。何とか突っ込んできた盗賊達は倒したけど周りが全然見えてなくなってたんだ。だからまだ敵がいるのに座りこんじゃったの」

 パニックになると周りが見えなくなってしまう。その気持ちはよくわかる。そして、周りが見えない事が戦いの中でいかに致命的か、身をもって思い知った。

「その後、お母さんに言われたの。『戦う力を持っている人は普段は常識的でなければいけない。だけど、いざ戦いが始まったら、常識にとらわれてはいけないのよ。戦いの中では常識は通じないの。だから大丈夫なんて事はあり得ないのよ』って」

(戦いには一般的な常識は通じない。それを知っていれば、戦う前に俺達が『大丈夫』なんて言えるわけがない。『大丈夫だと思ってるって事は大丈夫じゃない証拠』。そういう意味か……)

 戦いでは何が起こるか分からない。だから、常に何が起きてもいいように、と思って気を張らなければいけないんだ。それなのに俺は、『距離があるから大丈夫』、『先頭の一人を倒せば大丈夫』と勝手に思い込んで気を緩ませていた。結果、距離を詰められたり、後続が止まらなかったりしだけで、パニックになって回りが見えなくなってしまったのだ。

「ありがとう。もうだよ。生きている盗賊達を拘束して先に進もう」
「分かった!」

 戦いの場に限らず、『大丈夫』というのは軽く発していい言葉ではない。状況を正確に把握して、初めて『大丈夫』と言えるのだ。

(だから、父さんや母さんが『大丈夫』って言うと安心するんだな)

 そんなことを考えながら、生き残っている盗賊達を拘束して、俺達は馬車に戻った。
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