上 下
96 / 214
第3章 躍進の始まり

96.【サーシスの傷跡13 痛み】

しおりを挟む
「さっきも言ったけど、母さんが指を切ってマリーナさんが骨の形を整える。あ、切るときは、歪になってる所の少し手前を切ってね。終わり次第、指をくっつけて回復魔法をかける。いいですね?」
「大丈夫よ」
「いつでも!」
「よし! じゃあ……母さん!」
「ふっ!」

 母さんが小型のナイフを『材料』の指に突き立てる。指を切ることはできたが、予想以上に血が流れた。

「はいこれ。お願いね、マリーナさん」
「っ! 任されました!」

 一瞬、出血に戸惑ったようだが、マリーナさんは指を受け取り、骨を整え始める。

「くっ! 血で滑る……まず固定して血を固めて……何これ!? 骨の中に液体!? これも固めないと……よし! 歪になっているのは……これね。まずは削って……」

 属性魔法をかけられた指は空中で黄色の光に包まれていた。

(魔法って同じ属性でも違う色になるんだ。知らなかった……それにしても……)

 マリーナさんの手で指はみるみる形を整えらえれていく。ものの数分で指は通常の形を取り戻した。

「……よし! お待たせ、アレン君! できたよ! まだ『属性』魔法もかかってるから!」
「早っ! ありがとうございます! このまま『回復』魔法をかけます」

 元あった位置に指を置いて『回復』魔法をかける。しばらくすると、指を包んでいた黄色の光がはじけ飛んだ。

「『属性』魔法が解けたわね」
「うん。つまり……」

 指が生物になったという事だ。つまりそういう事だろう。念のため、『材料』に確認する。

「指に痛みや違和感はあるか?」
「……あ……ぐぅ……指……?」
「そうだよ。切り落とした指に痛みや違和感があるかと聞いている」
「な、なにを……指は貴様らが切り落とした……? ある? 指の感触がある?」

 どうやら接合は上手く言ったようだ。俺は切り落とした材料の指先を触った。

「指先に触れられている感触はあるか?」
「あ、ああ。ある……あるぞ」
「指の曲げ伸ばしも問題ないな?」
「……ああ、問題ない」

 神経も問題なくつながっている。これで『骨の修復作業』の方法は分かった。

「マリーナさん、続けて『実験』しても大丈夫ですか」
「もちろん! 問題なし!」
「母さんも大丈夫?」
「ええ。大丈夫よ」
「よし、それじゃ後、2本やってみよう。骨の形が違ったり、他の指でも問題ないかの『実験』だ」
「「了解!」」
「ちょ、ちょっと待て! 貴様らまた……」

 『材料』が何かわめいていたが気にせず『実験』を開始する。



 その後、2本の指で『実験』したが、問題なく修復することが出来た。

「よし! 後は明日シャル様が来られてから、痛みを無くす方法を――」
「呼びましたか?」
「――ってシャル様!?」

 いつの間にか地下室の入口にシャル様がいた。その隣には、付き人のターニャさんもいる。

「シャル様? お着きは明日と聞いとりましたが……」
「その予定でしたが……」

 シャル様が俺をちらりと見た。

「私、アレン様がやろうとされていることを聞いて、とても感銘を受けました。そこで、少しでもお力になりたく思い、急いで参りましたのです」
「急いでって……王族がそんな……大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ? ねぇ、ターニャ?」
「………………いつもの事ですので」
「ほらね? だから大丈夫です」
 
(いや、大丈夫じゃないだろ!?)

 俺の心の中の突っ込みが届いたのか、ターニャさんが応えてくれる。

「本当に大丈夫ですよ。先方には事情を説明してご理解頂いておりますので」
「あ、それなら良かったです。ちなみに先方というのは?」
「………………聞かれない方がよろしいかと」

 迷惑をかけてしまった相手を知りたい、という軽い気持ちでの質問だったのだが、やぶへびだったようだ。ターニャさんが言いよどむ。

「あ、すみません。だったら――」
「――お母様ですよ。ですから、気にしないでください」

 場の空気が固まった。

「お母様……ですか?」
「ええ。そうです」
「シャル様のお母様は、この国の王妃様と記憶しているのですが」
「その通りですよ」

(……シャル様、王妃様との約束より、俺の力になることを優先させちゃったの? それってまずいんじゃ……)

「? あ、大丈夫ですよ。ちゃんと話して納得してもらいましたから」
「そ、そうですか? それなら――」
「――ただ、モーリスと会う時に、母もアレン様とお会いしたいと申しておりましたので、その際はよろしくお願いします」

(それ本当に大丈夫なのか!? 俺、殺されるんじゃ……)

 思わずよろけた俺をクリスが支えてくれる。

「だ、大丈夫ですよ、アレン。王妃様は温厚で聡明な方です。今回の事でアレンを罰するようなことはしないと思います。仮に、何かあった時はわたくしが守りますから」
「ク、クリス……」

(俺の婚約者がかっこよすぎる……)

 女性に守られるという情けない立場だったが、王妃様相手に平民の俺に出来ることなど何もない。

「あら、すっかり仲睦まじいご様子で安心しました。ブリスタ子爵も正式に婚約を結んだことをアピールされてますし、これで色々落ち着くといいのですが……」
「色々?」
「いえ、こちらの話です」 

 クリスに関わることなので、ちゃんと聞きたかったのだが、シャル様はそれ以上応えてくれなかった。

「それより、『開発』を進めましょう? 私の回復魔法が必要なんですよね?」
「ええ。傷跡を治す方法は確立できたのですが、どれも痛みを伴ってしまうんです。回復魔法で痛みを消すことはできますでしょうか?」

 回復魔法で痛みを消すなど聞いたことないが、母さんから『シャル様なら出来るかも』と言われていたのだ。

「そんな事ですか。それなら簡単にできますよ」
「本当ですか!?」
「ええ。ようは傷ができた後、身体が痛みを感じる前に治してしまえばいいんですよね?」

 人間離れした方法を提案された気がするが、シャル様にとっては何でもない方法なのだろう。しかし……。

「申し訳ありません。説明不足でしたが、すぐに回復させるわけにはいかないんです。皮を切った後、新しい皮をあてたり、指を切り落とした後、骨を整える必要があります。整えている間は、回復させるわけにはいかないのです」

 正しい位置に皮や指を置くのにはどうしても時間がかかる。その間、痛みを感じ続けてしまうのだ。

「なるほど。痛みは消したいけど回復はさせたくないという事ですね」
「そうなります」
「そうですか……んー、新しい試み……ですが……うん、何とかなりそうです。ターニャ」
「はっ!」

 ターニャさんが『材料』の前に立って剣を構えた。

「足で試してみましょうか。私が回復魔法をかけたら足を切りなさい」
「承知致しました」

 シャル様が『材料』に手をかざすと『材料』が光に包まれた。以前、回復魔法をかけてもらった時は気付かなかったが、金色の優しい光だ。

「しっ!」

 ターニャさんが『材料』の足に剣を突き立てる。『材料』は目を見開いていたが、苦痛を感じている様子はない。

「痛みを感じる部分に『痛くない』と誤認させています。これで痛みを感じることはないでしょう」

 つまりは神経をマヒさせたという事だろうか。回復魔法の領域を超えている気がするのだが……

「シャル様は天才ですから」

 驚愕の表情を浮かべていた俺にターニャさんが言った。

「魔法の基礎理論を構築する頭脳、それを実践する技術、そして卓越した魔力量。こと『回復』魔法に関しては、この国で一番と言っても過言ではありません」
「……納得です」

 先ほどのシャル様の言葉から察するに、『痛みを感じなくする魔法』について、シャル様は何も知らなかったはずだ。それなのに短時間で理論を組み立て、いきなり実践して成功させてしまう様は天才というのにふさわしい姿だった。

「これなら、本番も大丈夫そう――」
「――ぎゃー!!!」

 突然、『材料』の叫び声が響いた。よく見ると、剣は刺さったままだが、金色の光は消えていた。

「……あ」

 おそらく、足を回復する前に、『回復』魔法をやめてしまったのだろう。剣が刺さったままなのだから当然、痛みを感じる。

「……『回復』魔法について天才なんです」
「……納得です」

 慌てて『回復』魔法をかけなおす王女様の姿を眺めながら、俺とターニャさんはつぶやいた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

処理中です...