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第3章 躍進の始まり

83.【新たな風習】

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 ブリスタ子爵邸に着くとラミールさんが応接室に案内してくれる。応接室では、ブリスタ子爵と父さんが婚姻についての契約書に捺印していた。

「ブリスタ子爵、父さん、ただいま戻りました」
「おぉ、アレン殿、クリスも。いいところで戻ったな。ちょうど今、捺印が終わったところだ。これでお前達は正式に婚約者だぞ」
「ありがとうございます! 嬉しいです」
「わっはっは。昨日の様子から、娘を大事にしてくれている事は伝わっているが、これからもよろしく頼むぞ」
「もちろんです!」
「大丈夫ですよ、お父様。先ほどアレンにこちらを頂きました」

 クリスは左手をブリスタ子爵に見せる。

「――それは我が領の指輪だな。良く似合っている。しかし、なぜ左手の薬指に? ダイヤの指輪なら右手の中指だろう?」

 右手の中指に指輪をすると『悪い運気をはね返す』とされている。強固なダイヤの指輪は、お守りとして右手の中指にするのがこの世界の常識だ。

 疑問に思ったブリスタ子爵が、指輪を贈った俺を見る。

「ん? アレン殿とペアリングになっているのか? ならばなおの事、右手の中指か、もしくは右手の小指だろう? バラの台座のペアリングなのだ。恋人同士の幸せを導いてくれるぞ」

 右手の小指に指輪をすると、『幸せを導き、魅力を高める』とされている。また、バラそのものの花言葉は『愛』と『美』だ。ペアリングならば、右手の小指に付ける人も多い。

「お父様。わたくしもアレンに教えて頂いたのですが、遠い国では結婚した男女が左手の薬指にペアの指輪を付ける風習があるそうなのです。『結婚している証』という意味と、『永遠の愛を誓う』という意味があるそうですよ」
「なんと!? そのような風習が……。アレン殿、誠か!?」

 いい鉱石が取れる領の領主として、石言葉や装飾品を付ける意味については、色々勉強しているのだろう。ブリスタ子爵が驚いて俺を見た。

「ええ。正しくは、婚姻を申し込む際に男性が女性にダイヤの指輪を贈って、結婚する際に男女がそれぞれ、ペアの指輪を交換するという風習です。いずれもつける指は左手の薬指です。これは、『左手の薬指と心臓が1本の血管で繋がっている』と考えられており、一番大事な指とされているためです」

 俺の説明をブリスタ子爵は真剣なまなざしで聞いている。

「なるほど……『左手の薬指と心臓が1本の血管で繋がっている』という話は私も聞いたことがある。その指に一番大事な人からの贈り物を付けるのは、納得できる理由だ……アレン殿! その風習についてもっと詳しく教えてくれ!」

 ブリスタ子爵が予想以上に食いついてきた。

「わ、分かりました……そうですね。まず、婚姻を申し込むときの指輪は婚約指輪と言って、ダイヤが付いた指輪であることがほとんどです。こちらは、特別な時に着ける物で、作りも豪華な物が多いです」

 給料3か月分と言われているが、それは前世の給料での話なので言わなくていいだろう。

「結婚した時に着ける指輪は結婚指輪と言います。こちらは常日頃から付ける物なので、シンプルな作りの物が多く、ダイヤを付けていない物もあるそうです。また、結婚前でも『永遠の愛を誓う』ために付けることもあるようです」
「……なるほど。婚約指輪と結婚指輪。同じ指に付けるものだが、付けるタイミングや意味が異なるわけだな」

 一通りの説明を終えると、ブリスタ子爵は考え込んでしまう。あまりに真剣な表情に声をかけるのもためらわれた。

「………………ふふふ。わっはっはっは!!」

 どれくらい時間が経っただろうか。突然、ブリスタ子爵が笑い出した。

「いい! これはいい風習だ。これだけで一つのプロジェクトとして成り立つぞ。ダイヤの生産量にはまだ余裕がある。問題は、周知の方法か。サーシスの件が落ち着いたらミッシェル会頭と相談せねばならんな」

 興奮したブリスタ子爵が1人で色々決めていたが、ようやく落ち着いてきたのか、俺に話しかけてくる。

「いやぁ、アレン殿のおかげで一ブーム起こせそうだ。感謝するぞ。いずれ何かしらも形で還元させてもらおう」
「え、あ、はい。お気になさらず……」
「さぁ、忙しくなるぞ。フィリス工房の方達と話さなければならんので、お相手することはできないが、皆さんはゆっくり休んでくれ」

 ブリスタ子爵のお言葉に甘えて、その日俺達はゆっくりと休ませてもらう。



 翌日、俺達はお世話になったブリスタ子爵達にお礼を言ってから漆塗り工房に向かった。当初の予定通り、正午に工房に着くと、工房の方が出迎えてくれる。工房の方いわく、後1時間ほどで完成するとのことだったので、待たせてもらった。

「お待たせしました。こちらが完成品です」

 工房の方が、出来上がった娯楽品を見せてくれる。見せられた娯楽品達はしっかり漆でコーティングされていて、ちょっとやそっとの事では傷付きそうにない。

「凄い! やっぱりムロの――」
「――ありがとうございました! 先を急ぎますので、今日の所はこれで失礼させて頂きますが、今後ともよろしくお願い致します」
「ええ。ブリスタ子爵より聞いております。こちらこそよろしくお願いします」

 またしても考察に入ろうとしたマリーナさんをぶった切ってミケーラさんがお礼を言った。1秒でも早く、サーシス領に向かいたいようだ。

(それだけ早く子供達のフォローをしたいってことだよな)

 ミケーラさんにせかされながら、俺達はサーシス伯爵領を目指した。
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