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第3章 躍進の始まり
66.【ミルキアーナ男爵の過去】
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その日の午後、ミッシェルさんがクランフォード商会にやってきたので、応接室で話をした。
「シャル様から連絡来たで。枢密顧問官は明日の昼頃に来て調査を開始するらしい。取り調べの時にはアレンはんとクリス様にも同席して欲しいっちゅう話や。かまへんよな?」
「もちろんです。取り調べはどこで行うんですか?」
「アナベーラ商会の取調室を貸す予定や。その方が色々都合ええしな」
「承知しました。念のためナタリーさんにも同行して頂きたいと思いますが、よろしいですか?」
「あー。ミーナ様が襲われたんやっけ? かまへんよ。枢密顧問官もナタリーに聞きたい事あるやろしな。ちょうどええわ」
「……ミーナ様にもご同行頂いた方が良いでしょうか?」
「いやぁ、取り調べは本来、貴族令嬢が同席するようなもんやない。当事者のクリス様は仕方ないにしても、ナタリーが来るならミーナ様まで来てもらうことはないやろ」
「そう……ですね。分かりました。そういえば、ミルキアーナ男爵も同席されるとおっしゃってました」
「あの男……まぁしゃぁないか……」
「……ミッシェル様はミルキアーナ男爵をご存じなんですか?」
「まぁな。自分の娘を差し出して自領を豊かにしとる男爵…………を演じている男やろ」
(あ、やっぱりそういう事なのか……)
「その顔見ると、アレンはんも気付いとったんやね」
「確証はありませんでしたが、何となく……有名な話なんですか?」
「知る人ぞ知るっちゅう感じや。騙されたり、裏切られた時には容赦ないから、勘違いしとるんも多いけどな」
「勘違い……ですか」
「せや。そやな……あんさんには迷惑かけたし、詳しく話したるわ」
そう言ってミッシェルさんは話し始めた。
「始まりは10年前、ミルキアーナ男爵が当主になった直後やな。ミルキアーナ男爵はこの国じゃ珍しくない赤髪やろ? せやから赤髪の娘を連れた女が『ミルキアーナ男爵が泥酔した時に介抱したら襲われた。この子はその時にできた子だ』ゆうて押しかけたんや」
「それはまた……」
「普通やったら、そんなん追い返すかその場で始末してまうんやろうけど……当時のミルキアーナ男爵は甘い男でな。その女を自分の妾にして、娘と一緒に屋敷に住まわせたんや。この女がまた性悪な女でな。ミルキアーナ男爵が何も言わんのをいいことに、金を湯水のようにつこうたり、使用人にきつく当たったりと、やりたい放題やったんや。母親がそんなんやったから、娘の方もわがまま放題だったらしいで」
話を聞く限り、ミルキアーナ男爵が悪女に騙されているように聞こえる。
「とはゆうても、ミルキアーナ男爵も、言いなりになっていたわけやない。女達が好き勝手やっとる間に、色々調べてな。その娘の本当の父親を見つけたんよ。ミルキアーナ男爵が怖なったんはこの時からや」
ミッシェルさんは懐かしそうに話す。
「屋敷に戻ったミルキアーナ男爵は、女を牢屋に拘束して言うたんや。『お前にはこれから私の子を産むためだけに生きてもらう』ってな。ほんで、娘も高齢な商人の後妻に出したんや」
「手厳しいですね……まぁ自業自得ですが」
「せやな。その後、その女が産んだ子供は小さい頃は大事に育てたんやけどな。大きくなって金遣いが荒かったり、使用人にきつくあたったりするんは、問答無用で嫁に出したり、奉公に出すんや。そんなこと続けとったから『子沢山で自領のためなら平気で子供を駒にする』っちゅうイメージが付いたんやろな。ま、どこまで狙ってやっとるんかは、本人にしか分からへんけど」
「そうだったんですか……それにしてもずいぶんお詳しいんですね」
「最初に女を調べた時にわてらが協力したんよ。ミルキアーナ男爵から内密に頼まれてな」
アナベル商会の情報網はこの国一と言っても過言ではない。その情報網を頼りたかったのだろう。
「なるほどです。……あれ? それじゃミーナ様は――」
「――詳しくは知らんが、ミルキアーナ男爵が唯一、心を許しちょるメイドの子やね。ミルキアーナ男爵は立場的に政略結婚せざるを得なかったんやろけど、本当に愛した女性はそのメイドだけらしい。せやからミーナ様はメイドの子やゆうてもミルキアーナ男爵にとって、正妻の子より大事な存在やろな」
…………とんでもないお家事情を聞いてしまった気がする。
(愛した女性って……ミルキアーナ男爵が!? それって正妻もいい気しないよな……)
「ミルキアーナ男爵は、正妻やその子らを刺激せぇへんよう、自分の気持ちを隠してミーナ様に冷たく接してきたんや。その分、ミーナ様をいじめた子達は政略結婚の駒として追い出して陰ながら守ったんやけどな。ほんで最後はミーナ様をあんさんに嫁がせようとしたんや。あんさんなら年が近いっちゅう言い訳もたつしな。ほんに、ぶきっちょな男やわ」
はっきりとは言わないが、ミッシェルさんの口調には、ミルキアーナ男爵に対する敬愛の思いが込められているような気がした。
「もしかして……ミッシェル様がミルキアーナ男爵に俺を紹介したんですか?」
「そうや……あんさんへのお礼のつもりでもあったんやけどな」
俺に迷惑をかけたというのはそういう事なのだろう。ミーナさんは優秀だし、普通であれば、貴族の娘と結婚できるという事は、嬉しい事だ。普通であれば。
「……ミーナ様のおかげでバミューダ君が大分明るくなりました。今は感謝していますよ」
「おー! バミューダ君な! さっきちらっと見たが、よく働くええ子やないの。あんな子が埋もれてたとはな。良く見つけたもんや。あんさんの人を見る目は確かやったちゅうわけやな」
完全に偶然なのだが、黙っておこう。
「さて……そろそろお暇させてもろうけど、最後に1つええか?」
「なんでしょう?」
「なして、ニーニャを娶らんの? クリス様も許してくれとるんやろ?」
「それは……」
「ああ、勘違いしなはるな。ニーニャを娶れ言うとるわけやないんや。ただ理由が気になるんや。わてが言うんもあれやけど、ニーニャは上玉やろ? 普通やったら喜んで娶るやん? しかも正妻の許可も貰うとるのに、なんでや思うてな」
ミッシェルさんは純粋な疑問として聞いているのだろう。ならば、ちゃんと答えるべきだ。
「……ニーニャさんにも言ったんですが、愛のない結婚はしたくないんです」
「…………は?」
ミッシェルさんはぽかんとしてしまう。
「え……あ、愛?」
「……はい」
「……愛…………愛、か……」
ミッシェルさんは少し考えた後、笑い出した
「くくく。なるほどな。愛か。……ニーニャが何も言わんわけや。ミルキアーナ男爵のあの様子もそういうことか。くくく。あははは」
ミッシェルさんは笑い続けている。我ながら、かなり恥ずかしい事を言っている自覚はある。しかし、それが自分の本心なのだから仕方がない。
「ははは。はー。まさか、利より愛を取る商人がいるなんてな……せやけど嫌いやない。そんなあんさんやから皆、慕っとるんやね」
ようやく笑いが収まったようだ。
「色々納得したわ。答えてくれておおきに」
「……いえ」
「ほなまたな。明日はよろしゅう頼んます」
「……よろしくお願いします」
ミッシェルさんが出て行った後、顔の火照りが収まるまで、俺は応接室から出ることができなかった。
「シャル様から連絡来たで。枢密顧問官は明日の昼頃に来て調査を開始するらしい。取り調べの時にはアレンはんとクリス様にも同席して欲しいっちゅう話や。かまへんよな?」
「もちろんです。取り調べはどこで行うんですか?」
「アナベーラ商会の取調室を貸す予定や。その方が色々都合ええしな」
「承知しました。念のためナタリーさんにも同行して頂きたいと思いますが、よろしいですか?」
「あー。ミーナ様が襲われたんやっけ? かまへんよ。枢密顧問官もナタリーに聞きたい事あるやろしな。ちょうどええわ」
「……ミーナ様にもご同行頂いた方が良いでしょうか?」
「いやぁ、取り調べは本来、貴族令嬢が同席するようなもんやない。当事者のクリス様は仕方ないにしても、ナタリーが来るならミーナ様まで来てもらうことはないやろ」
「そう……ですね。分かりました。そういえば、ミルキアーナ男爵も同席されるとおっしゃってました」
「あの男……まぁしゃぁないか……」
「……ミッシェル様はミルキアーナ男爵をご存じなんですか?」
「まぁな。自分の娘を差し出して自領を豊かにしとる男爵…………を演じている男やろ」
(あ、やっぱりそういう事なのか……)
「その顔見ると、アレンはんも気付いとったんやね」
「確証はありませんでしたが、何となく……有名な話なんですか?」
「知る人ぞ知るっちゅう感じや。騙されたり、裏切られた時には容赦ないから、勘違いしとるんも多いけどな」
「勘違い……ですか」
「せや。そやな……あんさんには迷惑かけたし、詳しく話したるわ」
そう言ってミッシェルさんは話し始めた。
「始まりは10年前、ミルキアーナ男爵が当主になった直後やな。ミルキアーナ男爵はこの国じゃ珍しくない赤髪やろ? せやから赤髪の娘を連れた女が『ミルキアーナ男爵が泥酔した時に介抱したら襲われた。この子はその時にできた子だ』ゆうて押しかけたんや」
「それはまた……」
「普通やったら、そんなん追い返すかその場で始末してまうんやろうけど……当時のミルキアーナ男爵は甘い男でな。その女を自分の妾にして、娘と一緒に屋敷に住まわせたんや。この女がまた性悪な女でな。ミルキアーナ男爵が何も言わんのをいいことに、金を湯水のようにつこうたり、使用人にきつく当たったりと、やりたい放題やったんや。母親がそんなんやったから、娘の方もわがまま放題だったらしいで」
話を聞く限り、ミルキアーナ男爵が悪女に騙されているように聞こえる。
「とはゆうても、ミルキアーナ男爵も、言いなりになっていたわけやない。女達が好き勝手やっとる間に、色々調べてな。その娘の本当の父親を見つけたんよ。ミルキアーナ男爵が怖なったんはこの時からや」
ミッシェルさんは懐かしそうに話す。
「屋敷に戻ったミルキアーナ男爵は、女を牢屋に拘束して言うたんや。『お前にはこれから私の子を産むためだけに生きてもらう』ってな。ほんで、娘も高齢な商人の後妻に出したんや」
「手厳しいですね……まぁ自業自得ですが」
「せやな。その後、その女が産んだ子供は小さい頃は大事に育てたんやけどな。大きくなって金遣いが荒かったり、使用人にきつくあたったりするんは、問答無用で嫁に出したり、奉公に出すんや。そんなこと続けとったから『子沢山で自領のためなら平気で子供を駒にする』っちゅうイメージが付いたんやろな。ま、どこまで狙ってやっとるんかは、本人にしか分からへんけど」
「そうだったんですか……それにしてもずいぶんお詳しいんですね」
「最初に女を調べた時にわてらが協力したんよ。ミルキアーナ男爵から内密に頼まれてな」
アナベル商会の情報網はこの国一と言っても過言ではない。その情報網を頼りたかったのだろう。
「なるほどです。……あれ? それじゃミーナ様は――」
「――詳しくは知らんが、ミルキアーナ男爵が唯一、心を許しちょるメイドの子やね。ミルキアーナ男爵は立場的に政略結婚せざるを得なかったんやろけど、本当に愛した女性はそのメイドだけらしい。せやからミーナ様はメイドの子やゆうてもミルキアーナ男爵にとって、正妻の子より大事な存在やろな」
…………とんでもないお家事情を聞いてしまった気がする。
(愛した女性って……ミルキアーナ男爵が!? それって正妻もいい気しないよな……)
「ミルキアーナ男爵は、正妻やその子らを刺激せぇへんよう、自分の気持ちを隠してミーナ様に冷たく接してきたんや。その分、ミーナ様をいじめた子達は政略結婚の駒として追い出して陰ながら守ったんやけどな。ほんで最後はミーナ様をあんさんに嫁がせようとしたんや。あんさんなら年が近いっちゅう言い訳もたつしな。ほんに、ぶきっちょな男やわ」
はっきりとは言わないが、ミッシェルさんの口調には、ミルキアーナ男爵に対する敬愛の思いが込められているような気がした。
「もしかして……ミッシェル様がミルキアーナ男爵に俺を紹介したんですか?」
「そうや……あんさんへのお礼のつもりでもあったんやけどな」
俺に迷惑をかけたというのはそういう事なのだろう。ミーナさんは優秀だし、普通であれば、貴族の娘と結婚できるという事は、嬉しい事だ。普通であれば。
「……ミーナ様のおかげでバミューダ君が大分明るくなりました。今は感謝していますよ」
「おー! バミューダ君な! さっきちらっと見たが、よく働くええ子やないの。あんな子が埋もれてたとはな。良く見つけたもんや。あんさんの人を見る目は確かやったちゅうわけやな」
完全に偶然なのだが、黙っておこう。
「さて……そろそろお暇させてもろうけど、最後に1つええか?」
「なんでしょう?」
「なして、ニーニャを娶らんの? クリス様も許してくれとるんやろ?」
「それは……」
「ああ、勘違いしなはるな。ニーニャを娶れ言うとるわけやないんや。ただ理由が気になるんや。わてが言うんもあれやけど、ニーニャは上玉やろ? 普通やったら喜んで娶るやん? しかも正妻の許可も貰うとるのに、なんでや思うてな」
ミッシェルさんは純粋な疑問として聞いているのだろう。ならば、ちゃんと答えるべきだ。
「……ニーニャさんにも言ったんですが、愛のない結婚はしたくないんです」
「…………は?」
ミッシェルさんはぽかんとしてしまう。
「え……あ、愛?」
「……はい」
「……愛…………愛、か……」
ミッシェルさんは少し考えた後、笑い出した
「くくく。なるほどな。愛か。……ニーニャが何も言わんわけや。ミルキアーナ男爵のあの様子もそういうことか。くくく。あははは」
ミッシェルさんは笑い続けている。我ながら、かなり恥ずかしい事を言っている自覚はある。しかし、それが自分の本心なのだから仕方がない。
「ははは。はー。まさか、利より愛を取る商人がいるなんてな……せやけど嫌いやない。そんなあんさんやから皆、慕っとるんやね」
ようやく笑いが収まったようだ。
「色々納得したわ。答えてくれておおきに」
「……いえ」
「ほなまたな。明日はよろしゅう頼んます」
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