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第2章 商会の設立
47.【上流階級の恋愛事情1 政略結婚】
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クリスさんと一緒に出掛ける約束をすることができた。しかし、日程も行先も、まだ決まっていない。
(アリスちゃんも言ってたけど、女性をエスコートするんだ。ちゃんとしたところに行かないと……)
その辺は俺から提案するべきだろう。
(前世でも引っ張ってくれる男の方がモテたもんな)
とはいえ、俺にデートスポットについての知識などない。調べるとなると、インターネットや電話のないこの世界では、何かを調べようと思ったら図書館に行くか、人に聞くしかない。俺はタイミングをみて、従業員の皆に聞き込みをすることにした。
ちょうど休憩室にニーニャさんとナタリーさんがいたので、おすすめのデートスポットについて聞いてみる。からかわれる事を覚悟していたのだが、2人は真剣な表情となった。
「純粋やねぇ」
「初々しいですね」
「まぁなんだかんだ言うてもまだまだ子供なんやね……アレンはん。わての目標覚えとる?」
顔合わせの時に、ニーニャさんは、自分の目標を『俺の子供を授かること』だと言っていたが――。
「――冗談ですよね?」
「いや? 冗談やないし本気やよ?」
「えっ……」
そう言ったニーニャさんの顔は、冗談を言っている顔ではなかった。
「……すみません。俺には――」
「わては別に第二婦人でも構わへん思うとるよ。アレンはんなら複数の妻がいても不思議やないし、むしろ商人にとって複数の妻がいるんはステータスや」
俺にはクリスさんがいる。そう言って断ろうとしたところを、先制されてしまう。
「そんな……夫婦は1対1でお互いを支えあっていくもので――」
「まぁ普通の恋愛結婚やとそうやろな。せやけど、貴族や大商人となると、そうも言ってられん。重婚や政略結婚なんて当たり前や」
またしても先制されてしまった。言い負かされているようで、少しムッとしてしまう。
確かに貴族はそうだろう。大商人が複数の妻を持つことをステータスにしている事も知っている。
(だから貴族社会は嫌なんだ……それにいくらステータスだからって複数の奥さんとか絶対面倒くさいじゃん……)
「――アレンはん。クリス様は子爵令嬢なんや。それこそ伯爵から声がかかるくらい人気の、な。 そんな子爵令嬢と結婚するなら、アレンはんは普通の商人でいてはダメなんやで?」
(!!)
ニーニャさんの言葉に、俺は衝撃を受けた。確かに、貴族令嬢であるクリスさんと結婚するためには、普通の商人でいるわけにはいかない。それどころか、そこそこの商人でもダメなのだ。貴族社会で戦い続けている者達を相手に、クリスさんを守れるくらいの商人でなければならない。
「クリス様と結婚するっちゅうんはそういうことや。アレンはんにその覚悟はあるんか?」
俺は即答することができない。子爵家に認めてもらう必要があるとは思っていたが、そこまでの覚悟はできていなかった。
「……あります」
それでも俺は答える。
「確かに、そこまでの覚悟はできていませんでした。ニーニャさんの目標も勝手に冗談だと決めつけて失礼な対応をしてしまいました。申し訳ありません」
今思えば、ニーニャさんが目標を話した時、クリスさんは冷静に受け止めていた。あの時からクリスさんは分かっていたのだろう。
いかに自分の頭の中がお花畑だったか、思い知らされる。
「ニーニャさんと結婚すれば、アナベーラ商会が私の後ろについてくれる。それは分かってます。それでも私は、今、ニーニャさんに応えることはできません」
「――それは、今後アナベーラ商会の力は借りないっちゅう事か?」
「いえ、ニーニャさんとの結婚とは関係なく、私の力をミッシェル様に認めてもらい、力を貸しても惜しくないと思って頂けるようにします」
「……アレンはんの力を認めたからこそ、わてが派遣されたんやと思うけどな」
おそらくその通りだろう。ミッシェルさんにはすでに色々力を貸してもらっている。それなのに、ニーニャさんを受け入れないのは不義理なのかもしれない。これは詭弁だ。
それでも――。
「――すみません。今はクリスさん以外の女性の事は考えられません」
それが本音である。2人目のことなど、考えることができないのだ。
「――わかっとるん? それ、いばらの道やで?」
「ええ。貴族社会に喧嘩を売っているようなものですからね」
皆が政略結婚をしている中、自分は恋愛結婚をしたいからほっといてくれ、などと言ったら、それは喧嘩を売っていると思われても仕方ないだろう。
「権力がいかに大きいか、という事を知らない子供の戯言かもしれません」
サーシスが来たときはシャル様に助けてもらった。それ以外で、権力を笠に何かされそうになったことはない。だから、権力の本当の恐ろしさというものを俺は知らない。でも――。
「それでも、俺は権力に縛られない自由な商人として成り上ってみせます!」
知らない物に立ち向かうのは正直怖い。それでも、やってみせる!
「……ほんに子供の戯言やねぇ」
「ですね」
「ただ……応援しとうなるな」
「ええ。それに有力貴族や大商人の中には、自分で認めた人以外は娶らないと言って、上級貴族の婚姻の申し込みを断った方もいます。消して不可能ではありません」
俺の答えを聞いた2人の視線が暖かいものになる。
「ま、厳しいことも言うたけど、今はそれで構わへん。これから色々知っていけばええんや」
ニーニャさんは子供に言い聞かせるように言った。子供扱いされるのは釈然としないのだが、今の俺では何も言い返すことはできない。
「質問には答えたる。わてのおすすめは、アナベーラ商会やな」
「え? アナベーラ商会ですか?」
「せや。アナベーラ商会に行けばだいたい何でもあるからな。ウィンドショッピングするだけでも楽しいやろ」
確かに、父さんとユリが絶賛していたアナベーラ商会だ。デートで行っても楽しいかもしれない。
「それに、最近やと媚薬や滋養強壮薬なんかも取り扱っているから、それを――」
「わー!!」
ナタリーさんが大声でニーニャさんの言葉を遮る。
「なんや突然大声出して」
「こちらの台詞です! 未成年に何を勧めてるんですか!」
ちなみに、この世界の成人は15歳からだ。
「ええやないの。これでアレンはんが女を覚えてくれたらわてのチャンスも――」
「だーかーらー! 何を言っているんですか!」
先ほどまでニーニャさんに抱いていた尊敬の気持ちが音を立てて崩れていく。やはりニーニャさんはニーニャさんだった。
「せやったら、ナタリーはんはおすすめの場所とかあるん? 自分が連れてってもらいたい場所とか」
「わ、私は……その……連れて行ってもらえるならどこでも……」
「あー……あんさんはそうやろな……」
「うぅ……」
マグダンスさんとナタリーさんの恋愛事情が気になるが、俺が口を出していいものか分からず、聞くのがためらわれる。
「まぁ、そういうわけや。参考になったかの?」
「え、あ、はい! ありがとうございます。色々参考になりました」
デートスポットを聞いただけのつもりが、貴族令嬢とお付き合いするための覚悟についても教えてもらってしまった。当初の目的とは違うが、それ以上に大事な事だ。
「そら良かった。未来の旦那様を支えるんは大切な事やからな」
「……そのつもりはありません」
『少なくとも、今はまだ』。その言葉は飲み込んだが、ニーニャさんには伝わったのかもしれない。
「くっくっくっ。そうかいそうかい。まぁ頑張りんしゃい」
ニーニャさんとナタリーさんが立ちあがる。ちょうど2人の休憩時間が終わるの時間だ。
「ま、少なくとも今のところは、わてらはアレンはんの味方や。頼ってくれてええで」
「ええ。困ったことがあったら相談してください」
「はい! ありがとうございます!」
そう言って2人は休憩室を後にした。
1人に残った俺は、これからの事を考える。
(クリスさんと結婚したい。そのためにはクリスさんを守るだけの力がいる。アナベーラ商会がついてくれたらかなりの力になるだろう。でも、重婚はいけないことだ。いやでも、この世界では、そうじゃないのか……それ以前に、アナベーラ商会にさんざんお世話になっていて、ニーニャさんに応えないのはむしろ不義理じゃないのか……でも愛のない結婚なんて……いや、それをニーニャさんは望んでいるから……いやでも……)
前世の倫理観とこの世界の倫理観に挟まれてしまい、何が正しいのか分からなくなってくる。
クリスさんのために商人として成り上るという決意は揺るぎないが、他の人を蔑ろにするつもりはない。
1人で混乱していると、唐突に声をかけられる。
「あら、アレン。一人でどうしたの?」
声のした方を見ると、そこには母さんが佇んでいた。
(アリスちゃんも言ってたけど、女性をエスコートするんだ。ちゃんとしたところに行かないと……)
その辺は俺から提案するべきだろう。
(前世でも引っ張ってくれる男の方がモテたもんな)
とはいえ、俺にデートスポットについての知識などない。調べるとなると、インターネットや電話のないこの世界では、何かを調べようと思ったら図書館に行くか、人に聞くしかない。俺はタイミングをみて、従業員の皆に聞き込みをすることにした。
ちょうど休憩室にニーニャさんとナタリーさんがいたので、おすすめのデートスポットについて聞いてみる。からかわれる事を覚悟していたのだが、2人は真剣な表情となった。
「純粋やねぇ」
「初々しいですね」
「まぁなんだかんだ言うてもまだまだ子供なんやね……アレンはん。わての目標覚えとる?」
顔合わせの時に、ニーニャさんは、自分の目標を『俺の子供を授かること』だと言っていたが――。
「――冗談ですよね?」
「いや? 冗談やないし本気やよ?」
「えっ……」
そう言ったニーニャさんの顔は、冗談を言っている顔ではなかった。
「……すみません。俺には――」
「わては別に第二婦人でも構わへん思うとるよ。アレンはんなら複数の妻がいても不思議やないし、むしろ商人にとって複数の妻がいるんはステータスや」
俺にはクリスさんがいる。そう言って断ろうとしたところを、先制されてしまう。
「そんな……夫婦は1対1でお互いを支えあっていくもので――」
「まぁ普通の恋愛結婚やとそうやろな。せやけど、貴族や大商人となると、そうも言ってられん。重婚や政略結婚なんて当たり前や」
またしても先制されてしまった。言い負かされているようで、少しムッとしてしまう。
確かに貴族はそうだろう。大商人が複数の妻を持つことをステータスにしている事も知っている。
(だから貴族社会は嫌なんだ……それにいくらステータスだからって複数の奥さんとか絶対面倒くさいじゃん……)
「――アレンはん。クリス様は子爵令嬢なんや。それこそ伯爵から声がかかるくらい人気の、な。 そんな子爵令嬢と結婚するなら、アレンはんは普通の商人でいてはダメなんやで?」
(!!)
ニーニャさんの言葉に、俺は衝撃を受けた。確かに、貴族令嬢であるクリスさんと結婚するためには、普通の商人でいるわけにはいかない。それどころか、そこそこの商人でもダメなのだ。貴族社会で戦い続けている者達を相手に、クリスさんを守れるくらいの商人でなければならない。
「クリス様と結婚するっちゅうんはそういうことや。アレンはんにその覚悟はあるんか?」
俺は即答することができない。子爵家に認めてもらう必要があるとは思っていたが、そこまでの覚悟はできていなかった。
「……あります」
それでも俺は答える。
「確かに、そこまでの覚悟はできていませんでした。ニーニャさんの目標も勝手に冗談だと決めつけて失礼な対応をしてしまいました。申し訳ありません」
今思えば、ニーニャさんが目標を話した時、クリスさんは冷静に受け止めていた。あの時からクリスさんは分かっていたのだろう。
いかに自分の頭の中がお花畑だったか、思い知らされる。
「ニーニャさんと結婚すれば、アナベーラ商会が私の後ろについてくれる。それは分かってます。それでも私は、今、ニーニャさんに応えることはできません」
「――それは、今後アナベーラ商会の力は借りないっちゅう事か?」
「いえ、ニーニャさんとの結婚とは関係なく、私の力をミッシェル様に認めてもらい、力を貸しても惜しくないと思って頂けるようにします」
「……アレンはんの力を認めたからこそ、わてが派遣されたんやと思うけどな」
おそらくその通りだろう。ミッシェルさんにはすでに色々力を貸してもらっている。それなのに、ニーニャさんを受け入れないのは不義理なのかもしれない。これは詭弁だ。
それでも――。
「――すみません。今はクリスさん以外の女性の事は考えられません」
それが本音である。2人目のことなど、考えることができないのだ。
「――わかっとるん? それ、いばらの道やで?」
「ええ。貴族社会に喧嘩を売っているようなものですからね」
皆が政略結婚をしている中、自分は恋愛結婚をしたいからほっといてくれ、などと言ったら、それは喧嘩を売っていると思われても仕方ないだろう。
「権力がいかに大きいか、という事を知らない子供の戯言かもしれません」
サーシスが来たときはシャル様に助けてもらった。それ以外で、権力を笠に何かされそうになったことはない。だから、権力の本当の恐ろしさというものを俺は知らない。でも――。
「それでも、俺は権力に縛られない自由な商人として成り上ってみせます!」
知らない物に立ち向かうのは正直怖い。それでも、やってみせる!
「……ほんに子供の戯言やねぇ」
「ですね」
「ただ……応援しとうなるな」
「ええ。それに有力貴族や大商人の中には、自分で認めた人以外は娶らないと言って、上級貴族の婚姻の申し込みを断った方もいます。消して不可能ではありません」
俺の答えを聞いた2人の視線が暖かいものになる。
「ま、厳しいことも言うたけど、今はそれで構わへん。これから色々知っていけばええんや」
ニーニャさんは子供に言い聞かせるように言った。子供扱いされるのは釈然としないのだが、今の俺では何も言い返すことはできない。
「質問には答えたる。わてのおすすめは、アナベーラ商会やな」
「え? アナベーラ商会ですか?」
「せや。アナベーラ商会に行けばだいたい何でもあるからな。ウィンドショッピングするだけでも楽しいやろ」
確かに、父さんとユリが絶賛していたアナベーラ商会だ。デートで行っても楽しいかもしれない。
「それに、最近やと媚薬や滋養強壮薬なんかも取り扱っているから、それを――」
「わー!!」
ナタリーさんが大声でニーニャさんの言葉を遮る。
「なんや突然大声出して」
「こちらの台詞です! 未成年に何を勧めてるんですか!」
ちなみに、この世界の成人は15歳からだ。
「ええやないの。これでアレンはんが女を覚えてくれたらわてのチャンスも――」
「だーかーらー! 何を言っているんですか!」
先ほどまでニーニャさんに抱いていた尊敬の気持ちが音を立てて崩れていく。やはりニーニャさんはニーニャさんだった。
「せやったら、ナタリーはんはおすすめの場所とかあるん? 自分が連れてってもらいたい場所とか」
「わ、私は……その……連れて行ってもらえるならどこでも……」
「あー……あんさんはそうやろな……」
「うぅ……」
マグダンスさんとナタリーさんの恋愛事情が気になるが、俺が口を出していいものか分からず、聞くのがためらわれる。
「まぁ、そういうわけや。参考になったかの?」
「え、あ、はい! ありがとうございます。色々参考になりました」
デートスポットを聞いただけのつもりが、貴族令嬢とお付き合いするための覚悟についても教えてもらってしまった。当初の目的とは違うが、それ以上に大事な事だ。
「そら良かった。未来の旦那様を支えるんは大切な事やからな」
「……そのつもりはありません」
『少なくとも、今はまだ』。その言葉は飲み込んだが、ニーニャさんには伝わったのかもしれない。
「くっくっくっ。そうかいそうかい。まぁ頑張りんしゃい」
ニーニャさんとナタリーさんが立ちあがる。ちょうど2人の休憩時間が終わるの時間だ。
「ま、少なくとも今のところは、わてらはアレンはんの味方や。頼ってくれてええで」
「ええ。困ったことがあったら相談してください」
「はい! ありがとうございます!」
そう言って2人は休憩室を後にした。
1人に残った俺は、これからの事を考える。
(クリスさんと結婚したい。そのためにはクリスさんを守るだけの力がいる。アナベーラ商会がついてくれたらかなりの力になるだろう。でも、重婚はいけないことだ。いやでも、この世界では、そうじゃないのか……それ以前に、アナベーラ商会にさんざんお世話になっていて、ニーニャさんに応えないのはむしろ不義理じゃないのか……でも愛のない結婚なんて……いや、それをニーニャさんは望んでいるから……いやでも……)
前世の倫理観とこの世界の倫理観に挟まれてしまい、何が正しいのか分からなくなってくる。
クリスさんのために商人として成り上るという決意は揺るぎないが、他の人を蔑ろにするつもりはない。
1人で混乱していると、唐突に声をかけられる。
「あら、アレン。一人でどうしたの?」
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