知識チートの正しい使い方 〜自由な商人として成り上ります! え、だめ? よろしい、ならば拷問だ〜

ノ木瀬 優

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第2章 商会の設立

35.【寮の管理者】

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 フィリス工房から戻ると、父さんは家に帰っていった。もう、支店は俺達に任せるらしい。父さんの期待と信頼に応えるべく、明日に備えて今日は早めに就寝する。


 ――翌日、予定より早く目が覚めた。今日から、俺が面接で選んだメンバーでお店を運営していかなければならないというプレッシャーがあったのかもしれない。

(今日から本当の意味で、クランフォード商会の支店がスタートするんだ)
 
 開店初日は明らかに人員が不足していた。とてもではないがまともな運営だったとは言い難い。その翌日からは、ミッシェルさんが従業員を派遣してくれた。マグダンスさん達を除き、彼らはもうアナベーラ商会に戻っている。つまり、今日からは、俺が選んだメンバーで店を運営していく必要があるのだ。

 まともに運営できるのだろうか。緊張もしているし不安もある。しかし、それ以上に楽しみでもあった。

(……ふふ。ああ、やってやるさ!)

 俺はベッドから降りると、身支度を整えて、開店準備を始める。



 お店の前を掃除していると遠くからバミューダ君が走ってくるのが、目に入った。

(早くない!? 9時までまだ1時間以上あるぞ? ってか、なんで走ってるんだ?)

 バミューダ君は猛ダッシュで俺の前まで来ると頭を下げた。

「ごめん……です。遅くなった……です。」

 この世の終わりと言った様子でバミューダ君が答えたので、俺は焦ってしまう。

「い、いや。むしろ早すぎない? 9時に来てくれれば大丈夫だよ?」
「で、でも……店長さんより遅いのはダメ……です」
「俺はここに住んでるからね。俺より早く来るのは無理だよ」
「それでも……一番早く来いって前の人には言われた……です」

(……ああ)

 確かにバミューダ君の前の扱いを聞いていると、そんなことを言っていてもおかしくはない。

「ここではそんなこと、気にしなくて大丈夫だよ。9時にお店についていてくれれば問題ないし」
「…………分かった……です」
「それに、バミューダ君も今日から寮に入ってもらうから、皆と一緒に来ればいいさ」
「いいの?……です」
「もちろん!」

 バミューダ君が不安半分、期待半分という顔でこちらを見た。

「さぁ、それじゃ時間まで休憩室で休んでていいよ。走ってきて疲れたでしょ?」
 
 俺は、バミューダ君を休憩室に案内した。開店準備はまだ途中だったが、勤務時間前に仕事をさせるようなことはしたくなかったのだ。休憩室でお茶を2人分用意し、バミューダ君と一緒に休憩する。バミューダ君は俺が用意したお茶を飲むことを、頑なに遠慮していたが、『業務中に疲れられると困るから』と言い続けて、最後には観念したのか、両手でコップを持ち、恐る恐る飲んでくれた。

 渋みを出さず、優しい味になるように気を付け淹れたお茶なので、飲みにくいことはないだろう。飲み終わったバミューダ君は安心した顔をしていた。

「お代わりいるかい?」
「はい! …………あ、いえ! 大丈夫! ……です」
「遠慮しなくていいよ。まだ残ってるから。ほら」

 そう言って、俺はバミューダ君のカップにお茶を注いだ。

「あ、ありがとう……です」

 少しずつ、態度が軟化したように感じるのは、気のせいではないだろう。 

(まだまだ固いけど、安心してもらえたようで良かった)

 2人でのんびりしていると、店の外から声が聞こえてくる。

「すみません。クランフォード支店長はいらっしゃいますでしょうか」
 
 声は、裏口から聞こえた。時計を見ると、8時30分を指していた。他の従業員が来たとは考えにくい。念のためバミューダ君には休憩室で待っててもらい、俺は裏口に向かう。裏口から外に出ると、そこには少しふっくらとした30歳ほどの女性が立っていた。

「朝早くからすみません。私は、マーサ=ドリアスと申します。クランフォード支店長でしょうか」
「はい、俺が支店長のアレン=クランフォードです。どういったご用件で?」
「この度は従業員寮の管理者として雇って頂き、ありがとうございます。寮の準備ができましたので、ご報告をと思い、お伺いしました。今後ともよろしくお願いします」

 そこにいたのは寮の管理者さんだった。てっきり、従業員の押し売りか、特許権がらみの面倒ごとだと思い、警戒してしまった。

「こちらこそ、ご挨拶が遅くなってしまい、申し訳ありません。寮の準備ありがとうございます。この後お時間ありますか? 9時から最初の朝礼を始めるので、その時に従業員にマーサさんを紹介させて頂きます」
「まぁ、丁寧にありがとうございます。もちろん大丈夫です」
「ありがとうございます。それでは、時間になるまで、一緒に休憩室で待ちましょう」
 
 俺はマーサさんを連れて休憩室に戻る。

「あ、店長。おかえり……です。もう一人いる……です」
「ただいま。紹介するね。こちら、マーサ=ドリアスさん。バミューダ君が入る寮の管理者だよ。マーサさん、こちらはバミューダ=バルス君」

 休憩室で待っていたバミューダ君に、マーサさんを紹介した。バミューダ君はマーサさんに対して、丁寧に挨拶をする。

「管理者! あ、えっと……よろしく……です」
「こちらこそよろしく。こんなに早くきて偉いわね」
「そんなことない……です」
「偉いわよ。早く来たことは偉い事だわ」
「……でも明日からは9時に来てって言われた……です」
「ああ、店長さんはバミューダ君を心配したのね。早く来ることは偉い事だけど、早く来すぎたら疲れちゃうわ。だからゆっくり来ていいんだよって店長さんは言ったのよ」

 マーサさんの言葉を聞いて俺は間違いに気が付く。

(あ、そっか……俺は、バミューダに遅く来るように言うんじゃなくて、まずは早く来たことをほめるべきだったんだ。『遅く来ていいこと』を伝えるのは、ほめてからでよかったんだ)

 早く来ることは悪い事じゃない。それなのに注意・・をしてしまっては、バミューダ君が悪いことをしたように感じてしまう。

「俺の言葉が足らなくてごめんね。もちろん、早く来たのは偉い事だよ。でも、早すぎると疲れちゃうから、ちゃんと休んで、9時に間に合うように来て欲しいな」
「! わかった……です。ありがとう……です」

 バミューダ君が先ほどよりスッキリした顔で頷いてくれた。

「マーサさんもありがとうございます」
「いえいえ。従業員さんに気持ちよく働いてもらうのが私の仕事ですから」

 そう言って、マーサさんはにっこりとほほ笑む。

(頼りになる管理人さんだな)

 そう思いながら、休憩室に入る。俺がお茶を淹れようとしたが、マーサさんが代わってくれた。『お茶を淹れるのは得意だから任せてほしい』と言われたのだ。実際、淹れてくれたお茶は俺が入れたお茶より明らかに美味しく、優しい味がした。

 どこか安心する味のお茶を飲みながら3人で休憩していると他の従業員が集まってきた。
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