知識チートの正しい使い方 〜自由な商人として成り上ります! え、だめ? よろしい、ならば拷問だ〜

ノ木瀬 優

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第2章 商会の設立

29.【面接1 バミューダ君登場】

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 母さんのハード過ぎるトレーニングによって、筋肉痛に悶えていた俺だが、少しすると身体を起こせるようになってきた。壁伝いで何とかリビングに向かうとテーブルに突っ伏しているユリを見つける。

「お、おはよう……」
「あ、お兄ちゃん…………おはよう」

 ユリも筋肉痛がひどいのだろう。いつもは朝から元気なユリだが、今朝は元気がない。

「あらあら、2人とも若いのに情けないわねぇ」
「いや…………まぁ……うん……2人とも大丈夫か?」

 昨日、俺達以上に動いたはずの母さんはぴんぴんしている。

「な、なんとか……」「大丈夫! だと思う……」
「まぁ、そんな感じだよなぁ」

 俺もユリもやる気はあるのだが、身体が大丈夫ではなかった。

「あらまぁ。それじゃ朝食は食べやすいものにしますか」

 そう言って母さんが朝食の準備を始める。

「――さて、支店のことで話がある。話しても大丈夫か?」

 そう言われたら支店長としてダメとは言えない。

「大丈夫だよ。今日の面接の事?」
「それもある。支店の左隣の店舗だが、空き店舗だっただろう?」
「うん」
「昨日役所に確認したら、元は旅館だったらしいんだ。そこをクランフォード商会の従業員寮にしようと思う」
「「従業員寮!?」」

 大きな商会であれば従業員寮があるところも多い。寮があれば、住み込みで働いてくれる従業員を募集できるからだ。
 
「旅館の清掃は前の持ち主がやってくれている。明後日には入れるようになるそうだ。ちなみにその人は、そのまま寮の管理者として雇用する契約だ」
「凄い! でもなんで急に?」
「……まぁ、その……なんだ。実は昨日、従業員の応募状況を確認しに隣町に行ったんだがな」
 
 父さんが珍しく歯切れが悪そうに話し出した。

「募集要項に『通いで働ける者』って書かなかっただろ? そのせいで遠くからの応募が数件あったんだよ」
「え!?」

 確かに、募集要項には書かなかった。そんな遠くの人が応募してくるとは思ってなかったからだ。

「そんなの、今からでも断ればいいんじゃないの?」
「……どうやら貴族からの応募があるらしい」
「「貴族!?」」

 それこそ、大きな商会であれば、従業員として、貴族の子供を雇っている所もある。けれどもそれは、王都に店舗を構えるような大商会だ。

「父さんのミスだな。アナベーラ商会の影響力と…………母さんの影響力を甘く見ていた」
「母さん?」

 なぜここで母さんが出てくるのだろう。

「その貴族達は『アナベーラ商会会頭が気に入った商会が従業員を募集している。しかもその商会はイリーガル家の令嬢が嫁いだ商会だ』と聞いて、応募してきたらしい。父さんもうかつだったよ」
「そ、それは…………」
「募集要項に明記されていない以上、応募を断る事は出来ない。応募を受ける以上、寮を用意しておかないとまずいだろ? 仮に面接で断ったとしても、『受け入れる体制ができてなかったから断ったんだ』と言われてしまうからな」

 相手に粗があれば容赦なく突く。貴族とはそういう生き物だ。

「それで急いで寮を準備したの?」
「ああ、そうだ。まぁ急で大変だったが、悪い話じゃないさ。従業員に貴族の子がいるというのは、商会にとってステータスになる。今後、貴族相手に商売することもあるかもしれない。隣が旅館だったのもラッキーだな」

 確かにクランフォード商会・・・・・・・・・としてはいい話だろう。しかし……。

「俺、貴族の子を部下に持つの?」

 俺としてはたまったもんじゃない。

「………………ま、まぁあんまりひどいようなら面接で断ればいいさ。気楽にいけよ」

 そう言って父さんは俺の肩を叩く。叩かれた肩が『忘れるな』と言わんばかりに筋肉痛を訴えてきた。

「ぐぎゃーーーー!!」
「あ…………悪い、忘れてた」
 
 

 その後、何とか朝食を取り、隣町行きの馬車に乗り込む。いつもは心地いい馬車の揺れもこの日の俺達には激痛だった。

 死にそうになりながら支店に着くと、すでにマグダンスさん達が開店準備を始めていたので、声をかける。

「――おはようございます」
「あ、店長おはようございます……って大丈夫ですか!? ひどい顔をされてますが……」

 マグダンスさんが驚いた顔をする。そんなにひどい顔をしているのだろうか。この後面接なのにそれはまずい。

「昨日、ちょっと……かなり運動したら筋肉痛で……休み明けにすみません。申し訳ありませんが、開店準備はお願いします」
「もちろんです。この後、面接ですよね? 頑張ってください」

 その場をマグダンスさんに任せて応接室に向かう。面接が始まる前に少しでも回復しておかないと。

 応接室に着くと、昨日父さんからもらった応募者の名簿を用意し、テーブルに着く。

「父さん。悪いけど面接の準備をお願い。来てくれた人は隣の部屋で待っててもらって、時間になったら名簿の順番に案内して」
「おう」

 予想以上に応募者がいたため、順番の後ろの方はかなり待ってもらうことになるが仕方がない。ちなみに名簿の順番は応募順だ。貴族の子達も待ってもらうことになるが、それに文句を言うようなら一緒に働くのは難しいだろう。

「ユリは隣の部屋で、面接を受けに来た人のふりをして待ってて。もし、文句を言う人や騒ぐ人がいたら教えて」
「わかった!」

 ユリも動くのは辛いだろう。なるべく動かない仕事を割り振る。これで準備は完了だ。俺は、最後の問題である身体の回復に専念した。
 



 時計を見ると間もなく面接の時間だ。応接室の鏡を見て、顔色を確認する。万全とは言い難いがひどい顔色ではないはずだ。クランフォード商会の支店長として心を切り替える。

(よし!)

 父さんに言って最初の方を連れてきたもらう。しばらくするとドアをノックする音が聞こえる。面接スタートだ。
 
「コンコン」
「どうぞ」
「入る……です」

 ドアが開く。入ってきたのは、少し汚れた格好をした男の子だった。

「バミューダ=バルス、10歳……です。よろしく……です」
「よろしくお願いします。そちらにお座りください」

 俺がそう言って目の前のソファーを指さした。すると、何を思ったのかバミューダ君はソファーとテーブルの間の床に正座した。

「あ、あの…………ソファーに座って頂けますか?」
「え? いいの?……です。」
「もちろんです」
 
 俺が言うと恐る恐るといった感じでソファーに座った…………ように見えたが、よくよく見ると、ソファーに触れないように空気椅子をしていた。

「座っていただいて大丈夫ですよ?」
「殴らない?……です」
「え??」

 バミューダ君の言っていることが理解できず、一瞬ぽかんとしてしまう。

「え、ええ、もちろん殴りませんよ。その姿勢は辛いでしょ? 楽にしてください」
「は、はい……です」

 バミューダ君は意を決したようにソファーに座った。ぎゅっと目をつぶって身体はこわばっている。まだ殴られると思っているのだろうか?

「大丈夫ですか? 楽にしていいんですよ?」
「本当に殴らない?……です」
「ええ。絶対に殴りません」

 俺がそういうと、バミューダ君は目を開けた。その目には不安とわずかな期待が宿っていた。

「それでは面接を始めますね。バミューダ君はどのような仕事ができますか?」
「力仕事が得意……です。丈夫だから殴られても平気……です。丈夫だから魔道具の実験に耐えられる……です」

 うすうす感じていたが、バミューダ君はこれまで、だいぶひどい扱いを受けていたようだ。

「……他に得意なことはありますか?」
「ない……です。僕のとりえは丈夫なこと……です。それ以外はゴミ……です」
「………………そんなことない!」

 俺は我慢できなくなった。店長としての仮面を脱ぎ捨て、本心で話しだす。

「バミューダ君はゴミなんかじゃないよ! 自分でそんなことを言っちゃいけない!」

 バミューダ君はぽかんとしている。今まで他の誰かにそう教え込まれたのだろう。『お前はゴミだ』と。だから俺の言っていることが理解できないようだ。

「で、でも。僕はなにもできない……です」
「……ふー。明日の朝9時にお店に来てください。明日からバミューダ君はクランフォード商会の従業員です」

 俺は心を切り替えて、店長として対応する。俺の言葉に、バミューダ君の表情がぱぁっと明るくなった。

「あ、ありがとう!……です!」
「その代わり、もう自分のことをゴミだと言うのはやめてください。クランフォード商会にゴミはいません。いいですね?」

 おそらく、今どれだけ言葉を尽くしても、バミューダ君には響かないだろう。ならば、多少強引でも、自分がゴミじゃないと自覚してもらう。それから少しずつ自信をつけていけばいい。

「え…………えっとあの、その……はい……です」
「結構です。それでは明日からよろしくお願いします」

 俺はにっこりとほほ笑んで言った。
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