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第2章 商会の設立

28.【トレーニング】

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 ヤムダと手下達はトマスさん達治安部隊の方々に連れられて、詰め所に向かった。詰め所の地下に、牢屋と尋問部屋があり、そこで詳しく話を聞くらしい。

「今回の件だけだと強盗未遂ぐらいだが、余罪がたっぷりありそうだからな。これからみっちり絞ってやる。かっかっか!」

 トマスさんが嬉しそうに笑って言った。後のことはトマスさんに任せよう。

 皆を見送った後、父さんが声を出す。

「さてと……皆お疲れ様! アレンもユリも怖かっただろう? 今日はもういいからゆっくり休んでおいで」
「大丈夫だよ! まだ……あれ?」

 俺は今更になって足が震えていることに気が付く。足に力を入れていないと、立っている事もままならない。

 そんな俺の隣で、同じく足を震わせながらユリが言った。

「でも……看板がまだ途中なの。せめて描きかけの分だけは描いちゃいたい! ダメ?」

 デザインを描きかけで放置するのは、デザイナーとして許せないようだ。だが、俺から見ても、今のユリに満足に看板が描けるとは思えない。父さんも同じ考えの様で、諭すようにユリに言った。

「気持ちは偉いけど、せめて午前中は休みなさい。今の状態じゃ満足に描けないだろう?」
「…………わかった」

 ユリも自分が疲れていることは自覚しているのだろう。渋々といった様子だが、父さんの指示に従った。



 その場を父さんと母さんに任せて俺とユリはそれぞれ自分の部屋に戻る。1人になってベッドに腰かけると、途端に恐怖に襲われた。

(怖い……あいつら、剣を使うことにためらいがなかった。いざとなれば、本気で母さんを刺すつもりだったんだ。ユリだって刺されたかもしれない。2人が死んじゃったかもしれないんだ……そんなの嫌だ……)

 暗い考えが頭の中をぐるぐる回る。恐怖が頭だけでなく、身体を支配していく。俺は膝を抱えてうずくまった。

 どれくらいそうしていただろうか。1分かもしれない。1時間かもしれない。突然ドアがノックされた。

「――誰?」
「お兄ちゃん……入っていい?」
「ユリ? いいよ」

 ユリが俺の部屋に来た事はめったにない。驚きはしたが、何となくユリの気持ちは分かった。

 俺が返事をすると、ドアを開けてユリが入ってきた。両手で枕を抱きしめていて、その目には涙が浮かんでいる。

「どうした? 大丈夫か?」
「………………」

 ユリは答えない。

「……こっちにおいで」
「…………(コクッ)」

 俺はベッドの自分の隣に、ユリを呼んだ。ユリはうなずいて俺の隣に腰かける。

「………………怖かったな」
「……うん」
「俺も怖かった」
「!」

 ユリが驚いている。怖がっていないと思われていたのだろうか。俺はそんなに強くない。

「母さんとユリが殺されてたかもしれない」
「あっ……」
「そう思うと……今でも怖い」

 俺は自分の手を見つめた。その手は、みっともなく震えている。

「お兄ちゃん……」
「情けないよな。結局、何もできなかった。父さんと母さんに守られただけだ」
「そんなこと!」
「何もできないのは辛いな…………」

 そう言った俺の手をユリが握ってくれる。

「私も……」
「?」
「……私も何もできなかった」

 それは仕方ないだろう。11歳の女の子が強盗に立ち向かえるわけがない。

「お母さんは戦えたのに……」
「い、いや……それは……まぁ」

 母さんを基準にしてはいけない人だ、と、思わず突っ込みそうになってしまった。

「強くなりたいな」
「……そうだな」

 俺は弱い。

 日本で暮らしていた頃、喧嘩の強さなどなんの意味もなかった。だけど、ここは日本ではない。弱ければ容赦なく搾取される。

「お母さんみたいに皆を守れるようになりたい」
「うん…………ぇ?」

 母さんみたいには無理があるような……。そう思ったが、ユリは本気のようだ。握った手から決心が伝わってくる。

(そう……だよな。皆を守るためにはそれぐらいの強さが必要だよな!)

「強くなって…………私がお兄ちゃんを守るんだ!」
「あぁ! …………ん? 違うぞ! 俺も強くなるから! 俺がユリを守るから!」

 ユリを見るときょとんとした顔を浮かべている。

「え? でもお母さんがお父さんの事守ってたよ?」

(あー…………)

「それは……まぁ……そうなんだけど…………俺は守られるだけじゃ嫌なの。だから俺も強くなる!」
「そっか……。それじゃ一緒に強くなろうね!」
「あぁ!」

 俺達はそう決心した。



 身体の震えは、もう止まっていた。安心したからか、急に疲労感が押し寄せてくる。隣を見るとユリもウトウトしていた。俺は座ったままユリの頭を抱き寄せる。ユリも頭を預けてくる。肩に心地よい重さを感じながら、俺は眠りについた。

 
 昼食の準備ができたことを知らせる母さんの声で目を覚ます。同時にユリも目を覚ましたようだ。

「おはよう」
「おはよう」

 時間は昼だったが、俺達は朝の挨拶を交わした。『おはよう』と言ったら『おはよう』と帰ってくる。そんな当たり前の幸せを感じながら、俺達はリビングに向かった。

 昼食の時に母さんに聞いてみる。

「母さんみたく強くなるにはどうすればいいの?」
「え? うふふ……そうねぇ。まずはしっかりと身体を作ることね。ちゃんとご飯を食べて、適度な・・・トレーニングをして、ちゃんと寝ることが大事よ」

 母さんはにっこり微笑んで答えてくれた。

「午後、私と一緒にトレーニングする?」
「「する!」」

 俺とユリが答えた横で、父さんが慌てた顔をしている。

「おいおい! 明日はアレンに面接官をしてもらうんだぞ? あんまり無茶させるなよ?」

 明日は支店の従業員募集の日だ。支店の従業員なので、支店長である俺が面接官を務める予定だった。

「大丈夫よ。ちゃんと加減するわ。ユリちゃん。看板はあとどれくらいで描けるの?」
「2時間もあれば大丈夫!」
「そう……それじゃ2人とも15時になったら汚れてもいい服に着替えて外にいらっしゃい。うふふ、楽しみね」

 母さんはとても素敵な笑顔を浮かべていた。
 …………その笑顔を見て、背中がゾクリとしたのは、気のせいだと思いたい。




 その日の夜、俺とユリは屍のようになっていた。

「はぁ……やっぱりこうなったか」
「ちゃんと加減したわよ?」

 父さんのつぶやきにほとんど疲れていない母さんが答える。

「母さんが5歳の頃に毎日やっていたメニューよ? 身体強化が使えない分、ちゃんと少なめにしたし」
「基準を母さんにした時点で少なめにしても意味ないんだよ…………」

(これを毎日!?)

 俺は驚愕した。今日行ったメニューを思い出す。

 最初に行ったランニングは常に全力疾走を強いられた。後ろから木刀を持った母さんが追いかけてきて、少しでもスピードが落ちると、木刀ですぐ後ろの地面を爆発・・させるのだ。

(おかしいだろ!? なんで地面に木刀を振り下ろしただけで地面が爆発するんだよ!)

 俺達を攻撃するわけないと頭では分かっていても、すぐ後ろで爆発が起きれば、全力で逃げざるを得ない。そうやって全力を強要し続けた。

(母さんも一緒に全力疾走してたはずなんだけど…………)

 一緒に走った母さんに、疲れた様子は全くない。その後の山登りや川下り、さらには崖登りや滝下りなども全力を強要された。おかげで、自分で思っていた限界は簡単に超えられると分かったが、限界を超え続けた体は、もうボロボロだった。

「明日は従業員の面接の日だぞ。『あの方』も来るんだろ?」
「若いんだし、平気よ。いざとなったら『あの子』にお願いして治してもらえばいいわ」

 
 その後、いつもよりも多い夕食を何とか無理矢理胃に流し込む。食欲などなかったが、『ちゃんとご飯を食べることも大事よ』と言われたので、何とか食べきった。

 身体を綺麗にした後は泥のように眠った……はずだ。布団に入り、目をつぶった次の瞬間には朝だった。

(まじか……)

 ここまで熟睡したのは産まれて初めてだ。朝であることを確認し、起き上がろうとする。

「……ぐがっ! ………え!?」

 身体を起こそうとすると、全身が筋肉痛を訴えてきた。身体を起こすどころか、寝返りを打つことすら難しい。

(おいおいおい! 俺、今日面接官やるんだよな? ……大丈夫かこれ!?)

 俺はベッドの上で1人、身動きが取れない状態で、筋肉痛に悶え苦しんだ。
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