知識チートの正しい使い方 〜自由な商人として成り上ります! え、だめ? よろしい、ならば拷問だ〜

ノ木瀬 優

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第1章 初めての商品

9.【開店準備1 前日】

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 翌朝、つやつやの母さんと寝不足気味の父さんを見て、複雑な気持ちになる。平常運転のユリが羨ましい。

 皆で朝食をとり、一息つく。もう少ししたら開店の準備を始める時間だ。

「さて、昨日母さんと話し合ったんだがな? クランフォード商会はここを本店にして、隣町の店舗を支店にする。そして、アレン。支店は基本的にお前に任せようと思う」
「……………え!?」

 寝耳に水とはまさにこのことだ。

「お前は昔から頭が良かったからな。なるべく経験を積んだ方がいい。昨日は試しに露店を仕切らせてみたが、まさか最後までやりきるとは思っていなかったぞ。とっさの機転も見事だった」
「お兄ちゃん凄かったよ!」

 父さんが褒めてくれる。ユリも誇らしげだ。

(違う! あれは父さんのマネをしただけだ!)

「もちろん最初は俺達も手伝う。悩みがあれば相談に乗るぞ。だから、好きなようにやってみろ。責任は俺達がとる」

 商会登録に、店舗の確保、リバーシの大量生産ですでに大金がかかっている。もし、支店の運営に失敗したら家族に迷惑が掛かってしまう。

(俺が失敗したら……家族の幸せを奪ってしまう…………いやだ。怖い)

 顔を上げることができない。父さんの顔を見ることができない。期待してくれるのは嬉しいが、力不足を実感している俺には過剰な期待だった。

「お、俺には……でき……」

 できないと言いたかったが言葉が出ない。

 期待を裏切りたくない、期待に応えたいという気持ちと過剰な期待によるプレッシャーで身動きが取れなくなってしまう。

 うつむいている俺の頭を大きな手が優しくなでてくれた。

「アレン。失敗してもいい。家族に迷惑をかけてもいい。でも、止まるな。お前は今、急成長している。それを止めちゃいけない」

 失敗してもいいと言ってくれた。迷惑をかけていいと言ってくれた。少しだけ心が軽くなる。

 成長していると言ってくれた。少しだけ自信がわいてくる。

 顔を上げると、父さんと目が合った。父さんの目には、期待だけではなく、信頼があらわれている。

 父さんの信頼に応えたい。

「…………わかった。やってみる」

 父さんがほほ笑んでくれる。

「よく言った!」

 そう言って俺の頭を強くなでる。

「それじゃ本店はしばらく母さんにを任せる。支店をオープンしてからしばらくは泊りがけになるだろうからな。1週間以内に戻る予定だが、明日は多めに買い出しを頼む」
「わかったわ」
「ユリはアレンの指示に従って支店の準備だ」
「わかった! お兄ちゃん、私は何をすればいい?」

 ユリが俺を見つめてくる。

「……そうだな。ユリは明後日までに店舗用の看板と、露店の場所に置く案内板を描いて。案内板は開店日しか使わないけど、看板は長年使うことになるからそのつもりでお願い!」
「わかった! 頑張る!」

 ユリが気合を入れていた。看板と案内板は任せて大丈夫そうだ。

「よし! それじゃアレンは経営の勉強だ! 2日間で詰め込むぞ」
「うん!」

 それから父さんに、経営の基礎を叩き込まれた。帳簿のつけ方や接客については前から知っていたが、工房への支払いや、役所への申請、商店としての暗黙のルール等、知らないことだらけだった。

 教わり始めて気付いたのだが、父さんは教えるのが非常にうまい。まず全体の流れを教えてくれて、その後に個々の詳細を教えてくれる。

 全体の流れを理解しているので、詳細についてイメージしやすい。覚えることがたくさんあったはずなのに、どんどん頭に入って行く。

 今日1日で経営の基礎について十分に理解できた。

 夕食のときに、父さんが褒めてくれる。

「やっぱりアレンは頭がいいな。まさか、1日でマスターするとは」
「父さんの教え方が上手いんだよ。おかげですんなり理解できた。ありがとう」

 計算や地理、歴史を教えてもらった時も非常にわかりやすかった。昔を懐かしく思っていると、昔、ユリに勉強を教えたことを思い出す。

(あの時は嫌な態度をとっちゃったな)

「ユリ、今更だけど、勉強教えるの下手でごめん。父さんみたいにうまく教えてあげられれば良かったんだけど。うまく教えられなくてイライラしちゃってごめんな……」

 ユリはきょとんとした顔をした。

「? お兄ちゃん、約束通りちゃんと教えてくれたよ? 毎日ちゃんと付き合ってくれたじゃん。なんで謝るの??」
「いや……だって教え方下手だったし……態度悪かったから……」
「??? ちゃんと教えてくれてたよ? 態度も悪くなかったよ? 私と向き合ってくれたじゃん。私嬉しかったよ」

 そういってユリはにっこりと笑ってくれた。父さんも笑いながら言う。

「あの頃のお前はユリの力になりたくて頑張っていたからな。はたから見てもそれがわかったぞ。だから、父さんも母さんもユリの勉強をお前に見てもらったんだ」

 俺はイライラしていたと思ったが、自分で思っているほど態度に出ていなかったのだろうか。

「誰かのために頑張っていることは意外と伝わるものよ。アレンがユリちゃんのために頑張っていることは伝わってきたわ。上手くできなくて自分にイライラしていることもね」

 イライラしていることは伝わっていたらしい。

「計算を教えようとすれば、普通は1年以上かかるし、それでもできない子も少なくない。お前はユリに2か月で計算を教えたんだ。もちろんユリが頑張ったからだが、アレンがちゃんと教えたからでもある。お前も誇っていいんだぞ」

 胸のもやもやが一つ取れた気がした。あの頃から、父さんのようにできないことにイライラしていた気がする。劣等感を持っていたのかもしれない。でも、俺は俺だ。俺にできることはある。それを誇っていいんだ。

「そっか。……ありがとう」
「だからお礼を言うのは私だって! あの時はありがとね。お兄ちゃん」

 俺とユリはにっこりとほほ笑みあった。

 翌日、ユリが看板と案内板を見せてくれた。案内板はリバーシが描かれていて、店舗の方向も示してくれている。商品と店舗の位置が一目で分かるできとなっていた。

 看板の方には「クランフォード商会」の文字は書いてあったが、リバーシは描いてなかった。

「リバーシ以外の商品も取り扱っていくんでしょ? 看板にまでリバーシ書いていいか、お兄ちゃんに聞こうと思って」

 ユリに言われて気付いた。看板は店の顔だ。今後もリバーシは取り扱っていくが、店の顔とし続けるかは、わからない。商品の1つを看板に乗せるのは慎重に行うべきだろう。

「相談してくれて助かった。確かにリバーシを看板に描くかは悩むところだね」
「うん。私としては、リバーシは宣伝版や広告に描くとして、看板は『クランフォード商会』だけでいいんじゃないかなって思ったんだけどどうかな?」
「お、いいね! できれば今日中に宣伝版を描いてほしいんだけど描ける? 明日、父さんと一緒に店に行くからその時に持っていって置いておきたい」
「わかった! それじゃ、『明日オープン! リバーシ販売!』 って伝わるような宣伝版にするね!」
「頼む!」

 もともと、ユリは絵を描くのが上手だったが、絵を通して何かを伝えることがさらに上手になった。将来は天才画家として有名になっているかもしれない。

 そんなことを考えていると父さんがやってきた。昨日、基礎については十分学んだので、応用的なことについて教わる。

「リバーシみたいな娯楽品を売っていくなら、ある程度品揃えを用意しないとすぐに飽きられちまう。遅くても1か月以内には次の娯楽品を用意しないとな」
「1か月……ということは、工房で作ってもらうのに、1週間かかるとして、2、3週間以内に開発しないといけないってことか」
「そうだな。その後も半年くらいは月1のペースで新商品を開発した方がいい」
「わかった」

 新商品については、知識チートがある。まだまだ何とかなりそうだ。

「あとは従業員だな。最初は俺とアレンとユリで回せるだろうが、繁盛してきたら厳しいだろうな。明日、役所に行って従業員募集の告知を出すべきだ。早ければ1週間くらいで新しい従業員を雇えるだろう」
「従業員の募集か。了解」

 メモに翌日隣町でやることを書いていく。

・役所に行き、支店の手続きを行う。鍵をもらう
・支店に行き、中を確認する。
・工房からの納品物を受領し、支払い手続きをする
・近所に挨拶をする
・掃除して、備品に不具合がないか確認する
・看板と宣伝版を設置する
・役所に行き、従業員募集の告知を出す

 忘れていることがないか何度も確認した。明日、隣町に行くための荷造りも済ませてある。あとは、ユリが作ってくれる看板を入れるだけだ。

 ちょうどその時、ユリが看板を持ってきてくれた。『クランフォード商会』の文字だけが描かれた看板は、シンプルながらも気品を感じるできだった。ユリが丁寧に描いてくれたことがよくわかる。

 ユリを見ると、誇らしげな顔をしている。ユリ自身、会心のできだったのだろう。

「ありがとう! これで準備は完了だ。明日に備えてゆっくり休もう」
「うん!」

 そう言って俺達は家に戻った。
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