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【sideナナ】

「よし、皆いるね。それじゃ、朝礼を始める……前に、今日は大事な知らせがある。突然だけど、今月で店をたたむ事になったからそのつもりで」
「「「「「は?」」」」」

 店長の言葉に、その場の皆がポカンとした顔をした。



 私の名はナナ。とある風俗店で働いている。男性にエッチなサービスを提供してお金をもらう、いわゆる『嬢』だ。私が働いているお店は、この辺りじゃかなり有名なお店で、毎日ひっきりなしにお客さんがやって来る。

 だからこそ、店長の言葉の意味が分からない。少なくとも、客不足による経営不振とかではないはずだ。

「あ、あの……どうしてなんですか?」

 嬢を代表して、私は店長に聞いた。

「んー、実はね――」

 店長から聞いた話はこうだ。

 ――曰く、それまでの王様が亡くなり、先月新しい王様が即位された。

 それは知っている。先月は即位式?とかで、お祭り騒ぎになって、お店にたくさんの人が来てくれたから。

 ――曰く、新しい王様は『真実の愛』とやらに目覚めて、婚約者だった公爵令嬢に婚約破棄を行い、異世界から召喚された聖女様と結婚したらしい。

 それも知っている。劇やら小説やらで今話題となっているからだ。変な話だなって思ったけど、雲の上の人達の事は良く分からない。そういう事もあるのかなぁって思っていた。

 ――曰く、その聖女様が『風俗店で働いている女性が可哀そう。好きでもない人と行為に及ぶなんて……。風俗店は禁止にすべき!』と旦那である王様に言ったらしい。

 それは知らなかったけど、まぁ仕方ないと思う。純粋無垢と言われている(人の婚約者奪う女が純粋無垢ってのも疑わしいけど)聖女様がそう思うのも分からなくはないから。そして……。

――曰く、そんな戯言を真に受けた王様が、本当に法律で風俗店を禁止にしたらしい。

「だから、国内の風俗店は今月中に店をたたまなくちゃいけないんだ」
「………………新しい王様って、馬鹿なんですか??」

 私はあまりの衝撃に、思った事を言ってしまった。

「ちょ!? ナナちゃん! 不敬だよ! バレたら捕まっちゃうから!」
「え? あ、そっか……まぁその時は、サイクスさんとかカタールさんとかに助けて頂くので大丈夫です」

 サイクスさんとカタールさんは私の常連のお客さんだ。2人共衛兵さんだし、特にサイクスさんは結構偉い人らしいから助けてくれるだろう。

「そういえば、サイクスさんは王子様の護衛をされてたんだっけ? じゃあ、今は王様の護衛か……なら大丈夫、かな? ま、まぁ、そういうわけだから、皆、次の仕事を探しておいてね。国からけっこうな慰安金がでるはずだからしばらくは大丈夫だと思うけど」
「慰安金って……何に対する慰安なんですか?」
「ん? 『これまでひどい仕事をしてきた事に対する慰安』だってさ」
「………………馬鹿にしてますね」
「本当にね」

 確かに、泣く泣くこの仕事に就いた人もいるだろう。様々な事情で、やりたくもないのに、この仕事をしている人もいるのかもしれない。中には、罰としてこの仕事をやっている人だっているだろう。

 でも、だから何だというのか。少なくとも私は誇りとやりがいをもってこの仕事をやっている。来てくれたお客さんが満足そうに帰る姿を見るのが好きだ。私で興奮して、絶頂してくれることが、たまらなく嬉しい。だからこそ、少しでもお客さんに満足してもらえるように、日々勉強している。

 それなのに、上から目線で『ひどい仕事』と決めつけられるのは、不快でしかない。

「あー、なんかむしゃくしゃする! オプションのコスプレに、聖女様と同じ服をびりびりに破いた物でも追加してやりますか!」
「ダメだよ! サイクスさんでもかばえない不敬罪になっちゃうから!」
「――っ! じゃあSMプレイ希望のお客さんに、王様と同じ服を着てもらうとか」
「もっとダメだよ! 一応この国の国王様だからね!? 喧嘩売ろうとしないで!」
「むぅー」

 少しでも聖女様達に意趣返しをしてスッキリしたかったのだが、店長からダメ出しが入ってしまった。

(うー、ダメだ。どうしてもイライラしちゃう……もうすぐ開店なのに!)

 こんなイライラした状態で、お客さんの相手をするわけにはいかない。何とか怒りを発散させようと頭を抱える私に、店長が優しく話しかけてくれる。

「そんなイライラしないで。せっかくの美人さんが台無しだよ?」
「店長……でも!」
「それに大丈夫だよ。ほおっておいても、彼らはすぐに報いを受けるから」
「え?」 

 言葉の意味が分からず、店長を見上げると、店長はとても悪い笑みを浮かべていた。

「――はぅ!」
「え、ちょ、ナナちゃん!? あれ? 皆も!? どうしたの??」

 私は真っ赤になった顔を慌てて伏せる。私を含め、店の嬢は皆、店長のこの悪い笑みが大好きなのだ。店長の笑顔の写真は、嬢全員で共有して、宝物にしているし、お客さん相手にどうしても気分が乗らない時は、店長の笑みを思い出して気分を整えているほどだ。

 そして、私は、この笑みを1人で独占したいと思っているんだけど、それはまだ店長にも他の嬢にも内緒の話。

「だ、大丈夫? もうすぐ開店時間だけど……」
「大丈夫です! だよね? 皆!」
「「「はい!!」」」

 店長のおかげで、私のイライラは吹き飛んだし、身体の調子も万全だ。皆も素敵なご褒美・・・のおかげで、やる気十分なようだ。

 こうして、今日も私達は、仕事に(で)精を出すのだった。



【side 水樹(聖女)】

「またせたな、水樹。ようやく例の法律が施行される。来月から風俗店は全面禁止だ」

 王宮の寝室で、そう私に話しかけるのはライド。この国の王子……ではなく、王様だ。

「うん! ありがとう、ライド! これでたくさんの女の子が救われるわ」

 なぜ、この国の王様が私に話しかけてくれるか。答えは簡単。彼が私の夫だからだ。



 ……簡単ではなかった気もするから、例の法律の事も含めて順番に説明していこうと思う。

 事の初めは半年前。徹夜でゲームをしていた私は、学校に向かう途中、車にひかれそうになってしまう。近づいてくる車のライトが視界に入ると、走馬灯のようなものが頭をよぎり、『ああ、私死ぬんだ。せめてPCの秘密フォルダは消しておきたかったなぁ』って思った次の瞬間、この国の王座の間にいた。

 最初はパニックになったものの、落ち着きを取り戻した私は、持ち前のオタク知識を活かして、この世界でどのように生きていくべきかを模索する。

(えっと……まず、王子様には婚約者がいるのね。なら、私は近づかないようにして……文明は中世ヨーロッパ位だから財政チートできそうね! 農業とか、金融とか、色々やっていけそう! 頑張るわよー!)

 幸いにも異世界転生小説の知識は沢山あったので、正しいムーブが出来たと思う。なるべく敵を作らないように注意しながら、私は財政チートを推し進めていく。幸いなことに王子様と、王子様の婚約者で公爵令嬢のマレリア=フィールド様とも良好な関係を築けていたので、小説のように、『ざまぁ』されるような展開にはならなかった。のだが……。

「ライド王子とマレリア公爵令嬢の婚約を白紙撤回し、新たにライド王子は聖女と婚約させる。なお、王妃教育を終えているマレリア公爵令嬢は、聖女のサポートをするように。これは王命である」

 私の財政チートの効果が目に見えて現れてきた時に、王子様と婚約する事になってしまったのだ。しかも、王命によって。

(ちょ! 待って! これ、大丈夫!? 大丈夫なの!?)

 財政チートの知識を持っている私を逃がしたくないという王様の考えは理解できる。だけど、この展開が異世界テンプレ的に『大丈夫』なのかが判別できない。

 王子の暴走の末でも、不貞行為の末でもない、王命による婚約解消。色々と不安に思う私の気持ちを置き去りにして、王子と私の婚約のための儀式が粛々とすまされていく。そして……。

「よし。これからは私の婚約者として頼むぞ、水樹」
「は、はい! ライド王子……」

 こうして、私はライド王子の婚約者になった。嬉しい気持ちが無いと言ったら嘘になる。というより、ライド王子に対する恋心は、召喚された直後からあったのだ。かっこいい金髪の王子様。生粋のオタクである私の琴線に、ガンガン触れてしまうのは、仕方ない事だろう。それに……。

「聖女様。これからはライド王子を支える者として、ともに頑張っていきましょうね」
「マレリア様……! はい! 私、頑張ります!」

 王様やライド王子だけでなく、婚約者であるマレリア様もこう言ってくれているのだ。ならば、なんの問題もないだろう。



 正式にライド王子の婚約者となった私は、その後も、様々な改革を進めて行く。あらかたの財政チートをやり終えた私は、次に『犯罪ギルドの撲滅』『スラム街の撤廃』そして『風俗店の禁止』を目指した。

(犯罪ギルドにスラム街に風俗店。これがあるせいでいろんな女性が苦しい思いをしているのよ。絶対に許さない!)

 犯罪ギルドに襲撃され、慰み者にされる。スラム街に踏み入ってしまい、浮浪者に暴行される。そして、行き場を失った女性が、風俗店で身も心もボロボロにされる。物語でも定番の展開だ。

物語ですら受け入れがたい行為なのに、この世界では、それらの事が現実で起きている。とてもではないが、看過することは出来なかった。

 まず、私はライド王子の護衛であるサイクスさんにお願いして、犯罪ギルドの拠点をつぶしてもらう。長年暗躍していた犯罪ギルドも、衛兵が本気を出せば、簡単につぶす事が出来た。

 次にやったのは、スラム街の撤廃だ。これは、犯罪ギルドと違い、スラム街に住んでいる住人を保護しなければならない。(もちろん、犯罪行為を行った者は別だが)そこで私は、工事現場などのマンパワーが必要な場所に赴いて、スラムの住人を雇って欲しいとお願いしたのだ。初めは難色を示されたが、ライド王子の後押しもあり、スラム街の住人を職に就かせることに成功した。もう少しすれば、スラム街は旧スラム街となるだろう。

 そして、最後に行ったのが、風俗店の禁止だ。正直、これについては、簡単だと思っていた。ライド王子にお願いして、法律で禁止してもらえばいいだけなのだから。しかし、そうは問屋が卸さなかった。なんとライド王子以外の多くの為政者が、風俗店を禁止する法律の制定に反対したのだ。

(嘘、でしょ……なんで?)

 愕然とする私に、ライド王子は原因を教えてくれた。『おそらく、自分達が利用している風俗店を禁止されたくないのだろう』と。

 原因を知った私は激しい怒りを覚えた。ここまでの怒りを覚えたのは、産まれて初めてかもしれない。

(苦しんでいる女性がいるのに、自分の欲を優先するなんて!)

 私は、法律の制定に反対した為政者1人1人を説得して回った。『性犯罪の防止に』とか、『需要と供給が』とか言われたが、知った事ではない。彼らは、自分の欲を優先したいだけなのだから。

だが、説得はあまり功をそうさなかった。ライド王子と一緒に説得したことで、意見を覆してくれた人もいたが、それでも過半数にはとても届かない。大半の為政者が、未だに法律の制定に反対していた。

 どうしていいか分からず、途方に暮れる日々。そんな中、ある出来事をきっかけに、この話は一気に進むことになる。体調を崩されがちだった国王が突如亡くなり、ライド王子が新国王に即位する事になったのだ。

 王子では、為政者の過半数の賛成を得られなければ制定できない法律も、国王であれば、王命として制定させることが出来る。

 これに焦ったのが、さんざん法律の制定に反対していた為政者達だ。彼らの行動は、手のひらを返したように法律の制定に賛成する者と、未だに法律の制定反対し、ライドを諭そうとする者に2分された。

 この期に及んで、まだ自分の欲を優先する者がいる事に驚いたが、そんなものに惑わされるライド国王ではない。速やかに法律の制定を行い、さらには、最後まで反対し続けた愚かな為政者達を、きっちりと粛清してくれた。

 そして今日、風俗店を禁止する法律が公布され、来月から正式に施行される。風俗店は今月中に全店閉店するのだ。――説明終わり。

「時間がかかって悪かったな。頭の固い為政者が多くて……」
「ううん! ライドが頑張ってくれたの、私、知ってるから。」

 ライドとここまで親密になれたのも、法律の制定を目指して一緒に頑張って来たからだ。苦しんでいた女の子達には申し訳ないけど、私にとって、その時間はかけがえのない物だった。

「本当に……本当にありがとね、ライド」
「水樹のためならこれくらい、どうってことないさ」

 そう言ってライドは私をベッドに押し倒す。押し倒された私は、幸せを身体いっぱいに感じてから、眠りについた。



 破滅が、すぐそこまで来ているとも知らずに。
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