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起承

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「はぁ……また、なの?」

 私は今日何度目か分からないため息をついた。

「ええ。また、です」

 部下のザイルも暗い顔で返事をする。

「先方が発売開始した商品は先月発表した、わが商会の『魔法浄水機』を完全にコピーしたものです。魔力基盤や魔力回路だけでなく施されている付与魔法も全く同じでした」
「『魔法洗濯機』と『魔法掃除機』に続いて、『魔法浄水機』までコピーするなんて……」
「『魔法照明機』もです。フィミール会長」
「……そうだったわね。それで? やはり販売価格は……」
「ええ。向こうの方が2割ほど安いです。すでにご予約頂いていたお客様から、キャンセルの連絡が相次いでおります」
「はぁ……」

 ザイルの報告を聞いて、私は、会長室の机に突っ伏した。



 私の名は、リリア=フィミール。フィミール商会の会長だ。フィミール商会は、私が立ち上げた商会で、数々の魔道具を取り扱っている。販売している魔道具は、全て自社開発しており、その品質の良さから、隣国からも大量発注のオファーが来るなど、着実に顧客を増やしてきていた。

 だが、ここ最近、ドッペル商会という古参の商会が、私の商会が開発した商品と全く同じ商品を売り出したのだ。しかも、向こうの方が安く。

「ドッペル商会にクレームは入れた?」
「もちろんです。ですが、前回同様……」
「『たまたま似ているだけ。我が商会は、自社開発した商品しか扱っていない』?」
「ええ。そのように、回答がありました」
「ソフトもハードも全部に同じなのに、どの口が言ってるのよ……」
「名前も、『魔法浄水マシーン』ですからね。こちらを舐めているとしか思えません」

 普通、真似をするとしても少しくらい何かを変えておくものだ。そうしなければ、訴えられた時に勝ち目がない。少しでも違えば、『これは自社で改良を加えた商品であり、特許権の侵害には当たらない』と反論する事が出来るのだが、ドッペル商会はそのひと手間すら惜しんでいた。その理由は……。

「特許庁には連絡したの?」
「ええ。ですが、こちらも」
「『状況を確認し、適切な対応を行いますので、少々お待ちください』?」
「ご名答です」
「あぁぁん、もう! 私達が申請した特許と、今、ドッペル商会が販売している商品を見れば、特許侵害は明らかじゃない! 何を確認する必要があるのよ!!」
「ドッペル商会の会長は、この前王太子になられたライル王太子と懇意にされてますからね。特許庁も強く言えないのでしょう」

 ライル王太子はこの国の第5王子で、もともとは王位継承権などないに等しい王子様だった。しかし、王太子であった第1王子が殺害され、その犯人が第2王子であり、第3王子と第4王子はすでに隣国に嫁ぐ事が決まっていたため、急遽王太子となられたのだ。

 本来であれば、そんな雲の上の人達の話は、私達には関係ない。のだが……。

「法務省への訴えはした?」
「まだです。フィミール会長のご判断を仰いでから、と思いまして……前回の事がありますから」
「ええ、それで正解よ。ありがとう。また『王太子様のありがたいお言葉』を賜る事になったら厄介だからね」

 前回、『魔法掃除機』を『魔法掃除マシーン』として売り出された時、特許庁が何もしてくれなかったので、直接法務省にクレームを入れに行ったのだ。ドッペル商会の特許侵害の事だけでなく、特許庁の怠慢も含めて。その結果、なんとライル王太子から私たち宛に手紙が届いたのだ。曰く、

『特許庁には特許庁のやり方がある。一商人が国の庁のあり方に文句を言うなど、言語道断』
『特許侵害において、特許庁を飛ばして、法務省に連絡を取るのは、特許庁を軽んじている』
『ドッペル商会は王太子たる余が信頼している商会で、特許侵害など行うはずがない。こ度の事は、ドッペル商会の名誉を、ひいては余の名誉を傷つける行いだ』
『次に似たような事をすれば、不敬罪だけでなく、国家転覆罪を適用する事も辞さない』

 とのことだ。

「法務省は我々もツテがあります。そうそう、無茶な事は言ってこないと思いますが……」
「確証はないもの。危険な橋は渡れないわ。不敬罪なら私の首で済むかもしれないけど、万が一、国家転覆罪を適用されたら……うちの従業員とその家族、全員の首が危ないわ」

 ただの王太子であるライル王太子に、そんな権力はない。とはいえ、他の権力者がライル王太子に忖度する可能性は、無くはないのだ。である以上、無茶は出来ない。

「っ! 失言でした! すみません」
「いいのよ。それよりも他に案はないかしら? 最終判断は私がするから」
「……はい。では――」

『こちらも販売価格を下げる』⇒価格競争になるとメリットが少ない。
『絶対に真似できない新商品を開発する』⇒できればいいけど、技術的に無理。
『ドッペル商会の従業員を引き抜き、悪事を告発させる』⇒引き抜いた時点で、証人としての信ぴょう性を失うから無意味。

 などなど、様々な意見を出してくれたが、なかなか『これだ!』という意見に巡り合えない。

「あとは……■■に■■を■■■で我々は■■するなんでどうです? 完全に王太子様に喧嘩を売ることになりますが……」
「そんなことしたら、私達も……いえ、待って……待って……」

 ザイルの思い付きのような一言に、私ははっとひらめいた。

「え……まさか、フィミール会長。本気で?」
「ええ! ふふ、ふふふ。いいじゃない! その案を検討してみましょう! 関係者を集めて! 緊急会議よ!」
「え、えええぇぇぇぇええ!!?」

 やはり困った時は下手な鉄砲を数撃って、まぐれ当たりに期待するに限る。私はザイルが思いついた案を基に、今後の対策を練った。



【side ドッペル会長】

「わっはっは! 愉快愉快!」

 わしは会長室で笑いこけた。

「自社開発など馬鹿のやる事よ。我々は商人! 売ることが仕事なのだ」
「ええ。全くですね、ドッペル会長」

 副会長のゲンガもわしの話に同意してくれる。ゲンガは、前の副会長のように、うるさい事を言ってこないので、扱いやすい。ちなみに、前の副会長は、『特許権を侵害するなど言語道断です!』とか、青臭い事を言っていたので、クビにした。

「他商会が開発した物を安く販売する。そうすれば、わしらは儲かって嬉しい。顧客は安く買えて嬉しい。皆困らない最高の商法だな」
「全くです」

 他の商会の事など知った事ではない。彼らは商売敵、つまり敵なのだ。敵に遠慮する必要がどこにあるというのか。

「それにしても、あの王子が王太子になってくれるとはな。くくく。分からないものだな」
「ええ、本当に」

 通常であれば、わしらのやり方は法に触れる事になるだろう。だが、王太子と懇意にしているわしらにとって、法などあってないような物。特許権の侵害程度であれば、黙認してもらえるのだ。

「くくく。次はどんな商品を開発するのか。楽しみだな」
「ええ。そうですね」

 他の商会が新商品を開発すればするほど、ドッペル商会は儲かる。他の商会の無駄な努力が、ドッペル商会の財源となるのだ。

(この調子でいけば、ドッペル商会が王都一の商会となる日も、そう遠くないだろう。そうなれば……ふふふ わはははは!)

 わしは未来のドッペル商会を想像し、またも、笑いこけるのだった。
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