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前編

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「レイチェル=リーベルト! 300年ぶりに降臨した聖女を蔑ろにし、彼女を怖がらせた貴様は、この国の王妃にふさわしくない! 今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!!」

 突然響き渡ったその声に、賑やかだった会場が一気に静まり返った。

(しまった!!)

 今日は、学園の卒業パーティーの日。王太子であるライル王太子と、その婚約者である私の入場は、他の参加者の入場が終わってからになる。必然的に、私達の入場は、注目の的になるのだが、そんな中、ライル王太子は盛大にやらかした。エスコートしていた私を突き飛ばしたかと思えば、衆人環視の中、私との婚約破棄を宣言したのだ。

(私のばかばかばか! こうなる事は予想できたのに!!!)

ライル王太子が、珍しくエスコートしてくださるというので、完全に油断していた。

(昨日まであれだけマリアさん・・に夢中だったのに今朝になって急に『レイチェルをエスコートしに来た。婚約者なのだ。問題ないだろ?』なんて……絶対に何かあるに決まってるじゃない! 何で気付かなかったのよー!!! でも、でも……うぅ……)

 我ながら、楽観視しすぎだったとは思う。昨日まで、私とライル王太子との関係は良好とは言い難かったのだから。それでも、私は、ライル王太子が久しぶりに婚約者としての義務を果たそうとしてくれた事が、嬉しかったのだ。

(って、そんな事を考えている場合じゃないわ! この場を何とかしないと!)

卒業パーティーの場には、卒業生とその家族である貴族達が集まっている。さらに、今年は、ライル王太子が卒業するという事もあり、近隣諸国の重鎮たちも出席しているのだ。これ以上、醜態をさらすわけにはいかない。

「ライル王太子! そのようなお話は公の場でするべきではありません。すぐに個室を用意いたしますので――」
「――そして! 俺の新しい婚約者は聖女マリアとする!」
「っ!? 殿下!! それは!!」
「このことは陛下もお認めになられている! 後日正式な発表があるだろう!」

(あ、終わった……)

 先ほどまではぎりぎり……ぎりぎりのぎりっぎりで、まだ何とかなったかもしれない。だが、これはもうどうしようもない。

「さぁ、マリア! こちらに来てくれ!」

 得意げにライル王太子が会場を見渡すが、静まり返った会場からは、誰の返事もない。

「マリア? マリア、どこだ?」

 心配そうにマリアを探し始めるライル王太子。しかし、私にそれを気にする余裕はなかった。

「マリア?? まさか!? おい、レイチェル! 貴様、マリアに何かしたんじゃ――」
「――あー、はい。もう、そういうのいいです。もうどうしようもないので」
「なっ!? き、貴様!! それが王太子に対する態度か!!!」

 ライル王太子が激昂するが、それさえも、私にとってはどうでもよかった。

「はぁ………………クリスいる?」
「はい、レイチェルお嬢様」
「――っ!? 誰だ!?!?」

 私の筆頭メイド兼護衛隊長のクリスが、すっと私の横に姿を現した。突然現れたクリスに驚くライル王太子をよそに、私はクリスに話しかける。

「例の準備は出来てるわね?」
「はい、滞りなく。いつでも出発可能です」
「結構。じゃあ今すぐ屋敷に戻って、お父様に『最悪の想定が現実になった』と伝えて。その後はお父様の指示に従いなさい」
「承知しました。御前を失礼します」
「おい待て!! お前達は……って、俺を無視するな!! おい! ――――っ!?」

 恐らく、産まれて初めて無視されたであろうライル王太子が、クリスを怒鳴りつけようとした次の瞬間、クリスはこの場から姿を消した。

「き、消えた!? い、一体、どこに??」
「さてと……ライル王太子?」
「な、なんだ!?」

 みっともなくうろたえていたライル王太子だが、私の言葉に少し落ち着きを取り戻したようだ。しかし――。

聡明な・・・ライル王太子のご認識の通り、マリアさんは私共が捕らえました。現在、私共の拷もn……こほんっ、失礼……尋問担当者が取り調べを行っております」
「…………………………は???」

 続く私の言葉に王太子の脳はフリーズしてしまったらしい。そんな王太子に構わず、私はさらに言葉を続ける。

「ご安心ください。我が家の尋問担当者は優秀です。ちゃんと、マリアさんの息ある……と思います。まぁ、もう全て終わって、楽にして差し上げたかもしれませんが……いずれにせよ、マリアさんの身柄は、王城に……ライル王太子のもとに届くように手配いたします。あとは、ライル王太子の好きにしてください」
「…………は?? はぁぁあああ!!??」

 ようやく私の言葉を理解したらしいライル王太子が素っ頓狂な声を上げた。

「き、貴様!! ま、マリアを捕えて……拷問だと!?!?」
「ライル王太子、落ち着いて下さい。拷問ではなく尋問です。マリアさんが協力的であれば、酷い事にはなっていませんよ」

(まぁ、そんな事、ありえないでしょうけど)

 私の心の声が聞こえたのか、ライル王太子は私を怒鳴りつける。

「お、愚か者!! 何を考えている!? マリアは300年ぶりに異界からの召喚に成功した聖女だぞ!?!? そ、それを! それを!!」
「はぁ……」

 もはや何度目だろうか。何度説明しても理解しないライル王太子このバカに、私は、ため息を我慢できなかった。

「……ライル王太子。何度も申し上げておりますように、マリアさんは聖女では――」
「マリア! ええい、こうしてはおれん! 今助けに行くからな!! マリアーーー!!!」
「――って、ライル王太子!?!?」

 私の制止を無視して、ライル王太子は会場を飛び出して行った。おそらく、私の家に向かったのだろう。

「…………………………はぁ」

 その様子を見た私は、最後に残っていたライル王太子への情が消えていくのを感じる。

(もういいわ……そもそも婚約破棄された時点で私とライル王太子は他人より遠い存在。後の事はあの方達・・・・にお任せしましょう)

 婚約者の義務として、頑張ってライル王太子バカの相手をしてきたが、もはや、お役目ごめんで良いだろう。後のフォローはライル王太子あのバカの親に任せたいと思う。




 その後、卒業パーティーどころではなくなってしまい、参加者達は各々帰路に着いた。今日起きた事を、正確に家族に伝えるために。特に緘口令がしかれたわけでもない、この婚約破棄騒動は、瞬く間に国中に、そして近隣諸国・・・・に知れ渡るのだった。
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