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承 2/2
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【side レイチェル】
(失敗だったかも……)
そう思ったのは、私がお姉ちゃんと同じ学園に通い始めて、半年がたった頃だ。
その日もいつものように、姉に言い寄って来た愚か者の対処をした後、普段は使われていない教室へ向かう。そこが、ガルシャ様が指定されたガルシャ様との報告会の場なのだ。
「お疲れ様、レイチェル嬢。今週は2回目だね」
前髪を下ろした私にガルシャ様が、一応、労いの言葉をかけて下さる。
「いえ……今日はラチャール子爵家のバックス様でした」
「ラチャール子爵……ああ、反物が名産品だった家か。あそこはそこそこ情報収集能力があったはずだから、知らずに手を出したというよりは、我が家と敵対してでもルージェル子爵家と繋がりを持ちたかったのかな? 新しい工場を作ったせいで、資金がカツカツだったみたいだし。ふふふ。没落しかけている家は大変だねぇ」
そう言って、ガルシャ様は楽しそうに笑った。ガルシャ様の頭の中では、いかにラチャール子爵家を潰すかを考えているのだろう。
(はぁ……)
思わず口から出そうになるため息を、何とか心の中に留める。
(また不幸な家が……まぁ、グランツ伯爵家に……いや、ガルシャ様に喧嘩売ったんだから仕方ないんだけど)
通常であれは、流通の中心であるグランツ伯爵家に面と向かって喧嘩を売るような家はいない。それだけ、ラチャール子爵家が切羽詰まっていたという事だ。ラチャール子爵家からすれば、一縷の望みにかけた賭けだったのだろう。それに、失敗しても、正式な婚約前の今であれば、グランツ伯爵がラチャール子爵家に制裁を加えるようなことはないはずという読みもあったはずだ。
その読みは間違っていない。流通の中心であり、関税だけで十分な利益を上げられるグランツ伯爵は、基本的に温厚でことなかれ主義な人として知られている。仮に獲物を横取りされたとしても、そう問題にしたりはしないだろう。グランツ伯爵は。
「反物産業自体がもう落ち目だから、いくら新しい工場を作っても意味ないのに……いつまで過去の栄光に縋ってるんだか。ま、工場を作る技術力はなかなかだから、今回の抗議文と一緒に、食品加工工場を作ってもらうようお願いの手紙をだしてみようかな」
そう。グランツ伯爵が問題にしなくても、ガルシャ様が問題にしないとは限らないのだ。そこを読み間違えてしまったラチャール子爵家にどのような未来が待っているか……あまり、考えたくはない。
「まぁ、なんにせよご苦労様。また何かあったら教えてね」
「……はい」
(私が報告したせいでラチャール子爵家が……でも……)
ルージェル子爵家のためにも、何よりお姉ちゃんのためにも、今更引くことは出来ない。罪悪感を胸にしまって、私は教室を後にした。
【side ガルシャ】
「まさかここまでとはなぁ」
俺はレイチェル嬢が出て行った後の教室で1人呟いた。
(これが、ルージェル子爵家の、いや、ルージェル子爵の力か)
本来であれば、いくら父が事なかれ主義とはいえ、流通の中心であるグランツ伯爵家と敵対するかもしれないリスクなど負えるはずがない。そんなリスクを負うのは、よほど追い詰められた家か、途方もない馬鹿のする事だ。だが、実際には、ラチャール子爵家をはじめ、多くの家が、ルージェル子爵家と繋がりを持とうとしている。
(完全に読み違えたな。まぁ、レイチェル嬢にはもう少し頑張ってもらおう。流石にもう半年もすれば、周りも落ち着きを見せるだろう。それにしても……)
非凡な才能を持つが、凡人の悪意に疎く、明文化されていない慣習にも疎いリーシャ=ルージェル。そして、非凡な才能の片鱗を見せつつ、姉と同じくどこか抜けたところのあるレイチェル嬢。2人共、自分が抜けたところがある事には気付いていないようだ。
姉も大概だが、妹も割と大概である。
というのも、ルージェル子爵家と繋がりを持つ方法は、何もルージェル子爵と婚姻する事だけではない。婿入りは出来ないが、レイチェル嬢を娶る事でも、ルージェル子爵家との関係は構築できる。現在勢いのあるルージェル子爵家の次女であれば、男爵家や子爵家、下手すれば、伯爵家の跡継ぎから婚約の申し込みがあってもおかしくはないのだ。だが、レイチェル嬢にそう言った話は一切ない。それはなぜか。
(くくく。なんで気付かないかなぁ。ま、そこも可愛いんだけど。……さて、まずはラチャール子爵に抗議文とお願いの手紙を出すとするかな)
その理由をレイチェルが知るのは、まだまだ当分先の話。
【side デニール】
「何? ガルシャ兄上と密会している女性がいる、だと?」
「ええ。放課後、普段使われていない教室で、ガルシャ様が女性と会っているのを見ました」
かなり興奮した友人が内緒の話をしたいと言うから、時間を作ってわざわざ空き教室で話を聞いてみれば、女っ気のなかったガルシャ兄上が女生徒と密会していたという話だった。確かに意外ではあるが、ガルシャ兄上も男だ。懇意にしている女性の1人ぐらいいてもおかしくはない。なぜ友人がそこまで興奮しているのか理解できず、俺は友人に聞いた。
「そうか……それで、相手は?」
「はい。お相手は、あのルージェル子爵です。遠目でしたが、間違いありません」
「は? ……はぁ!!??」
俺は友人が教えてくれたその情報に度肝を抜かれる。
(ルージェル子爵って……何考えてんだ!?)
相手がどこの誰でも関係ないと思っていたが、ルージェル子爵だけは別だ。なぜなら、ルージェル子爵はその名の通り、若くして子爵家当主を務めている女性だ。グランツ伯爵家を継ぐガルシャ兄上と結婚できるわけがない。
(期間限定の……つまり遊びの関係? いや、だとしても子爵家当主とは遊ばないだろ……って事は……まさか、禁断の愛ってやつか!?)
絶対に結ばれる事のない禁断の愛。ゆえに燃え上がる愛の情に身を滅ぼすのは、愛憎劇なんかでよく見る展開だ。
(まさかガルシャ兄上が……そんな事ありうるのか?? でももし、そうだとしたら……これはチャンスかもしれない!!)
普通であれば、ガルシャ兄上を蹴落として、俺が当主となるチャンスだと思うのだろう。次男であるハイネ兄上が外国に留学している今、ガルシャ兄上が失態を晒せば、俺が当主となるのだから。しかし、俺はそうは考えなかった。
(ルージェル子爵と俺が婚約すれば……ガルシャ兄上は悔しがるだろうな。ふふふ。やってやる! やってやるぞ!!!)
そう。俺は当主になる事より、ガルシャ兄上に一矢報いる事を選んだ。今までさんざん劣等感を抱いていたガルシャ兄上に一矢報いることが出来る。それは、俺にとって何より大事な事だった。
「急いでルージェル子爵の情報を集めてくれ。もちろん、秘密に、な」
「分かりました!」
その後、俺は友人の協力の元、ルージェル子爵の情報を集めた。俺は良く知らなかったのだが、どうやらルージェル子爵を狙っていた者は結構いたらしい。だが、その誰もが、ルージェル子爵の前にことごとく撃沈しているようだ。
(むぅ。これもガルシャ兄上への愛ゆえ、か……だが、所詮、2人は結ばれない運命! もう少し大人になれば2人も現実を知るだろう! よし、ルージェル子爵が卒業するまで待ってそれとなく近づいてみるか!)
俺はルージェル子爵が卒業するまで待ち、卒業したタイミングで知り合いの貴族を通して、ルージェル子爵に近づいた。俺の予想通り、ルージェル子爵は学校を卒業した事で、現実を思い知ったようだ。ちょうど、婿入りしてくれる男を探していたという事で、とんとん拍子で婚約までこぎつける事が出来た。
(やったぜ! ざまーみろだ! 無表情を装ってたけど、ガルシャ兄上、完全に動揺してたな。くくく。いい気味だ! ガルシャ兄上が愛していたルージェル子爵は俺の物だ!)
こうして、俺はガルシャ兄上の度肝を抜く事に成功したのだった。それが、2匹の虎の尾を踏む行為だとは、夢にも思わずに。
(失敗だったかも……)
そう思ったのは、私がお姉ちゃんと同じ学園に通い始めて、半年がたった頃だ。
その日もいつものように、姉に言い寄って来た愚か者の対処をした後、普段は使われていない教室へ向かう。そこが、ガルシャ様が指定されたガルシャ様との報告会の場なのだ。
「お疲れ様、レイチェル嬢。今週は2回目だね」
前髪を下ろした私にガルシャ様が、一応、労いの言葉をかけて下さる。
「いえ……今日はラチャール子爵家のバックス様でした」
「ラチャール子爵……ああ、反物が名産品だった家か。あそこはそこそこ情報収集能力があったはずだから、知らずに手を出したというよりは、我が家と敵対してでもルージェル子爵家と繋がりを持ちたかったのかな? 新しい工場を作ったせいで、資金がカツカツだったみたいだし。ふふふ。没落しかけている家は大変だねぇ」
そう言って、ガルシャ様は楽しそうに笑った。ガルシャ様の頭の中では、いかにラチャール子爵家を潰すかを考えているのだろう。
(はぁ……)
思わず口から出そうになるため息を、何とか心の中に留める。
(また不幸な家が……まぁ、グランツ伯爵家に……いや、ガルシャ様に喧嘩売ったんだから仕方ないんだけど)
通常であれは、流通の中心であるグランツ伯爵家に面と向かって喧嘩を売るような家はいない。それだけ、ラチャール子爵家が切羽詰まっていたという事だ。ラチャール子爵家からすれば、一縷の望みにかけた賭けだったのだろう。それに、失敗しても、正式な婚約前の今であれば、グランツ伯爵がラチャール子爵家に制裁を加えるようなことはないはずという読みもあったはずだ。
その読みは間違っていない。流通の中心であり、関税だけで十分な利益を上げられるグランツ伯爵は、基本的に温厚でことなかれ主義な人として知られている。仮に獲物を横取りされたとしても、そう問題にしたりはしないだろう。グランツ伯爵は。
「反物産業自体がもう落ち目だから、いくら新しい工場を作っても意味ないのに……いつまで過去の栄光に縋ってるんだか。ま、工場を作る技術力はなかなかだから、今回の抗議文と一緒に、食品加工工場を作ってもらうようお願いの手紙をだしてみようかな」
そう。グランツ伯爵が問題にしなくても、ガルシャ様が問題にしないとは限らないのだ。そこを読み間違えてしまったラチャール子爵家にどのような未来が待っているか……あまり、考えたくはない。
「まぁ、なんにせよご苦労様。また何かあったら教えてね」
「……はい」
(私が報告したせいでラチャール子爵家が……でも……)
ルージェル子爵家のためにも、何よりお姉ちゃんのためにも、今更引くことは出来ない。罪悪感を胸にしまって、私は教室を後にした。
【side ガルシャ】
「まさかここまでとはなぁ」
俺はレイチェル嬢が出て行った後の教室で1人呟いた。
(これが、ルージェル子爵家の、いや、ルージェル子爵の力か)
本来であれば、いくら父が事なかれ主義とはいえ、流通の中心であるグランツ伯爵家と敵対するかもしれないリスクなど負えるはずがない。そんなリスクを負うのは、よほど追い詰められた家か、途方もない馬鹿のする事だ。だが、実際には、ラチャール子爵家をはじめ、多くの家が、ルージェル子爵家と繋がりを持とうとしている。
(完全に読み違えたな。まぁ、レイチェル嬢にはもう少し頑張ってもらおう。流石にもう半年もすれば、周りも落ち着きを見せるだろう。それにしても……)
非凡な才能を持つが、凡人の悪意に疎く、明文化されていない慣習にも疎いリーシャ=ルージェル。そして、非凡な才能の片鱗を見せつつ、姉と同じくどこか抜けたところのあるレイチェル嬢。2人共、自分が抜けたところがある事には気付いていないようだ。
姉も大概だが、妹も割と大概である。
というのも、ルージェル子爵家と繋がりを持つ方法は、何もルージェル子爵と婚姻する事だけではない。婿入りは出来ないが、レイチェル嬢を娶る事でも、ルージェル子爵家との関係は構築できる。現在勢いのあるルージェル子爵家の次女であれば、男爵家や子爵家、下手すれば、伯爵家の跡継ぎから婚約の申し込みがあってもおかしくはないのだ。だが、レイチェル嬢にそう言った話は一切ない。それはなぜか。
(くくく。なんで気付かないかなぁ。ま、そこも可愛いんだけど。……さて、まずはラチャール子爵に抗議文とお願いの手紙を出すとするかな)
その理由をレイチェルが知るのは、まだまだ当分先の話。
【side デニール】
「何? ガルシャ兄上と密会している女性がいる、だと?」
「ええ。放課後、普段使われていない教室で、ガルシャ様が女性と会っているのを見ました」
かなり興奮した友人が内緒の話をしたいと言うから、時間を作ってわざわざ空き教室で話を聞いてみれば、女っ気のなかったガルシャ兄上が女生徒と密会していたという話だった。確かに意外ではあるが、ガルシャ兄上も男だ。懇意にしている女性の1人ぐらいいてもおかしくはない。なぜ友人がそこまで興奮しているのか理解できず、俺は友人に聞いた。
「そうか……それで、相手は?」
「はい。お相手は、あのルージェル子爵です。遠目でしたが、間違いありません」
「は? ……はぁ!!??」
俺は友人が教えてくれたその情報に度肝を抜かれる。
(ルージェル子爵って……何考えてんだ!?)
相手がどこの誰でも関係ないと思っていたが、ルージェル子爵だけは別だ。なぜなら、ルージェル子爵はその名の通り、若くして子爵家当主を務めている女性だ。グランツ伯爵家を継ぐガルシャ兄上と結婚できるわけがない。
(期間限定の……つまり遊びの関係? いや、だとしても子爵家当主とは遊ばないだろ……って事は……まさか、禁断の愛ってやつか!?)
絶対に結ばれる事のない禁断の愛。ゆえに燃え上がる愛の情に身を滅ぼすのは、愛憎劇なんかでよく見る展開だ。
(まさかガルシャ兄上が……そんな事ありうるのか?? でももし、そうだとしたら……これはチャンスかもしれない!!)
普通であれば、ガルシャ兄上を蹴落として、俺が当主となるチャンスだと思うのだろう。次男であるハイネ兄上が外国に留学している今、ガルシャ兄上が失態を晒せば、俺が当主となるのだから。しかし、俺はそうは考えなかった。
(ルージェル子爵と俺が婚約すれば……ガルシャ兄上は悔しがるだろうな。ふふふ。やってやる! やってやるぞ!!!)
そう。俺は当主になる事より、ガルシャ兄上に一矢報いる事を選んだ。今までさんざん劣等感を抱いていたガルシャ兄上に一矢報いることが出来る。それは、俺にとって何より大事な事だった。
「急いでルージェル子爵の情報を集めてくれ。もちろん、秘密に、な」
「分かりました!」
その後、俺は友人の協力の元、ルージェル子爵の情報を集めた。俺は良く知らなかったのだが、どうやらルージェル子爵を狙っていた者は結構いたらしい。だが、その誰もが、ルージェル子爵の前にことごとく撃沈しているようだ。
(むぅ。これもガルシャ兄上への愛ゆえ、か……だが、所詮、2人は結ばれない運命! もう少し大人になれば2人も現実を知るだろう! よし、ルージェル子爵が卒業するまで待ってそれとなく近づいてみるか!)
俺はルージェル子爵が卒業するまで待ち、卒業したタイミングで知り合いの貴族を通して、ルージェル子爵に近づいた。俺の予想通り、ルージェル子爵は学校を卒業した事で、現実を思い知ったようだ。ちょうど、婿入りしてくれる男を探していたという事で、とんとん拍子で婚約までこぎつける事が出来た。
(やったぜ! ざまーみろだ! 無表情を装ってたけど、ガルシャ兄上、完全に動揺してたな。くくく。いい気味だ! ガルシャ兄上が愛していたルージェル子爵は俺の物だ!)
こうして、俺はガルシャ兄上の度肝を抜く事に成功したのだった。それが、2匹の虎の尾を踏む行為だとは、夢にも思わずに。
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