無詠唱魔法が強いなんて誰が決めた! ~詠唱魔法を極めた俺は、無自覚に勘違い王子を追い詰める~

ノ木瀬 優

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10.真実 【馬鹿は改心しても最後まで気付けなかった。最初から勝ち目は無かったのだ、と】

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【side クロ】

 パーティーの翌日、俺達が寮の共有部分に降りてくると、掲示板の前に、魔術科の全員が集まっていた。

(何だろ?)

 初日以降、生徒全員が掲示板の前にいた事などない。気になって、見てみると、掲示板には、2枚の新しい張り紙が張り出されており、その中の一枚に『フィリップ王子は、一身上の都合により、本日付で転校されました』と書かれていた。

「王子様、転校しちゃったんだ……」
「そうだね……」

張り紙を見て、マリアが呟いた。

(『一身上の都合により』って……絶対昨日の事だよな)

「「ってか、あの王子様、『フィリップ』って名前だったんだ」」

 張り紙を見て、初めて王子の名前を知った俺達が同時に呟く。

「いつも王子様と一緒にいた人達はどうするんだろ?」
「んー、普通に学校に残るんじゃないかな? 授業に出てくるかは分からないけど」

 王子が転校したためか、学校から王子の取り巻き達への優遇措置は無くなるらしい。掲示板に張り出されたもう一枚の張り紙を確認すると、『新しい部屋割り』と書かれていて、今まで4階の専用フロアを使用していた取り巻き達も、全員2階に割り振られている。

「………………ってあれ?」

 ここで、俺はある事に気付いた。

「俺の部屋がある……」
「え? あ、ほんとだ」

 部屋割りの2階に、今までなかった俺の名前があったのだ。驚いて部屋割りを見つめていた俺達に、ライス先生が話しかけてくる。

「いやー、待たせて悪かったな。ようやくクロの部屋が用意出来たんだ。いつまでも2人で一部屋じゃ不便だろ? 明日からは――」
「――いえ、結構です」
「え?」

 ライス先生が今更なんか言ってきたので、俺ははっきりと断った。

「俺達は2人で生活することに慣れてますし、このままでいいです。特に問題ありませんよね?」
「い、いや、クロ。お前は良いかもしれないが、マリアさんの事も考えてだな……」

それでもごちゃごちゃ言ってくるライス先生に、マリアもはっきりと言う。

「私もクロちゃんと同室が良いので、問題ありません」
「は!? い、いや、しかし、未婚の男女が同じ部屋に住んでいるというのは……」
「「??? 俺(私)達、結婚してますよ?」」
「「「「「………………え?」」」」」

 ライス先生だけでなく、その場にいた全員が俺達を見た。次の瞬間、寮を震わせるほどの大声が響き渡る。

「「「「「ええええぇぇぇぇええ!!??」」」」」
「「???」」

 俺もマリアも、周りの皆がなぜそんなに驚いているのか分からず、首を傾げた。

「何をそんなに驚いているんですか?」
「け、けけけけけ、けっ、結婚!!?? クロとマリアさんが!!??」
「はい、そうですけど? 俺達、15歳なんでなんの問題もありませんよね?」

 この国では、男女ともに15歳から結婚できる。誕生日の遅いマリアが15歳になった日に、俺とマリアは結婚したのだ。

 だから何の問題もないはずなのだが、ライス先生も生徒達も、なぜか納得できないらしい。ライス先生は俺達に詰め寄ってきて、周りの生徒達は、俺達の会話を聞き漏らすまいと、必死で聞き耳を立てている。

「だ、だが、お前達はまだ、学生……」
「?? ええ。ですから、子供を作らないよう避妊の魔法を使ってますよ?」
「「「こ、こどもー!!??」」」

 またしても、なぜか皆驚いているが、避妊の魔法を使うのは当然の事だと思う。俺達はまだ学生なのだから。

「私はもう作ってもいいと思ってるけどなぁー。クロちゃん、十分稼いでくれるし」
「「「――っ!!??」」」
「それとこれとは話が別。せっかく入学したんだから2人で卒業したいじゃん。だからもう、避妊の魔法を防御レジストしようとしないでよ?」
「むー、クロちゃんとの子供欲しいのにー」
「卒業してから作ればいいだろ? まだまだ若いんだからいっぱい出来るさ」
「ふふふ。はーい」
「「「…………」」」

 俺達の会話に納得したのか、ライス先生も生徒達も静かになっていた。

「そんなわけなんで、俺達は今まで通りの部屋でいいです。問題ないですよね?」
「え、あ、ああ。そ、そう、だな……………………ち」
「ち?」

 一瞬、舌打ちされたのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。

「ち……ちくしょーーー!!!!! 俺にも!! 俺にも幼馴染の女の子さえいればーーー!!!!!」

 そう言って、ライス先生は生徒をかき分けて、寮を飛び出して行った。

「先生、どうしたのかな?」
「…………さあ? 俺にもわかんない」

 訳が分からず、俺はマリアと顔を見合わせる。そんな様子を見ていた生徒達が、ひそひそと話し出したので、今度は俺達が聞き耳を立てた。

「(ライス先生って確か独身、よね?)」
「(うん……今年で28歳になるはずよ)」
「(あー、じゃあ結構ギリギリなんだ)」
「(焦ってるのかな? 男でも30歳までに結婚できないと売れ残る可能性高いものね)」
「(いや、昨日、魔法戦略科のマーリン先生が、隣国の侍女さんといい感じになったって話を聞いたからじゃないかな?)」
「(あー、唯一の独身仲間がいなくなっちゃったんだ)」
「(それは……ドンマイね)」

 女性陣はライス先生に同情的な意見が多いようだ。一方男性陣からは……。

「(でも、確かにあんな可愛い幼馴染がいたら……)」
「(しかも、そんな子が献身的に自分を支えてくれるとなれば……)」
「(だな。羨ましく思うのも無理ないぜ)」
「(分かる! 最弱の癖にほんっと羨ましい!!)」
「(今回の演習、あいつ、マリアさんと同じ班だから、成績1位なんだろ? 恵まれ過ぎだよな)」

 俺を羨ましく思う声がちらほらと聞こえた。そこまで聞いて理解したのだが、どうやらライス先生の行動は、結婚している俺に嫉妬しての事だったらしい。

「……ばっかみたい」

 珍しく、マリアが辛辣な言葉を発した。

「マリア?」

 俺の呼びかけには答えず、マリアは俺を妬んでいた男子生徒達に向かって強い口調で話し出す。

「クロちゃんの苦労も知らないで何言ってるのよ! 村が襲われて、皆が死んじゃった時、クロちゃんがいたから、私は生きる事が出来た! 自分も死にそうなのに、自分の命をかえりみずに私を助けてくれた! ねぇ、貴方達にできる? まだ5歳だったのに、クロちゃん、見よう見まねの魔法でゴブリンを狩ってきてくれたんだよ? 『私がお腹空いたって泣いてたから』って! 自分だってお腹空いてるはずなのに! 怖くないわけがないのに! 私の為に笑って狩ってきてくれたんだよ? 貴方達、昨日ゴブリンを狩ったわよね? クロちゃんはそれを5歳の時に1人でやってくれたのよ! それが貴方達に出来る??」

 マリアに強い口調で詰め寄られた男子生徒達は何も言えなくなってしまったようだ。代わりに女性陣が、またひそひそと話し出す。

「(5歳の時にゴブリンを? え? え?)」
「(昨日、初めてゴブリンと戦ったけど……普通に強かったわよね? 私、今でも一人じゃ無理よ?)」
「(私も……それを5歳の男の子が1人で? 本当に??)」
「(でも、マリアちゃんが嘘をついているとは思えないし……)」

 男性陣は黙り込み、女性陣は混乱しているようだ。そんな中、寮の入口から一人の男性が入って来た。

「はいはーい! 皆聞いてー! 本当はライス先生の役目なんだけど、走って行っちゃったから僕が引き継ぐよ。あ、初めましての人もいるから自己紹介しとくと、僕はマーリン。魔法戦略科の先生だよ。よろしくね」

 そう言ってマーリン先生は男性陣とマリアの間に入る。物理的に仲裁が入った事で、マリアも少しだけ落ち着きを取り戻したようだが、まだご機嫌斜めなようだ。

「さて、本来であれば、この後の授業で教える事なんだけど、今の君達には必要な事の様だし、先に教えてあげよう。昨日、演習で魔獣を相手にしてどうだった? 楽に勝てたかな?」

 マーリン先生が俺達を見渡した。だが、誰もマーリン先生の質問には答えず、ほとんどの生徒はうつむいてしまう。

「うん。皆苦戦したようだね。ゴブリンやコボルトを相手に」

 マーリン先生は生徒達を煽るように言った。

「怒ったかな? あはは、ごめんね。でもそれが現実なんだ。君達は、最弱の魔獣ですら1人で倒す事は出来ない。そして知ってるよね? 無詠唱魔法の威力はどんなに練習しても上がる事は無い。つまり、どれだけ技術を磨いたところで、君達は無詠唱魔法使いとして、戦いの場に立つ事は出来ないという事だ」

 マーリン先生は無慈悲な現実を生徒達に突き付ける。うすうす感じていたのか、生徒達からの反論はない。

「まぁでも、安心していいよ。先生達も似たようなもんだから」
「「「……え?」」」

 生徒達を絶望させたマーリン先生だが、今度は一転、救いの手を差し伸べる。

「聞き間違いじゃないよ。先生達だって無詠唱魔法の『威力』は大差ないさ。そりゃ、模擬戦に勝つための『技術』なら持ってるけど、模擬戦なんて、ただのお遊戯だからね。そんなものに勝つための技術を持っていたって、実戦じゃなんの役にも立たないよ。実戦で本当に役に立つ魔法は、詠唱魔法だ」

 マーリン先生ははっきり言った。無詠唱魔法は実戦の役に立たない、と。そして、実戦で役に立つのは、詠唱魔法だ、と。

「昨日の演習の目的は、君達の眼を覚ます事にあるんだよ。もうわかったでしょ? 君達が大好きな無詠唱魔法は、実戦では使い物にならないって。そして、実戦で生き残るには、詠唱魔法が必要だって。今日からの授業では、詠唱魔法の練習を始める。異論はないね?」

 異論など、あるはずがなかった。俺達以外の生徒達はやる気に満ちた目をしている。

(心をへし折ってから救いの手を差し伸べる。これって、詐欺の常套手段じゃなかったっけ? 流石、魔法戦略科の先生。人を動かすのが上手いな……)

 そんな事を考えていたら、マーリン先生がこちらを向いて話しかけてきた。

「さて、君達の中で、1人だけ詠唱魔法を使い続けてきた人がいるね。模擬戦で負け続け、『最弱』と呼ばれた人が。ね、クロ君?」
「……」

 俺は何か嫌な予感がして何も答える事が出来なかった。そんな俺に、マーリン先生は声を落として話しかけてくる。

「ふふ。ふふふ。楽しみだな。君は何かを隠している。君が提出した収納用の魔道具の中身は確認したよ。だけど、君達は『魔獣の森』の深部から生還したんだ。それなのに狩った魔獣があの程度の訳が無い。とはいえ、いくら詠唱魔法を使い続けてきたからと言って、まだ15歳の君がそこまで強力な詠唱魔法を使えるとも思えない。ふふふ。君の秘密を暴くのがとても楽しみだ」
「………………お言葉ですが、マーリン先生。先生は、魔法戦略科の担当ですよね? 魔術科の俺と、あまり関わることは無いのでは?」 
「ああ、その事なら問題ないよ。ライス先生はフィリップ王子に買収されていたことが判明したからね。近々、魔術科の担当を外されるんだ。そして新しい担当は僕、というわけさ」

(まじか……)

 『フィリップ王子に買収されていた』という事に、今更驚きはしない。あの王子ならそれくらいするだろう。しかし、『余計な事を!』と思わずにはいられない。

「と、いうわけだから、皆もよろしくね! さ、そろそろ移動しないと授業に遅れるよ」

 そう言ってマーリン先生は寮から出て行った。
 
「クロちゃん……大丈夫??」
「……王子様やライス先生の方が楽だった気がする」

 せっかく、目をつけられていた王子様がいなくなったというのに、また厄介な人に目をつけられてしまったらしい。

「ま、しょうがないよ! それより、ようやく今日から念願の詠唱魔法の授業が始まるんだよ! 楽しまなくちゃ!」
 
 どうやらマーリン先生の乱入によって、マリアの機嫌は直ったようだ。

「…………うん。そう、そうだなよな! うん!!」

 この先、どんな未来が待っているかは、分からない。だけど、どんな未来であっても、マリアと一緒なら楽しく過ごせるだろう。そう確信した俺は、マリアと一緒に、寮を後にして、教室に向かった。





 一方その頃、隣国に向かう馬車の中でフィリップ王子は……

(俺は……俺には何もない。王子としての権力はなく、クラリス王女の婚約者でもなく、無詠唱魔法は実戦では役に立たない。だが……だからこそ、俺はここから手に入れるのだ! 兵士としての力を! 男としての信頼を! だから……だから待っていろよ、マリア。俺は立派な兵士となり、必ずお前にプロポーズしに戻って来るからな!!)

 マリアがすでに結婚していることなどつゆ知らず、彼は1人マリアと結婚する未来を夢見るのだった。
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