1 / 1
1
しおりを挟む
『魔王が出現した。3日後に異界より聖女を召喚する。聖女と協力し、これに対処せよ』
その日、突如下された神託に、教会内はパニックに陥った。
魔王。定期的に出現するとされる『それ』は、人を滅亡に追いやる存在とされている。ゆえに、早急に討伐しなければならないのだが、並の人間では、魔王に手も足も出ない。そこで神は、異界から適性のある者を選び、神力を分け与えてこの世界に召喚するのだ。
『始まりの魔王』と呼ばれる最初の魔王が誕生した時、神は『勇者』と『聖女』を召喚し、魔王を討伐させた。その後、勇者が初代国王に、聖女が初代王妃となってこの国を作ったとされている。以来、魔王が出現した時は、勇者と聖女の直系である王族と、異界から召喚された者によって討伐されてきた。
そして今回、召喚されるのは聖女であるという。
「落ち着け! 至急、王宮に連絡を! 召喚される者は『聖女』だ! 間違えるなよ!」
「はっ、はい!」
教皇の命により、皆少しだけ冷静さを取り戻した。連絡係となった神官が速足で王宮へと向かい、他の者は教皇の元へと集まる。
「しかし、教皇様。聖女が召喚されるという事は……」
「ああ。勇者を選定しなければならない」
これまで、聖女が召喚される時は王族から勇者を、勇者が召喚される時は王族から聖女を選定してきた。毎度王族に、特別に・・・ふさわしい者がいた事は、神の御業だと思われてきたが、今回は……。
「どの王子が勇者となられるのでしょうか?」
「……分からん。が、どの王子が勇者となられても、我々のすべき事は変わらん。さぁ、聖女の受け入れの準備だ。忙しくなるぞ!」
「はい!」
教皇と神官は、一抹の不安を覚えつつ、聖女の受け入れの準備を始めるのであった。
◆ ◆ ◆
「ご報告します! 魔王が出現したと神託がありました!」
王宮にて神官は陛下に神託の内容を報告していた。
「そうか……して、今回はどちら・・・じゃ?」
「はっ! 今回召喚されるのは聖女です。召喚は3日後とのことでした」
神官の言葉に、陛下は頭を抱えたくなる。
「聖女……そうか。聖女か……まぁ、そうじゃろうのぉ」
陛下には、現在4人の子供がいるが、王女は1人だけでまだ3歳だ。とてもではないが、聖女など務まらない。残りの3人の王子は年齢的には問題ないので、誰かを勇者に選定すればよいのだが……。
(じゃが、聖女? 一体どういう事じゃ? なぜいつもと違う・・・・・・? ……いや、悩んでいても仕方ない、か)
「報告は分かった。下がって良い」
「はっ!」
「宰相。至急議会を召集しろ。わしもすぐ向かう」
「はっ!」
陛下は疑問を胸に抱えつつ、議会の準備に取りかかるのであった。
◆ ◆ ◆
主要な者が集まった議会で、陛下は声を上げる。
「神託が下った。魔王が復活し、3日後に聖女を召喚してくださるそうじゃ。ゆえに、勇者を選定せねばならん」
いきなりの招集に戸惑っていた参加者の間に緊張が走った。魔王の存在は人類にとっての脅威であり、その討伐のための、勇者の選定というのは、判断を誤れば人類滅亡に直結する事だからだ。そんな中、軍団長が発言の許可を求めるため、声を上げた。
「陛下、よろしいでしょうか」
「よい。発言を許す」
「ありがとうございます。勇者の選定ですが、第一王子であられるルーク王子をおいて、他にないと愚考致します。ルーク王子の剣術は、王子達の中でも群を抜いております。長子相続の観点からも、ルーク王子が勇者となられれば、この国も安泰かと」
「……ふむ」
軍団長の発言は、陛下の予想通りであった。ルーク王子は軍部と仲がいい。ゆえに、軍団長は、ルーク王子を推すだろうと予想していたのである。
「陛下、よろしいでしょうか」
続けて、財務大臣が発言の許可を求めた。
「よい、発言を許す」
「はっ! 私は、軍団長の意見には反対でございます。確かにルーク王子は、剣術において王子達、いえ、この国で一番と言っても過言ではないでしょう。ですが、ルーク王子には現在、婚約者の他に側室に内定している女性複数名いらっしゃると認識しております」
「そ、それは……」
ルーク王子は、まだ王太子ではないが第一王子であり、正妻の他に側室を娶る事は、この国ではなんの問題もない。しかし……。
「異界からやってこられる聖女様は、一夫一妻を望まれると文献にございます。よって、ルーク王子が聖女様のパートナーにふさわしいという意見には、私は、賛同する事は出来ません」
「ぐっ」
財務大臣の言う事はもっともである。側室を娶るという事は、この国の王子としては問題なくとも、聖女のパートナーとしては問題があるのだ。もちろん、ルーク王子が今の婚約者や側室を娶ることなく、聖女一筋となるのであれば問題ないのだが、ルーク王子の性格(性欲)的にそれは無理だろうというのが皆の共通認識であった。
「ふむ。では財務大臣。おぬしは、誰がふさわしいと考える?」
「はっ! 私は、第二王子であらせられるマイケル王子がふさわしいと考えております。マイケル王子の知見の広さは、この国随一です。他国の特色や交友関係、魔物の特徴や弱点など、あらゆることに精通されています。女性問題につきましても、婚約者の選定前でしたので、問題ありません。異界から召喚される聖女の旅の共としてマイケル王子以上にふさわしい方はいないと、愚考致します」
「……ふむ」
財務大臣がマイケル王子を推すのも陛下の予想通りだ。マイケル王子は、財務部と仲がいい。ゆえに、財務大臣はマイケル王子を推すだろうと予想していたのである。
「待たれよ、財務大臣殿。確かにマイケル王子の知見の広さは素晴らしいものがある。しかし、勇者の本質は戦いだ! マイケル王子の剣の腕は、魔王を討伐するに十分とは言い難い!」
(実際は『言い難い』どころではないじゃろうがな)
陛下の心の声は、正解である。相手がマイケル王子でなければ、軍団長は『女子供の方がましなレベル』と言っただろう。
「しかし、軍団長殿。文献によれば、神から直接力を分け与えられた者は、王子達とは比べ物にならない『神力』を発揮するといいます。であるなら、戦いは聖女に任せ、サポートに長けた者を選定するべきかと」
「いやいや! それでも必要最低限の武力は必要だろう! それに、いくら神力が強くとも、相手にぶつける手段がなくては、意味がない! そういう意味でも、武力に長けたルーク王子の方が――」
「いやいや――」
議論は白熱していき、収拾がつかなくなりつつあった。配下は議論に水を入れるために、宰相に話を振ってみる。
「宰相、貴様はどう思う?」
「はい。わたくしは、第三王子であらせられるシリウス王子が勇者にふさわしいと愚考致します。シリウス王子がその身に宿される神力は、王子達の中でも群を抜いております。また、神力の研究にも情熱を注がれており、その扱いにもたけていらっしゃる。必ずや、勇者にふさわしい活躍をして下さるかと愚考致します」
尋ねられた宰相は、迷わずシリウス王子を推すと答えた。
(やはりか……はぁ)
そうなのだ。武力ではルーク王子、知力ではマイケル王子に遠く及ばないが、神力ではシリウス王子が群を抜いている。また、神力の研究にのめり込んでおり、神力のコントロールは他の王子の追随を許さない。王族の基礎教育も受けているため剣の腕も問題ないし、知見も広い。そして女性問題もない。能力的には、最も勇者にふさわしい王子と言えるだろう。
ゆえに、どの王子とも懇意にしていない宰相は、シリウス王子を推すだろうと予想していた。だが……
「待たれよ!」「待って下さい!」
案の定、軍団長と財務大臣からストップが入った。
「確かにシリウス王子の神力は素晴らしいものだ! その実力は勇者にふさわしいと言えるだろう! しかし、シリウス王子は……その……とても優しいお方であられる! 魔王の討伐など、不可能だろう!」
「そうです! それに、シリウス王子は……あの……とても奥ゆかしいお方です! いきなり聖女様のパートナーというのは、ハードルが高すぎるかと!」
軍団長も財務大臣も自分が懇意にしている王子を勇者にしたくて必死になっている……だけではない。シリウス王子の性格面を考慮しての発言であった。
実際、シリウス王子は、豚などの食用の動物や死刑となる犯罪者であっても殺す事が出来ないくらい優しい性格をしている。まぁ、王子でなければ、ただの臆病者と言われていたであろうが……。また、『女性問題もない』というのも、人見知りなだけであり、聖女と上手くコミュニケーションがとれるかというと、微妙なところだろう。
「しかし、神力が最も強いのはシリウス王子です。神力こそが魔王討伐において、最も重要な――」
「いやいや! 神力は、聖女が補ってくれる。であれば、武力こそが、最も重要な――」
「いえ、勇者たるもの、知力こそが――」
そう。陛下が悩んでいるのは、まさにこれなのである。3人の王子達は勇者に選定するには一長一短であり、誰もが特別に・・・ふさわしい者とは言い難いのだ。
(過去に魔王が現れた時は、ずば抜けてふさわしい者がいたというのに、どうして余の時に限って…………)
再度白熱する議論を聞きながら、陛下は心の中でため息をつくのであった。
そして、あっという間に3日が経過する。
◆ ◆ ◆
「まもなく、聖女が召喚されます。陛下、準備はよろしいですね?」
「もちろんだ」
「ありがとうございます。王子様方もよろしいですね?」
「ああ」
「はい!」
「は、はいぃ……」
異界からの召喚は、神の力が一番強くなる正午に行われるとされている。場所は教会の神の像の前。そこに、教皇と陛下の姿があった。そして、陛下の後ろには、3人の王子が控えている。
そう、結局議論では誰を勇者にするか決められず『もう聖女に選んでもらおう!』という事になったのだ。
異界の女性に興味津々なルーク王子。異界の知識を持つ女性に興味津々なマイケル王子。そして、神から直接与えられた神力を持つ女性に興味津々なシリウス王子。それぞれがそれぞれの理由で聖女が来るのを今か今かと待ちわびている。
次の瞬間、神の像が輝き出し、辺りが光に包まれた。そして、ゆっくりと光が収まると、そこには黒髪の美しい女性が立っていた。女性が辺りを見渡してから口を開く。
「ここは……教会? という事は、ここが異世界?」
彼女が異世界から召喚された聖女であろう。聖女を怖がらせないよう、優しい声色を意識して、陛下が語り掛ける。
「よく来てくれた、異世界の聖女よ! わしはこの国の国王である! まずは、異世界から来てくれた事に、国を代表して礼を述べる!」
「あ、はい。どういたしまして。…………えっと、貴方が勇者様ですか?」
恐らく、聖女は素直な人間なのだろう。目の前の初老の男性陛下が、自分のパートナーである勇者かもしれないと、ショックを受けている事が、見て分かる。
ちなみにこの世界に召喚される場合は、召喚に関するあれこれを神様から教えてもらい、納得の上で召喚に応じている。ゆえに、本人の意に反して召喚されることはない。そしてその中には、王族がパートナー(勇者もしくは聖女)となる事も含まれている。聖女の問いは、それゆえの質問だった。
「ふっ、安心するがよい! おぬしのパートナーとなる者はわしの子じゃ」
そう言って、陛下は背後にいる王子達を紹介する。
「みな、素晴らしい才を持っておる。誰を勇者とするか、おぬしが決めるがよい。なに、急ぐことはない。まずは王宮で――」
「あ、じゃあ全員で」
「「「「「――は?」」」」」
「誰を勇者にするか、私が決めていいんですよね? じゃあ、全員で!」
聖女の言葉に、その場の全員が言葉を失う。そんな中、いち早く復活した陛下が聖女に話しかける。
「い、いや、待つのじゃ、聖女よ。神から聞いておるはずじゃが、おぬしには、魔王討伐後、勇者となる者と結婚し、この国の王妃になってもらうのじゃ。ゆえに、勇者は1人で――」
「なんでですか?」
「え……な、なんでとは?」
「なんで、1人にしなければいけないんですか? この国は、一夫一妻制じゃないですよね? なら、全員と結婚しても問題ないですよね?」
聖女の言う通り、この国は、一夫一妻制ではない。それは、一夫多妻制というわけではなく、単に重婚を禁止していないだけなのだ。ゆえに、多夫一妻制、いわゆる、逆ハーレムも、法的には問題はない。
「う、うむ、それはそうなのじゃが…………」
「じゃあ決まり! よろしくね。勇者様方! あ、旦那様方の方が良いですか? お、貴方は俺様系ですね! 貴方はインテリ系! そっちの貴方は癒し系かな? よろしくね!!」
「あ、ああ」
「う、うん。よろしく……」
「ひ、ひぃ」
聖女は一夫一妻制を望むという話は何だったのか。というか、いきなり3人もパートナーにするの? 聖女は奥ゆかしい性格をしているのではなかったのか。
((((聞いてた話と違う!!!))))
予想外の展開にうろたえる陛下と王子達。
その後、3人の勇者と魔王討伐に向かった聖女が、神力で魔王を弱体化させ、逆ハーメンバーに加えようとするのはそう遠くない未来の話。
その日、突如下された神託に、教会内はパニックに陥った。
魔王。定期的に出現するとされる『それ』は、人を滅亡に追いやる存在とされている。ゆえに、早急に討伐しなければならないのだが、並の人間では、魔王に手も足も出ない。そこで神は、異界から適性のある者を選び、神力を分け与えてこの世界に召喚するのだ。
『始まりの魔王』と呼ばれる最初の魔王が誕生した時、神は『勇者』と『聖女』を召喚し、魔王を討伐させた。その後、勇者が初代国王に、聖女が初代王妃となってこの国を作ったとされている。以来、魔王が出現した時は、勇者と聖女の直系である王族と、異界から召喚された者によって討伐されてきた。
そして今回、召喚されるのは聖女であるという。
「落ち着け! 至急、王宮に連絡を! 召喚される者は『聖女』だ! 間違えるなよ!」
「はっ、はい!」
教皇の命により、皆少しだけ冷静さを取り戻した。連絡係となった神官が速足で王宮へと向かい、他の者は教皇の元へと集まる。
「しかし、教皇様。聖女が召喚されるという事は……」
「ああ。勇者を選定しなければならない」
これまで、聖女が召喚される時は王族から勇者を、勇者が召喚される時は王族から聖女を選定してきた。毎度王族に、特別に・・・ふさわしい者がいた事は、神の御業だと思われてきたが、今回は……。
「どの王子が勇者となられるのでしょうか?」
「……分からん。が、どの王子が勇者となられても、我々のすべき事は変わらん。さぁ、聖女の受け入れの準備だ。忙しくなるぞ!」
「はい!」
教皇と神官は、一抹の不安を覚えつつ、聖女の受け入れの準備を始めるのであった。
◆ ◆ ◆
「ご報告します! 魔王が出現したと神託がありました!」
王宮にて神官は陛下に神託の内容を報告していた。
「そうか……して、今回はどちら・・・じゃ?」
「はっ! 今回召喚されるのは聖女です。召喚は3日後とのことでした」
神官の言葉に、陛下は頭を抱えたくなる。
「聖女……そうか。聖女か……まぁ、そうじゃろうのぉ」
陛下には、現在4人の子供がいるが、王女は1人だけでまだ3歳だ。とてもではないが、聖女など務まらない。残りの3人の王子は年齢的には問題ないので、誰かを勇者に選定すればよいのだが……。
(じゃが、聖女? 一体どういう事じゃ? なぜいつもと違う・・・・・・? ……いや、悩んでいても仕方ない、か)
「報告は分かった。下がって良い」
「はっ!」
「宰相。至急議会を召集しろ。わしもすぐ向かう」
「はっ!」
陛下は疑問を胸に抱えつつ、議会の準備に取りかかるのであった。
◆ ◆ ◆
主要な者が集まった議会で、陛下は声を上げる。
「神託が下った。魔王が復活し、3日後に聖女を召喚してくださるそうじゃ。ゆえに、勇者を選定せねばならん」
いきなりの招集に戸惑っていた参加者の間に緊張が走った。魔王の存在は人類にとっての脅威であり、その討伐のための、勇者の選定というのは、判断を誤れば人類滅亡に直結する事だからだ。そんな中、軍団長が発言の許可を求めるため、声を上げた。
「陛下、よろしいでしょうか」
「よい。発言を許す」
「ありがとうございます。勇者の選定ですが、第一王子であられるルーク王子をおいて、他にないと愚考致します。ルーク王子の剣術は、王子達の中でも群を抜いております。長子相続の観点からも、ルーク王子が勇者となられれば、この国も安泰かと」
「……ふむ」
軍団長の発言は、陛下の予想通りであった。ルーク王子は軍部と仲がいい。ゆえに、軍団長は、ルーク王子を推すだろうと予想していたのである。
「陛下、よろしいでしょうか」
続けて、財務大臣が発言の許可を求めた。
「よい、発言を許す」
「はっ! 私は、軍団長の意見には反対でございます。確かにルーク王子は、剣術において王子達、いえ、この国で一番と言っても過言ではないでしょう。ですが、ルーク王子には現在、婚約者の他に側室に内定している女性複数名いらっしゃると認識しております」
「そ、それは……」
ルーク王子は、まだ王太子ではないが第一王子であり、正妻の他に側室を娶る事は、この国ではなんの問題もない。しかし……。
「異界からやってこられる聖女様は、一夫一妻を望まれると文献にございます。よって、ルーク王子が聖女様のパートナーにふさわしいという意見には、私は、賛同する事は出来ません」
「ぐっ」
財務大臣の言う事はもっともである。側室を娶るという事は、この国の王子としては問題なくとも、聖女のパートナーとしては問題があるのだ。もちろん、ルーク王子が今の婚約者や側室を娶ることなく、聖女一筋となるのであれば問題ないのだが、ルーク王子の性格(性欲)的にそれは無理だろうというのが皆の共通認識であった。
「ふむ。では財務大臣。おぬしは、誰がふさわしいと考える?」
「はっ! 私は、第二王子であらせられるマイケル王子がふさわしいと考えております。マイケル王子の知見の広さは、この国随一です。他国の特色や交友関係、魔物の特徴や弱点など、あらゆることに精通されています。女性問題につきましても、婚約者の選定前でしたので、問題ありません。異界から召喚される聖女の旅の共としてマイケル王子以上にふさわしい方はいないと、愚考致します」
「……ふむ」
財務大臣がマイケル王子を推すのも陛下の予想通りだ。マイケル王子は、財務部と仲がいい。ゆえに、財務大臣はマイケル王子を推すだろうと予想していたのである。
「待たれよ、財務大臣殿。確かにマイケル王子の知見の広さは素晴らしいものがある。しかし、勇者の本質は戦いだ! マイケル王子の剣の腕は、魔王を討伐するに十分とは言い難い!」
(実際は『言い難い』どころではないじゃろうがな)
陛下の心の声は、正解である。相手がマイケル王子でなければ、軍団長は『女子供の方がましなレベル』と言っただろう。
「しかし、軍団長殿。文献によれば、神から直接力を分け与えられた者は、王子達とは比べ物にならない『神力』を発揮するといいます。であるなら、戦いは聖女に任せ、サポートに長けた者を選定するべきかと」
「いやいや! それでも必要最低限の武力は必要だろう! それに、いくら神力が強くとも、相手にぶつける手段がなくては、意味がない! そういう意味でも、武力に長けたルーク王子の方が――」
「いやいや――」
議論は白熱していき、収拾がつかなくなりつつあった。配下は議論に水を入れるために、宰相に話を振ってみる。
「宰相、貴様はどう思う?」
「はい。わたくしは、第三王子であらせられるシリウス王子が勇者にふさわしいと愚考致します。シリウス王子がその身に宿される神力は、王子達の中でも群を抜いております。また、神力の研究にも情熱を注がれており、その扱いにもたけていらっしゃる。必ずや、勇者にふさわしい活躍をして下さるかと愚考致します」
尋ねられた宰相は、迷わずシリウス王子を推すと答えた。
(やはりか……はぁ)
そうなのだ。武力ではルーク王子、知力ではマイケル王子に遠く及ばないが、神力ではシリウス王子が群を抜いている。また、神力の研究にのめり込んでおり、神力のコントロールは他の王子の追随を許さない。王族の基礎教育も受けているため剣の腕も問題ないし、知見も広い。そして女性問題もない。能力的には、最も勇者にふさわしい王子と言えるだろう。
ゆえに、どの王子とも懇意にしていない宰相は、シリウス王子を推すだろうと予想していた。だが……
「待たれよ!」「待って下さい!」
案の定、軍団長と財務大臣からストップが入った。
「確かにシリウス王子の神力は素晴らしいものだ! その実力は勇者にふさわしいと言えるだろう! しかし、シリウス王子は……その……とても優しいお方であられる! 魔王の討伐など、不可能だろう!」
「そうです! それに、シリウス王子は……あの……とても奥ゆかしいお方です! いきなり聖女様のパートナーというのは、ハードルが高すぎるかと!」
軍団長も財務大臣も自分が懇意にしている王子を勇者にしたくて必死になっている……だけではない。シリウス王子の性格面を考慮しての発言であった。
実際、シリウス王子は、豚などの食用の動物や死刑となる犯罪者であっても殺す事が出来ないくらい優しい性格をしている。まぁ、王子でなければ、ただの臆病者と言われていたであろうが……。また、『女性問題もない』というのも、人見知りなだけであり、聖女と上手くコミュニケーションがとれるかというと、微妙なところだろう。
「しかし、神力が最も強いのはシリウス王子です。神力こそが魔王討伐において、最も重要な――」
「いやいや! 神力は、聖女が補ってくれる。であれば、武力こそが、最も重要な――」
「いえ、勇者たるもの、知力こそが――」
そう。陛下が悩んでいるのは、まさにこれなのである。3人の王子達は勇者に選定するには一長一短であり、誰もが特別に・・・ふさわしい者とは言い難いのだ。
(過去に魔王が現れた時は、ずば抜けてふさわしい者がいたというのに、どうして余の時に限って…………)
再度白熱する議論を聞きながら、陛下は心の中でため息をつくのであった。
そして、あっという間に3日が経過する。
◆ ◆ ◆
「まもなく、聖女が召喚されます。陛下、準備はよろしいですね?」
「もちろんだ」
「ありがとうございます。王子様方もよろしいですね?」
「ああ」
「はい!」
「は、はいぃ……」
異界からの召喚は、神の力が一番強くなる正午に行われるとされている。場所は教会の神の像の前。そこに、教皇と陛下の姿があった。そして、陛下の後ろには、3人の王子が控えている。
そう、結局議論では誰を勇者にするか決められず『もう聖女に選んでもらおう!』という事になったのだ。
異界の女性に興味津々なルーク王子。異界の知識を持つ女性に興味津々なマイケル王子。そして、神から直接与えられた神力を持つ女性に興味津々なシリウス王子。それぞれがそれぞれの理由で聖女が来るのを今か今かと待ちわびている。
次の瞬間、神の像が輝き出し、辺りが光に包まれた。そして、ゆっくりと光が収まると、そこには黒髪の美しい女性が立っていた。女性が辺りを見渡してから口を開く。
「ここは……教会? という事は、ここが異世界?」
彼女が異世界から召喚された聖女であろう。聖女を怖がらせないよう、優しい声色を意識して、陛下が語り掛ける。
「よく来てくれた、異世界の聖女よ! わしはこの国の国王である! まずは、異世界から来てくれた事に、国を代表して礼を述べる!」
「あ、はい。どういたしまして。…………えっと、貴方が勇者様ですか?」
恐らく、聖女は素直な人間なのだろう。目の前の初老の男性陛下が、自分のパートナーである勇者かもしれないと、ショックを受けている事が、見て分かる。
ちなみにこの世界に召喚される場合は、召喚に関するあれこれを神様から教えてもらい、納得の上で召喚に応じている。ゆえに、本人の意に反して召喚されることはない。そしてその中には、王族がパートナー(勇者もしくは聖女)となる事も含まれている。聖女の問いは、それゆえの質問だった。
「ふっ、安心するがよい! おぬしのパートナーとなる者はわしの子じゃ」
そう言って、陛下は背後にいる王子達を紹介する。
「みな、素晴らしい才を持っておる。誰を勇者とするか、おぬしが決めるがよい。なに、急ぐことはない。まずは王宮で――」
「あ、じゃあ全員で」
「「「「「――は?」」」」」
「誰を勇者にするか、私が決めていいんですよね? じゃあ、全員で!」
聖女の言葉に、その場の全員が言葉を失う。そんな中、いち早く復活した陛下が聖女に話しかける。
「い、いや、待つのじゃ、聖女よ。神から聞いておるはずじゃが、おぬしには、魔王討伐後、勇者となる者と結婚し、この国の王妃になってもらうのじゃ。ゆえに、勇者は1人で――」
「なんでですか?」
「え……な、なんでとは?」
「なんで、1人にしなければいけないんですか? この国は、一夫一妻制じゃないですよね? なら、全員と結婚しても問題ないですよね?」
聖女の言う通り、この国は、一夫一妻制ではない。それは、一夫多妻制というわけではなく、単に重婚を禁止していないだけなのだ。ゆえに、多夫一妻制、いわゆる、逆ハーレムも、法的には問題はない。
「う、うむ、それはそうなのじゃが…………」
「じゃあ決まり! よろしくね。勇者様方! あ、旦那様方の方が良いですか? お、貴方は俺様系ですね! 貴方はインテリ系! そっちの貴方は癒し系かな? よろしくね!!」
「あ、ああ」
「う、うん。よろしく……」
「ひ、ひぃ」
聖女は一夫一妻制を望むという話は何だったのか。というか、いきなり3人もパートナーにするの? 聖女は奥ゆかしい性格をしているのではなかったのか。
((((聞いてた話と違う!!!))))
予想外の展開にうろたえる陛下と王子達。
その後、3人の勇者と魔王討伐に向かった聖女が、神力で魔王を弱体化させ、逆ハーメンバーに加えようとするのはそう遠くない未来の話。
152
お気に入りに追加
16
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。
SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない?
その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。
ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。
せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。
こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

聖女らしくないと言われ続けたので、国を出ようと思います
菜花
ファンタジー
ある日、スラムに近い孤児院で育ったメリッサは自分が聖女だと知らされる。喜んで王宮に行ったものの、平民出身の聖女は珍しく、また聖女の力が顕現するのも異常に遅れ、メリッサは偽者だという疑惑が蔓延する。しばらくして聖女の力が顕現して周囲も認めてくれたが……。メリッサの心にはわだかまりが残ることになった。カクヨムにも投稿中。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

聖女追放ラノベの馬鹿王子に転生しましたが…あれ、問題ないんじゃね?
越路遼介
ファンタジー
産婦人科医、後藤茂一(54)は“気功”を生来備えていた。その気功を活用し、彼は苦痛を少なくして出産を成功させる稀代の名医であったが心不全で死去、生まれ変わってみれば、そこは前世で読んだ『聖女追放』のラノベの世界!しかも、よりによって聖女にざまぁされる馬鹿王子に!せめて聖女断罪の前に転生しろよ!と叫びたい馬鹿王子レンドル。もう聖女を追放したあとの詰んだ状態からのスタートだった。
・全8話で無事に完結しました!『小説家になろう』にも掲載しています。
私の妹は確かに聖女ですけど、私は女神本人ですわよ?
みおな
ファンタジー
私の妹は、聖女と呼ばれている。
妖精たちから魔法を授けられた者たちと違い、女神から魔法を授けられた者、それが聖女だ。
聖女は一世代にひとりしか現れない。
だから、私の婚約者である第二王子は声高らかに宣言する。
「ここに、ユースティティアとの婚約を破棄し、聖女フロラリアとの婚約を宣言する!」
あらあら。私はかまいませんけど、私が何者かご存知なのかしら?
それに妹フロラリアはシスコンですわよ?
この国、滅びないとよろしいわね?

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです
山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。
今は、その考えも消えつつある。
けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。
今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。
ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。

【完結】召喚されて聖力がないと追い出された私のスキルは家具職人でした。
井上 佳
ファンタジー
結城依子は、この度異世界のとある国に召喚されました。
呼ばれた先で鑑定を受けると、聖女として呼ばれたのに聖力がありませんでした。
そうと知ったその国の王子は、依子を城から追い出します。
異世界で街に放り出された依子は、優しい人たちと出会い、そこで生活することになります。
パン屋で働き、家具職人スキルを使って恩返し計画!
異世界でも頑張って前向きに過ごす依子だったが、ひょんなことから実は聖力があるのではないかということになり……。
※他サイトにも掲載中。
※基本は異世界ファンタジーです。
※恋愛要素もガッツリ入ります。
※シリアスとは無縁です。
※第二章構想中!

芋くさ聖女は捨てられた先で冷徹公爵に拾われました ~後になって私の力に気付いたってもう遅い! 私は新しい居場所を見つけました~
日之影ソラ
ファンタジー
アルカンティア王国の聖女として務めを果たしてたヘスティアは、突然国王から追放勧告を受けてしまう。ヘスティアの言葉は国王には届かず、王女が新しい聖女となってしまったことで用済みとされてしまった。
田舎生まれで地位や権力に関わらず平等に力を振るう彼女を快く思っておらず、民衆からの支持がこれ以上増える前に追い出してしまいたかったようだ。
成すすべなく追い出されることになったヘスティアは、荷物をまとめて大聖堂を出ようとする。そこへ現れたのは、冷徹で有名な公爵様だった。
「行くところがないならうちにこないか? 君の力が必要なんだ」
彼の一声に頷き、冷徹公爵の領地へ赴くことに。どんなことをされるのかと内心緊張していたが、実際に話してみると優しい人で……
一方王都では、真の聖女であるヘスティアがいなくなったことで、少しずつ歯車がズレ始めていた。
国王や王女は気づいていない。
自分たちが失った者の大きさと、手に入れてしまった力の正体に。
小説家になろうでも短編として投稿してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる