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私の計画
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どれくらい時間が経っただろうか。色々考えた末の私の返事は――
「……それは出来ません」
――拒絶、だった。
「私の為に家を捨てる覚悟までしてくださったリチャード様には申し訳ないのですが……逃げる事は出来ません」
正直、リチャード様の言葉は本当に嬉しかった。逃げた後の生活も、伯爵家の魔導書の大半を読み終えた今の私なら、どうとでもなっただろう。しかし、いや、だからこそ、逃げるわけにはいかなかった。
「だが……ではどうするつもりだ? まさか、カミーラ子爵の計画を受け入れるつもりか?」
「それはあり得ません。当主である父の計画とはいえ、とうてい受け入れる事は出来ません」
『妹と婚約者を替われ』と言われたのならまだ我慢できただろう。『産まれて来た子供を養子にする事』も『政略結婚の道具にされる事』も貴族令嬢として、我慢しただろう。しかし、『魔力保有量の多い子を産むための苗床になれ』と言われて我慢できるほど、私は大人じゃない。
「そうか……何か俺に出来る事はあるか?」
「……その…………もし、可能でしたら、サイクス伯爵家に保管されている禁術書を読ませて頂けないでしょうか?」
禁術書とは、国が使用を禁止している魔法について書かれた書物だ。門外不出であり、そうそう他人に見せられるものではない。のだが……。
「ああ、いいよ。書庫の隠し扉の中にある。案内するよ」
「……え? あ、良いんですか!?」
「もちろんさ。家を捨てる事に比べたら軽いもんだ」
(……そうだった。この人、私の為に家を捨てようとしてたんだ)
伯爵家の次男として育てられたリチャード様にとって、その決断は大きなものだったに違いない。今更ながら、リチャード様の気持ちを受け取めて、私は頬が赤くなるのを感じ、慌てて顔を伏せる。
「そうと決まれば、善は急げだ。さっそく行こう………………どうしたの?」
「な、なな、なんでもありません!」
その日、私は初めて禁術書を読んだのだった。
その後、数年間は何事もなく生活する事が出来た。リーンとガジルの顔合わせに同席した際に、ガジルが私を舐めるような視線で見て来たが、努めて気付かないふりをする。父達の計画にも気付かないふりをしつつ、リチャード様と結婚する直前に、父に呼び出されたのだ。
(きた!)
直感的に、計画に関する事で呼ばれたのだと理解した私は、準備を終えた後、父の部屋に向かう。
「――失礼します」
「おお、レイラか。入りなさい」
父の部屋に着くと、そこには父の他に、見知らぬ男性がいた。
(誰? 少ないけど魔力を保有してる……)
「そこに座りなさい」
言われるがままソファーに腰かけた私に、父は紅茶を差し出してくる。
「リチャード殿から聞いたよ。レイラはこの紅茶が好きなんだって?」
サイクス伯爵家でいつも飲んでいた紅茶。いつもはこの紅茶を飲むと、とても幸せな気分になれるのだが、今はそんな気分にはとてもなれない。
(いくら好きな紅茶でも睡眠薬入りの紅茶じゃねぇ……ま、いいけど)
「ありがとうございます。頂きます」
魔力保有量の多い私は魔力の感知能力も高い。紅茶に強力な睡眠の魔法薬が入れられている事は感づいていたが、私は気にせずに紅茶を飲んだ。
(おっと……)
そしてそのまま意識を失った。
「ん……」
どれくらい寝ていたのだろうか。目を覚ますと私はシャルレーンの部屋のベッドの上にいた。
(首尾は上々……ね。あっちはどうなったかしら?)
部屋でしばらく待っていると、私が魔法をかけたメイドが、ぐっすりと眠ったシャルレーンを運んでくる。
(私が寝ていても問題なく魔法が発動しているわね。よしよし)
「それじゃ、そこにシャルレーンを寝かせてから私を連れて行ってね」
「かしこまりました、お嬢様」
そう言ってメイドは、シャルレーンをベッドに寝かせた後、私をお姫様抱っこし、私の寝室に向かう。
(意識がある状態でお姫様抱っこってなんか恥ずかしいな)
そんなことを考えながら寝たふりを続けていると、私の寝室に着いた。
「よし……それじゃ、貴女は戻って良いわよ。ああ、それから、『貴女は父の部屋からまっすぐこの部屋に来て私を寝かせて戻った』。『シャルレーンの寝室に寄ったり、私と会話したりなんかしていない』。いいわね?」
「かしこまりました。お嬢様」
(これで下準備は完了っと。後は、リチャード様と結婚して、子供を作るだけ……………………なんか恥ずかしいな!!!)
せっかく下準備を終えたというのに、その日はなかなか寝付く事が出来なかったのは、私の一生の秘密だ。
その後、予定通りリチャード様と結婚し、1年後にはとても可愛い男の子を出産する事が出来た。
(男の子でよかった。これで予定通り進める。いや、リチャード様との子なら性別なんかどうでもいいんだけど!! それにしてもほんと、可愛いわね。一生見ていられるわ)
初めて産まれた我が子に骨抜きにされてしまう。だが、この後産まれてくる我が子のためにも、ここで腑抜けている暇はない。なにしろ、男の子が、つまり、跡取りが産まれたと知った父は、さっそく例の計画を始めようとしているようだ。
(大丈夫よ。貴方はママが守るからね)
私の指をぎゅっと握りしめてくれる息子を愛しく思いながら、私はしっかりと計画を見直すのだった。
「……それは出来ません」
――拒絶、だった。
「私の為に家を捨てる覚悟までしてくださったリチャード様には申し訳ないのですが……逃げる事は出来ません」
正直、リチャード様の言葉は本当に嬉しかった。逃げた後の生活も、伯爵家の魔導書の大半を読み終えた今の私なら、どうとでもなっただろう。しかし、いや、だからこそ、逃げるわけにはいかなかった。
「だが……ではどうするつもりだ? まさか、カミーラ子爵の計画を受け入れるつもりか?」
「それはあり得ません。当主である父の計画とはいえ、とうてい受け入れる事は出来ません」
『妹と婚約者を替われ』と言われたのならまだ我慢できただろう。『産まれて来た子供を養子にする事』も『政略結婚の道具にされる事』も貴族令嬢として、我慢しただろう。しかし、『魔力保有量の多い子を産むための苗床になれ』と言われて我慢できるほど、私は大人じゃない。
「そうか……何か俺に出来る事はあるか?」
「……その…………もし、可能でしたら、サイクス伯爵家に保管されている禁術書を読ませて頂けないでしょうか?」
禁術書とは、国が使用を禁止している魔法について書かれた書物だ。門外不出であり、そうそう他人に見せられるものではない。のだが……。
「ああ、いいよ。書庫の隠し扉の中にある。案内するよ」
「……え? あ、良いんですか!?」
「もちろんさ。家を捨てる事に比べたら軽いもんだ」
(……そうだった。この人、私の為に家を捨てようとしてたんだ)
伯爵家の次男として育てられたリチャード様にとって、その決断は大きなものだったに違いない。今更ながら、リチャード様の気持ちを受け取めて、私は頬が赤くなるのを感じ、慌てて顔を伏せる。
「そうと決まれば、善は急げだ。さっそく行こう………………どうしたの?」
「な、なな、なんでもありません!」
その日、私は初めて禁術書を読んだのだった。
その後、数年間は何事もなく生活する事が出来た。リーンとガジルの顔合わせに同席した際に、ガジルが私を舐めるような視線で見て来たが、努めて気付かないふりをする。父達の計画にも気付かないふりをしつつ、リチャード様と結婚する直前に、父に呼び出されたのだ。
(きた!)
直感的に、計画に関する事で呼ばれたのだと理解した私は、準備を終えた後、父の部屋に向かう。
「――失礼します」
「おお、レイラか。入りなさい」
父の部屋に着くと、そこには父の他に、見知らぬ男性がいた。
(誰? 少ないけど魔力を保有してる……)
「そこに座りなさい」
言われるがままソファーに腰かけた私に、父は紅茶を差し出してくる。
「リチャード殿から聞いたよ。レイラはこの紅茶が好きなんだって?」
サイクス伯爵家でいつも飲んでいた紅茶。いつもはこの紅茶を飲むと、とても幸せな気分になれるのだが、今はそんな気分にはとてもなれない。
(いくら好きな紅茶でも睡眠薬入りの紅茶じゃねぇ……ま、いいけど)
「ありがとうございます。頂きます」
魔力保有量の多い私は魔力の感知能力も高い。紅茶に強力な睡眠の魔法薬が入れられている事は感づいていたが、私は気にせずに紅茶を飲んだ。
(おっと……)
そしてそのまま意識を失った。
「ん……」
どれくらい寝ていたのだろうか。目を覚ますと私はシャルレーンの部屋のベッドの上にいた。
(首尾は上々……ね。あっちはどうなったかしら?)
部屋でしばらく待っていると、私が魔法をかけたメイドが、ぐっすりと眠ったシャルレーンを運んでくる。
(私が寝ていても問題なく魔法が発動しているわね。よしよし)
「それじゃ、そこにシャルレーンを寝かせてから私を連れて行ってね」
「かしこまりました、お嬢様」
そう言ってメイドは、シャルレーンをベッドに寝かせた後、私をお姫様抱っこし、私の寝室に向かう。
(意識がある状態でお姫様抱っこってなんか恥ずかしいな)
そんなことを考えながら寝たふりを続けていると、私の寝室に着いた。
「よし……それじゃ、貴女は戻って良いわよ。ああ、それから、『貴女は父の部屋からまっすぐこの部屋に来て私を寝かせて戻った』。『シャルレーンの寝室に寄ったり、私と会話したりなんかしていない』。いいわね?」
「かしこまりました。お嬢様」
(これで下準備は完了っと。後は、リチャード様と結婚して、子供を作るだけ……………………なんか恥ずかしいな!!!)
せっかく下準備を終えたというのに、その日はなかなか寝付く事が出来なかったのは、私の一生の秘密だ。
その後、予定通りリチャード様と結婚し、1年後にはとても可愛い男の子を出産する事が出来た。
(男の子でよかった。これで予定通り進める。いや、リチャード様との子なら性別なんかどうでもいいんだけど!! それにしてもほんと、可愛いわね。一生見ていられるわ)
初めて産まれた我が子に骨抜きにされてしまう。だが、この後産まれてくる我が子のためにも、ここで腑抜けている暇はない。なにしろ、男の子が、つまり、跡取りが産まれたと知った父は、さっそく例の計画を始めようとしているようだ。
(大丈夫よ。貴方はママが守るからね)
私の指をぎゅっと握りしめてくれる息子を愛しく思いながら、私はしっかりと計画を見直すのだった。
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