信頼はお金では買えません。ご存じありませんか? それはご愁傷様です

ノ木瀬 優

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結 1/3

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【side カール】


 会長室を後にした俺は、どうすればいいか分からず、とりあえず屋敷に戻って来た。

「帰ったぞー!」

 だが、いつもは出迎えてくる執事やメイドが、誰一人として、やってこない。

(くそがぁ! 皆してさぼりやがって!)

 ただでさえ、決算報告を聞いてイラついていた俺は怒りに任せて怒鳴り声を上げる。

「おい! 誰かいないのか!?」

 俺は大声で叫ぶも、俺の声が反響するだけで、他には何の物音も聞こえない。ここでようやく俺は、屋敷の中が不気味なほど静まり返っている事に気付いた。

「お、おい! 誰かいないのか!」

どんなに叫んでも、屋敷内はシンッと静まり返っており、返事は返ってこない。
 
(な、何が……何が起きている!? なぜ、誰もいない!?)

 俺は屋敷の中を走り回る。止まっていると、不安に押しつぶされそうだったのだ。すると、食堂の方からいい匂いが漂って来ている事に気が付いた。

「ここか!」

 俺は食堂の扉を勢いよく開く。

「な……は?」

 だが、食堂には人の気配はなく、あったのは、テーブルの上に置かれた1人分の食事とメッセージカードだけだった。

 俺は恐る恐るメッセージカードを手に取り、書かれている内容を確認する。

(これは……ジェシーから!? えっと……『屋敷の人間は諸事情により別の場所にいます。ご不便をおかけしてしまい、申し訳ありません。明日は教会でお待ちしてます。サプライズプレゼントを楽しみにしていてください。ジェシーより』……は? どういうことだ!?)

 メッセージカードの字は間違いなくジェシーの物だ。という事は、ジェシーはこの状況を予想していたという事になる。

(まさか……いや、そうかもしれない! きっと、ジェシーはこの状況を予測して準備していたんだ! 何せ、1週間も俺の元を離れざるを得なかったんだからな! 俺も辛かったが、ジェシーだって辛かったはずだ。そこまでして、俺のために準備してくれたんだ! だとすると、サプライズプレゼントは、俺の商会を救う物かもしれない! きっとそうだ!!)

 ジェシーが皆を総動員して、俺のために動いてくれているのだ。ならば、多少の不便さは我慢するべきだろう。入浴も着替えも自分一人では出来ないので、明日はこの格好のまま教会に行く事になるが、それも仕方がない。

(ありがとう! やっぱりジェシーは最高の女だ! ああ、我慢する。多少の不便など我慢するとも! ああ、明日が楽しみだ!)

 その日、俺は産まれて初めて風呂に入らずに床に就き、翌日、そのままの格好でミサに向かった。


【side ミナ】

「ふー……何とかなったわね」
「ええ。流石です、ミナ様」

 侯爵家との商談で発生したを解決した私は、ロロと一緒にミサに向かっていた。

「それにしても……ほんと、どうやったの?」

 カール元婚約者が財産分与で持って行った商会の従業員達が、いらぬ苦労をしないか心配だったのだが、なんと婚約破棄の翌日には、従業員の半分が私の商会に転職してきたのだ。幸い、例の解決のためにも人手が必要だったので、全員雇う事が出来たし、残りの従業員も、昨日の決算報告を受けて、雇い入れる事が出来た。

残っていた従業員達には、1週間も辛い思いをさせてしまったかもしれないと心配していたのだが、話を聞いてみると、十分な補填を受けられたので、特に不満はないとの事だ。おかげでやる気に満ち溢れた従業員をたくさん迎え入れる事が出来たのだが、結局ロロが何をしたのかはわからなかった。

「ふふふ。大したことはしておりませんよ。ミナ様の人徳のおかげです」

(そんなわけないでしょ!!)

 人徳で補填を行う事などできないし、何より『決算日までに収束するよう手配する』と言っていたのはロロだ。絶対、何かしてくれたはずだが、私に言うつもりは無いらしい。

「……はぁ。まぁ、良いけどね。でも、これだけは言わせて。いつも本当にありがとう」
「――っ!」

 私がお礼を言うと、ロロが照れたようにそっぽを向いた。『ぷいっ!』っという効果音が聞こえてきそうなその動きに、思わず私は笑ってしまう。

「ふふ。なによ。そんなに照れなくてもいいじゃない。これでもいつも感謝してるのよ?」
「え、ええ。もったいないお言葉、ありがとうございます。(不意打ちはずるいって……)」
「え? 何か言った?」
「なんでもありませんよ。それより、ミナ様。そろそろ教会に着きます。……、落ち着いて行動してくださいね?」
「へ?」

 ロロの意味深な台詞に、私は思わず変な声を出してしまう。

(何が起きてもって何!? 絶対何かが起きるって事じゃん! え、教会で? え? え? 何が起きるの!?)

「ちょ、ロロ!? ちゃんと説明を――」
「――ジェシー! 俺と結婚してくれ!」
「………………ほぇ?」

 教会前の広場に、聞き覚えのあるカールの声が響き渡った。突然の声に私は混乱し、アホ顔を晒してしまったのだが、それも無理はないと思う。

(公開プロポーズ!? 仮にもであるカールが? え、馬鹿なの!?)

 貴族のしきたりをガン無視した行為に、私は恐怖にも似た動揺を覚える。そんな私をロロが愛おしそうに見ていた事にすら気付く事が出来なかった。

「とりあえず、ミナ様。広場の方へ行ってみましょうか?」
「え、ええ。そうね………………え? なんで?」

 思わず同意してしまったが、元婚約者カールのプロポーズ現場に私が行く必要はない。

「まぁまぁ、後の事を考えたら、ここではっきりさせておいた方が良いですから。ほら、行きますよ」
「ちょ、ちょっと待って!」

 突然、ロロが私の手を引いて広場へ歩き出した。

(わ、わわ! 私、ロロと手を繋いじゃってる!?)

 元婚約者カールは私をエスコートした事などなく、私も元婚約者カールには触れられたくなかったので、男性に手を引いてもらうのはこれが初めての経験だった。

(私、初めて男の人に……じゃなくて! カールは何を……ロロの手大きい……あぁ、もう! 考えがまとまらない!!)

 カールの馬鹿について考えなければならないのに、意識がロロの手に集中してしまって、馬鹿の事を考える事が出来ない。

 思わず赤くなってしまった頬を悟られないよう俯きながら、私はロロの後ろをついて行った。
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