信頼はお金では買えません。ご存じありませんか? それはご愁傷様です

ノ木瀬 優

文字の大きさ
上 下
4 / 7

結 1/3

しおりを挟む
【side カール】


 会長室を後にした俺は、どうすればいいか分からず、とりあえず屋敷に戻って来た。

「帰ったぞー!」

 だが、いつもは出迎えてくる執事やメイドが、誰一人として、やってこない。

(くそがぁ! 皆してさぼりやがって!)

 ただでさえ、決算報告を聞いてイラついていた俺は怒りに任せて怒鳴り声を上げる。

「おい! 誰かいないのか!?」

 俺は大声で叫ぶも、俺の声が反響するだけで、他には何の物音も聞こえない。ここでようやく俺は、屋敷の中が不気味なほど静まり返っている事に気付いた。

「お、おい! 誰かいないのか!」

どんなに叫んでも、屋敷内はシンッと静まり返っており、返事は返ってこない。
 
(な、何が……何が起きている!? なぜ、誰もいない!?)

 俺は屋敷の中を走り回る。止まっていると、不安に押しつぶされそうだったのだ。すると、食堂の方からいい匂いが漂って来ている事に気が付いた。

「ここか!」

 俺は食堂の扉を勢いよく開く。

「な……は?」

 だが、食堂には人の気配はなく、あったのは、テーブルの上に置かれた1人分の食事とメッセージカードだけだった。

 俺は恐る恐るメッセージカードを手に取り、書かれている内容を確認する。

(これは……ジェシーから!? えっと……『屋敷の人間は諸事情により別の場所にいます。ご不便をおかけしてしまい、申し訳ありません。明日は教会でお待ちしてます。サプライズプレゼントを楽しみにしていてください。ジェシーより』……は? どういうことだ!?)

 メッセージカードの字は間違いなくジェシーの物だ。という事は、ジェシーはこの状況を予想していたという事になる。

(まさか……いや、そうかもしれない! きっと、ジェシーはこの状況を予測して準備していたんだ! 何せ、1週間も俺の元を離れざるを得なかったんだからな! 俺も辛かったが、ジェシーだって辛かったはずだ。そこまでして、俺のために準備してくれたんだ! だとすると、サプライズプレゼントは、俺の商会を救う物かもしれない! きっとそうだ!!)

 ジェシーが皆を総動員して、俺のために動いてくれているのだ。ならば、多少の不便さは我慢するべきだろう。入浴も着替えも自分一人では出来ないので、明日はこの格好のまま教会に行く事になるが、それも仕方がない。

(ありがとう! やっぱりジェシーは最高の女だ! ああ、我慢する。多少の不便など我慢するとも! ああ、明日が楽しみだ!)

 その日、俺は産まれて初めて風呂に入らずに床に就き、翌日、そのままの格好でミサに向かった。


【side ミナ】

「ふー……何とかなったわね」
「ええ。流石です、ミナ様」

 侯爵家との商談で発生したを解決した私は、ロロと一緒にミサに向かっていた。

「それにしても……ほんと、どうやったの?」

 カール元婚約者が財産分与で持って行った商会の従業員達が、いらぬ苦労をしないか心配だったのだが、なんと婚約破棄の翌日には、従業員の半分が私の商会に転職してきたのだ。幸い、例の解決のためにも人手が必要だったので、全員雇う事が出来たし、残りの従業員も、昨日の決算報告を受けて、雇い入れる事が出来た。

残っていた従業員達には、1週間も辛い思いをさせてしまったかもしれないと心配していたのだが、話を聞いてみると、十分な補填を受けられたので、特に不満はないとの事だ。おかげでやる気に満ち溢れた従業員をたくさん迎え入れる事が出来たのだが、結局ロロが何をしたのかはわからなかった。

「ふふふ。大したことはしておりませんよ。ミナ様の人徳のおかげです」

(そんなわけないでしょ!!)

 人徳で補填を行う事などできないし、何より『決算日までに収束するよう手配する』と言っていたのはロロだ。絶対、何かしてくれたはずだが、私に言うつもりは無いらしい。

「……はぁ。まぁ、良いけどね。でも、これだけは言わせて。いつも本当にありがとう」
「――っ!」

 私がお礼を言うと、ロロが照れたようにそっぽを向いた。『ぷいっ!』っという効果音が聞こえてきそうなその動きに、思わず私は笑ってしまう。

「ふふ。なによ。そんなに照れなくてもいいじゃない。これでもいつも感謝してるのよ?」
「え、ええ。もったいないお言葉、ありがとうございます。(不意打ちはずるいって……)」
「え? 何か言った?」
「なんでもありませんよ。それより、ミナ様。そろそろ教会に着きます。……、落ち着いて行動してくださいね?」
「へ?」

 ロロの意味深な台詞に、私は思わず変な声を出してしまう。

(何が起きてもって何!? 絶対何かが起きるって事じゃん! え、教会で? え? え? 何が起きるの!?)

「ちょ、ロロ!? ちゃんと説明を――」
「――ジェシー! 俺と結婚してくれ!」
「………………ほぇ?」

 教会前の広場に、聞き覚えのあるカールの声が響き渡った。突然の声に私は混乱し、アホ顔を晒してしまったのだが、それも無理はないと思う。

(公開プロポーズ!? 仮にもであるカールが? え、馬鹿なの!?)

 貴族のしきたりをガン無視した行為に、私は恐怖にも似た動揺を覚える。そんな私をロロが愛おしそうに見ていた事にすら気付く事が出来なかった。

「とりあえず、ミナ様。広場の方へ行ってみましょうか?」
「え、ええ。そうね………………え? なんで?」

 思わず同意してしまったが、元婚約者カールのプロポーズ現場に私が行く必要はない。

「まぁまぁ、後の事を考えたら、ここではっきりさせておいた方が良いですから。ほら、行きますよ」
「ちょ、ちょっと待って!」

 突然、ロロが私の手を引いて広場へ歩き出した。

(わ、わわ! 私、ロロと手を繋いじゃってる!?)

 元婚約者カールは私をエスコートした事などなく、私も元婚約者カールには触れられたくなかったので、男性に手を引いてもらうのはこれが初めての経験だった。

(私、初めて男の人に……じゃなくて! カールは何を……ロロの手大きい……あぁ、もう! 考えがまとまらない!!)

 カールの馬鹿について考えなければならないのに、意識がロロの手に集中してしまって、馬鹿の事を考える事が出来ない。

 思わず赤くなってしまった頬を悟られないよう俯きながら、私はロロの後ろをついて行った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ご安心を、問題ありません。

るるらら
恋愛
婚約破棄されてしまった。 はい、何も問題ありません。 ------------ 公爵家の娘さんと王子様の話。 オマケ以降は旦那さんとの話。

いちゃつきを見せつけて楽しいですか?

四季
恋愛
それなりに大きな力を持つ王国に第一王女として生まれた私ーーリルリナ・グランシェには婚約者がいた。 だが、婚約者に寄ってくる女性がいて……。

【完結24万pt感謝】子息の廃嫡? そんなことは家でやれ! 国には関係ないぞ!

宇水涼麻
ファンタジー
貴族達が会する場で、四人の青年が高らかに婚約解消を宣った。 そこに国王陛下が登場し、有無を言わさずそれを認めた。 慌てて否定した青年たちの親に、国王陛下は騒ぎを起こした責任として罰金を課した。その金額があまりに高額で、親たちは青年たちの廃嫡することで免れようとする。 貴族家として、これまで後継者として育ててきた者を廃嫡するのは大変な決断である。 しかし、国王陛下はそれを意味なしと袖にした。それは今回の集会に理由がある。 〰️ 〰️ 〰️ 中世ヨーロッパ風の婚約破棄物語です。 完結しました。いつもありがとうございます!

身分が上だからと油断しているようですけど……

四季
恋愛
私の婚約者は、私を舐めきっていました。 とにかく、女遊びし過ぎです。

バカ二人のおかげで優秀な婿と結婚できるお話

下菊みこと
恋愛
バカ二人が自滅するだけ。ゴミを一気に処分できてスッキリするお話。 ルルシアは義妹と自分の婚約者が火遊びをして、子供が出来たと知る。ルルシアは二人の勘違いを正しつつも、二人のお望み通り婚約者のトレードはしてあげる。結果、本来より良い婿を手に入れることになる。 小説家になろう様でも投稿しています。

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】

小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。 これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。 失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。 無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。 そんなある日のこと。 ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。 『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。 そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……

【完結】その人が好きなんですね?なるほど。愚かな人、あなたには本当に何も見えていないんですね。

新川ねこ
恋愛
ざまぁありの令嬢もの短編集です。 1作品数話(5000文字程度)の予定です。

婚約破棄が国を亡ぼす~愚かな王太子たちはそれに気づかなかったようで~

みやび
恋愛
冤罪で婚約破棄などする国の先などたかが知れている。 全くの無実で婚約を破棄された公爵令嬢。 それをあざ笑う人々。 そんな国が亡びるまでほとんど時間は要らなかった。

処理中です...