結婚相談所の闇 だからあなたは結婚できないんですよ……

ノ木瀬 優

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勘違い女、佐藤様の場合

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「だから! 何度も言っているじゃないの! 私は私にふさわしい人を紹介して欲しいだけなの!」

 テーブルを強くたたきながら怒鳴る女性を前に、私はばれないようにため息を吐いた。



 私の名前は春風香織。とある結婚相談所で相談員をしている。私が勤める結婚相談所は、来てくださった方に、『プロフィールシート』を記入して頂き、双方の条件にあった方を紹介するというシステムになっている。来てくださった方が、紹介した人を気に入れば、『出会い希望』を相手に送って、相手がOKしてくれれば、その人に会う事が出来るのだ。

 相談員である私の仕事は、結婚相談所に来てくださった方に『プロフィールシート』を書いて頂き、条件に合った方を紹介する事なのだが、稀に、とんでもない条件を書いてくる人がいる。目の前の人がまさにそれだ。



 もう何度目になるだろうか。相談者の佐藤様は、テーブルを叩きながら『理想に合う人を紹介してくれ』と言ってくる。それに対し、私も何度目になるか分からない言葉を繰り返す。

「お気持ちは分かりました。ですが、もう少し理想を下げて頂けないと、ご紹介出来る男性がおりません」
「そんな! これ以上何を妥協しろっていうのよ!」
 
(いやいやいや……)

 私は佐藤様に記入して頂いた『プロフィールシート』を見た。

名前:佐藤一美
性別:女
年齢:32歳
職業:パート
年収:152万
結婚歴:なし
子供:なし

 ここまでは佐藤様のプロフィールだ。結婚相談所に来る女性のプロフィールとしては、珍しいものではない。問題はここからだ。

相手に希望する年齢:20代のみ
相手に希望する年収:1000万以上
子供を希望するか:する
その他、相手に希望する内容:身長170㎝以上。イケメン。家事をしてくれる人

本気なのか、と言いたくなる希望だが、困ったことに本気なのだ。しかも、これでも妥協している。最初に書いて頂いた『プロフィールシート』には、

相手に希望する年齢:20代前半
相手に希望する年収:1500万以上
子供を希望するか:する
その他、相手に希望する内容:身長175㎝以上。イケメン。家事をしてくれる人

 と、書かれていたのだから。ここから何度も何度も書き直して頂いた『プロフィールシート』が、あれなのである。


「佐藤様。佐藤様の条件に合う男性は、当結婚相談所にはおりません。せめて、年齢か年収だけでも下げて頂かないと」
「……下げるってどれくらいよ」

 何度も叫んで疲れたからか、佐藤様はようやく私の話を聞く気になってくださったようだ。

「そうですね。仮に年齢の条件を無視するのであれば、このような方がいらっしゃいますが」

 そういって、私はとある方の『プロフィールシート』を佐藤さんに見せた。

名前:山田太郎
性別:男
年齢:41歳
職業:会社経営者
年収:1400万
結婚歴:なし
子供:なし

 『プロフィールシート』に張られている写真には、とても41歳には見えないイケメンの男性が写っている。多くの女性が『出会い希望』をしている人気の男性であり、正直、佐藤様が『出会い希望』をしたとしても、断られる可能性が高いのだが……。

「いやよ! 41歳なんておじさんじゃない!」
「……そうですか」

 年齢を見た瞬間に、佐藤様は『プロフィールシート』を投げ返してきた。

「では、こちらの方はいかがでしょうか? 年収の条件は無視しておりますが」

 そう言って私は、別の『プロフィールシート』を佐藤様に見せる。

名前:山本次郎
性別:男
年齢:28歳
職業:会社員
年収:320万
結婚歴:なし
子供:なし

 こちらも先ほど同様、『プロフィールシート』にはなかなかのイケメンの写真が張られている。20代の山本様ではあるが、希望年齢が30代という事もあり、年下好きの女性達から多くの『出会い希望』を頂いている男性なのだが……。

「馬鹿にしてるの!? 年収320万なんて底辺じゃない! そんなので生活できるわけないでしょ!?」

(それでもてめーの倍は稼いでんだよ! この底辺以下!) 

 思わず口から出そうになった暴言を何とか飲み込み、私は笑顔を保つ。

「ですが、まだ20代ですし、この先、年収は上がると思いますよ。それに、佐藤様の年収と合わせれば、472万円となり、十分生活できるかと――」
「はぁ!? 何言ってるのよ。結婚したらパート辞めて専業主婦になるに決まってるじゃない! ちゃんと『子供を希望する』って書いたでしょ!!」

(えぇ…………)

 どうやら、佐藤様の認識では、『子供を希望する=専業主婦となる』だったらしい。今の時代、働きながら子供を育てる人もいると思うが……。ってあれ?

「あの、佐藤様。その他のご希望に『家事をしてくれる人』と書かれていますが……」
「え? だって私、家事出来ないもん。男性に家事してもらわなきゃ、家があれちゃうじゃない。ヘルパーさん雇ってもいいけど、洗濯は旦那様にやってもらいたいなぁ」

 途中から佐藤様の話を聞いていなかった。というより、私の耳と脳が、佐藤様の言葉を受け付けられなかった。

「あ、あの……家事が出来ないのに、専業主婦というのは……」
「大丈夫よ! ちゃんと毎日笑顔で旦那様を迎えるわ! 夜の相手だってするし、悩みがあったら聞いてあげる。それで、十分でしょ?」
「………………」

 もう何を言っても無駄な気がするが、これも仕事だ。私は痛む頭を押さえながら佐藤様を諭そうと努力する。

「佐藤様、専業主婦を希望されるのでしたら、家事はご自身でやられるべきかと……でないと、理想の男性と巡り合えたとしても、受け入れてもらえませんよ?」
「そんなはずないわ! 私は可愛いもの! 私がいれば癒されるってパパもママも言ってくれてるもの!」

 そりゃ、両親はそう言うかもしれない。だが、そんなことを言ってくれる男性はいないだろう。

「ですが――」
「もういいわよ! 結婚相談所なんかに頼もうと思った私が間違ってたわ!」

 そう言って、佐藤様は出て行ってしまう。

「はぁ……」

(理解してもらえなかったな……ちゃんと結婚できるといいんだけど……)

 まず無理だと思いながらも、私は佐藤様の幸せをお祈りした。しかし……。



【10年後】

「なんでなのよ!!!」

 どうやら、私の祈りは届かなかったらしい。あれから10年経って、42歳となった佐藤様が、再び結婚相談所を訪れたのだ。そして10年前と同じように、いや、それ以上の力で、テーブルを叩きながら、私に言ってくる。

「あなたの言う通り希望は下げたわ! ちゃんと妥協した! それなのに、なんで誰も紹介できないのよ!!」
「10年経っているからですよ。残念ながらこの条件を満たす男性で、佐藤様を希望される男性がいらっしゃらないのです」

 佐藤様が『プロフィールシート』に書かれた希望は確かに下げられていた。

相手に希望する年齢:20代から30代前半
相手に希望する年収:600万以上
子供を希望するか:する
その他、相手に希望する内容:身長165㎝以上。イケメン。家事をしてくれる人

 相変わらず、専業主婦希望なのに、『家事をしてくれる人』が希望条件に入っている事は理解できなかったが、これだけなら紹介できる人はいる。ただしそれは、佐藤様が32歳のときであれば、だ。

「確かに、以前こられた時でしたら、この条件に合った男性をご紹介する事が出来ました。しかし、佐藤様ご希望を満たす男性は、20代から30代の女性を希望されております。残念ですが、42歳になられた佐藤様にご紹介する事は出来ません」
「そんな! 大丈夫よ! 私、よく30代前半にみられるし! パートの子から『20代だと思いました』って言われたりもするもの!」

 何が大丈夫なのだろうか。そして、どうやら佐藤様は『お世辞』という言葉を知らないらしい。

「申し訳ありませんが、男性の希望外の方をご紹介するわけにはいかないのです。佐藤様のご希望に近い方で、ご紹介できる方ですと……こちらの方はいかがでしょうか」

 そう言って私は、1枚の『プロフィールシート』を渡す。

名前:山下三治
性別:男
年齢:45歳
職業:会社員
年収:350万
結婚歴:あり
子供:なし

 渡した『プロフィールシート』に張られた写真には、イケメンとは言えないかもしれないが、優しそうな男性が映っている。佐藤様条件に合っている男性の中では、なかなかいい男性なのだが。

「ふ、ふざけないで!!」

 案の定、佐藤様は怒り出した。

「なんで! なんで、こんな人を紹介するのよ! あの人! 前回来た時に見せてもらった、年収1000万円を超えてた人! あんな感じの人を紹介してよ!」
「申し訳ありませんが、それは無理です」
「なんでよ!!」

 鬼のような形相の佐藤様を前に、私は丁寧に説明をする。

「あの時ご紹介させて頂きました山田様は、20代から30代前半の女性を希望されておりました。これは山田様に限った事ではなく、『山田様の様な方』は、同様の希望を書かれております。ゆえに、『山田様の様な方』をご紹介する事は出来ないのです」

 山田様の様に条件のいい男性は、若い女性を希望される。婚活業界では有名な話だ。

「じゃ、じゃあ、あの人は? イケメンで年上でもいいって言ってた」
「山本様でしょうか? あの方の希望も30代でしたので、佐藤様をご紹介する事は出来ません。他の、年上好きの方々も同様ですよ」

 いくら年上好き、と言っても、20代の男性が40代の女性を望むことはほとんどない。子供が欲しいと思っていれば、なおさらだ。

しかも、年上好きの男性、というのは、たいてい年上の『お金持ち』の女性が好きなのだ。『プロフィールシート』に明記されているわけではないので、佐藤様をご紹介する事は問題ないが、『出会い』が成立するとは考えにくい。

「そんな……それじゃ、私はどうしたらいいのよ……」
「『ご自身にあった方と結婚される』か、『結婚を諦める』か、2つに1つです。今までのように『理想の男性が現れる』事を期待して待ち続けても辛い未来が待っているだけですよ」

 私は、あえてはっきり断言した。

なかなか結婚できない婚活者の中に、『理想の男性が現れる可能性は0ではない』と考えてる人達がいる。確かに、理想の男性が現れる可能性は0ではない。しかし、それは宝くじが当選する事に期待し続けて働かないような物であり、たいてい、『あの時、妥協してでも結婚しておけばよかった』と後悔する事になる。私は、佐藤様にそうなって欲しくない。

「うぅ……わ、分かりました。私に合った人を紹介して下さい……」
「はい! 一緒に頑張っていきましょうね!」

 その日、佐藤様は初めての『出会い希望』を送って帰って行かれた。

(よかった。これでうまくいくといいんだけと)



 そう考えていた翌週、佐藤様が縁結びのパワーストーンを大量に身に着けてこられたのを見て、私は色々と諦めたのだった。
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