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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-289.マジュヌーン(129)月に一度の天使(後編)
しおりを挟む聞き覚えのありすぎる、軽薄で馬鹿げた大声。
まるで俺の張り詰めた緊張を嘲笑うかに響くその声の主が誰なのか、そりゃ考えるまでもない。
アスバル……前世じゃ足羽大志ってなご大層な名前のクラスメイト。そこそこツラが良く、そこそこ金持ちで、そこそこスポーツも出来、そこそこモテてた、ほぼ全てがそこそこで中の上くらいのチャラい奴。
例の糞邪神のジジイによってこの世界へと生まれ変わらせられたのは、空人とかっていう翼の生えた神秘的種族で、風の魔力を使い空を飛べる。
6年前に俺と共に成り行きで“砂漠の咆哮”へと入団した頃にゃ、悪運の強いだけのお調子者、“魅了の目”に見た目の良さを利用した人たらしのたかり屋だったが……シューによる農場襲撃の際にガキどもを助けるため囮になり、再起不能と思えるダメージを負った。
それから後のことを、俺は知らない。
“闇の手”信奉者や外部協力者を通じて、断片的ながらラアルオーム周辺や農場のことを聞いてはいる。
だから、ラアルオームの“砂漠の咆哮”野営地が復旧し、楼閣主の亀人、ガムジャム爺さんや“鋼鉄”ハディドらを中心に、生き残りの一部の“砂漠の咆哮”が細々と活動を続けていることもおおよそで知っては居るし、農場をムーチャが仕切りながら立て直し、それなりに発展させているのも知っている。
だが俺自身はあれ以来南方へと行って居ない。位置的にゃあ廃都アンディル、また、悪魔の顎より南には足を踏み入れてもいない。
だから、アリオが農場を出てボバーシオで獣人傭兵となっていることも知らなかったし、それどころかアスバルのヤツが来ている事……いや、こんなとんでもねぇ事になっている事すらちらとも知らなかった。
「こりゃ……一体何なんだ!?」
砂嵐だ。それも特大で、とてつもない威力の、砂嵐だ。
廃都アンディルで死霊術師と“不死身”のタファカーリとをぶつけ合わせたときに、フォルトナが使い魔の灰砂の落とし子を融合させて特大砂嵐へと成長させた上で、俺たちを囲い込む特製リングにした事はある。そのときの砂嵐もとてつもなかったが、今回のこれはそれを超える。
『主どの、とにかく距離をとって、吹き飛ばされないようして下さい』
陰鬱な声……思念で俺へとそう伝えて来るフォルトナだが、こりゃそれどころじゃあ済まねぇだろうぜ。
幸運なことに、俺は戦場の西側へと移動している最中で、巨大砂嵐の渦巻く中央部、正門前からは離れている。それでも足元が覚束ず、姿勢を低くし、踏ん張り地面にしがみつくようしていないと吹き飛ばされそうなほどだ。
まして、俺より小柄で体重も軽い……
「主さまーー……!」
……従者のネルキーなら、なおさらだ。
あおられバランスを崩し膝立ちになったところへと、リカトリジオス軍の軽盾が転がってきて顔面をしたたかに打つ。さらには伝令兵に偽装する為旗竿を背負っていたのが決め手になり、そのまま風の勢いに飛ばされ転がっていった。
それを後目に、這うように地面へとしがみつき、それでも首だけで渦巻く空へと視線をやる。
「抱腹絶倒地獄絵図! 天上天下唯我独尊! 天よりのグラディエーター! そう、我こそは……!」
馬鹿げた口上、少しのタメ。やや緩やかになる暴風に、他のリカトリジオス兵達もなんとか空を見上げる。
「みんなご存知! そう、俺のこそは……」
渦の中心にいるその姿は、視力の良くない猫獣人の目でなくとも、ハッキリと確認は出来ないだろう。
「最強無敵の孤高の戦士! あまりのポテンシャルの高さに、数多の組織から命を狙われる男! そう、俺こそは……」
そう、お前こそは……。
「“天空を貫く風”! アーーースーーーバーーーッッ……」
投げつけられる数本の槍などものともしない。
「……ルゥーーーーーーーーー-ッッッ!」
弾け飛ぶかの猛烈な風に、俺も又数歩、いや、それ以上に飛ばされ、回転しながら近くの岩へとしがみつく。
ふらりと力を失うかになるアスバルを、例のドワーフ合金鎧の探索者が支え、高い監視塔へと待避。
だがこの特大の破壊兵器によってもたらされたダメージはかなりのモンだ。特に正門前の主力部隊は大混乱。規律正しいリカトリジオス軍でも、これを立て直すのは至難だろう。
これは……どう動く?
この機を撤退の機とするか、或いはだからこその攻勢の機と見るか?
そのどちらでも……俺にとっては大チャンスだ。
目に入った砂を擦って落としながら、
「フォルトナ、そっちに動きはあるか?」
と、別の位置で待機しているフォルトナへと伝心でそう聞くと、
『奴らもなかなかどうして……どうやら、この機を攻めの機会と決めたようですぞ』
▽ ▲ ▽
遠目に見ても見覚えのある黄金鎧。その上にさらにゆったりとしたトーガを纏っているが、あれは王都解放戦のとき、俺たちがこの世界で前世の記憶を蘇らせ、また混乱するクトリア王都から脱出したあのときにシューが身に着けていたものだ。
周りを固めるのもまた食屍鬼犬獣人兵。ほとんどは特殊能力のない食屍鬼だが、それだって一般兵士より強靱だ。何より廃都アンディルでの勢い任せの雑多な群れの食屍鬼とは異なり、規律と集団戦に特化されたリカトリジオス軍の性質を持った、「訓練された」食屍鬼兵の脅威度は各段に跳ね上がる。
その10人隊5組、50人ほどの集団の中央に、まさに囲まれ守られるかの毛足の長いすらりとした犬獣人の将が居る。リカトリジオス軍では主力の、荒々しい雰囲気のリカイオス族とは異なる、優雅で高貴な雰囲気を漂わせる姿。そしてその右手には、これこそハッキリと分かる赤黒い輝きを発する恐ろしげな血晶髑髏をあしらった杖。
かつてクトリアでザルコディナス三世に仕えていた王の影の一員であり、ザルコディナス三世の復活を目論んでいただろう死霊術師が研究し作り出した、“ 食屍鬼を支配し制御することの出来る血晶髑髏の杖”。それをシューは応用して、食屍鬼化させたリカトリジオス兵を制御するものにした。
食屍鬼は元々、正気と狂気を行き来する不死者だ。それは死体に魔力を注ぎ込んで、無理やり動かし使役している死霊術の動く死体とは違い、魂がその肉体に呪いで捕らわれているからだ。
だが、時が経ち、また食屍鬼の攻撃衝動に突き動かされて人を食えば食うほどに、正気を失い狂気にとりつかれ、最終的には昼はただの死体のようになり、夜になると起き上がり、さまよい生者を貪り食らう化け物になってしまう。
その、本来なら食屍鬼となった上では避けられない変化を、“血晶髑髏の杖”で無くす……或いは制御する。それが、アルアジル曰わく、あの“食屍鬼支配の血晶髑髏の杖”の特徴だそうだ。
死者の頭蓋骨を利用して作られる“血晶髑髏の杖”は、それ自体は死霊術師の作るありふれた魔導具のひとつだ。そこらにある簡単なものなら、それこそ野生動物の頭蓋骨や、ゴブリンやコボルトといった連中の頭蓋骨を素材として作られるまがい物もあり、その効果はたかが知れている。
だが“血晶髑髏の杖”は、何者の頭蓋骨を使い、また何者の血を使うかで性能が千差万別になるって話しだ。
魔力の高い者、また高貴な人物の頭蓋骨を素材とすればするほど効果も高まるとされ、特にその高貴さは支配力の強さに影響する。
だから、王国へ繋がる転送門を見つけたクトリアの邪術士はティフツデイル王族を狙い、その死体を得ようと画策したし、また死霊術師の王の影は、廃都アンディルでかつての王族の死体を発掘して、それを利用し様々な改良の末に“ 食屍鬼支配の血晶髑髏の杖”を作り出した。
アルアジルが疑問に思ったのは、その廃都アンディルのかつての王族の血晶髑髏の杖が、どうして食屍鬼化したリカトリジオス兵への支配力を得たのか、にある。
そこに、二つの仮説を立てた。
一つは、シューの持つ「魔力を与える」と言う能力。
これにより、血晶髑髏の杖と食屍鬼犬獣人兵の双方へと同質の魔力を与える事で、杖と食屍鬼犬獣人兵との親和性を高めたのではないか、という仮説だ。
元々「正気の状態」であれば、食屍鬼犬獣人も普段のリカトリジオス兵とほぼ変わらないだけの思考、判断力をもつ。だから、その状態ならば魔術的な支配力なんざなくとも、リカトリジオス軍へと従うだろう。
最初に廃都アンディルで出会ったボルマデフや“黒鼻”のジダール先遣隊の連中がそうであったように、なんならほぼ生きてるときとの見分けもつかねぇ。
だが、やはり連中がそうだったように、腹の底……いや、魂の底から不意にわき上がるかのような殺意や暴力的な衝動に、多くの食屍鬼は意識を奪われ、自分の意志とは関係なく生者を殺し、食らおうとしてしまう。
その攻撃衝動だけを残し、それを特定の対象……つまりは敵にだけ向けるように操る。
食屍鬼の持つ不死性に攻撃性、様々な特殊な能力だけは上手く利用しながら、けれどもリカトリジオス兵としての忠誠心と規律、上官の指揮に従える判断力だけは残す。
とんだ人造兵士だ。
まるで前世の特撮ヒーロー物の改造怪人だぜ。
こいつを、廃都アンディルとシーリオで生産していたワケだが、どうやら量産化までは出来て居ないようで、確認出来る範囲でもまだ100か200くらいしか居ない。
それに全てが生身のリカトリジオス兵より優れてるってワケでもねぇ。
まず昼間は弱い。こりゃ闇属性魔力をエネルギー源とするタイプの魔物にゃ共通の弱点。なので当然、光属性魔力にも弱い。そしてやっぱ、ある程度制御出来るとは言え暴走の危険性は残る。特に魔力が増えれば増えるほどそのリスクは上がって、特殊食屍鬼の中でも特に魔力の強い、巨大化した重戦車食屍鬼なんかはちょいちょい制御から外れる、てことらしい。
とにかく数もそう多く無い上、有用に使うにゃ条件が厳しい。その理由も又、制御する上での特殊な条件が関係するだろう……てのが、とにかく今回のキモだったワケだ。
▽ ▲ ▽
不意に、爆音が耳をつんざく。
糞、なんだ? と思う間もなく二連続、三連続の爆発音。
方向はまさにリカトリジオス食屍鬼犬獣人兵の陣。戦場の端、西城門前の近くに展開していた事で、さっきのアスバルが起こした竜巻の被害を受けずに居た食屍鬼犬獣人兵部隊だが、そこへの追い討ちか、あの翼のあるドワーフ合金鎧で飛び回る南方人の野郎が、誰ぞを乗せてかき回しに来やがった。
飛行状態からの弓による爆撃。もちろん普通の弓矢じゃねぇ。何かは知らねえが、魔術で効果マシマシにしたとんでもねぇヤツだ。
地面か食屍鬼犬獣人兵に当たると、それらの矢が反応し合って連鎖的に爆発。矢の刺さった食屍鬼犬獣人兵なんかはこりゃ矢傷にさらに爆破によるダメージを食らうし、当たってない兵士も、連鎖的な爆発でダメージを負う。グレランでもぶち込まれてるようなモンだ。不死身頑強な食屍鬼犬獣人兵でも、こりゃたまったもんじゃねぇな。
だがさすがと言うか、被害は受けてはいるものの、生身のリカトリジオス兵と比べると混乱は少ない。“ 食屍鬼支配の血晶髑髏の杖”の力なのか、混乱はかなり抑えられている。
その混乱する陣の上空を旋回し、さらなる追撃を狙う南方人の航空部隊に、まずは長い舌の洗練。ゴホゴホと肥大した喉から煙を吐き出すような煙たい食屍鬼の舌は、人の腕ほどの太さで伸縮自在。ぬるぬるで粘つく粘液にまみれてて、蛙かカメレオンの舌のように遠くへと伸び獲物を絡め捕る。奴らの舌の恐ろしさは、一度捕まるとほぼ自力で抜け出すのは不可能なこと。本体は動きも鈍く他の特殊食屍鬼に比べて脆くもあるが、とにかく舌に捕まるのだけは致命的だ。
その舌を細かい旋回で巧みに避ける南方人の男だが、続くはその陰に隠れての狩人食屍鬼による急襲。こっちは空高く跳び上がってのし掛かり組み伏せると、強靭な爪先で抉ってきやがる。
だがこれも不発。かわして迎撃、無傷のまま……かと思いきや、何かしら不都合が起きたか、空飛ぶ南方人は引き返す。
危ういところだが迎撃した犬獣人食屍鬼兵部隊。見つかりはしたが損害は少ない。ならば……、
「フォルトナ、ちと手早く行くぜ。内側からこじ開けてやれ」
『仰せのままに、主殿』
正門前の混乱が収まる前に、奴らには城内へなだれ込んで貰う。
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