遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-29.J.B.(15)One Step Forward, two steps back.(一歩進んで二歩下がる)

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 宴の翌日、昼過ぎ頃になってから追加人員が来る。
 ラクダに乗って現れた5人は、ハコブ・ギルナーをリーダーとする探索班の面々と、会計係のブルだ。
「おーう! こっちだこっちー!」
 遠目に見えるその陰に、手をぶんぶんと振り回すのはアダン。
 ハコブ・ギルナーはシャーイダールの手下の探索者の中では一番の古参で歴戦の探索者。
 元々はやや東方の出身で、長年傭兵稼業等もやっていたが、戦働きに嫌気がさして探索者に転身したらしい。
 質実剛健を地で行くような男で、黒髪にやや褐色の肌。彫りの深い野性的な顔立ちをしていて、前世の民族的にはインド系に近い。
 
 ボーマ城塞の正門からの入城に、ハコブ以外の面々はやや緊張気味。
 いや、ブルだけは緊張よりも不機嫌さが何時もの二割り増し、といったところか?
 
「……驚いたな。まさか本当にボーマ城塞の中に入れるとはね。
 手紙を読んだときは正直信じられなかったが」
 ハコブが開口一番そう言うと、
「だーろォ~? 
 しかもここ、食い物とかすげーあるし、ヤシ酒も造ってンだぜー?
 超~旨えの!」
 何故か自慢げなアダンがはしゃいで言う。
 手紙、というのは昨日のうちに狩人チームのティーシェのあやかしに運んで貰ったものだ。
 大まかな経緯と、取引成立について。それと選抜した探索班とブルとで来て欲しい、という内容。
 
「ま、まずはボーマ城塞の責任者に紹介するぜ。
 今は居ないが、ロジータ・ヴォルタスがここを仕切ってるヴォルタス家の代表で、こっちのジョヴァンニが副代表だ」
 丸顔の親父を紹介し、次いで、
「で、こっは警備隊長のホルストだ」
 口髭の偉丈夫を紹介する。
 
「よろしゅうな」
「よろしく」
 握手を求めるホルストに、ハコブは手を差し出しつつ、
「ハコブだ。シャーイダールの探索者で、第一班の班長をしてる。
 もしや、アンタは金色の鬣こんじきのたてがみのホルストか?」
 ニキの言っていた元帝国の有名な剣闘士……。そういえば、本人かどうかをまだ聞いては居なかったな。

 ホルストはその問いに特に表情を変えることもなく、
「そう呼ばれてた時期もある。
 が、今はただの、ボーマ城塞の警備隊長。ただそれだけだ」
 答えるその声には、ある種の誇らしささえ感じられる。
 
 その答えに、ハコブはやや鼻白んだのか、或いはちょっとした引っかかりでも感じたのか、微妙に表情を歪めたが、あくまでそれが表にでたのは一瞬。
「そうか。俺は試合を見たことは無いが、噂は聞いているよ」
 ぐっ、と両手で力強く握手を返した。
 
 並ぶと、俺たちの中でも最も体格の良いハコブだが、それでもホルストの方が一回り大きい。北方ギーン人は全体的に背の高い金髪碧眼の美丈夫が多いが、ホルストはまさにその典型だ。
 ただ、ハコブは単に戦士として俺たちの中のトップというだけじゃなく、実は魔法にも詳しい魔法戦士っていう奴でもある。
 魔術理論への理解度が高く、かなり高度な術式もこなせるらしい、が。
 天は二物を与えずというか、魔力適性が低く、初級の術を数回、中級くらいの術を一回使うだけでも魔力が枯渇してしまう。
 魔力適性さえ高ければ、それこそかつてのシャーイダール並みの大魔術師になれたはず……と、度々主張している。
 
「おい」
 横合い、いや、下からそう声をかけるのは小人族ハーフリングのブル。
 前の時もそうだったが、会計係としては自分の頭越しに取引を決められるというのが気に入らないらしい。
「ああ。
 この目つきの悪いチビはブル。ウチの財務担当で、ジョヴァンニと取引の細かいところを詰めて欲しい。
 後、こっちの優男はマーランで術士。スティフィとダフネも探索班だ」
 ブルのことと残りの探索班についても紹介する。
「コイツとどういう話をしたか知らないけど、商売上の正式な取り決めをするのはアタシが担当なんでね」
 そういうブルは一応笑顔でジョヴァンニと握手をするも、さり気なく俺へと睨みを利かせる。いやだからそこはイベンダーのオッサンに言ってくれ。
 
 マーランは元々は探索班の補助役が多かった、あまり現場向きではない術士だ。
 ひょろりとした優男で過去について詳しくは語らないが、どうも昔、まだクトリアが邪術士達に占拠されていた頃に、半分奴隷で半分下僕のような扱いで居たらしい。
 こいつもハコブ程ではないが魔術への理解度が高く、最初は見よう見まねで魔力の扱い方を覚え、その素質を面白がった邪術士に手解きを受けた。
 初級魔術をある程度使えるようになった頃に、王国軍によるクトリア討伐で主は死に、マーランは難を逃れた。
 小器用で勤勉なマーランだが、才能という点ではハコブに及ばない。高度な術式を扱えないのだ。
 その代わり、魔力適性はハコブを上回る。
 
 つまりハコブは「本来高度な魔術理論を理解しているが、実際に術を行使しようとすると少ししか使えない」。
 マーランは「魔術理論の理解度はさほど高くないが、魔力適性が高いため魔力が多く、多彩な低級魔術をたくさん使える」。
 どちらも中途半端で一長一短。
 それでハコブは白兵戦闘の技術を学び戦士としての力量を高め、その上でいざという時の隠し玉、切り札として魔術を使うというスタイルになり、マーランは多様な魔力適性を活かし、低級の魔術を連発する手数でやりくりするスタイルになった。
 
 個人としては欠点も多いが、チームとしてはうまく働く。
 例えばアダンは盾を中心とした戦い方をするが、相手の攻撃を引きつけ防ぎ続け、その間にハコブが比較的高レベルの魔術を準備する、というのはけっこう巧くハマる。この世界の魔術は、高度な魔術程詠唱や準備に時間がかかる。
 また、マーランは器用に様々な魔術を行使でき、【身体強化】や【魔法の鎧】のような補助魔法を短時間に連発出来る。
 集団に囲まれたときなどに、初級の強化、防御魔法を立て続けに何種類も使えるというのはけっこうな強みで、マーランの助けを得て他の連中が攻勢を仕掛ける、というのもまた巧くハマる。
 
 暴走した“ハンマー”ガーディアンにアジトが襲われたときも、マーランの補助魔法で助かった部分もあるらしいが、その辺りは俺は直接見てはいない。
 ハコブも居ればもっとマシな結果だったのだろうか、折り悪く個人的な休暇を貰って外出中だった。
 噂では外に女が居ると言うことだが、そこも詳しい話はしていない。アダンはいつも、「どーせ見栄張ってんだよ!」と陰でdisってるけどな。
 
 一通りの挨拶も済ませ、取り敢えずは場所移動。
「あ、あの、彼は……どこかな?」
 歩きながらも、マーランはまだ周りを警戒しているかのような素振りでそう聞いてくる。
 魔力適性は高いものの器用貧乏で高度な術は使えないマーランは、まだ幼かった邪術士奴隷時代にそのことで主人を「失望」させてしまったらしく、むしろ前よりも扱いが酷くなったという。
 それらの経験からもあり常に警戒心が強く───有り体に言えば臆病になり、その性格気質も探索班としては「実力の割に活躍できない」理由でもある。
 
「オッサンならもうじき来るだろうな。
 ま、先ずはブルと共に取引関係の引継をして、それからドワーフ遺跡への移動だ」
 マーランが探している彼、とは勿論“自称”砂漠の救世主、イベンダーのオッサンだ。
 
 
 オッサンの立場は、今の俺らの中ではグングンと上がって居る。
 現状、ドワーフ合金の修理加工と同時に、効力を失った付呪を復活させることも出来るのはオッサンだけだ。
 オッサンは自分で新たに術式を組み立て、物品へと付呪する事は得意ではない。
 それをやるのには術式への深い理解と魔力適性、優れた魔力操作と、要求されることがかなり多い。
 
 その代わり、既にある術式を組み合わせたり新たな発想で別の用途に応用したり、というのは上手い。
 まあそれが例えば、マルクレイの為に作った「振動を読み取り声に変換する首輪」だったりする、らしい。
 アレのすごいところは───オッサンの受け売り、だけどな? 「振動を感じ取る術式」や、「感じ取って音を発生させる術式」それら自体は、結構初歩的な術式で、例えば防犯アラームのようなものとしても使われている。
 ただそれを「咽、口腔内の振動を音ごとに区別して感じ取り、それを言葉として発生させる」という発想で組み直す、なんてことは、恐らく今まで誰もしたことがない。少なくとも、「一般に普及する」様な形では。
 多分これは、「ドワーフとしてのオッサン」の持つ魔導具への知識と、前世、オッサン曰わくの「科学者にしてベガスの救世主」であるところの発声のメカニズムへの医学的、科学的知識と、発想の合わせ技、だ。
 
 
 最近の───あー、前世で死ぬ時点での、だが───アクション要素の高いファンタジー映画とかだと、杖をふるうとズバーンと魔法の光線が発射されたり、イメージや想像力が強いと魔法の威力が上がるというような描写や設定がよくある。らしい。まぁそんなに詳しくはない。
 だがこの世界の魔術というのは、正直それらよりけっこうシビアだ。
 基本的にこの世界の魔法、魔術は、エルフの専売特許みたいなもので、術式への理解と魔力が双方ともに重要。
 その上で、ハコブやマーランの例のように、どちらかが欠けていても「優れた魔術師」にはなれない。
 なのでエルフ以外の、エルフより様々な意味で適性に欠ける種族の者達は、別のアプローチで「魔術という深淵」へと近付くべく工夫を重ねてきた。
 
 俺の部族での入れ墨魔術もその一つだ。
 俺の部族のそれは、術式を埋め込んだ入れ墨をすることで、砂漠の嵐シジュメルの加護を少しだけ得られるようになる、というもの。
 何年もかけて慎重に入れ墨を入れても、使えるものはエルフの子供が使う初級魔術に及ばないが、全く魔力適性の無い俺でも速度向上や風の護りの効果を得られる。
 それがドワーフ遺物を魔改造した“シジュメルの翼”を使いこなす鍵になる、というのは、ちょっとしたイレギュラー。
 
 オッサンの種族であるドワーフもそうだ。
 彼等は人間よりは魔力適性も術式への理解力も高い。しかしエルフにはとても及ばないし、何より魔力があまり高くない。
 そこで古代ドワーフ達は魔力への耐性の高いドワーフ合金を生み出しガーディアンを作り、またドワーフ合金製の武具や魔導具に付呪をすることで、魔術の代わりとした。
 
 で、俺の“シジュメルの翼”が俺自身の適性に見事に合致して居たこともあり、他の面子も「イベンダーのオッサンなら、自分に適した魔導具を見つけ出し修復して使えるようにしてくれるのではないか?」という期待感がある。
 まあそうだろう。
 俺自身、この“シジュメルの翼”のお陰でどれだけ助かって居るか。
 勿論それには、新たなドワーフ遺物の発掘が必須になる。
 普段なら探索に乗り気で無いマーランがここまでやってきたのもそのためだ。
 
 今回の探索行への期待値はそれだけデカい。
 
「JBよォ~。実際マジ、今回の遺跡はイケてんのかよォ~?」
「良いモノが見つかるといいよね。古代ドワーフの本とかさ」
「あー? 本なんて何が良いんだよ?
 やっぱ武器だろー、武器!」
 スティフィとダフネも、その辺りへの意欲はかなり高いようだ。
 まあ、実利一辺倒のスティフィと、邪術士の奴隷時代に少しだけ字を学び、本の整理をさせられていたことから古代の本への妙なこだわりを持ってるダフネでは、求める物は全く違うけどな。

「手紙にも書いたが、正直今の段階じゃあどーなるかは分かンねえぜ。
 まだ入り口が見つかった、ってーだけだ。
 あとスティフィ、お前一応余所様の所にお邪魔しに来てンだから、せめて身体を拭いてこいよ」 
「あー? どーせ別の穴蔵に潜るンだからよォ~。
 どーでも良いだろ、そんなのは」
「いや、臭ェぞ、マジで」
「ハッハー! もっと嗅がせてやろーか?」
「寄るな! マジで!」
 
 スティフィは人種的にはハコブに近いらしく、彫りの深い美人系の顔立ちをしてる軽戦士なのだが、とにかく不精でだらしない。
 上下水道が整ってるアジトに住んでいるのに、部屋はゴミだらけで風呂にも入らず髪も洗わない。
 気候的には乾燥高温で汚れにくいとは言え、洗顔すら面倒臭がるほどだ。
 遠目にはセミロングのドレッドに見える髪型も、実際には単に洗ってないから脂と土埃で汚れ固まってるだけ。
 あまりの汚らしさ故に、けっこう美人であるにも関わらず人攫いに狙われることも無いのだが、その汚れっぷりはかなりのものだ。
 
「そーだよ! いっつも言ってるのに、全然聞かないンだからさ!」
 逆に、というか、ダフネの方はかなりのきれい好きで、探索行をしてないときはアジトの掃除を率先してやるくらいだ。
 元々同室の二人だが、この辺りのことでいつも揉めている。
 かと言って、仲が悪いのかというとそういうこともない。むしろべったりと言うくらいに仲が良い。
 背も低く小柄で大人しいし、顔立ちに関しても全体にぺっちゃりとして際立つところもない、印象に残らないタイプのダフネと、よく見ると目鼻立ちもくっきりした美人なのに全てが大雑把でだらしないスティフィは、見た目も中身も真逆と言うくらいに似ていないのに、姉妹のようにくっついてる。
 
 この二人と、術士のマーランは、やはり同じくクトリア育ちの孤児で、同じ邪術士の奴隷だった頃からの仲だという。
 その数少ない生き残り同士で、地下遺跡に逃れ暮らしていたところを揃ってハコブに拾われ今に至る。
 まあつまり、経緯からしても完全にハコブの子飼いみたいなチームだ。
 そこに、グッドコーブからのおのぼりさんのアダンに、そして犬獣人リカートの奴隷だった俺を加えた6人が、半年前までのハコブ班の基本編成だった。
 
 
「ああ、来たか」
 中庭の隅の屋外テーブルの周りで、アジトへと持ち帰る荷物をまとめながらそう言うのはニキ。
 ニキは本来、便利屋ジョスの班に居た。先日の“ハンマー”ガーディアンとの戦いでは、ジョスを含め3人が死んでいる。
 残りの一人、アリックも怪我が酷くてまだ療養中。
 今回はここで打ち合わせをして、現場へとアダンを含めたハコブ班とイベンダーのオッサンを残したら、俺、ニキ、ブルはひとまずアジトへ帰還する予定だ。
 
「ニキ。例の件は考えてくれたか?」
 ハコブがニキへと問いかけると、目に見えて顔を曇らせ口ごもる。
「アタシは……ちょっと、まだ……」
 いつものニキからすると、かなり煮え切らない態度だが、一体何の話だ?

「お、おー? 何々、何だよ?
 ま、まさか、愛の告白!? 何、そーゆー関係だったの!?」
 アホみたいな声でアホみたいなコトを言うアダンをハコブはジロリと睨み返し、
「違う。チーム入りの話だ」
 と、いやまてちょっと待て、と。
 
「おい、ハコブ。つまり、ニキをお前のチームに入れようってことかよ?」
「“ジョスのチーム”なんてのはもう存在しないだろ?
 少なくなった人材を、ひとまず纏めた方が良い」
 
 道理、ではある。
 ただでさえ人手が減ってて、それを分散させていたらより厳しい。
「俺としちゃ、JB。お前の現場復帰もしてもらいたいんだけどな」
 ほんの半年前までは俺はハコブ班の一番の新人で、慣れないハンマーを振り回して地下遺跡探索をしていた。
 状況が変わったのは、例のギターに似た弦楽器ウルダを爪弾いてるところをシャーイダール……の、仮面を被ったコボルトのナップルに気に入られたことだ。
 それ以来時々ウルダ弾きに呼ばれるようになり、探索班での行動よりシャーイダールの周りでの仕事を指示されることが増え、ピクシーの世話、オッサンの世話、と、言わばなし崩し的に現場仕事から内勤へと代わって行った……というような流れだ。
 
 これには周りからある種のやっかみも出ては来たが、そこの調整が巧いのはブルの手腕でもある。
 要するに金。
 いわゆる基本給はキャリアや役職に応じた固定で、そこに探索班は手当が付く。
 つまり「探索班から外れて危険も減り楽な仕事が増えた」と同時に「実入りは減る」。
 アダンなんかは露骨に、「シャーイダールに気に入られちまッて、稼げなくなッちまッたなあ!」なんぞと言ってきてた。
 ただ正直な話俺としては、探索班でガンガン稼ぎまくりたい、というアダンとは違い、そこにはそんなに執着はなかった。
 安全で楽にそこそこ稼げるならそれはそれで構わないという考えで、探索班への復帰を積極的にしたいワケでも無い。

「JB、お前には見所がある。
 身体的センスが高いし、知恵もある。
 鍛えればかなりの探索者になれる資質があるのに、いつまでもシャーイダールの小間使いじゃあ勿体ないぜ」
 
 ハコブはというと、ハッキリ言えば“野心家”タイプだ。
 常に「今より上」を目指している。
 その上リーダーに相応しい親分肌で、だから自分には足りない魔法の手数を持つマーランを見いだし、身体能力だけは高いがたいした戦闘経験も無いお調子者のアダンをその体格を生かした盾使いへと鍛え上げ、右も左も分からないような逃亡奴隷の俺に探索者としての心得を教えて来た。
 ハコブの作り出したこのチームは、文字通りにシャーイダールの探索者の中の要だ。
 そのハコブにそう言われるのは、正直悪い気はしない。
 
「まあ、その辺はそう簡単にもいかねえさ。
 それに、仮に探索者メインに復帰するとしても、やるなら第二班の立て直しからになるだろ?
 ジョスの班はもう二人しか残ってねえからな」
 ニキと、怪我をしているアリック以外全て死んだ。
 二班体制を維持するためには、最低でもあと二人は新面子が欲しい。
 
「しかしな。その二班体制は必要か?」
 ハコブはそう続けてくる。
「最初は俺のチームだけで探索していた。
 人数が増えて、ある程度の入れ替えをしつつ班編成をする事になった。
 その後、王国領から来たジョス達が、あくまで自分達だけのチームでやりたいというから、二班体制に変わった。
 だが、ジョスのチームはもう壊滅したに等しい。
 だったら昔通りのやり方に戻して、そこから再編していく方が合理的だ」
 
 これも理屈は分かる。確かにその方が良いのかもしれない。
「ジ、ジョス、の、チームは……!」
 そう考えている俺の横で、ニキが声を詰まらせながら口を開く。
「終わったワケじゃ無い……! アタシも、アリックも居る……!」
 
 ニキにとって、ジョス達との付き合いは俺達よりはるかに長い。
 そうそう簡単に割り切って気持ちを切り替えるのは難しいだろう。

「ニキ。お前の気持ちは分かってる。
 だが……アリックはどうだろうな。
 あいつは多分、もう“折れ”ちまッてるぜ」
「な……!?」
 アリックは確かに勇猛果敢な戦士タイプとは言えない。むしろ身の軽さと手先の器用さが身上で、そのため罠や仕掛けを見抜き解除するのが巧いタイプだ。
「怪我自体は日に日に良くなっているが、精神的には参って来てる。
 元々繊細な奴だ。この間の件は、相当堪えたみたいだしな。
 もう前線復帰は無理かもしれないぞ」
 
 続けるハコブの言葉に、ニキは益々青ざめていく。
 流石にこの話は、今のニキにはまだ酷だろう。
「なあ、今はそれくらいにしてやってやれよ。
 どっちにしろ、今すぐにどーこー出来る話でもねえンだしよ。
 もうちょっと色々落ち着いて、状況が整理されてきてから考えても遅くないだろうぜ」
 
 流石に見てられなく助け船を出すが、今度は横合いから、
「けど、アタシもありゃあダメだと思うけどねェ~。
 なんつーか、目? 目が死んでるっつーの?
 もうそんな感じだったしさァ~」
 と、スティフィがぞんざいに口を挟む。
 
 その無神経な言い様に、ニキが一触即発、怒気をはらんだ目つきで食いかかろうとするのを、俺とアダンで素早く止めに入る。
「ああ、あー、待て待て待て。
 ニキ、な、おい。別にあいつは悪気あって言ってるワケじゃねーって!
 知ってんだろ? あいつはあーゆー言い方しか出来ねーんだよ!」
「そうだぜ。あいつは外側だけじゃなく、頭ン中も全部ガサツなんだからよ」
 アダンの物言いも相当ひどいが、言われても本人は全く気にしないので仕方ない。
 
「スティフィ、物言いには気をつけろ。
 済まなかったな、ニキ。俺も言い過ぎたかもしれん。
 だが、一応頭の隅にでも置いといてくれ。
 いずれは、選ばなきゃならなくなる事だからな」
 
 そう纏めるハコブに、まるで自分には無関係とでも言うかの顔をしたスティフィと、おろおろとするダフネ。
 二人に抑えられたニキは、次第に力が抜けていき、「糞!」と吐き捨てるように言うと、力任せに俺達を振り解いた。
 
 ■ □ ■
 
 そうこうしてるウチにイベンダーのオッサンとブルを交えた商談も終わり、オッサンを加えたハコブの探索チームは、地下水道を潜り抜けられるよう改造されたエアボートで新たな遺跡の入り口へ向かう。
 俺とニキ、ブルの三人と、ウェストポーチの中で居眠りしているピクシーのピートは、トムヨイ達狩人チームと共にラクダで市街地へ戻ることになる。
 
 何か、色々気まずい空気のまま戻るのがちょっとしんどいんだけどな。
 本人的に満足できる取引の出来たブルだけは、けっこう機嫌を直している。
 両サイドから不機嫌オーラが出てないだけでも助かったぜ。
 
 
 ラクダをヤレッドに返してトムヨイ達と別れると、まずはアジトへと荷を運ぶ。
 運んで来た荷はトムヨイ達と分け合った狩りの獲物を幾つかと、ボーマ城塞で貰った食料に、何種類かのヤシ酒。
 醸造のもの、蒸留したもの、そして蒸留し熟成させたものをそれぞれ一樽ずつだ。
 これらはまず、どこにどうやってボーマ城塞のヤシ酒を売り込むかを見極めるために使う。
 ま、基本的にそこは俺じゃあなくイベンダーのオッサンの仕事なので、今はまだ倉庫に置いておくだけだ。
 俺としては醸造酒の方はマランダの牛追い酒場に卸したい。別に親切心とかじゃなく、何よりあいつを無視したら、後々恨まれて面倒くさそうだからだ。
 
 で、地上の入口まで荷を運ぶと、見張り番に中から人手を呼んでもらう。
 見張り番、と言っても、地下街を住処にしてる数人の宿無しども。
 俺達はアジトの近くに住んでる宿無し連中に、小遣いと残り物の飯をくれてやって色々なことに使っているのだ。
 まあ、ある種の共生関係。カバの身体の表面につく寄生虫を食べる小鳥みたいなもんかね。
 
 そのとき一人の宿無しが、俺に近付いて小声で話しかけてくる。
「ジ、JBの、旦那。
 昨日、なんですけど、浮浪児の奴らが来て、旦那のことを探してましたぜ」
 浮浪児、つまり孤児達というなら、それはジャンヌ達の誰かだろう。
 前に頼んでた情報集めで何か進展があったのかと思い、そいつに駄賃として銅貨一枚を渡してから、
「ブル、俺はちっと野暮用で出てくるわ。
 ま、夜までには帰るだろうな」
 と、手を挙げて告げる。
「ハァ? 
 テメェ、荷物運びサボる気か!?」
「おいおい、俺ぁここ数日出張働き目一杯して来たんだぜ? ケチ臭ェ事言うなよ。
 ……と、そうだそれと、な」
 運んできたボーマ城塞からの食い物の入った包みの中から、ヤシの甘い樹液の小瓶とオレンジが数個入った小袋を取り出して、
「ちっとばかしもらってくぞ」
 そう言って素早く立ち去る。
「あ!? てめ、何勝手こいてんだコラ!?」
 背に投げつけられるその怒声に、
「この分は俺の手当てからさっ引いといてくれ!」
 と、そう返して走り去った。
 
 
 孤児達の寝床がある廃屋へ行くと、数人が俺に気付いて近寄ってくる。
「おーう、ガキ共、相変わらず糞汚ェ面ァしてて実に結構!」
 孤児のガキ共にとって、汚い身形で居ることはある種の生存戦略だ。
 下手に小綺麗にしていたら、タチの悪い人攫いに連れて行かれるはめになるからな。
「今日の土産は期待してて良いぞー。てめーら驚いて腰ィ抜かすかんなー」
 そう言って手にした袋をぶらぶらさせるも、どうもイマイチ反応が悪い。
 いつもならそれで、それこそぴょんぴょん揺れる玩具に反応する猫のように、その袋に群がってくるはずだ。
 
 どうした?
 訝しみ顔を見ると、どいつもこいつも汚ェ面を益々汚して苦しげな表情。
 まだ幼いガキに至っては目元を真っ赤にして泣きはらしてもいる。
 何か……何かがあった。
 
「おい、どうした? 何があった?」
 声を詰まらせつつ一人の年長のガキが
「ジャン……ジャンヌが……」
 嫌な……予感がする。
 
 俺はダッと駆け出し、ガキ共のねぐらの地下室へと向かう。
 中にはやはり数人のガキが居て、奥からは地の底に響くかのようなくぐもった呻き声。
 汚れた布を跳ね上げ部屋へ入ると、そこには地面に横たわり身悶えしのたうち回るジャンヌの姿があった。
 
「おい、ジャンヌ!?
 何だ!? 誰にやられた!?」
 近寄り屈み込んでそう聞くと、
「うる……せェよ……、でけェ声……出す、な……この、間抜け……が!」
 相変わらずの憎まれ口だが、それで僅かにホッとする。
 様子を見るに、強かに殴る蹴るの暴行を受けているのは見て取れるが、出血や目立った外傷は無さそうだ。
「糞、元気そーじゃねえかよ」
 だが……。
 
 何か、どうも妙な感じがする。
 ジャンヌはなまなかなことでは弱音を吐かない。
 吐かなさすぎてむしろ心配になるぐらいに弱さを周りに見せようとしない。
 そのジャンヌが、この程度の暴行でここまで苦しそうな顔を見せるものか?
 そう思っていると、不意に咳き込み身体を丸め、ゴホゴホという咳と共に赤黒い血反吐を吐き散らかした。
 
「おい!? まさか、内蔵をヤられてんのか!?」
 ガキ共のくぐもった悲鳴と俺の声が重なる。
 慌てて腰のポーチを開けて、セットしてある小瓶の魔法薬を取り出そうとするが、
「ちげー……よ、バカ……。
 アタシの……事は、どーで……も、良いン……だ」
「はァ!? 良かねえだろうが!
 良いからこの薬を……」
「聞け! このボケ!
 アタシは……良いんだよ!
 どうせ、じき、死ぬ……!」
 俺の胸ぐらを掴んでそう血まみれの口で言い放つと、
「いいか、聞け……。
 メズーラが、さらわれた」
 そう、続けた。
 
 メズーラ。ジャンヌ達孤児グループに居る一人で、俺同様に犬獣人リカートの下から逃げてきた南方人ラハイシュの少女。
 顔半分に大きな火傷を負い、精神を病んでしまい自分を犬獣人リカートだと思い込み、犬獣人リカートの頭部と毛皮で作られた帽子と服を着込んでいる。
 そのメズーラが……さらわれた?
 
「やったのは、カストだ。テメーが探してた……糞野郎の元借金取りの、よ……」
 
 マランダの牛追い酒場の借金取り兼用心棒だった荒くれ者だが、店の金を持ち逃げして行方をくらましていた胸毛野郎。
 そいつを探し出して金を取り返して欲しい、と頼まれたのはもう二週程前になるか?
 逃げてたそいつが何故今更旧商業地区の孤児なんかを浚いに来る?
 
「ジャンヌ、じゃあ、カストの糞野郎にヤられたんか?」
 そう聞くと口惜しげに顔を歪め、ペッと床に血反吐混じりの唾を吐き出し、
「ちょっ……とばかし、な。飯食えてなかった分、適わなかったわ……」
 力無く笑う。
 
 ……おい、待てよ。
 待て待て待て待て、待て!
 なに死にそーな面して笑ってやがるよ?
 てめーはいつだって、世の中全部憎みきってるみてーな苦虫噛み潰した顔して、悪態吐くよーなキャラだろうがよ!?
 
「ざけんな、おい!
 飲めよ、薬を!
 こいつはただの薬じゃねェぞ!?
 シャーイダール特性の魔法薬だ!
 いつもなら金貨10枚以上の値で王国駐屯軍に卸してる上物なんだぞ?
 てめーみてーな糞アマにゃ勿体ねえシロモノなんだから、グダグダ言ってねーで飲み干しやがれ!」
 
 無理矢理に口をこじ開けて飲ませようとしたそのとき、不意に腰のあたりから調子外れの間抜けた声が聞こえてきた。
 
「……うぅっっっわァ~~~~~、何これチョーーー気持ち悪いんですけどー?
 何々、何なのホント、勘弁してよねェ~~~」
 
 言うまでもない。
 その間抜けで糞失礼な声の主は、ボーマ城塞から移動中ずっと、俺のウェストポーチの中で居眠りこいてたピクシーのピートだ。
 いかん。こいつのこと、スッカリ忘れてた。
 これ以上こいつの存在を街中で知られるのも拙いのだが、今はそんなことを気にしていられる余裕も無い。
「おい、糞チビ、今はお前の相手してられる余裕はねえんだ、黙ってろ」
 再びウェストポーチに押し込もうと手を伸ばすとするりとすり抜け、ふらふらとした様子でくるくる飛び回る。
 
「やーよ、何すんのよ。
 本当、チョーーー気持ち悪いんだから!」
 
 ジャンヌも含め、周りのガキ共小さな妖精が飛び回る様に驚き、目を丸くして声も出ない。
 
「おい、てめ、いい加減にしろや!
 気持ち悪ィ、気持ち悪ィって、ふざけたこと抜かしてンじゃねえ……!」
 
「おバカはそっちよ、ちりちりポン助!
 あのね、今、チョーーー気持ち悪いし、チョーーーやばいのよ?
 この子、今、魔人ディモニウムになりかけちゃってンだからさ!」
 
 ……へ? 何だっ……て?
 
「あのチョーーー巨大岩蟹と同じ。
 身体の中に濁った魔力が溜まりすぎて、あちこちに魔力瘤まりょくりゅうが出来て身動きとれないくらい苦しかったンでしょ?
 それが溜まりに溜まって死にそーになってたときに、大怪我して、強くて激しい怒りに取り憑かれたから、濁った魔力が暴走して、この子を魔人ディモニウム化させかけてるの」
 
 既に、ピートはジャンヌの上で円を描くように回りながら、羽根から光り輝く妖精の粉を振り撒き、小さく歌を歌い出している。
 魔力の濁りを浄化する妖精の輪舞フェアリー・ロンドだ。
 
 薄暗い地下室の中、小さな羽の生えた小妖精が、くるりくると光を纏いながら回り踊り歌を歌うその様は、何度観ても溜め息が出るほどに幻想的で美しかった。
 そうして出来た、幾重にも重なり合う光の帯が次第により強く大きな円筒状に連なって、そのまま凝縮された一本の矢のようになり、ジャンヌの身体の中心へと突き刺さり吸い込まれる。
 光が……光がその身体全てを包み込みあふれ出し……そして……。
 
 
 
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