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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
2-28.J.B.(14)Crazy.(イカれてるぜ)
しおりを挟む宴は明けて翌日、夕方辺りからぼちぼちと始まった。
山腹の高い位置にある整えられた庭園に、幾つもの椅子とテーブル、そして料理と酒が並んで、仕事をしている者を除いた100人以上のボーマ城塞の人々が集まる。
服装も結構質素なりに小綺麗にしてたり、もっと艶やかで上等なものを着ている者も多い。
着るものと言えばぼろ布か服か区別の付かないチェニックか腰布、マシなものでもせいぜい貫頭衣、という旧商業地区よりも、衣食住のどれをとっても上等だ。
それにしても───だ。
考えてみると、この世界で過ごすようになって18年ばかり。村の祭りを除けば、“宴”なんていうモノに参加するのは初めてかもしんねーわ。
食い物には今回捕った岩蟹もある。
岩蟹は殻の強化に魔力が多く使われてることもあり、肉に残留する濁った魔力は魔獣にしては少ない方だ。
薫製にしてしばらく時間をおくことで濁りはさらに減るらしいが、まあちょっとばかりの残留魔力を気にする気になれねー程旨いからなァ。
「身体に悪いものが含まれてることを知っていながら止められない」と言うと酒やタバコみてーかもな、とも思うが、たいていの奴らは何より「生きるため」なら、立て続けに食い続けてればヤバいかもしれない程濁りに汚染をされた魔獣肉でも文句は言えない、てのが実情だ。
そう考えると、前世のアメリカで安いジャンクフード漬けで病気になる貧困スラム住人の話とも通じてるかもしれねえ。
まあ、俺もその貧困層の一人だったワケだけどな。
宴の食い物には果物や他の食肉、野菜なども沢山ある。
思いの外蓄えが多く、半分はこの城塞内で栽培したもので、半分は船を使った交易で手に入れてるらしい。
岩蟹の大量発生で船が使いにくくなってて、交易の継続が難しくなってたのも悩みの種だったそうだが、今回俺たちがその原因を排除し、さらにはボートの“護り”も強化したことで、再び活発に行き来が出来るだろう、とのことだ。
ただ、長い間それだけ交易を続けていたのに、周りに殆ど知られていなかったのは何故か? との疑問も湧く。
周りは……というか、少なくとも俺は知らなかったし、情報屋の半死人、“腐れ頭”からも、ボーマ城塞絡みの情報は殆ど無かった。まぁもちろん、俺から聞いてなかったから……という事なだけかもしれねぇが。
「それは一つに、俺たちのやってることは王国の連中からすれば“密貿易”だからだな」
マグカップのヤシ酒を軽くあおりながらホルストが言う。
「実行支配は出来ていないが、王国駐屯軍は名目上クトリアを占領しているに等しい。
そして移動キャラバンや転送門を使ったクトリア内の物流には交易税をかけている」
王国から来る場合は転送門の利用料も含めて、クトリア領内ではその保護と安全を、ということだが、実際領内で王国駐屯軍が支配できている地域は少ない。
一応交易税を払い許可証を持っていれば、領内何カ所かに設けられた基地や避難所での寝泊まりが許されるが、その途上で山賊共に襲われたときに、都合良く王国兵の巡回に助けてもらえる可能性なんてのは殆ど無い。巡回部隊に同行する形での移動、てのもあるらしいが、それだと諸々制限もある。
「その上連中の巡回は、川の上にゃあ及んどらんからな。
交易税なんぞ払っても、わしらにゃなーんも得はあらへん」
大角羊の骨付きあぶり肉をかじりつつ答えるのはここのサブリーダーのジョヴァンニ・ヴォルタス。
河川交易はまず船が必要で、それも岩蟹や鰐男等の魔獣から逃げられるか攻撃をはねのけられる性能と戦力も必要。
その代わり、山賊の襲撃は無いし、陸路より早く大量の物資を運べる。
それは今のヴォルタス家にしかない利点だ。
「だが、勿体ない話だろ?
物流は商業の要だ。
あるものを必要とする場所へ運び、そこで生まれた利をさらに別の場所に運ぶ。
そうして利と利が循環し、社会が発展する。
それが経済だ」
イベンダーのオッサンが急にもっともらしい事を言いだす。
今までイカレ魔導技師っぽいところばかり見せていたが、こちらは“商人にして運び屋”らしい理屈だ。
だがオッサンの言うとおり、確かに勿体ない話だ。
他では出来ない物流の手段があり、運べる商品もある。
欲しがる者、必要としてる者達が居るのに、現状そこへは届かない。
結局はこの城塞内で完結する形にしかなっていない。
「けどな……これからはちゃうで」
酒も入り赤ら顔になったジョヴァンニは、ヤシ酒のマグカップをどんとテーブルに置きつつニヤリと笑う。
「クトリア城壁内との商売に踏み込めへんかったんは、王国軍と交易税の事だけやない。
魔人どもの件もあるが、奴らはこないだの襲撃でかなり減らしたった。
岩蟹もあんさんらのおかげで随分減るやろ。
けどな、“そこ”だけやないねん」
もう一杯、と手酌で酒瓶から注いだヤシ酒をぐびりとあおり、
「信頼、や」
ぷはぁ、と酒臭い息とともにそう言った。
「クトリアの城壁内はここを荒らして出てった連中が幅ァ利かせとる。
それ以外にゃ伝手もあらへん。
そこで……あんさんらや」
口元は相変わらずの愛想の良い笑み。だが、目には計算高い商売人の光が宿って見える。
「島、グッドコーブとの交易だけやないで。
このヤシ酒や!
これはな、多分ここでしか作れへん」
「ここでしか?」
「せや! ちゅーかあんさん、全然飲んでへんやないかい!
下戸言うわけやないんやろ? まずは飲みなはれ、飲みなはれ!」
ぐいっと押し付けられるヤシ酒のマグカップ。
言われて中を見ると、確かに透き通り赤みがかった琥珀色に芳醇な香り。
俺の村で造られてたものや、マランダの牛追い酒場の自家製醸造ヤシ酒とはまるで違う。
前世、ロスでの記憶で言うのなら、高級ウィスキーにも似た風合いだ。
香りを嗅ぎ、口を付けると口内にヤシ酒特有の甘い口当たりが広がると同時に、結構強めのアルコールが舌に絡む。
「こりゃ……凄いな」
驚きだ。
強いが、コクと香りが明瞭で後味もスッキリしている。
王国領土からの輸入品じゃなくて、今のクトリア周辺でこれだけの酒が作られてるってーのは、マジで驚きだ。
「おう、こいつは良いだろ?
ドワーフ郷の酒造り職人にも匹敵する上物だ」
既にかなりの量飲んでるらしいイベンダーのオッサンも何故かしたり顔。
「いやー、イベンダーはんにそう言って貰えると、ホンマに嬉しいわ!」
まあドワーフが酒好きで酒豪なのは有名な話だからなあ。
「ここの一番の名産は、間違い無くこの熟成ヤシ酒だな」
「熟成か……なるほどねえ」
「せやで。ここでしか出来んことや」
酒にはそんなに詳しくない俺でも、酒造りには大まかに三段階あることは知っている。
まずは醸造。
ヤシ酒はサトウヤシの先端からとれる甘い樹液を原料にしていて、この樹液を発酵分解させアルコールに変える。
マランダの牛追い酒場で造ってるのはこの段階のヤシ酒の醸造酒だ。
それを蒸留器を使い蒸留、つまりアルコールだけを気化させて水分と分離し、その気化したアルコールを集めて液体状に戻したのが蒸留酒。
そうすることで雑味が消え、スッキリと透き通った色と喉ごしになる。
この段階のものですら、今のクトリア周辺では殆ど作られていない。
そしてそれをさらに樽に詰めて寝かせることで熟成させると、透明だった色合いが深い琥珀色へと変わって行き、独特のコクと香りが生まれる。
「ここの蒸留器は、クトリア人が城塞を作るより前の古代ドワーフが作った物らしくてな。
しかもアニチェト達が戻ってくるまではその蒸留器のある部屋が魔術の封印で隠されていた状態だったらしい」
「勿体ねえ。誰が封印したんだよ?」
「分からん。
王朝時代なのか、それより古いのか新しいのか。
王朝時代にしても初期と後期では王家も政情も変わってるしな。
ここの蒸留器はドワーフ合金製だから、下手に壊されでもしたら直すのが難しい。
そのために一部の者以外には見つけられないよう隠して居たのかもしれん」
オッサンも生き返って前世の記憶が戻ってきた直後とは異なり、今世でドワーフとして生きてきたときの記憶は結構きちんと思い出せているらしい。
特に俺には学べていないこの世界の古い歴史なんかは、俺なんかよりはるかに詳しい。
「何にせよ、わしらが居らんかった頃にここで威張り散らしとった連中には見つけられんかった」
「そいつらの居なくなった後ここにいた俺達も、その存在すら知らなかったしな」
ジョヴァンニもホルストも、オッサンの言を肯定する。
「魔術に詳しいアニチェトだけが、その封印を解いて蒸留部屋を見つけられたんや」
「だがその時点で使える状態にあったのは、二つの蒸留器のうち一つだけ。
まあそれでもヴォルタス家は新しくここで醸造を始め、蒸留酒を造り、熟成もしていた。
で、俺がもう一つの様子を昼間に確認したから、アジトに戻ってパーツを直してくればまた使えるようになる」
「で、舟も使い易ぅなったから、島の上質なヤシシロップも持って来れる」
「ん? ここで採集した樹液で作ってるんじゃないのか?」
「ここのでも作っとるが、島でしか採れン種類のヤシの蜜の方が、上質でさらに旨い。
今飲んどるのが、その“とっておき”やで」
つまり、こんだけの上等な酒が、今以上に増産可能になる……ということか。
「で、俺達がこれを高値で、貴族街の連中と王国駐屯軍の連中に売り込む」
「はァ!?」
ちょっと待て、いつの間にそういう話になった?
「おいおいおい、待てよ。そりゃあこんだけ上質な酒なら、確かに高く売れるだろうし連中も欲しがるだろうけどよ?
それを、俺らがやんのか?
俺らにだってそんな伝手はねえだろ?」
俺達のコネ、伝手の範囲はせいぜい地下街から旧商業地区、つまりは「貧民街」だ。
たまに、『銀の煌めき』を通さないドワーフ遺物の取引もあるがそれも一時的な取引でしかなく、コネクションとまでは言えない
酒を卸すとしても牛追い酒場くらいしかないし、牛追い酒場に来る連中が気軽に飲める価格では、「高値で売る」とは言えない。
旧商業地区の中じゃ上等な店ではあるが、貴族街の三大ファミリー達とは格が全然違う。
「伝手は、ある」
俺の問いにニヤリと笑って返すイベンダーのオッサン。
「いつ作ったよ?」
「いや、これから作る」
「はァ? どーやって?」
オッサンは手を上げて、向こうのテーブルで何故か城塞の女達と飲んでるトムヨイを指し示す。
「まずは、あいつらからだ」
◆ ◇ ◆
トムヨイ達の狩人チームは、いくつかあるクトリア周辺の狩人達の中でも最も信頼されている。
何よりトムヨイの投げ槍の腕前が凄いのと、カリーナや狩人達のリーダーであるティエジの方術で危険な魔獣や狩りやすい獲物の位置などを事前に察知し、効率良く狩りが出来るのが強みだ。
質量共に、ナンバー1の食肉を提供出来るチームなわけだ。
「うん、そぉ~だねェ~。特にマヌサアルバ会には最上級の肉を卸してるよぉ~。
おつまみになるような薫製肉や何かは他の店にも卸してるしね~」
マヌサアルバ会は貴族街三大ファミリーの一つで、特に美食レストランと大浴場の併設された賭場を商売にしている。
王国から来る貴族や大商人なンかは、こちらに来たら必ず立ち寄ると言われるくらいの料理を出すらしい。
言われてみれば当たり前の話。高品質な食材を調達出来るトムヨイ達のチームは、旧商業地区の中では数少ない貴族街への伝手がある奴らになる。
けど、だとしたら、だ。
俺達を介さずに、トムヨイ達が高級ヤシ酒を貴族街の連中に卸す仕事をやる、って方が自然な気もするが……。
「んー、俺らじゃ~、ちょっと……手に余るかな~?」
理由は? と聞くと、
「幾つかある。
一つは何より、俺がドワーフだ、ということだ」
トムヨイの代わりにオッサンが答える。
確かに、「新たに高級な酒を売り込む」というのであれば、ドワーフであるオッサンには絶大な説得力がある。
食肉に関してはトムヨイの狩った獲物であるということの信頼性とブランド価値が高いのと同じことだ。
つまり、トムヨイ達がいきなり高級ヤシ酒を売り込んでも、どこで手に入れたのか? 狩人にこんな酒が造れるのか? 言うほどの高級品なのか? 等々などと、妙な疑いや憶測を持たれるし、その分安く買い叩かれる可能性も高い。
しかし「酒豪であり酒造り名人が多い」ことで有名なドワーフであれば、それらの疑念よりも「ドワーフの持ち込んだ酒」としての信頼性が高まる。
何より、飲めば旨い。
実際に造っているのがボーマ城塞の人々であっても関係ない。ドワーフが旨い酒を売りに来た、と言うことが重要なんだ。
「俺らは俺らで、ここの奴らとは別の取引すっから、おめーらはおめーらの取引しろよ。
みんな儲かってみんなハッピーだぜ、イエー!」
妙に馴れ馴れしく肩を抱きながら、赤ら顔で上機嫌にグレントが言う。
普段の不機嫌な態度はどこへやら。こいつの飲む姿は初めて見るが、陽気な酒になるタイプらしい。
聞くところ、トムヨイ達はトムヨイ達で、食肉の提供や河川周りの魔獣の定期的な駆除、岩蟹の卵を採集しての塩漬けの制作などの取引をする話をつけているらしい。
つまり大まかに言えば酒の流通販売は俺達。
食肉やその他食品の取引等はトムヨイ達。
そういう形での交流を続けていく、というのが大枠のようだ。
が。
それとは別に、俺たちにはもう一つ……いや、二つほどの取引がある。
一つはオッサンによる城塞の魔導具やドワーフ合金製品の定期的補修点検。
つまり今までアニチェトがやっていたことと、アニチェトには出来なかったことだ。
加えて、どうやらオッサンはアルヴァーロへの指導も引き受けるらしい。
ドワーフ合金の鍛冶は体力と魔力の両方を必要とするから難しいが、魔導具の点検と簡単な補修だけなら、少ない魔力制御と理論を学ぶことである程度は出来る。
もちろんそれだって簡単な道じゃあないが、今回のことで自分の無力を痛感し、父の跡を継ぎたいという決意に目覚めたらしい。
まあ、それはそれでめでたいこった。
だがもう一つ。
俺にとって重要なのは「シャーイダールの愉快な手下達」としての本業、ドワーフ遺跡探索に関してだ。
今日の昼のうちに、一人で“シジュメルの翼”を使いひとっ飛びして、超巨大岩蟹を倒した洞窟内を一通り探索してきた。
最初はドワーフ遺跡になんか通じているのか訝しかったが、何度か行き来してみたら風の動きに妙なところがあるのを発見する。
そこからはするすると手掛かりが見つかり、崩れた岩の向こうにドワーフ遺跡特有の石扉があるのを発見した。
中に入るにはまずその岩を崩してからじゃないと出来ないが、そこは人海戦術でやるしかない。
あとまあついでに、というか必要なこととして、超巨大岩蟹の死体もなんとか処分しないといかんしな。
ほっといたら臭くてたまらんし、下手をするとまたそこを起点に濁った魔力溜まりが出来てしまう可能性もあるらしい。
新しい遺跡にどうして拘るかというと、ぶっちゃけて言えばクトリア市街地地下の遺跡に関しては、もはや新しい発見を求めるのが難しいからだ。
滅びの七日間の影響によるクトリア王朝の崩壊から30年、邪術士たちの専横が正統ティフツデイル王国軍により打破され、今の状況になってから5年。
その間に、クトリア市街地地下のドワーフ遺跡はかなり探索し尽くされている。
邪術士達は魔法に適正の低いドワーフ合金製の道具にはあまり興味を示さず、魔法効果のあるものも彼らが求めるほどに強力なものはまれで、奴隷を使って適当に漁らせるくらいしかしていなかった。
だが、王国軍により邪術士達の多くが討伐されて以降状況は変わる。
それまで手付かずだった地下遺跡に、一攫千金を求める連中が大挙して押し寄せ、その半分は死に、残りの半分の中のごく僅かが今でも探索を続けている。
その中で、俺達はいくつもの隠された区画や秘密の通路を見つけてきているが、それもペースがかなり落ちてきている。
このあたりは冬になっても寒くならないが、暦の上ではすでに冬で、今年もじきに終わる。
だが今年見つけた新しい区画、通路はたった四カ所。
俺がシャーイダールの手下に加わった二年前には、その年だけで八カ所の区画を見つけてたし、それでも「今年は少ない」と言っていた。
つまり、状況としちゃあクトリア市街地地下の遺跡は、「もうじき鉱脈の尽きる鉱山」みてーなもんだ。
掘っても掘っても、出てくるのはガラクタばかり。
前世でやってたこともあるゲームみてえに、殺したモンスターがアイテムをドロップしたら死体毎きれいさっぱり消えてなくなることもないし、宝箱やモンスターが一定期間で再出現してくれることもない。
だから、イゾッタ婦人の地図を貰った。
そのときは確証もなかったから、おいおい調べて見つけられればめっけもん、くらいの気持ちだったが、偶然にもボーマ城塞近辺で見つけることが出来た今、ここを独占して探索出来るというのは新たな鉱脈を掘り当てたのに等しい。
もっとも、実際に掘り出してみたらショボいシロモノだった……となる可能性もあるんだけどな。
で。
そこで俺達とボーマ城塞の連中との取引で、俺達がここで探索をする事の許可と、そのバックアップを頼むことにした。
許可、と言っても、別にこの遺跡が連中の所有物なワケじゃーない。
けど目と鼻の先、連中の縄張り内で探索する以上、筋を通しておくのは当然だ。
そして探索のベースキャンプはあの洞窟内に設営するとして、その間の食料備品その他の補充や、ラクダや船など移動の助けも必要になる。
何かが足りなくなったりトラブルが起きたときに、すぐ近くに手助けを求められるかどうかというのはかなり大きい要素だ。
勿論その際には都度毎に必要な支払いはする。
ただ、俺達の為の備蓄やバックアップ体制を整えていてくれる、というだけでもかなり助かるワケだ。
新しく発見した古代ドワーフ遺跡を、こんな好条件で独占的に探索が出来るなんてことはまず有り得ねえからな。
ただ問題は、人手だ。
新しい人員を確保しなきゃなんねーってーのに、まだその目星も立ってねえ。
信頼できて、口が堅くて、腕が立つ。
うーんむ。
ここの遺跡に関してだけ、ボーマ城塞の連中に助っ人を頼む、てのも手かもしれねーなあ。
「おう、おのれら、辛気臭い顔しとるのぉ~、あァ?」
今後のことを考え込んでいたところに、嗄れ酒焼けした低い声で割って入られる。
誰か? この声なら言うまでも無い。
ロジータ・ヴォルタス。
アデリア、アルヴァーロの母であり、今は亡きアニチェトを夫にしていた、ボーマ城塞の現リーダー。
その現リーダーが、ヤシ酒のなみなみと注がれたマグカップを手にして立っている。
「おぉう、ロジータ。
別に辛気臭いことなんかあらへんがな。
商売の話や、商売の。これはキチッと決めたやろ?」
ジョヴァンニが妙に気後れした様子でそう返す。
「あァ? そんなん宴の時にする話ちゃうやろが!?
宴はもっと、楽しうやれや!」
とても「楽しくやる」雰囲気とは言えない形相で詰め寄るロジータ。
ちょっとロジータ様、傍若無人にも程があるだろ?
「おう! そーだそーだ!
おい、JB! 芸やれよ、芸!」
その変な空気を全く読まず、酒でハイになってるグレントが横から顔を出して俺を名指しする。
「はァ? 待て、何で俺を指名すんだよ!?」
この流れで芸なんか出来るか!! 下手なコトしたらロジータの矛先がこっちに向くだろうがよ!?
「お前、すげー芸達者じゃんよ。
犬獣人の奴隷だった頃も、歌や踊りや楽器やら何でも出来てたしよー。
面も良いし、強ェし、しゃべりも達者で、物知りだしよ」
酔いのせいか、いきなり全くこっちが思っても居なかったことを言い出すグレント。
俺が言葉に詰まり二の句を接げないで居ると、急に睡魔に襲われたかのようにテーブルに突っ伏しつ、聞こえるか聞こえないかの声でこう続ける。
「おめーは、俺達元奴隷のヒーローなんだよ……。
何時までもしょぼくれた面して、穴蔵になんか閉じこもってんじゃねえ……」
そのままいびきをかいて寝落ちするグレントに、やはり俺はどう返して良いものか分からなかった。
「おう、んで何をやってくれんねや、ゴラ?」
その軽い困惑を叩ッ斬るみたいに、今度はロジータが俺へと詰め寄る。
酒乱、というか、昨日は昨日で絡み酒に泣き上戸という有り様だったが、今日は何だ?
いや、絡み酒なのは多分同じだろうが……夫との死別から立ち直れず酒におぼれてしまった未亡人……というにはやや無理がある。
辺りを見回しジョヴァンニと目が合う。
ここのサブリーダーで、ロジータの従兄弟。実質的なまとめ役のジョヴァンニならば、と、俺はそちらへと顔を向け、
「なあ、おい! どーすりゃいいンだよ、こりゃあよ?」
「……あー、アカンわ。無理や。どないもならん。
ロジータは昔ッから、酔うてこーなったらどーにもならへん。
諦めてなんかやらはったらええ」
……いや、ちょっと待て。てーことは、だ。
「……もしかして、だけどよ。
昨日のもそうだけど、そのー……アレか?
別に旦那のことで悲嘆に暮れて酒浸りになってた……とかじゃなくて……」
「あー、せやで。
ロジータが酒乱の絡み酒なんは、昔ッからや。
ヤシ酒造りかて、もともとロジータの為にやってたみたいなもんやしな」
……元々かよ! 元々ただの酒乱なのかよ!?
呆れる俺に、ポンと投げ渡されるのはウルダと呼ばれるギターに似た弦楽器。
木製の卵形で、弦が11本もあるが、クトリアから南の地域では最も一般的で、俺にとっても犬獣人の奴隷だった頃にも爪弾いていた慣れ親しんだものだ。
「借りてきてやったぞ」
と、恩着せがましく言うイベンダーのオッサン。
その横ではアダンの奴が肩から下げた太鼓をポンと叩き、
「良いじゃねーか、演ろうぜ兄弟! 久し振りによ!」
そう言えば、と思い出す。
シャーイダールの側近みたいな立場(実質は身の回りの世話を含めた雑用係りだったが)になってからは、元々同じ探索チームだったアダンとも組むことは少なくなった。
こいつらの所に来た中では、当時は一番の下っ端だった俺のことを、持ち前の脳天気な明るさでもってやたらとちょっかいを出してきてたアダンとは、最初は鬱陶しくも思っていたものの次第に打ち解け、奴の太鼓と俺のウルダとで演奏を楽しんだりする事もあった。
考えてみりゃあ、俺はけっこうそのことに救われていたように思う。
───何で、忘れッちまってたンだろうな。
ドン、ドドン、と低くリズムを刻み出すアダンの太鼓に合わせて、俺はウルダを軽くつま弾く。
曲は……ここで例えば前世で覚えたロックナンバーとかはやりゃしねえよ?
俺の村に伝わっていた、星々を渡る神の曲でも弾いてみるか。
騒がしかった周りのざわめきが次第に引いてゆく。
今までどこに行ってたのか、ピクシーのピートが現れて光の尾を引きながら歌い出した。
槍を手にしたトムヨイが舞を踊り、何人かがそれに続く。
砂漠の渇いた風の中、夜空の月と星々に、ピクシーの放つ光の粒子が混ざり合い、低い太鼓のリズム、ウルダの透き通ったメロディーに、人々の踊りさざめく熱と音。そしてそれら全てを包み込む歌声。
酒の酔いも手伝ってか、全てが渾然一体となって溶け合うかのような、不思議な感覚があった。
───こんな風に夜空を見上げたのなんて、一体いつぐらいぶりだったろうか。
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