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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
2-22.追放者オークのガンボン(33)作戦名、『ガンガンいこうぜ!』だ!
しおりを挟む【2日目】
なんーーーーじゃこりゃ?
何じゃこりゃこりゃ?
と、俺がぬぬぬぬ面して見ているのは、一本の植物。
見た目は背の高い鉢植えの観葉植物にありそーーな感じ。
全体の色合いは薄いけど、一本の幹から数枚の大きな葉が生えていて、先端にはバスケットボール大のつぼみがぶら下がっている。
んで、そのつぼみの中身が……。
ぷるん!
「ぬわ!」
ぽとん!
「ぬわぬわぬわ!?」
茹でた丸鶏そのままにしか見えない物体で、しかも動く。
何これ何これ? チキンジョージ的な何か!?
茹でた丸鶏がそのままこの部屋の中をヨタヨタと歩いている。
いや、確か昨日レイフが言うにはこの部屋って、家畜小屋とかいう名前だったハズ。
てことはこれが……家畜?
いや、食べ物……?
まあ食べられるものだというのは、俺のすぐ隣でガツガツもさもさとこの「動く茹で丸鶏」をマルカジリにして食べている仔地豚のタカギ改め、魔力溜まりの魔力を浴びて聖獣化した巨地豚のタカギ……いや、タカギさんを見れば分かる。
見たまんま、食用のものなんだろう。
むむむむーん、と頭を捻り、かと言って今現在レイフが寝落ちしてしまっている以上どーにもしようはなく、俺はタカギの食べているそれに手を伸ばし触る。
触るとこれ、本当に感触からして茹でた丸鶏みたい。
指で摘まむとむにっとちぎれ、その断面もまさに茹でた丸鶏。
タカギさんが俺を見つめて、「お前にもおすそ分けしてやろう!」みたいな顔してるので、では試しにとパクリ。
……うーん、喰える!
喰えるけど……、美味くは無い!!
茹ですぎて味の抜けたささみ肉みたい、というのが正直な感想。
一応喰えるということで、これが生産され続けるのであれば、レイフが心配していた食料問題は解決する……かもしれない。
けどまあ、あんまり美味しく無いというのは、ちとね。
これ、ひと手間かけてどーにかしてみるか……。
まずシンプルに調味料セットから塩胡椒を取り出し練り込むようにしてみる。
……喰える! けど塩胡椒の味!
辛みのある唐辛子系のスパイス。
……喰える! けどスパイスの味!
逆転の発想で蜂蜜!
……あンまァ~~~~~い! 元々の味が無い分、ある意味スイーツ感覚で喰える!
あれだ。こういうときに強いのは、異世界無双調味料として有名なマヨネーズ様の出番だよな。
無ェけど! 作れもしねェけど!
しかし確かにこれをマヨ様で喰えば、何の問題も無く「茹でささみ肉のサラダ」感覚で喰えるな。
キューピー様最強。無ェけど!
もうひと手間考えて、例のレイフの父親だという東方人の人がダークエルフ郷にもたらしたという、味噌っぽいやつをつけてみて味見。
うん、今までの中では一番イケる……かな?
で、ただ味噌つけて喰うンじゃつまらないので、丸鶏一羽分をナナイさんに貰ったミスリルナイフでスライスして、全体に満遍なく胡椒を軽く振り、それから味噌を塗りたくって漬けておくことにする。
漬け込んでおけば味噌の味も馴染むだろうし、幾分マシになるのではないかしらん?
小鍋に入れて、暫く放置。
あ、タカギさんこの鍋の中のは食べないで!
タカギさんと共に、昨日レイフが造ったというダンジョン内をウロウロ。
最初に移転してきた虹色に輝く魔力溜まりのあるホールから、その正面に向かって通路が造られてる。
で、それは左右に分かれてぐるりと周り、その途中に幾つかの小部屋や、その小部屋に繋がる通路がある。
右から回っても左から回っても元の場所に戻るので、まだ迷子になることは無いけど、小さく灯りが付いているとは言え、これ、けっこう寂しいな。
遺跡、洞窟などの探索は、こちらの世界のオーク戦士ガンボンとしてはそこそこ経験がある。
オーク城塞での成人の儀式でのアレもそうだし、その後追放されてからの流浪の旅に疾風戦団入りしてからの活動においてもそう。
意外にも、というか何というか、オーク戦士ガンボンとしての俺は、なかなかにハードコアな人生……オーク生を送っていた。
甦った直後や、その後のケルアディード郷でのまったりスローライフの頃とは違い、今では「オーク戦士ガンボン」としての記憶も、「引きこもり柔道デブ田中紀男」としての記憶も、かなりのことを思い出している。
以前レイフは、「向こうの世界の前世の自分と、こちらの世界での自分は、別世界の同一人物かと思うくらいに良く似たところが多くあって、今ではどちらも隔たりなく自分自身なんだと自然に思えている」と言うようなことを言っていたが、今はその感覚もよくわかる。
たしかに、「向こうの世界の前世」では、生き死にに関するような戦いはしてないし、生き物、魔物───何より、人間やオーク、エルフ等の人間に違い存在を殺したりした経験は無い。
こちらの世界の俺、「オーク戦士のガンボン」には、それがある。
「向こうの世界の俺」の感覚からいえば、それは殺人行為だし法で裁かれるべき犯罪なんじゃないかと思える。
けれども「オーク戦士ガンボン」としては、その多くは自分の身や周りの何かを守るためであったりという、やむを得ない戦いの末でのこと、だ。
考えだすともやもやもする。けどそれら全て……例えば俺を殺して身ぐるみを剥ごうとしてきた山賊集団を返り討ちにしたことや、疾風戦団の任務で村々を襲うはぐれゴブリンの群れを壊滅させた事などに罪悪感を感じているかというと、必ずしもそうではない。
じゃあかと言って、それらをごく普通のオーク戦士のあるべき姿として「自らの誇るべき戦果」と思っているかというと、それも違う。
───戦うのが嫌いか?
戦乙女クリスティナの言葉。
─── あなたは本質的に臆病で優しい。戦うのも争うのも嫌いだけど……戦わざるを得ない“運命の糸”に絡め取られもがき続ける……。
それが───あなた。
夢の中での謎めいた美女、エンスヘーデの言葉。
戦うこと、殺すことは、やはり好きじゃ無い。時には嫌悪感も感じる。
やっぱり俺は、ユリウスさんのように「異世界転生だヒャッホー!」とばかりにゲーム感覚で戦いや覇権の道を進むなんて事は出来ない。
何よりも……宵闇の狩人、狂犬ル・シンの呪いによって人狼化し、自分の意志とは関わりなく戦い、殺して来たことがある、という事実。
成人の儀式でのことも、それ以降の流浪の旅路においても。
そのことだけは、やはり巧く飲み込めない。
ル・シンの呪いを制御出来る。そのことは、今の俺にとってはもの凄く大きい。
「お前みたいなオークが一人くらい居るのも、面白いかもしれんな」
誰もが否定し、或いは蔑んだ俺───呪われた、臆病なオークの追放者ガンボンのことを、ただその一言で肯定してくれた一人の存在。
その言葉は何よりも、俺、ガンボン・グラー・ノロッドにとっての救いだった。
いや───今でもそうかもしれない。
別世界での前世の記憶が甦えり、レイフやナナイ、アランディやセロンと言った新たな知己を得た今でも、あのときの言葉はやはり、俺の命、俺の存在そのものを救ってくれたものとして残っている。
或いは彼女にとって、それはたいした意味のない言葉だったのかもしれない。
だとしても、だ。
俺は彼女を───戦乙女クリスティナを、探し出さなければいけない。
───あ、ちなみに最初の頃のレイフ達の見立てでは、「オークの実年齢にして50歳くらい、人間の社会的年齢としては30代くらいにはなってるのでは?」と思われていた俺の年齢は、実年齢としては30歳そこそこで、社会的年齢としては新卒ほやほやくらいの年頃だということも思い出した。
俺ちゃん、意外と青年ヤングなオークです。ええ、ええ。
初日にかなりぶっ通しでダンジョン制作していたレイフは、この日起きてきたのはかなり遅かった。
味噌漬けにした丸鶏の実のスライスを食べて貰うと、
「うん、味噌味だね……」
「うん」
「……味噌おいしいね」
「うん」
との感想。
いや、そうだけど!
確かにそうだけどさ!
これでもけっこう良くなってるよ!? いや、マジで!
ううーむ、リベンジだ!
【3日目】
で、翌日。
丸鶏の樹を色々調べてくと、実である丸鶏部分以外も食材になることが分かって来た。
葉っぱはちょっと多肉植物っぽいけど、炒めれば喰える感じ。生だとさすがにちょっと固い。
新芽はそれよりか柔らかい。風味も食感もやや葱に似てる。茹でたら酢味噌和えとかで喰えそう。今はお酢が無いけどね。
葉っぱの付いてる茎はシャキシャキとした歯ごたえで、アクセントに良いかもしれない。
レイフは造った区画の整備を色々とやってる。
ダンジョンハートとか呼んでる例のホールから正面に向けた通路周りの小部屋の一つは、「家畜小屋」になっているけど、その二つ横に炊事場を造っていた。
何匹かいるあの羽の生えた猫っぽいテディベア、略して猫ベアさん達がつるはしでガッチンガッチン穴を掘ったり、何やら不思議な踊りっぽいことをしながら壁や床を変化させ整えたり、土を盛り上げまた、へこませたりをしている様子は見ていても可愛いし面白いしでけっこう飽きない。
だけど今はその炊事場で、新たな丸鶏の実料理の可能性にチャレンジだ。
まず、味がない問題をどうするか?
足せば良い。
無ければ足す!
調味料ではなく、肉を足すのだ。
幸い塩漬けの干し肉を持ってきてある。
炊事場の水瓶から鍋に水を入れて、干し肉を二枚ほど戻す。
その間に丸鶏の樹から葉っぱ二枚と新芽と茎、そして丸鶏の実に卵を一つ取ってくる。
新芽、茎、丸鶏の実をナナイから貰ったミスリルダガーで全て小間切れにする。
そして戻した干し肉も同じ大きさでミンチに。
干し肉を戻した水は別の器に一旦移し、据え付けられたかまどに火を起こし、茎と新芽をナッツ油をしいた鍋で軽く炒めて水分を飛ばす。
これで材料の準備は完成。
それらを持ってきた葉っぱの上でこね合わせ、卵……のようなやつを混ぜて塩胡椒。
完成したタネを丸めて真ん中に軽くへこみをつける。
これを6つ。
で、もう一枚の葉っぱに並べて、保冷箱にしばし寝かせる。
保冷箱もかまどや水瓶同様この炊事場に設置された設備。見た目は石で出来たただの箱で、ドアの代わりに蓋がある。
本体も蓋も土を魔法で加工して固めて作られた石なので、蓋を開くのもけっこう力がいる。なので俺しか開けられない。
中には小さな魔晶石で冷気を発生させる仕掛けがあるので、ちょっとだけ冷蔵庫代わりになる。
ただ向こうの世界で使っていた電気で動く家庭用の冷蔵庫に比べると、それ程の冷たさでもない。
しかし、かまども火属性魔力を込めた魔晶石だし、水瓶の水は定期的に魔法で追加していたりするし、なんというかハイテク? ある意味かなり高価な炊事場だと思う。
魔晶石は、特に小さいモノは魔力溜まりの周りでちょくちょく拾えるし、最初に来たときに拾ったものだけで既にストックが50個近くあるらしいんだけど、人間社会で買うとしたらこれ、かなりの値段のハズ。
で、寝かせてる間にスープベースを作る。
本当はコンソメとかトマトも欲しい。でも無いので仕方無い。
さっきの干し肉を戻した汁に、再び茎と新芽をみじん切りにして入れて、さらに瓶に入った塩漬け野菜とフライドガーリックを少々。
塩味は干し肉から出てるし、塩漬け野菜は発酵食品なので酸味もある。後はスパイスで適宜味を調え、それなりのものに。
寝かせたハンバーグのタネを鍋に並べ、表面を焼く。
裏表を軽く焦げ目がつくくらいにしたら、ハンバーグを取り出して、スープベースを投入。
スープには少しの芋の粉も入れてあり、これは片栗粉みたいな感じにとろみが出せる。小麦粉が無いのでその代わりだ。
そして、再びハンバーグを投入して煮込む!
時計がないので体感で様子を見ながら約10分くらい。
丸鶏の実と干し肉の煮込みハンバーグの完成である。
とりあえず一口味見。
……ふむふむ。
ふむふむふむふむ?
ふむ!
……アリだ!
いやまあ、自分で作ってからこそのひいき目だけじゃないよ?
あの、まーーー味気ない丸鶏の実をベースに、ここまでのものにしたなら、そりゃアリでしょ?
戻した干し肉のミンチからしっかり肉の味もするし、スープも酸味に塩味にニンニクも効いててとろみもある。
何よりハンバーグ自体がふわっとした食感で、アクセントとして入れた茎の歯ごたえも良い!
いやー、経験が生きたね!
疾風戦団で料理番していた経験が!
「向こうの世界」の引きこもり柔道デブだった俺の方は、ほぼ喰うの専門で料理スキルなんて無かったもの!
食いしん坊知識だけはあるけど、実践は全然よ?
で、こちらの世界で生きてきた追放者のオークとしては、向こうの世界程の料理知識はないけど、料理番をしていたスキルがある。
「現代日本の料理の知識(ただし作ったことはない)」だけではどーしようも無かったものの、「この世界で料理番をしてたスキル」をそこに加えることで、こんなにもスバラカシイ料理チートを成し遂げるとは!
やったぜ俺! 煮込みハンバーグで料理無双だ!
……あ、ヤバい。もう4つ食べちゃった。
待って、タカギさん! せめて一つ! 一つはレイフの分とっておいて!
で、なんとか守りきった最後の一つを食べたレイフの感想は、
「おお、ハンバーグだね」
……あれ、何かその、えーと。
も、も、もう少しその、リアクション……こう、何か、ホラ……。
そっか! タカギさんが召喚した白骨兵を粉砕してしまってたから、ちょっとご機嫌よろしくなかったのかなー?
……がんばろ!
え? 泣いてないスよ? 俺を泣かせたらたいしたもんスよ?
蜘蛛の巣に捕まったりもしたけれど、私は今日も元気です。
【4日目】
蜘蛛部屋こえー。
あいつすげー、常に獲物を狙う目をしてるわー。
まあ昨日糸で絡められたときには、簡易魔法の【発火】で糸を焼いて逃げ出せたので、なんとかなるっちゃなるんだけどさ。
蜘蛛部屋からはもう出てこないみたいだし、とりあえず近づかないよーにしーとこーっと!
昨日の煮込みハンバーグのスープの残りに、丸鶏の実と昨日同様に戻した干し肉と新芽や茎などを切り刻んで煮込む。
十分煮込まれてから、保存食として持ってきてた固いパンを数枚入れて、さらにどろんどろんに煮込む。
最後にヤギチーズを刻んで散らす。
ヤギチーズは独特の臭みがあるので、ちょっと微妙かもしれないけど、あんまりアイデアが出ない。
うーん。
蜂蜜と粉と合わせてヤギチーズケーキとか?
うーん。
とりあえず丸鶏の実入りシチューもどきを食べて、巡回。
昨日より区画そのものはかなり広がってる。
ぐねぐねした道があるのは、いくつか非常に固い岩盤や、空洞のある場所を避けてるかららしい。
固すぎる岩盤は掘り進めるのにより多くの魔力を使うらしいのと、空洞は中に何があるか分からないので後回しに、ということだとか。
昨日から、俺はタカギさんの背に乗って巡回をしてる。
タカギさんの体長は、魔力溜まりの魔力を浴びて聖獣化したことで、だいたい2メートル半くらいになっている。
最初は連れ立って歩いていたけど、それぞれ横幅を食うのでちと歩きにくい。
んで、あるときタカギさんが座り込んでるときにその上に乗っかってみたら、そのまま立ち上がり動き出した。
おお、と思うも、これ意外と安定している。
足が短くて馬に比べたらあまり速度は出そうにない。
首筋から背中にかけて馬のような鬣があり、それを握ってると落ちないで進める。
タカギさんとしても俺を乗せて歩くことに不満はない、というより何やら積極的にそうしてみたいっぽくて、乗馬ならぬ乗豚訓練がてらの巡回も板に付いてきた。
ぐねりぐねりとした道の先に、ちょっとした広間がある。
何でもその先にけっこう広めの空間があり、そこには水があるっぽい。
で、なのでレイフは慎重にその周りに掘りのような穴を掘って、その上に橋をかける。
橋はちょうど2ブロック、約1メートル四方を1ブロックとしたのが二つ分くらいの広さで、途中にまた4ブロック分くらいの円形の足場があり、さらに進むと岩肌にぶつかる。
そういうような橋が、こちら側の壁際にある通路から三本程、向こう側の通路へと繋がっている。
広間の入り口から岩肌まで、距離にして10メートルくらいか?
今はただの空堀状態だけど、もしこの部分に水が入ったら、ちょっとしたプールだなー。
全体としてその岩肌の向こう側にあると思われる空間を囲むように造られてるから、きちっとした形にはなってない。
多分上から見ると、ぐにゃりとひしゃげたピーナッツみたいな形の広間になってる、のかな?
まー、しかし。
その空堀状態のところから排水路に繋いで、この後どうするんだろ?
ダンジョンキーパーとして承認されているのはレイフだけなので、俺は説明されてもイマイチ何がどーしてこーなってるのか良く分からんのだ。
レイフは例のダンジョンハートとかいう部屋の机について、うんうん唸りながらぶつぶつと独り言を言うことが多くなった。
誰か? と、会話しているみたいな感じだけど、その相手の声は俺には聞こえない。
霊か何かと会話してたりしたら、ちょっと怖いなー。
この空間の入り口は一カ所だけなので、もし何かあったら直ぐに閉鎖できるようにしているらしい。
そういう所を避けて避けて掘り進む、というよーに進めて行くのか、いつかはその水のある空間へと掘り進めることになるのか。
既に4日もこんなところをウロウロしてるけども、いっこうに物事が進展している気がしない。
「プヒ!」
階段を降りて空堀の中を歩いていると、俺を乗せていた巨地豚のタカギさんが何事が語りかけてくる。
「プヒ! プギプギ、フギヒー」
顎をしゃくるようにして視線を向ける先に、わずかな違和感。
何だろ?
タカギさんを促し、近くへと行くと、まずは音。
川のせせらぎ? トイレで水を流した後のような、ちょろちょろと水が漏れ流れるような音。
……あ、あ、あ、これ……ヤバくない?
向こう側、水があるだろうとされていた空間側の岩壁に、ひび割れが出来て水漏れをしている。
ドン! と、低い音と振動。
揺れる。その発生源は明らかにこの岩肌の向こう。
つまり……水のある向こう側から、何か巨大なものが、体当たりか何かをして、岩壁を破壊しようとしている……!?
ヤバいヤバいヤバい!
俺は大慌てでタカギさんと共にダンジョンハートへと戻って行く。
◆ ◇ ◆
「み、み、みずが! 出た!」
「うわ!? へ、ちょっと何!?」
そのときレイフはまだ、例のダンジョンハートとか呼んでる広間の奥に造った自室のベッドて眠っていた。
まだ寝ぼけ眼というていで、俺が貸した毛皮の毛布からひょっこり顔を出すのは例の薄緑のゆるふわ森ガールっぽいワンピース姿だが、その……寝乱れている。
レイフは、当初俺が“勝手に(ということには未だ納得してはいないが)”男だと思っていたくらいに、その体型体格はひょろりとした痩せ型。
つまり有り体に言っていわゆる女性らしい凹凸が無い。
けれども寝乱れた着衣姿では否応なしにそれを意識してしまい、思わず赤面しつつ目を背ける。
そして背けた先には、寝る前に洗ってから干していたであろう着衣の一部……いや、下着らしきものがあり、またその反対側へと顔をそむける。
グキリ。
痛たた、ちょ、ちょっと今、首捻った……!
「うわ! えと、その、みみずが」
あと下着が! 寝起きの乱れた服が!
何に慌ててるのか自分で分からなくなりつつそう言う。
寝ぼけ眼のレイフは、それで何事かを察したのか、枕元に置いてあった眼鏡をかけると、
「イアン、問題は?」
同じく枕元に置いておいた拳大の球体へと質問する。
俺にはその声は聞こえないけど、その球体は古代の魔術具か何かで、レイフのダンジョンキーパーとしての役割を補助しているらしい。
レイフはその球体とのやりとりを始める。
寝乱れたままの姿でさらに素肌も露わになるが、本人気にした素振りもない。
ダークエルフだから? ダークエルフ文化!? でもアナナナナナタ、向こうの世界の前世文化の影響下にもある筈ですよね!? どどど、どーゆーことですか!?
「お、俺、ちょっと見てくる!」
実際水漏れと“体当たりしてるらしき何か”と、レイフの無防備な姿が気になる俺は、颯爽と巨地豚タカギさんに乗って再びあちらへと引き返す。
色んな意味でちょっとヤバい。
色々ヤバい。
ぐねぐねした道を駆けて例の空堀のある広間へのゲートを潜ると、大きな破壊音と、地響き。
俺の視界には、砕け散り粉砕された岩壁と、そこから溢れ出る大量の水。
そして───全長は3~4メートル程になるのだろうか?
ぬめぬめとした皮膚に太い四肢を持ち、頭部が横並びに二つある真っ白で巨大な大サンショウウオのような化け物の姿がある。
「おおおおおおっ!?」
橋の上を駆けて居た俺とタカギさんに、津波のごとき水の濁流が襲いかかる。
華麗なる跳躍!
と見せかけて水没!
ヤバい、これ、どー考えても水棲魔物にパックンチョされる系展開!
しかも頭がふたつあるから、二人同時にはむはむされる!
巨大な双頭大サンショウウオの口は横にびろーんとでかくて、実際俺なんかは一飲みにしちゃいそう。
さすがにタカギさんをペロリとはいかないだろうけど、それでもかなりの脅威だ。
レイフが造っていた空堀部分が、即座に水で満たされる。
割れた岩壁を見ると、ここよりやや高い位置で、向こう側の水面とは1メートル程落差があるようだ。そこから轟々と滝のように水が降り注いできている。
これ、下手するとこの階層水没するぞ。
と、そんなことに気を取られている内に、例の白い双頭大サンショウウオは、水面をスススイッと泳ぐようにしてこちらへと来る。
その図体のわりに意外と速い。二つの頭がまるで競うように大口を開けて俺に迫る。
その二つに噛み付かれ引きちぎられたら…一飲みにされなくても真っ二つだ。
タカギさん! 早う、早う逃げな!
その背中の鬣にしがみつく俺。しかしタカギさんは泳いで逃げようとはせず、双頭大サンショウウオの方へと頭を向けると、ぐん、と勢いをつけて水に潜る。
がばごぼげべかべ!
いきなりの潜水に溺れかける。
タカギさんは勢いのまま堀の底に両脚をがっちりとつけると、さらにぐん、と体を沈めてから一気に地を蹴る。
げべがばごぼべべ!
蹴った力がそのまま、いや、それ以上の推進力となり水面を突破。
空中へと舞い上がった俺とタカギさんは、そのまま弧を描いて着地した。
……双頭大サンショウウオの上に。
着地の勢いに、ごえっ、とでも言うような呻きをあげる双頭大サンショウウオ。
それを尻目に再びジャンプ。今度は橋の半ばにある円形の島へ。
ふー、はー、ひー、と荒い息。あ、鼻の中に水が……。
カッカッ、と蹄で床を打ち、ぐるりと再びこちらへ来る双頭大サンショウウオを睨みつけるタカギさん。
聖獣化したタカギさんは、かつての可憐なアイドルっぷりはどこへやら。ガチの睨み合いに火花が散るかのようだ。
……ただ、多分あの双頭大サンショウウオには目が無いと思うけど。
ふむー、と俺も大きく息を吐く。
タカギさんがやる気なら、俺だってやらなきゃなるまい。
作戦名、『ガンガンいこうぜ!』だ!
背負っていた棍棒を右手に。腰のミスリルナイフを左手に。
両手のそれを斜め下方に構えて、迫ってくる双頭大サンショウウオに向き直る。
水面は徐々に上がってくる。排水溝は機能しているようだが、トータルでの水量、入ってくる方がやや多いのか。
いざという時は封鎖すると言ってたが、奴にあの岩壁を壊せる力がある以上、閉じこめたつもりでもまた壁を破られるかもしれない。
今、だ。
今ここでけりを付けないとダメだ。
のそり、と、双頭大サンショウウオが橋の上へ登ってくる。
水中より動きは鈍くなるが、改めて見るその巨体に震え上がりそうになる。
タカギさんは明らかに奴より素早い。
ここはスピードで攪乱しつつ、俺が上手く打撃を与え続ける……しか手はなさそうだ。
ぐあおう、と双頭大サンショウウオが口を開き声をあげる。
来いよ、丸呑みにしてやるぜ!
そう威嚇して来ているかのようだ。
敵意は満々。明らかなその挑発に、それを受けてかタカギさんが再びの跳躍。
顔をあげて、双頭大サンショウウオは飛び上がった俺とタカギさんに食いつこうとバクリ。
それを避けるタカギさんに、右手の棍棒で頭の一つを殴りつける俺。
着地しそのまま反転して背後から突撃。俺は棍棒を縦横に振り回して打撃を与えていく。
体の部分はぶよぶよとして粘液にまみれている。殴った感触もゴムタイヤか何かを殴ったようで手応えが無い。
これは、頭だ。頭をテッテ的にバチボコ殴りにするしかない。
タカギさんは大きな体で機敏に動き回り、双頭大サンショウウオの攻撃をかわしている。
その背に乗ったまま、俺はただ奴の二つある頭のなるべく片方を集中して殴る。
胴体ほどでは無いが頭の方も肉厚だ。しかしぶよぶよで手応えのまるでない胴体とは異なり、ガツンとした頭蓋骨の感触がある。
生き物の頭蓋を殴り続けているというのは気分の良いことではないが、何故だかこいつの敵意は尋常じゃない。
俺とタカギさんのみならず、一人では到底こんな化け物には太刀打ちできないレイフの為にも、なんとか仕留めなければ。
ごぅあ、と、ひときわ大きく野太い鳴き声。手にした棍棒に伝わった感触は、今まで以上にずっしりと響く。
幾らかの骨が砕けたか? 少なくとも狙い続けていた方の頭は、かなり動きが鈍る。
よし、一つは潰せた!
反転し再び突撃を仕掛けるタカギさんの上で、棍棒を大きく振りかぶり……飛んだ……!?
ぐるん、と意識諸共に回転する。
上下が次々入れ替わるのは、当然俺自体がすっ飛ばされ回転してるから。
何事か!?
回る視界の中見えたのは、胴体と同じくらいに太い双頭大サンショウウオの尻尾。
奴は見た目確かに大サンショウウオに似ているが、かと言って本物の大サンショウウオと全く同じ生き物というわけでも無い。
そして頭が二つあるのと同様に、尻尾も二股になっていて、その尻尾の動きの速さと力強さは、どうやら双頭大サンショウウオの身体の中では一番のもののようだった。
ばざん! ばざん! と、俺とタカギさん二つの水しぶき。
俺の方が軽い分遠くに飛んだらしい。
水面に強かに叩きつけられ、身体中すげー痛い!
プールで高飛び込みに失敗し、腹を水面に打ちつけたときのよーな感じだ。
ぐええ、と呻く間もなく、視界の端には再び水中へと潜り、素早く泳ぎ追撃を仕掛けようとする双頭大サンショウウオの姿。
タカギさんが俺へと近づいて来る。
しかし先ほども分かってた通り、水中での泳ぎの速度では、俺もタカギさんも奴には適わない。
地上でケリを付けられなければ、俺達に勝ちの目はハナからなかったのだ。
痛みを堪え、手にした武器を握り締め、意識を集中しようとする。
タカギさんの背後から迫り来る双頭大サンショウウオ。
片方の頭は潰したが、もう片方は猛然とこちらへやってきて、その大口をガバッと開けたまま……パクリ。
俺を、一飲みにした。
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気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした
高坂ナツキ
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衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!?
これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。
日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。

称号は神を土下座させた男。
春志乃
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「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
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