遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-19.J.B.(12)Twilight(黄昏)

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「マジで? あいつらヴォルタス家だったの?」
「知ってるのか、アダン?」
「そりゃ知ってるって! 俺、グッドコーブ出身だべ?
 滅びの七日間以降はずっとウェスカトリ湾を仕切ってたし、多分今でも影響力あるだろうな。
 俺は王国駐屯軍が来てからすぐにグッドコーブを出ちまったから、あいつらが拠点を変えてたなんて知らンかったわ」
 アダンのその解説を、へー、と聞いているのは俺とオッサンに狩人のトムヨイ達。
 
「ホルスト、って人……。もしかしたら知ってるかも」
「し、知っているのか、ニキ!?」
「金色(こんじき)の鬣(たてがみ)のホルスト、っていう人が、昔剣闘奴隷に居たんだよ。
 北方(ギーン)人で背の高い色男でさ。すごくきれいな戦い方するんだって。
 百戦無敗の戦績を治めて引退した後、どこかの貴族のお抱えになったとか、傭兵団の団長になったとか……。
 聞いた話だからどこまで本当か分からないけどサ」
 やや遠くを見るような目でそう言いつつ、小さな声で「ジョスの憧れの人……だったんだよね」と呟く。
 
 ていうかあいつらどっちも有名人かよ。うーむ。それなりの情報通を気取ってたけど、所詮は狭い世間……クトリア城壁内部の中だけだったな。
 
 既に夕方になり、俺達は今城塞の水門の脇にボートを二台停めて待機してる。
 面子は俺とオッサンの他、ジョヴァンニとホルスト、アデリアとアルヴァーロのボーマ城塞勢。
 トムヨイ、グレントに、カリーナとティーシェという女をもう二人加えた狩人チーム。
 そして我らが「シャーイダールの愉快な手下達」からは前回同様のアダン、ニキの二人。
 トムヨイ達とアダン達には、俺達がボートで城塞に移動している最中に、その東方面にある狩猟小屋にまで移動し待機して貰っていた。
 流石に徒歩では時間がかかるので、これまたガーディアンズのヤレッドに頼んで、二頭のラクダを借りて移動したが。
 アデリア達の言う「ここで起きているトラブルの解決」に人手が必要だった場合、叉はアデリア達の属する勢力との間に何等かの問題が起きてしまった場合のバックアップとして居てもらい、何かあれば俺が“シジュメルの翼”を使って飛んで行く、という手はずになっていた。
 
 で、今この場所に来てもらい待機しているのは、「問題解決の為の人手」として、集まって貰ったのだ。
 解決すべき問題は大きく分ければ二つ。
 城塞防衛のための魔導具の補修が一つ。
 そしてもう一つがトムヨイ達からも聞いていた、河川周辺での魔獣の増加、だ。
 その二つが、河川を水路としても防衛のための堀としても利用しているボーマ城塞の者達にとって大きな問題になっていたが、魔獣増加は原因も分からず、魔導具の補修もアニチェトの死後はままならない。
 外部に手助けを求めなければどうにもならない状況になっていたが、アニチェトの死の原因が外部勢力との戦いにあることから来る不信感と敵対心で、それを決断することが出来ずにずるずると時間だけが経っていく。
 その八方塞がりの状況に業を煮やしたアデリアが、弟のアルヴァーロを無理矢理つきあわせて「アタシが助けを見つけて来る!」と、勝手にボートで出たところ……魔獣に襲われ、俺達に助けられた。
 ……まー、無茶をする奴だ。あの状況あのタイミングって、千に一、いや、万に一くらいの幸運だろう。
 
「ね……」
 小さい声で囁くように、新たに今回加わったトムヨイ達狩人チーム一人、カリーナ。
「本当に、で、出る……の、かな?」
「ちょっと……やめてよ、もう」
 返すのは同じく狩人チームのティーシェ。
 二人ともまだ若い少女で、狩りに出るときもあくまでサポート役。ティーシェの方は身体能力が高く将来的には腕の立つ狩人になれそうだと期待されているが、カリーナはそうでもない。ただ魔術の素養があるらしく、チームリーダーのティジェから東方人の使う方術の手解きを受けている。
 二人は人種も出自も異なるし、ややくっきりした目鼻立ちをした帝国人のカリーナと、一重でつぶらな目をした東方人の血を引くティーシェは顔立ちそのものはまるで似てない。
 けれども共に艶やかな黒髪をカーリナは左右二つに分けたお下げしにし、ティーシェは三つ編みにしていて、二人並ぶとなんだか姉妹のようにも見えてくる。
 その二人が今話題にしているのは、例の“ボーマ城塞の亡霊”のはなし。
 狩人仲間で噂になっているそれは、夜になると水門脇の塔に現れ、底冷えするかのような恐ろしい呻き声を上げ続けている……というものらしい。
 悲嘆の声か怨み憎しみの声か。
 ぼんやりと幽かに発光しているかに見えるそれは、しかし遠くからでもはっきりと存在を感じ取れるのだという。

「ま、早いところ出てきてもらわんとな」
 噂にしか聞いてない亡霊におっかなびっくりの少女二人を後目に、また事も無げにそう言うオッサン。
「なあ、オッサン。
 あんたは亡霊の手助けがあれば、みてーなこと言ってたし、あいつらも害は無い、みたいな話をしてたけどよ。
 その亡霊が何なのかってのは、もう分かってるのか?」
 俺がそう聞くと、
「まあな。多分。そう間違っちゃいないだろ」
 なんて適当なことを言いやがる。本当かよ。
「間違ってたら、そんときゃそんときだ」
 計画的なのかいい加減なのか。いやそれよりも楽天的なのか。
 そうこうしてるウチに辺りも暗くなり、日は落ちて月が星空に昇りだす。
 
「あ、おい!」
 はじめにそう声を上げたのはグレントだ。
 地下暮らしの長い俺らよりも目が良いってのもあるが、それよりも恐怖心、警戒心の強さが関係するのか。
 指差す先、水門脇の見張り塔の上にぼんやり光る人影は、確かに生者ならぬ者のみ持つ妖しげな気配を漂わせて居る。
 
 これがまあ前世、つまりはロス暮らしのクソガキだった頃ならば、震えて縮こまったか悲鳴を上げるかしたかもしれねーが、何せこんな魔法や何やらの当たり前に存在する世界に生まれ変わってからは、いわゆるオカルト的なことには耐性も出来ている。
 生粋の狩人チームの連中がやたら怖がるのも、魔獣と違い自分達では上手く対処出来ない相手だからというのが大きいらしいし、ただ「お化けが怖い」ってな話だけでもない。
 
 その幽かに見える気配、存在は、悲痛な呻き声を上げながら揺れているように見える。
 見ようによっては、恐ろしく禍々しいというよりは、もの悲しくて痛々しい。
 アデリア達ボーマ城塞勢はそれを直視出来ないかに目を細め逸らし、逆に俺達シャーイダールの手下達は驚き凝視する。
「よーし、まずは話をつけに行くか」
 オッサンがそう言って俺に合図。それを受け背後から抱えるようにしてオッサンの両脇に腕を回し組み付くと、“シジュメルの翼”に魔力を通して浮かび上がる。
 ゆっくりと旋回しつつ亡霊の居る見張り塔の上へ向かうと、それは矢張り半透明の人間のようで、赤黒い帯のようなオーラを纏って呻きのたうつように動いて居る。
 
「おおーう、こいつはまさに亡霊だな」
 オッサンを抱えつつ宙に止まる俺。その俺のウェストポーチから、ひょっこり顔を出すのはピクシーのピートだ。
「ありゃりゃ、これはこれはイヤーンな感じねェ~」
 お前ら二人とも、たまには緊張感とか真剣味とかってのを思い出せよ。世の中には存在するんだぜ、そーゆーのが。
「おーい、そこのアンタ、ちょっといいかー?」
 矢張り、全く緊張感無く亡霊に声をかけるオッサン。それに反応したのかしてないのか、幽かな人型を保つ亡霊は赤く光る濁った双眸をこちらへと向けて大きく口を開け……
 
 絶叫!
 
 いや、絶叫というか、咆哮というか、兎に角こちらの心臓を声で直接握りつぶそうとするかのような声だ。
 恐怖に魔力の循環が阻害され、あわやオッサンを取り落としそうになるがなんとか立て直す。
 鰐男の衝撃波と違い、こいつの絶叫に物理的なダメージはないが精神にクる。

「うっほー、こりゃあ猛っとる猛っとる」
「オッサン、どーすんだよこれ!?」
 抱えながらやや遠巻きに旋回。しかしこのままぐるぐる回ってても仕方ない。
「よーし、まずは頼むぜ、お姫様」
「あいあーい、ピートちゃんにおっまかせー♪」
 俺のウェストポーチからひょいと上半身を出したピクシーのピートがそう答えて、呪歌を歌いながら羽根の鱗粉を巻き散らかす。
 エアボートの魔晶石の濁りを浄化した 妖精の輪舞フェアリー・ロンドだ。ただし今回はピート本人が踊り回るのではなく、代わりに俺が亡霊の周りを滑空して回る形。
「よし、良いぞJB、ピート。
 その調子、その調子」
 旋回しながら合図に合わせて俺はオッサンを放す。塔の上に降り立ったオッサンは慎重に亡霊の周りで距離を保ちつつ移動。
 亡霊は上空を旋回する俺達と、塔の上で周りを彷徨くオッサンとの双方に気を取られている様な形で右往左往しているように見える。
 何だか妙に人間臭い仕草だな。
 
 ピートの生み出す光の帯は、次第にその輝きを増していき、幾重にも重なるオーロラにも似て辺りを包み込む。
 その光が増せば増すほどに、亡霊の禍々しくぼやけていた輪郭が、徐々にその光と同じ様な輝きを持ち出して───。
 
「……パパ!」
 
 塔の上へと登って来たアデリアが、そう声を上げた。
 
◆ ◇ ◆
 
 その姿は既に明確な人物の形を持ってそこに居る。
 卵形の輪郭にやや鼻筋の通った鷲鼻。目は垂れ目だが大きく、短めに切り揃えられた髪は艶やかな黒。質素だが動きやすそうな短めのローブを身にまとい、体つきは逞しいというほどでもないが貧相でもない。
 物体としてそこに在るので無いことは、その姿が半透明で向こうが透けて見えることからも分かること。
 しかし先程までの禍々しさは、もはや欠片もない。
「アニチェト…」
「父さん……」
 引き続き塔の上へ登ってきたジョヴァンニにホルスト、アルヴァーロ達が続いてつぶやく。
 
 ボーマ城塞の亡霊……トムヨイ等狩人達が噂していたそれの正体は、城塞への襲撃者達と戦い果てたアデリア達の父、アニチェトの霊だったようだ。
「パパ……アタシ、アタシな……」
 いつもは騒がしい程に騒がしいアデリアだが、今はその丸い顔をくしゃくしゃに歪め、目に蓄えた涙が一つずつ塊となって零れ落ちる。
 亡霊はそれに応えない。いや、応えられないのだろうか。
 ただ穏やかな、それでいて申し訳無さそうな、また悲しそうな柔らかな笑みを浮かべ、アデリアを見ている。
 そして何より、ピートの妖精の輪舞フェアリー・ロンドにより浄化されはしたものの、時間経過とともにその輪郭が再びぼやけ、禍々しい気配に飲まれつつあるのが分かる。
 
 言葉に詰まっているアデリアの脇から、オッサンが前に進み出て亡霊のアニチェトへと話しかける。
「俺はイベンダー。科学者にして商人、腕利き探鉱者で運び屋の、砂漠の救世主だ。
 あんたはアニチェトだな?
 時間もないから手短に聞く。
 汚染された魔力溜まりマナプールの場所はどこだ?」
 
 聞かれて亡霊のアニチェトは、右手を上げて城外の湿地となってる溜め池方向を指差す。
「分かるか?」
「ああ、覚えた」
 ホルストは周りの地形と星の位置等から、アニチェトの示した先を記憶したらしい。
 
「アデリア、アルヴァーロ。
 今は妖精の輪舞フェアリー・ロンドの効果で一時的にマトモな状態になってるが、 魔力溜まりマナプールの汚染を除去しない限り、アニチェトはまたその影響で呪われた怨霊の状態に戻っちまうだろう。
 俺達は直ぐに現場へ向かう。お前さんたちもなるべく早めに塔を離れろ」
 イベンダーはそう言って、俺とホルストに合図を送り、階下へと進む。
 それを見送りつつ、アニチェトの二人の子に付き添っていたジョヴァンニが
「頼むで」
 と、小さく呟いた。
 
 
◆ ◇ ◆
 
 澱んだ緑色の水の中に、一見すると岩の塊にも見えるものがいくつも浮かんでいる。
 当然、岩が水に浮くワケはなく、それは土属性の魔力を持ち岩の如き外見と硬さの殻を持つ水棲の魔獣、岩蟹の死体だ。
 沼沢地と化しているその周辺は今までの河川流域以上に岩蟹が集まっていて、まあなる程この先にその魔獣の大量発生源でもある濁った 魔力溜まりマナプールがあるんだろうとの確信が深まる。
 
 岩蟹は元々夜行性で、日の落ちたこの時間帯は昼間に遭遇する以上に活発で危険もある。
 俺達一行はそれぞれボート二艘に別れて乗り、一艘はホルストと狩人達。もう一艘はイベンダーとアダン、ニキとに別れてる。
 エアボートは風魔法の力を推進力と変えると同時に、全体を空気の保護膜で覆う為、岩蟹の体当たりを受けても船体には大きなダメージはなく、乗ってる連中もある程度守られる。
 
 “シジュメルの翼”を背負っている俺が先行して前を行き、羽根を打ち合わせることで使える突風の魔法で纏めて先制攻撃。
 そこにトムヨイ等が投げ槍を撃ち込み、倒し切れず船体にまで寄ってきた残りをアダンやグレント等がぶっ叩く。
 俺達が城塞から出発し、歩くよりやや遅い速度でゆるゆると用水路から溜め池、沼沢地へと進みながら半時ほど。距離にして3ミーレ(約4.8㎞)程度離れた位置だろう。
 西側には高い岩壁がそびえぐるり囲まれているこの沼地は、ホルストの観測によればアニチェトの霊が指し示していた方向の突き当たりだ。
 何体もの岩蟹を撃退しその数は既にちょとした山を作るほどだが、このどん詰まりの沼のどこにその濁った魔力溜まりマナプールとやらがあるのか分からなかった。
 
「んー、多分もうこの辺りには岩蟹は残ってないよ~」
 トムヨイが相変わらずの間の抜けた声でそう宣言する。
「イベンダーのオッサン、んで俺らこっからどーすりゃいーのよ?
 全員で沼ン中潜るの?」
「うえー、それちょっとカンベンしてよね」
 アダンとニキが疑問と不満を口々に言う。
「そんなことしてたら日が明けちまう。蟹退治だけなら明けてからの方が良いかもしれねーけど、多少不利でも 魔力溜まりマナプールの浄化は早めに済ませたい。
 おーい、トムヨイ! そっちの準備は良いかー?」
 もう一艘のボートにそう声をかると、
「良いよォ~~」
 と返事。
 応じて、まずはとピクシーのピートを呼び出して、
「よし、まずはお姫さま。
 魔力溜まりマナプールの位置、方向を探ってくれ」
 と告げる。
 
「えー? あ~……うんうん。
 まにゃぷ、ね、うん……」
 すっとぼけた寝ぼけ声だが、さして文句も言わず言うことを聞く辺り、かなりオッサンに躾られてしまったのか。チョロいピクシー、略してチョロシーだな。
 匂いを嗅ぐような仕草で辺りを飛び回る。鱗粉が朧気に光を纏うので、丁度空飛ぶ篝火のようだ。
 しばらくしてからピクシー改めチョロシーのピートは、ふわふわとこちらへと戻り、
「あっちのほー」
 と、岩壁を指差す。
 
「うっへェ! マジかよ!? あんな岩の中じゃ、どーしょーもねェじゃん!?」
 オーバーに嘆くアダンに対し、やはりオッサンは事も無げに、
「この程度は想定内。
 今の今まで見つかってなかったンだから、パッと見ですぐ分かるところになんかありゃしないさ」
 そして再びトムヨイ達のボートに向かい、
「えーと……カリーナ、だったか。
 例の妖(あやかし)とやらで、あの奥にあるだろう空間につながる出入り口を探してくれ!」
 指示の内容は俺には分からんが、言われて向こうは通じたらしく、暫くして小さな鳥のような影がボートから飛び立ち暫く旋回。それから一気に水面へと飛び込み沈んでいく。
 
「何だァ? 今の? 使い魔みてーのか?」
 アホみてーな顔をさらに伸ばしてアダンが聞くと、
「東方人流の、な。
 こっちで使われる使い魔は、基本的には聖獣、魔獣、幻獣に妖精精霊との契約だろ。
 東方人はそれと別の体系で、妖(あやかし)と呼ばれる別次元の精神生命体を召喚して、この世界で造り出した依り代の肉体に宿らせて使役する術があるらしい」
 オッサンが解説をしてくれはするが、それらが具体的にどう違うのかが俺には分からん。分からんし、まあそこを今聞いたところで意味はないので、別のことを聞く。
「んで、それで濁った魔力溜まりマナプールのある場所は見つけられるのか?」
「いけるだろ。
 カリーナはその術でもって今までも、狩りの際に獲物の群を遠隔から探し出す役割をしていたらしいからな。
 戦闘にはあまり役立たないが、索敵能力はたいしたもんだ」
 
 暫くしてオッサンの言ったとおり、カリーナの放った妖(あやかし)とやらは、沼のそこから通じるトンネルがこの岩壁の中にある空間と繋がっているのを発見したらしい。
 
「よし、それじゃお次は……お前さんの出番だ」
 ご指名は当然俺。
 だろうと思ったぜ。ちょっと俺だけ働き過ぎじゃね?
 
◆ ◇ ◆
 
「はー、こりゃーすげえな。
 びっちり、岩蟹の卵だぜ」
 水中を“シジュメルの翼”の空気膜で覆っている俺は、水中でも難なく呼吸が出来る。
 しかもエアボート同様の空気ジェットでの推進力もあるのだから、この役が回ってくるのは当然だった。
 ただ通常の推進力で水中に潜ると、まるで爆発したような勢いで水が攪拌される。それじゃボートまでえらいことになるので、防護膜の空気を少量ずつ抜いていく様にして移動する。
 
 水中の通路は結構広く、長さもかなりのもので、これじゃあ他の連中が泳いで抜けるのもキツそうだ。下手すりゃ溺れる。
 なので、その奥の空洞へと入ったのは、俺とピクシーのピート。そして案内役として俺と併走する様に進むカリーナの使い魔だけだ。
 夜行性の岩蟹は全て外で撃退したし、中に残っていたとしてもホンの少しだろう。
 念の為、例の“ハンマー”ガーディアンの戦鎚を持ってきて居るが、これ、“シジュメルの翼”が無ければ、持ち上げるだけでも一苦労、というほどに重い。
 まともに使えるとしたら、オークか巨人ぐらいか。
 
 カリーナの使う妖(あやかし)ってのは、生物じゃないので呼吸も要らないし毒や病気にも掛からない。
 その能力、性能は元になる精神体の強さと、用意した依り代の形によるらしい。
 つまり、空を飛ぶ使い魔にしたければそれ相応の形を与えねばならない。
 で、カリーナは方術士としては素質はあるが見習いも見習い。
 なので召喚出来る精神体はかなり低級なものまでで、力も知能も低い。
 その代わり偵察に特化させるつもりで依り代を作ったとかで、つるりとした表面をしたツバメくらいの鳥型だ。
 
 大きな、非常に大きな空洞は、まず水面から浮かぶとホールのような空間が広がり、その奥にも同等の広さの通路が続いている。
 その中を、俺とカリーナの妖(あやかし)が飛ぶ。
 左手の松明に照らされた洞窟内のそこかしこに、小さなコロニーと岩蟹の卵。大きさは大人の拳大よりやや大きいくらいか?
 あー、ダチョウの卵くらいか。ただし殻は半透明で中が少し透けて見える。
 
『それ、後で回収したいなー。岩蟹の卵ってけっこうな高級食材なんだよね。
 貴族街の方で高値で売れるし』
 妖(あやかし)から聞こえるのはカリーナの声。今はこの妖(あやかし)に意識を憑依させている状態だとかで、周りの状況を見聞きしつつ、こちらへも声を送れる。
「見た目、あんまり食いたい気はしねえけどな」
『ま、希少? 価値っていう? 滅多に手に入らないから、なんじゃない?
 一応ちゃんと美味しいけどね。塩漬けにしたりすれば長期保存もできるし』
 
 そんなこと話しつつ進んで行くと、ウェストポーチの中にいるピートが何やら嫌そうな声でぶつぶつ言い出してきた。
「うわ、うわー、ヤダ、ヤダヤダ。
 気持ち悪い……うわー、ヤダヤダヤダヤダ……」
 何だ? 岩蟹の卵に嫌な思い出でもあるのか? と思いちらりと視線をやると、妙に青ざめて縮こまり震えている。
「……おい、どうした? ピート……」
 そう聞こうとして、思い出す。イベンダーのオッサンが言っていたことを。
 ピクシーは、生き物と精霊の中間のような存在で、魔力には物凄く敏感なのだと。
 そして何よりも濁りの強い、ひどく汚染をされた魔力の塊には敏感で、近付くと強い嫌悪感を感じるのだということを。
 
 慌てて辺りを見る。しかしやはりそれらしいものは視界に入らない。
 見渡す限りあるのは、岩、岩、岩、卵、卵、そして岩、岩───巨大岩。
 目の前に迫った小山のような巨大岩が、のっそりと動いて俺を見る。
 そしてハサミの付いた両腕を振り上げ───。

 
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