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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-274. マジュヌーン(120)ねこの森には帰れない - 抱きしめてジルバ
しおりを挟む月と星の輝きの下、白猫と俺は踊るようにお互いの腕を取りながら睨み合う。
いや、睨み合うってのは違うな。睨んでるのは俺だけだ。マハとほとんど同じ顔のソイツは、睨むと言うより醒めた目をして俺を見下ろしている。顔だけでなく体格も身長もほぼ同じだから、小柄な俺は少しばかし見上げるようになる。
「ドーテー捨ててイキってるくらいならまだ可愛げもあるけどサ~。けど今のお前、マジで糞だりぃぜ~?」
また、だ。また日本語……前世の言葉でそう言いながら、ソイツは俺の耳へと舌を這わす。
不意打ちにビクッとして顔を引き離すと、その様子にニヤリと笑いかけ、
「アハ! なんだ、まだ“昔”っぽいトコロ残ってンじゃん?」
と言う。
その言葉で、見当がついた。
「宮尾か……?」
「ミャア~オ」
笑いながら文字通りに猫の鳴き真似をして軽く舌を舐める仕草。
俺がまだ前世、ただの糞ガキだった頃にも、こうやって妙なからかいを仕掛けてきていた三年生の女子生徒だ。
宮尾真亜子。静修さんと同じクラスの女子。別段静修さんと仲が良かったワケでもないし、生徒会や部活の事で絡んでたワケでもない。学校で静修さんとやりとりをする場にたまに居合わせ、そしてこういうからかい混じりのちょっかいをかけてくる事が度々あった……。俺との関係を言えばその程度だ。
確か部活はダンス部か。文化祭でダンス発表なんかもしてたくらいには踊れるが、それがヒップホップダンスだったかブレイクダンスだったかなんてのは俺には分かンねーし覚えてもいない。
普段は気だるげで妙に色気のある雰囲気。それで変な噂も立てられてたりもしてたが、本人はまるで気にもしてないかのようだった。
その、宮尾真亜子の……この世界での生まれ変わり……と。そういう事か?
「……何のつもりだ?」
問題はその宮尾が何故、今このタイミングでこの場に現れたか。
「あ~あ~、だから、マジそーゆーとこ、だりぃの」
俺のその問いに、はぐらかすようにそう返してくる宮尾。
「ざけんな。遊びじゃねぇンだよ、コッチはよ」
睨み返してもまるで堪えない宮尾が、不意に今度は両手を離してそのままバク転し距離をとると、
「アタシはさぁ~~~」
相変わらずの顔でそう話を別の方向へ向ける。
「マジこの世界でこの猫獣人って種族に生まれ変わったの、超絶ラッキー、最高じゃね? って思ってんのだよね~~~。そりゃ、前世? 全部どーでも良いって思ってっワケじゃねぇけど? でもまぁ、なっちゃったモンはそれはそれでしょーがねーじゃん?」
ふらふら、ゆらゆら、揺れるような、踊るようなしなやかな動き。
「身体の性能とかチョーやべぇし、踊りもキレっキレでめちゃヤバだし、猫獣人の感覚とかってマジでチョーいけてっし? 全てがすげーアプデされまくりじゃん?」
宮尾の言う通り、そう言う点じゃあの骨と皮の干からびた爺の「強く望んだ姿」にはなっている。
だが……。
「……何が言いてぇんだよ?」
宮尾の意図。それが分からねぇ。
「一応サ~」
距離は付かず離れず。何があっても即座に対応出来る距離、間合い、位置関係。
「ココの盗賊ギルド、アタシ、籍だきゃあ残ってンだよねぇ~~~」
何度かボバーシオに来てはいるし、盗賊ギルドのことも探っては居たが、これまで宮尾の姿を見かけた事はねぇ。
「ま~~、幽霊部員? みたいなもんだし~~? 別に愛着も何もないしさ~~。コイツらほとんどバカでロクデナシばぁっかだから、一年、半年見てねぇと中身半分くらい入れ替わってたりもすっけどサ~」
ピタリ、と動きを止め、
「3年くらい前に、ココと海賊ギルドぶつけ合わさせたの、真嶋、テメーだろ?」
空気が変わる。
そうだ。アルアジルの集めた情報を元にして、ボバーシオの“剪定”をした。
まだリカトリジオスが廃都アンディルの拠点化をしていて、シーリオへも侵攻していなかった時期。
ボバーシオの貴族、有力者の中にも、早めにその対応をしようとする者達も居たが、廃都アンディルからシューを引きずり出したい俺たちからすると、その動きは潰したかった。
だから、内部抗争を煽り、分裂させ、上手く抗戦派を表舞台から排除させた。そしてそう言うボバーシオ社会の“表”の方の争いは、当然“裏”の方にも影響するし、またそこを俺たちも利用した。
その流れで、海賊ギルドと盗賊ギルドの抗争もあったし、その中で何人かは命を落としてもいる。
「……それが、何だ?」
「だ~から~! それがだりぃっつってンだよ!」
今までのへらついた態度から、やや苛立った声になる。
「復讐か?」
「うわ~、だりぃ、マジお前だりぃ!」
くるりと回るようにステップを踏んでまたそう言い放つ宮尾。
「アタシはさぁ~~~、王都解放戦のとき? から? 前世の記憶戻って、しばらくは王都の方行ってたから、その頃の真嶋らの事は直接知んねーけどサ~。
けど、色々と情報は入って来てっし、あのテレンスとかって兄ちゃんからも大まかな事聞いてっから、後はセーシューの性格とか考えりゃざっくりは分かんだよ、ざっくりとはナ~」
視線も切らさず、足も止めず、くるりくるりと回りながら続ける宮尾。
「前世じゃ真嶋、犬っコロみてぇにセーシューに懐いて、そのくせひねくれて卑屈なツラして遠巻きにしててサ~。けど、バカはバカだったけど、バカなりに可愛げはあったじゃん?」
「は? 何だそりゃ?」
「今のおめーは、バカな癖に可愛げがねえから、糞だりぃンだよ」
一足飛びに掛かってくる宮尾。その腕を屈んでかわし……たつもりで、だが宮尾は直前でまたもくるりと反転。戦いの動きじゃねぇ、こりゃ“ダンス”のステップだ。反転しながら背後を取ると、俺の首根っこを掴みそのままさらに跳ぶ。
「……て、なっ!?」
屋根の上から勢いよく落下する先は、汚れて淀んだ用水路、下水の中。でかい水音に飛沫を上げて汚水に叩きつけられ、一瞬、呼吸が止まる。
宮尾の手は既に離れ、姿そのものも無い。
聞こえるのは派手な水音に引き寄せられた夜警の衛兵たちの声と足音。まごまごしてらんねぇその音に、咽せながらも素早く陸へ上がって離脱する。
耳に残るのは、遠ざかる足音ではなく、落下中に囁かれた宮尾の言葉。
「おめーが何やろうとそりゃ知ったこっちゃねーけどヨ~。
その糞だりぃやらかしの口実に、アタシの妹のことを使うのは認めねーからナ~?」
声から何から、ほとんど全てがよく似た宮尾のその言葉が、いつまでも俺の中にこだまして残り続けていた。
▽ ▲ ▽
踊り子部族、そして姉妹の存在。それはマハ本人からも聞かされてはいた。
何人か居ると言う話のその姉妹の1人。それがこの世界に生まれ変わった宮尾の立場……そう言う事か。
話しぶりからしても、リカトリジオスとも静修さん……シューとも関係してないし、だから俺を付け狙っているってワケでもないだろう。
テレンスの名をあげ、王国領に行ってたとの話からも、俺が南方、ラアルオームに居た頃には王国に居て何かしらやっていた……。そして、今はまたクトリア、ボバーシオへと戻って来ている。
目的、理由は分からない。だが腕は間違いなく立つ。戦士としてはマハと同等かもしれないが、盗賊ギルドに籍があるってな言い分が本当なら、隠密術なんかもそこで磨きをかけたのか。
どちらかと言うと多少の魔力循環による身体強化を使うものの純粋な剣士だったマハとは、そこが違うんだろう。
敵にまわられれば厄介だし相性も悪い。だがそうでないなら特に問題はない。問題はないが……。
宮尾は、どういう立場で居るのか?
リカトリジオス側でないとして、じゃあクトリア側か? ボバーシオ盗賊ギルド側? そりゃしっくりこねぇ。或いは……“蜘蛛の使徒”か? その可能性はあるっちゃあるだろう。だが……。
いや、違う。俺にとって重要なのはそこじゃあねぇ。
糞っ! ざわつくのはただ苛立ってるってだけじゃねぇ。姉妹だなんて言っても、奴は宮尾としての記憶を蘇らせて以降にマハと関係あったワケでもねぇし、まして……その最期を見せつけられていたワケでもねぇ。
お前に……お前に何が分かる?
ぐるぐると渦巻く思考が、心臓の“災厄の美妃”を震えさせ、それがまた別の何かに吸収されていく。
知ったことかよ、てめぇの事なんざ。関係ねぇ。どいつもこいつも煩わしい。
全部、消えてなくなれば───。
「……じどの?」
声をかけていたのは下っ端の南方人、ウペイポ。宿には戻らず、以前来てたときから目を付けていた貧民窟の廃屋の中で朝方から少し休んでいたが、多少うたた寝はしたもののほとんど休めてない。ウペイポは“闇の手”の取り決め通りに残してきた目印を元にここまで来たようだ。
時間としちゃあ午前の半ば。町全体も既に動き出してはいる頃。
「ああ、入れ」
「あ、へい」
周りを警戒しつつ廃屋の中へ。
で、まずは報告。
「あの連中は、昨日は船大工のところに交渉に行ってたらしいですぜ。それと、プレイゼスのベニートとかって言う奴を捜してるとか」
プレイゼスのベニート……。
「そりゃ、確か貴族街三大ファミリーとやらの一つ……劇場に居る奴らのボスだよな?」
「そんな事を言ってやしたぜ」
「何でこんなところで?」
「それは、奴らにもよく分かってねぇようでして……」
何にせよ、船大工に劇場のボス捜しってなりゃあ、まあ俺とはあんまり関係は無さそうだ。
俺は、ふん、と鼻を鳴らしてから、
「奴らが街に居るときにゃ一応注意しとけ。ただなるべく直接は当たるな。他は予定通り、薬売りしながら町中で情報収集だ。夕方またここか、目印通りの場所でな」
飲み物と食べ物を置いてから、了解し素早く立ち去るウペイポ。
再び俺は廃屋の奥へと引っ込み、日差しの当たらない壁の隅へと戻って、食事してまた思案に戻る。だが、どれだけ考えたところで、何の答えも見えてきやしない問いだった。
─────────
お久しぶりに登場、宮尾真亜子としては第三章第一話の3-1以来、踊り子の白猫マーとしては3-127クトリアへの帰還以来。そして「王国で色々やってた」時期の事は、『笑ゥ転生神~異世界スマホはチートでござる、の巻』で書かれてます。
つまりマジュヌーンより登場は早い!
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