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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-270. マジュヌーン(116)王の影 - ドアをノックするのは誰だ?
しおりを挟む騒がしいまでのお祭り騒ぎ。出店も居れば大道芸人も居るし、当然酔っ払いやチンピラ、スリに痴漢もうろついててボコられている。
南門前広場には沢山の出店が立ち並んで、酒や祭りの小物、甘味に串焼きの肉、薄焼きのパンなんかが売られていて、王国から討伐軍が攻めてきてたあの頃からすりゃマジで別世界だ。
何度かその後の市街地に来てはいたが、改めてこうやって眺めていると確かに感慨深い事もなくはない。あの瓦礫と死体の山ばかりだったクトリアが、新たに国としてまとまるってのは、住んでる連中にとっちゃまさに「生まれ変わる」気分だろう。
だが、その浮かれ騒ぐ喧騒から、俺は背を向けて歩き出す。ここに来たのはクトリア共和国の建国を祝う為じゃねぇし、広場で聞き耳を立てたのもただここの自警団、王の守護者とか名乗ってる連中の動きを確認する為だ。
連中の動きの流れを避けて、俺は北地区と呼ばれてる地域へと向かう。クトリア市街地の中でも一番復興の遅れてる地域で、また多くの“よそ者”も集まる地区。
その地下街の中に、俺の目的地、「邪術士シャーイダールのアジト」がある。
地下街への入り口の1つから忍び込み、暗く汚い地下道を進む。
暫くしてやや人の気配が集まった場所へ。最近になって改築補修をされたその地下区画は、邪術士シャーイダールの一派が取り仕切っている場所だ。
下働きや孤児のガキなんかも集まってるというそこだが、今はそんなに大勢は居ない。大半は式典のお祭り騒ぎへと出向いてる。今は留守番役らしき4、5人のチンピラが地べたに座り込んで酒を飲みサイコロ賭博に興じているだけだ。
俺は腰の小袋の中の瓶から1つの小石状のものを取り出して奴らの1人へと投げつける。“苛立ちの棘”とか言う名のそれは、匂いを嗅ぐとイライラして喧嘩っぱやくなる魔法の薬。ぶつけられた男は別の男へ文句を言い、売り言葉に買い言葉で揉めだしてからは喧嘩騒ぎ。中にいた奴らがその騒ぎを聞きつけて鉄扉を開けて止めに入る。
その隙に、俺は中へと潜り込んで“災厄の美妃”を一閃。
鉄扉自体はただの鉄の補強と頑丈な木製の門だが、その内側に魔法の結界がある。いわば防犯センサーと同じ。見知らぬ者が入り込めば警報が鳴り響く。
そいつを黙らせ、また暫く進む先の別の魔法の罠や結界も全て無効化させる。影に潜む隠密術、気を逸らせる幻惑術、そして魔力、魔術を消し去り打ち破る“災厄の美妃”。
それらを上手く駆使すれば、エリクサール以上の大怪盗にもなれそうだが、細かい手先のワザだけはまだ敵わない。
守りの強い場所を目指し進んで行くと、最初は鉄格子のある檻のような部屋に行き着いたが、そこにそれらしき奴は居ない。そのまま幾つかの部屋を探ると、鼻歌のような調子外れの声が聞こえてくる。
何者か。そいつが偽シャーイダールなのか、無関係の下働きなのか。
扉にはやはり魔法の守りがあり、それを破ってから中へと入ると、重厚な机に椅子、床には毛皮の絨毯、さらには棚やその机の上にも幾つもの趣味の悪い、何かの頭蓋骨や骨に標本、壊れたドワーフ合金製のパーツに磨かれた石、おどろおどろしい装飾という「いかにも」な部屋。
鼻歌はそのさらに奥のアーチ、カーテンの向こうから聞こえてくる。
その仕切りカーテンには何も守りも仕掛けもない。蝋燭ほどの仄かな灯りが隙間から漏れ出ていて、中の様子がわずかに覗き見れる。その隙間から覗き見ながら、また音と匂いを感じ取ると……俺は暫く混乱し固まってしまった。
▽ ▲ ▽
石組みで作られた長方形の大きな囲いの中に、おそらくは温めた砂を入れている。そしてそいつは、その砂の中に埋まるようにして潜り込んでいた。
ふん、ふん、という鼻息に、ときおり放たれる言葉なのか言葉ではないのか良くわからない高めの声。
ああ、聞き覚えがある。懐かしいと言えなくもねぇくらいに、聞き覚えがある。
そうだ、奴は言っていた。「“相棒”の留守を守っている」とかなんとか、そんなコトをな。
それを……あれから5年か。
奴も変わって、俺も変わった。俺たちだけじゃねぇ。あの時居た、誰も彼もが変わっちまった。
どうする? 奴が偽のシャーイダールなのかはまだ確信はねぇ。仮面はあるのか? 今被ってるのか? 奥の様子は断片的だ。そして強い魔力も感じられるから、仮面もカーテンの向こうにある可能性は高い。それを……そいつを確認しねぇことには何も分からねぇ。
地を這うように低く屈んで、アーチにかけられたカーテンをくぐる。
砂の中の奴は気付いてない。棚には服らしきぼろ布、どうでも良さげなガラクタ、そして……。
「……猫?」
不意に聞こえたその声に、俺は緊張し驚く。
「うーん、これは猫の匂いなのね? ナップルは覚えて居るよ。疵男より……もっとずっと前だったのね、猫。ずいぶん久し振りな気がするのね。いつ戻ったの?」
奴の、ナップルの小さな鼻息だけが聞こえる部屋の中、薄暗がりからゆっくりと俺は立ち上がり、奴の潜り込んでいる砂の入った湯船みたいなところの脇へ。
「ああ、そうだな。ずいぶん久し振りだ。また会うとは思っても居なかったし……よもやお前が“シャーイダールを名乗る者”だとも予想外だった」
平易な、何ら感情の籠もってないかの声をしていたハズだ。
「んん? あー……それはね、仕方ないの。シャーイダールがどこかに行ってしまったから、シャーイダールの真の相棒であるナップルにしかその代役は出来ない、って言うからね。
あ、でもこの事は秘密にしなきゃいけないのね。猫もこのことは誰にも話したらダメなのよね?」
奴はそう返して、再び温めた砂の中へと隠れるようにして潜り込み、そしてそのまま出て来なくなった。
▽ ▲ ▽
「ふぅむ、これは……」
持ってきた“シャーイダールの仮面”を見ながら、アルアジルはしかめ面をする。もちろん、傍目には変化の分からないくらい僅かな目の動きで、だ。
「何か問題かよ?」
「はい、これは、偽物ですね」
「はぁ!?」
声を荒げてそう言うが、アルアジルは意にも介さず、
「よく出来ては居ますが、これは元々の“錬金の仮面”を模して作られた複製品です。いや、感心するほど良くできていますので見分けがつかないのは仕方ありませんが、いずれにせよこれでは目的には叶いません」
「……っくそ! ざけんなッ! じゃあ俺ァ何の為に……!?」
勢いにまかせ、アルアジルの部屋の中の辺りのモノを手当たり次第に蹴り飛ばす。
ひとしきり暴れてから、深く息を吐いてもう一度床に転がっていた何かの動物の頭蓋骨をまた蹴り飛ばすと、壁に跳ねてアルアジルの頭の方へと向かうが、アルアジルはそれを片手で受け止めテーブルの上へ置き直す。
「主さまに余計な苛立ちを与えてしまったこと、まことに申し訳ありません」
頭を垂れてそう言うが、言われてどうなるッてな話でもねぇ。
「……別にテメーのせいじゃねぇよ。
だが、結局よ。預言とやらはどーなる?」
アルアジルへと背を向けたままそう聞き返すが、
「ああ、それなのですが、もうじきハッキリとしそうではあります」
「何だって?」
「預言の言葉は複雑かつ何回にも分けて語られます。それらを解読し正しく並べ直すのが最も難しい作業なのですが、先日鍵となるだろう言葉が得られましたので、じきに特定出来るかと」
それを聞き、一度は治まった苛立ちが再燃する。
「糞ッ……! だったら何で……!」
蹴りつける手頃なモノも周りになく、でかい石の机の脚を蹴り飛ばし痛めるが、そんなのは知ったこっちゃねぇ。
「誠に、重ね重ね申し訳ありません」
そう再び慇懃に頭を下げつつも、
「とは言え、今後の展開いかんによっては、やはりクトリア方面での“枝きり”は増えるやもしれません。“三悪”含む魔人達の死と、クトリアが共和国化する事でより守りが強固になる可能性も含めれば、リカトリジオスの動きにも変化があるでしょうから、我々もまたそれに応じ変化する必要があります。そのためには……或いはより多くの“枝”を切り落とすこともあるでしょう」
▽ ▲ ▽
クトリアの偽シャーイダールの正体については、“腐れ頭”もアルアジルも、俺同様に全くの想定外だったと言う。二人とも解放後に関わっているくせに、その後ナップルの消息が分からなくなっても、どこかの暴徒か王国軍に殺されたのだろう、と軽く考えていたと言う。俺はその頃既に“砂漠の咆哮”へと入っていて、クトリアの状況なんざ知ってなかったが、解放後しばらくの争乱はかなりひどかったらしい。
何にせよ、名目だけとは言えある程度には名の知れた勢力となっていた“シャーイダールの探索者”の組織は消えた。それはリカトリジオス軍との対立でのバランスを言うなら、共和国建国に、ヴァンノーニ商会と“三悪”を中心とした魔人達の居なくなったクトリアの情勢においては、僅かではあるが不均衡を正した事にはなる。
だがしばらくすると、元シャーイダールの探索者達はまた別組織になってまとまったとかで、それもどれほと意味があったのか、ってなもんだ。
結局のところきりがねぇ。右を凹ましゃ左が大きくなるし、左を切ってきゃ右が伸びる。両勢力の均衡を適度に均さなきゃならねぇとアルアジルは言うが、終わりのねぇモグラ叩きをしてる気分になる。
とにかく苛立つことばかりだが、同時に最初の頃はある種の無敵さを感じていた“災厄の美妃”の弱点と言うか、完璧ではない部分を体感してきても居て、そこをどうカバーするかってのも課題だ。
魔獣狩りも、ムスタやフォルトナ相手の練習も限界があるし、魔法薬や魔装具を利用した戦略戦術の多様化も工夫はしてるが煮詰まってもいる。
だがそこに来てようやく、アルアジルが“預言”を確定出来たと言って来た。
「とにかく、そこに行きゃあ“災厄の美妃”が完全なものになる……って事は間違いねぇんだな?」
念押しして確認すると、やはりいつも通りの慇懃さで、
「ええ、間違いなく」
と返すアルアジル。
「今回は殺しも争い事もなし、穏便かつ平和的に……てのも?」
「はい」
暗殺カルト教団としちゃ珍しいが、そう言う事だと言う。
俺とアルアジル、そしてフォルトナが待っているその場所は、聖域の中の奥深く、奇妙に捻れた柱のあるホールで、この柱に囲まれた場所は例の“竜脈の門”がある場所。
ここはその“竜脈の門”の中でもかなり様々な場所へと繋がるターミナルみてぇな所で、俺たちが“門”で移動するときにはいつも使ってる。
「さて、まずはここから移動しましょう」
簡単な旅支度だが、そう長旅ではないのであくまで念の為。
アルアジルに促されて移動した先はまずはどこぞの洞窟。しかも海岸沿いなのか潮臭く湿っている。
「さあ、まだまだ先です」
埃っぽい洞窟、廃墟と化した古い遺跡、どことも知れぬ森の中……と、様々な場所へと移動してから、最後に辿り着いたのは雪の積もった山林の中。
自前の毛皮のおかげで見た感じよりかは寒くもないが、それでもいきなりのコレには身震いをする。
が、その目の前には3人ほどの先客が居た。
「ヤア、お嬢さん。いささかお邪魔させて頂きますよ」
先客の1人、大きな毛皮を身にまとった小柄で細っこい奴の肩に手を置くと、アルアジルはそう言った。
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