遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-259. マジュヌーン(105)魔法使いの弟子 -ドンマイ酒場

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 夜のクトリア市街地はほとんど真っ暗だ。日が落ちてからも暫く商売を続けてるのは、南地区城門前の広場を中心とした一部の露店。そしてそこから真っ直ぐ進んで境界門を西へくぐった先にある繁華街。繁華街で一番デカい店は『牛追い酒場』とか言う酒場兼宿屋で、その周りに小さな店やケチな賭博場が開かれてる。ヴァンノーニ商会の『銀の輝き』はその繁華街の北の端にあり、西地区と呼ばれる区画では一番上等な建物だ。
 貴族街と呼ばれる内城門から奥は、魔法の灯りもともされていてなかなか明るい。入場するには税を払わねばならないから王国駐屯軍の中でもお偉方か、給金を結構貯めた兵達が気晴らし娯楽に訪れ、そこへ行くにはやや持ち金に乏しい連中がこの西地区繁華街へ来て、さらに乏しいと城門前広場の露天で飲み食いをする。
 分かり易いほどに、上流、中流、下流それぞれの娯楽場だ。
 
 夕暮れになり暗くなりはじめると、わらわらとそれらの場所へ出向く人の波が現れる。街中でゴミ漁りやネズミ捕りをしてるような連中や、さほど稼ぎの良くない職人、狩人が南地区城門前広場へと集まりつつある流れに逆らうように、俺らは西地区繁華街へ。
 やや中流向けとは言うが、このクトリアでの中流は、貴族街に出入りする上流との格差がデカい。その中でも、貴族街をメインの遊び場にするタイプと、普段は西地区繁華街で遊び、余裕がある時や臨時収入が入ると貴族街へと出向くタイプとでもまた結構な差がある。
 
 で、今目の前に居るサラディーノとか言う遊び人は後者。普段は西地区繁華街で遊び歩き、たまに良い稼ぎ……主に金持ちの女をたぶらかして懐が暖まると、貴族街へと繰り出して、さらに金のある獲物を漁る、タチの悪いスケコマシだ。
 
「これはこれは、見目麗しいレディの皆様、今宵の出会いを祝して、私から一杯奢らさせて下さいませんか?」
 そのサラディーノがコナをかけている“見目麗しいレディ”とは誰か? と言えば、1人はエリクサールだ。
 エリクサールの幻惑術と、“闇の手”お得意の変装術の合わせ技。元々体格が痩せているエリクサールは、特に女装が似合っている。
 
「あらん、ステキなお兄さん。今夜は楽しませてくれるわねぇん?」
 
 が、演技の方はお世辞にも上出来とは言えない。
 交易商に扮しているエリクサールと、その護衛と言う設定の俺とフォルトナ。もちろん俺たち3人共が、変装術と幻惑術とで女に扮している。女3人の小さな交易隊商、てな設定だ。
 
「ねぇ、色男さぁん、一杯だけで終わり……なんてことはないわよねぇ~?」
 相変わらずの妙にくねくねしたキモい動きでそう言うエリクサール。
「おやおや、これはいたずら好きの子猫ちゃんですな」
 いや、向こうのサラディーノって奴もたいがいだな。こりゃお似合いだ。
「飲み比べ……で、どうかしらン? ここには我こそはと言う男は居ないの? 私に勝てるなら……一晩、好きにしても良いのよぉ~?」
 わ、っと盛り上がる客たち。猿芝居も良いとこのエリクサールの“女っぷり”にこれだけ沸くのも、もちろん幻惑術、【魅惑のオーラ】とかいう、自分を周りの連中に魅力的に見せる魔法の効果だ。
 
「ようよう、おねぇちゃんよ、そんなしなびた男じゃ相手にならねぇぜ」
 そこに、横合いからそう口を挟むのは、なかなか筋肉質なマッチョ野郎。ここの用心棒ほどはデカくないが、見掛けだけじゃない実用性の高いそれだ。
 結構な歴戦を思わせる傷跡にダンディーな口髭。むさ苦しい武辺者と言うよりはなかなかこじゃれている。横にいる連れ共々、一目で「ただ者じゃない」事が伺える。
 
「あらぁん、ステキなお・ひ・げ♪ その太くて逞しい腕に抱かれたら、アタシ、どうにかなっちゃいそぉ~ん」
 
 ……ますますヒドくなるエリクサールの演技はさておいて、まさに“目当ての獲物”が釣れた。
 この口髭野郎はヴァンノーニ商会本店組で三番手のチェルソ。無骨者の多い本店組の中じゃ色男を気取っていて女に目がないスケベ野郎だ。酒に強いってのも自慢で、休みの時はこうして西地区繁華街を飲み歩きつつ女を漁ってる。
 特に今は、ヴァンノーニ商会の“裏の仕事”である山賊働きで暫く街を留守にしていた後。当然金もあれば憂さ晴らしもしたい。だからこちらも派手に飲んでる威勢の良い女の振りをして待ちかまえてた。
 ……エリクサールの演技のヒドさを、幻惑術でなんとかカバーして、な。
 
「さあ、他には居ないの? 我こそはと言う男はさ? 居ないなら、飲み比べの始まりよ!」
 エリクサールの煽りに湧き上がる客たち。サラディーノ、チェルソ、そして……。
 
「おいおい、面白そうなことやってんじゃねぇの。俺も混ぜろよ」
 
 童顔で無精髭のだらしない格好をした1人の“むさ苦しい”男。
 ……誰だよお前。

 △ ▼ △
 
「デーニス、客のお遊びにちょっかい出さないでよ」
 店主らしいカウンターの女がそう冷たく言うが、
「固ぇこと言うなよ、マランダ。たまに帰って来たんだ、ちっとは遊ばせろって」
 デーニスと呼ばれた汚らしい男は、その童顔の丸顔に似合わない額の古傷を指でかきながらそう笑う。
 なんだか面倒くせぇヤツが出てきたぜ。こっちは上手いことチェルソを酔わせてたぶらかし、良い気分になったところを寝床へ誘い込んでから……薬と幻惑術とで「ヴァンノーニ商会の秘密」を聞き出そうってな計画だ。上手くいきそうになきゃ、髪の毛なりなんなりをちょろまかして蛙人ウェラナの薬師の作った降霊薬で尋問しても良かったが、まあ前回の例もあるし、あの蛙人ウェラナが言うほど高性能とも思えねぇから、出来りゃ直接聞き出したい。
 が。
 途中まで上手く行ってた……行ってたよな? とにかく上手くいきそうだった計画が、コイツの乱入でややこしくなった。
 
 デーニス・ピチャルド。髭面大男とは別の、もう1人の用心棒だそうだが、そのくせめったに店には居ない。腕前は大男よりかなり上で、元々山賊ならず者集団のイケイケ特攻隊長だったらしいが、まあ王都開放後にこの居酒屋の用心棒に収まった……とかなんとか。
 これはエリクサールが“腐れ頭”なんかから聞いたり、クトリアをうろついて調べたりした情報から。
 
「どうします?」
「どうもこうも……ここでコイツだけ断るのは不自然すぎだろ」
 サラディーノの酒にはコッソリと眠り薬を仕込んで敗退させる予定で、他に参加者が出ても同じ手を使うつもりだった。
 だがこのデーニス、そう簡単に薬を仕込むなんて手が通じそうにもねぇ。普通に飲み比べをしてチェルソに勝たれたりしたら困るんだが、じゃあどーすっか、ってーと……ええぃ、チクショウ!
 
「……そ、それよりも、あんた、さ。猫獣人バルーティ娘には興味はないかい?」
 エリクサールとの間に割って入るようにして身を乗り出すと、エリクサールを笑えない“女ぶり”を発揮する俺。
 デーニスは大口を開けてははっ、と笑い、
「ほっ! 猫獣人バルーティ娘との飲み比べか? そりゃ悪くねぇなぁ~」
 と両手を広げる。
 
 食いついた、と頭の中で舌を出す。クトリア人、または帝国人なんかの間じゃ、猫獣人バルーティ娘にはある種のエロいイメージってのがあるらしい。まあマニアックな性癖だな。特にワイルドさをアピールしたがるような手合いはそう言う所で見栄を張りたがる。その狙い通りにデーニスが動いた……と、思いきや、
「なら、もう1人のおねぇちゃんも含めて、3人共勝負しようや!」
「なっ……何とっ!?」
 と、素知らぬ顔……と言うか、この女装作戦に一番乗り気ではなかった事もあって終始無言でいたフォルトナまで巻き込んできた。
 
「わ、私は……」
「いいから、やれ……! ここでごちゃついて流れを止めたかねぇ……!」
 渋るフォルトナに耳打ち。
「あらぁ~ん、わたしは全然問題ないわよぉ~ん♪」
 その横で自信満々なエリクサール。なんで自信満々なんだよお前。
 
「おい、待てよ。横から出てきて何勝手に仕切ってンだ、ええ?」
 一方、場の主役を奪われたチェルソの方は面白くない。せっかく女の前で格好付けようとしたのに、これじゃあ自分の流れじゃねぇからな。
 
「おぉっと、勝てる気がしねぇか? ならオヤスミだな、もうよ」
 相手は一応客だってのに、デーニスはそう笑う。
「ハッ! 勝てる気がしねぇのはお前の方だろ? やってやんぜ、こいよ!」
 何故か上半身をはだけさせてそう応えるチェルソ。
 女装し女のふりをした俺たち3人と、サラディーノ、チェルソ、そしてデーニスの3人での『飲み比べ』勝負が始まった。
 
 △ ▼ △
 
 真っ先にダウンしたのはサラディーノ。まあ順当なところだな。元々この勝負を始める前から飲んでいたし。
 
 チェルソもデーニスも、言うだけあってかなり濃いヤシ酒を次々あおる。このヤシ酒は『牛追い酒場』特製とかで、屋台やよその店のそれより出来が良いし度数も高い。普通なら俺たちもヤバいくらいだが、当然こっちはインチキだ。事前に蛙人ウェラナの薬を飲んでいて、アルコールを素早く分解出来るようになっている。
 そのインチキを含めても、チェルソとデーニスに及ばない。
 フォルトナが次にダウンをし、こちらも残るのは俺、エリクサールの2人。
 俺はと言うと、エルフ同様に猫獣人バルーティも種族的には酒にそう強くはない。まあ種族的に、を言うのなら、猫獣人バルーティ、エルフ、人間はそれぞれ酒への耐性に大差はなく、あとは個人の強さの勝負。
 小さな杯で5杯を超えた辺りで、かなり視界が歪みだす。糞、事前に薬を飲んでおいてこれかよ、と周りを見ると、チェルソもデーニスもかなり顔を赤くしてるが、虚勢かどうか、まだまだしっかりとしてやがる。だがそれよりも何よりもエリクサールだ。あのヤロウ、どういった事か、とにかく全然平気な顔だ。
 
「へへ……やるじゃ……ねぇか、ねぇちゃん達よ……」
「だーが……俺は、まだまだ……イケる、ぜ?」
「あらぁン、手ごわいのねぇン~」
 2人の舌が回らなくなってからも、エリクサールは胸を揺らしながらの猿芝居。だが……何か妙だ。俺の頭もハッキリしてねぇから何が妙かは分からねーが、何だか何かが妙だ。
 
「よっしゃ、次の、一杯……行くぜ~~」
 デーニスがそう言って腕を伸ばして杯を取ろうとし……、
「おいコラ、そりゃ、俺の杯だ……」
 隣のチェルソの杯を間違えて飲もうとする。
「あぁ~? コッチ……かぁ?」
 今度は逆、俺の杯に手を伸ばし……届くより先に手の甲をひっぱたかれる。勿論、俺にだ。
 体質的にも経験的にもこの4人の中で一番飲み比べに向いてない俺は、叩くと同時に顔をテーブルへと突っ伏す。
 ダウンするにはまだ余裕もあったが、ここは降りておく。万が一があったとき、酩酊しすぎてちゃヤバい。
 それに……チェルソに関しちゃ多分もう終わりだ。
 
 まだ意識はハッキリしてる俺の鼻は、強いアルコールの匂いの中から、ちょっとした眠り薬の匂いを感じていた。
 さっき、デーニスがチェルソの杯を“間違えて”取りそうになったとき、コッソリと手のひらに隠していた粉末を混ぜていた。
 騒ぎにしたくないからそれを取り沙汰したりはしねぇ。ただし、エリクサールに使おうとしたらさすがに手は出すつもりだが。
 続けてさらに一杯、もう一杯……と飲み続けると、チェルソが突然テーブルへと突っ伏す。
 そして残るはデーニスとエリクサール。本来ならチェルソをほど良く飲ませて酔わせた挙げ句に、エリクサールはわざと負けて部屋へと連れ込んで色々吐かせる予定だったが、デーニスの乱入でそれが出来なくなった。とりあえずこのままデーニスも潰してから、あとはまたアドリブでどうにかするしかねぇ。
 
 さらに数杯を空けて、デーニスがジョッキをテーブルに置いたと同時にふらつく。
 足をもつれさせ、エリクサールに向かって倒れるようにするとその手が偽物の胸へと伸びて……、
「危ないヨ」
 俺が支えるようにして受け止める。
「ふぅ~……、こりゃもう……負けだ!」
 大声でそう宣言するデーニスに、周りの客がわっと湧き上がる。
「俺としちゃあよぉ~……」
 周りの喧騒の中、耳元で小さく続けるデーニス。
女装した妙な男三人組・・・・・・・・・・といちゃつく、ってのも、面白かったんだがなぁ~……」
 へらへら笑いながらそう言われ、俺はぶるりと身震いして毛を逆立てた。
 
 ▽ ▲ ▽
 
「うっへへ~、危なかっぜ~」
 そう笑いながら、砂漠の民のゆったりした服の前をはだけて、やたらに大きな胸をゆさゆさ揺らすエリクサール。
 とにかく、やたらとデカい。何故かと言えば、それは女の胸に巧妙に偽装した皮袋で、手首に繋がってる管から飲むふりをしながら酒を注いでいたからだ。
 んで、今はその“乳袋”からしゅぽしゅぽと別の皮袋へと酒を移し換えている。
 飲んでる最中にエリクサールの胸がどんどん大きくなっていってたのに気付いたときは、かなりの冷や汗ものだったぜ。
 
『牛追い酒場』の二階は宿屋になっていて、さほど大きくはない、綺麗でもないぼろ部屋に今、3人ともう1人が居る。
 俺、エリクサール、フォルトナの女装三人娘に、酒とその後の薬で夢見心地のチェルソだ。
 勝負の後に、「ここにいる全員に酒とつまみをおごる」と宣言し金をばらまき、その上でチェルソの連れ連中にも「チェルソの面倒はみておく」と告げて上の階へ移動。この店の客室は、泊まり客向けというより「お楽しみの為に借りる部屋」という意味合いが強いとかで、連れも訳知り顔でニヤて頷くだけ。
 で、さらに部屋の音が外に漏れないようにエリクサールが消音結界を張り、ネムリノキの粉薬を改良した薬でしばらく酩酊するようにして、からの、尋問モードだ。
 
 チェルソから聞き出せた話はかなり“深い”ネタだった。
 ヴァンノーニ商会はリカトリジオスと内通していて、秘密裏に魔導具、魔装具の取り引きをしていると同時に、クトリア侵攻の下準備まで請け負っていた。
 本来、リカトリジオスは人間、帝国人やクトリア人達に奴隷とされていた犬獣人リカート部族が中心となって出来た抵抗組織だ。だから人間側と通じる、なんてことは有り得ない。それこそ“不死身の”タファカーリのように人間種を心底憎んでいる奴らも居る。
 だが、俺同様にクトリアの“家畜小屋”育ちではあるが、犬獣人リカートでありつつ成功した魔人ディモニウムとしてそれなりに高い地位にあり、またその上で前世の記憶を蘇らせたシュー・アル・サメットは、“不死身”のタファカーリのような「人間種全体への恨み」は持ってない。そもそも人間としてこの世界に生まれ変わった元クラスメイトや下級生も、軍内では奴隷と言う立場、身分ながらも行動を共にして居るのだから、今更人間の勢力と手を組んだとしてもおかしかない。
 むしろ“不死身”のタファカーリのような、いわば反人間主義の派閥が次々と失脚していった今、シューのその方針に反対する者も少ないのかもしれねぇ。
 
 何にせよ、この線はばっちりと繋がっているとみて良い。
 リカトリジオス軍、魔人ディモニウム、そしてヴァンノーニ商会……。
 しかもこのヴァンノーニ商会は、魔人ディモニウム勢だけでなく、このクトリアの様々な居留地に色々とネットワークを作って暗躍しているらしい。
 その辺、もっと詳しく把握しておきてぇところだが、チェルソはそれらのネットワークにどんな奴らが居るのかまでは把握してねぇらしい。その全貌を知ってるのはただ1人、ヴァンノーニ商会のトップ、グレタ・ヴァンノーニだけだと言う。
 
「グレタ・ヴァンノーニ……ねぇ」
「あの女は面倒くせーぞぉ~。前にも言ったけど、ヴァンノーニ商会はそこそこ魔法の守りもしっかりしてやがるし、俺が三回ほど盗みに入ったもんで、さらに厳しくなってっしな」
 お前が原因かよ、と内心突っ込むが、とにかくこのチェルソみたいに簡単には誑し込めそうもない。
 
「内側に入り込むのが難しいのなら、外から埋めてゆくしかありますまい」
 フォルトナのその言葉が、結局のところ一番の正解ではあるんだよな。面倒くせぇ話だがよ。
 
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