遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-256. マジュヌーン(102)魔法使いの弟子 - 影になる

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 ひた走るクトリアの不毛の荒野。思い出すのは初めてこの世界で記憶を蘇らせ、地下から地上へ逃れたものの、死爪竜とか言う化け物に追われていたあのときだ。
 荒れた岩場や砂地を蹴り、跳ねるように進む。
 
「ま、待ってくれ、わた、わたしは、君らの、ようには……」
 ハシントがかなり後方でぜいぜいと荒く息を吐きながら泣き言を言う。
「フォルトナ、乗せてやれ」
「うぬ……致し方ありませんな……」
 嫌そうにそう言うフォルトナが指をパチンと弾くと、どこからともなく現れた小さなつむじ風のような砂の塊がふらつくハシントの下へと潜り込み、ふわりとその体を浮かせてホバーのように移動を始める。
 
「しかし主どの、あやつの言葉、信用出来ますかな?」
 俺に遅れることなく併走するフォルトナは、いわゆる魔力循環による身体能力の向上にも長けていて、特に脚力と持久力はかなりのものだ。
「……ま、嘘つく必要はねぇだろうしな」
 ハシント……つまりは流浪の半死人のグループ、“ブランコ団”のリーダーだった男は、その仲間のほぼ全てをクークにより奪われたと言う。
 ブランコ団のおよそ100人近くの八割は、いわゆる“狂える”半死人だった。そしてそれは元々ハシントと同じ、かつてザルコディナス三世の配下邪術士によって、家臣や使用人、奴隷も含む一族類縁そのほぼ全てが半死人へと変えられたブランコ家ゆかりの者たち。
 
 その中の、“狂える半死人”たちを統制していたのが、当時のブランコ家の当主、アレホ・ブランコの頭蓋骨を素材とした“血晶髑髏の冠”だという。これは廃都アンディルに隠れ潜んでいた死霊術士の王の影シャーイダールが使っていた“血晶髑髏の杖”の応用で、そのブランコ家に連なる半死人への支配力を持つ。
 ただし、それを使って効果があるのは、やはり同じくブランコ家の血統の者だけ。
 ハシントはブランコ家の分家筋で、一応はブランコ家の血筋。原料とされた当主のアレホ・ブランコに近ければ近いほど冠の効果は高くなる。
 そしてその点では、クークの方が当主アレホ・ブランコに近い。何せ、ハシントとは違い本来なら本家の後継者候補となっててもおかしくなかったらしいからな。
 
 そのクークが“ブランコ団”に関わったのは偶然のようだが、支配権を奪う過程には、途中で合流してきたブランコ家とは無関係な半死人達が関係する。
 元々ブランコ家との関係に限らず、魔人ディモニウムや魔術の事はほとんど知らないクークが、自分の考え、知識だけで乗っ取りを計画し実行する、ってのはまあ有り得ない。
 合流した別の半死人の中には“イカれてない”半死人が結構居たわけだが、その中にやはりハシント同様かつては術士と関わりがあり、色々と事情に通じている奴が居た。
 そいつはハシントが“血晶髑髏の冠”で“狂える”半死人を操れることに注目し、隠れ潜むのではなくそれらを率いてより利益を得たいと考えていたが、肝心のハシントにはその気がない。だが自分が“血晶髑髏の冠”を奪ったところで操ることは出来ない。
 そこに、ハシントより“血晶髑髏の冠”を使うのに適していて、さらにそいつの“狂える”半死人を兵力として使う、という考えに同意してくれる奴が現れた……。
 皮肉なのはハシントがクークもまた同じブランコ家の血縁だと気付き、それを伝える事さえしなければ、乗っ取られることもなかった……てところだな。
 
 クークとクークに寝返りを持ちかけた半死人たち、そして元からクークと行動を共にしていた何人かの魔人ディモニウムと手下の賊達は、あくまで隠れて平和に暮らそうと言うハシント一派を惨殺し、最後にハシントから“血晶髑髏の冠”の使い方を聞き出した後、ここにハシントを縛り付けて残したままボーマ城塞へと向かったと言う。何故ハシントまで始末しなかったのか? と言うと、クークに寝返りを持ちかけた主謀者、“片目の”グレゴリオによる意趣返しだという。
「お前の寝ぼけた“平和主義”と俺のどっちが正しかったか、最後まで見てから死ね」
 と、そう言っていたそうだ。
 
「なんとも、愚かしい争いですな」
 
 “光りし者”ハシントと“片目の”グレゴリオとのその諍い、対立の話を聞いたフォルトナは、そう呆れたように吐き捨てる。
 
「……そう言われても仕方ない。私はクークはおろか、グレゴリオの本心すら見抜けて居なかった……」
 顔を俯かせ恥じるようにそう言うハシントに、
「そんなことは些末だ。愚かしいのは、お前たちが未だにこの糞のかすのこびりつく便器のようなクトリアと言う土地にしがみついてるというそのことだ」
 やたらと芝居がかり、また大仰な物言いを好むフォルトナにしては、回りくどくはあるものの、やや乱暴な発言。
「お前はお前で、このクトリアと言う山に囲まれた荒れ地を、無目的に長年ただウロウロし続け、そのグレゴリオなる者もそれについて回った挙げ句に、ボーマ城塞攻めのような馬鹿げた計画に飛びついた。
 だがお前たち半死人というのは、飢えず渇かずで生きて行ける。不死者アンデッドではないが最も不死性が高い優れた身体能力を持つ者だ。……まあ、恐ろしく醜いと言う事さえ除けば、な。
 何にせよ、その能力を考えればわざわざ人間の近くに住む必要も意味もない。かつての同朋を制御出来、それで十分平和で満足出来ると言うのなら、さっさとこんな土地は捨て、人里離れた地に新たな町でも国でも作れば良かっただろうに」
 馬鹿げてる、と言えばそうかもしんねぇ。だが……。
「……それでも、ここは我らブランコ家にとって捨てがたき地なのだ」
 そう絞り出すハシント。
 
 フォルトナはそれ以上そこにはつっこむ事もなく、再び陰鬱な顔で俺に併走する。コイツの事情なんか聞いた事も無いが、火山島出身のダークエルフで、いわば「故郷を捨てて」いると言う点ではエリクサールとも同じだ。まあムスタ同様、故郷に拠点を持っていて、手下を使って情報収集や工作他の役回りもしているらしいが、そこに根付いて生活してるワケじゃあねぇ。
 生きる基盤、寄る辺としての地を持たない、捨ててきたフォルトナと、半死人となり周りから化け物扱いされながらも“かつての過去”を捨てきれず、また本人からしても「まともな意志疎通もままならない」“狂える”半死人たちを引き連れてただクトリア領内を放浪し続けていたハシントの生き方は、そう簡単には相容れないだろう。
 俺からすりゃ……どっちが正しいとも言えねぇ話だ。
 
 人間の移動速度からすれば倍以上の早さで、俺たちはクトリア荒野を駆けつけすすんでいく。何度か休憩を挟みながらも、夜の前には西カロド河の橋に着く。そしてその橋の向こう側には結構な大集団、ぞろぞろと連なる半死人たちに、それらを先導するかの武装集団。
 
「さぁて、いかが致しますかな、主どの。我が獄炎にてヤツらを焼き尽くし、真の死人へとしてやりましょうか」
 そう言うフォルトナに、
「だ、駄目だ、彼らは操られているだけだ! “血晶髑髏の冠”さえ取り戻せれば、こんな無益な争いは終わらせられる!」
 とハシント。
 
「いくらなんでもあの数相手に正面から殴り合いは出来ねぇぜ。それにフォルトナ、お前は今回戦力半減、いくら【獄炎】でも、魔力を帯びた炎の時点でクークに操られる。弓矢の技術と灰砂の落とし子アッシュサンド・スポーン、炎以外の魔術で使える策を考えるしかねぇ」
 そう、俺らに出来るのは、増援を待ち、フォルトナの弓矢と火属性以外の魔術を使い、ハシントに“血晶髑髏の冠”を奪い返させること。そのために、俺の“災厄の美妃”と隠密術がどこまで使えるか……だ。
 
 ▽ ▲ ▽
 
 完全な夜襲、突然の攻撃だが、ボーマ城塞の防衛も最初はややまごついてはいたものの、すばやく見事に対応している。
 城壁上の弓兵が矢の雨を降らせ、投石機が石をバラまく。投石機は円塔の上に設置されていて、丸太ほどの長い腕の先につけられた網籠の中に、だいたい拳大の石を大量に詰め込んでてこの原理を利用した機械仕掛けで遠くへ飛ばす。こいつは集団に対してはかなり効く。隊列1つ2つにまとめて石を叩き付け、戦闘不能にしてしまえるからな。
 だが、一般兵は縦横1~2メートルの縦長で車輪のついた大きな木製の矢盾に隠れてじわじわ進み、また魔人ディモニウム兵もその影に隠れて魔法を使う。アルゴードでも見た【魔法の盾】を使う魔人ディモニウム兵は、クークの側に付きっきりで守り通していて、しかも前よりか【魔法の盾】の持続時間が増してるようだ。
 
 全体は三方面に隊が分けられている。
 真ん中にはクーク率いる本隊で、盾持ち一般兵と【魔法の盾】の魔人ディモニウム。また側には白兵向きのガタイの良い奴が4人ほど居て護衛している。
 両翼に半死人と盾持ち一般兵、そしてそれぞれの隊の指揮官らしい魔人ディモニウムとその側近、と、構成はだいたい同じだ。ただ両翼の二隊には盾持ちの後ろに投石兵がついている。まずは双方、遠隔からの撃ち合い、てなのは常道通りか。
 次第に距離を詰めるクークたち魔人ディモニウム軍。お互い守りも攻めも固いから、まだ大きな損失がない。
 
 だが、距離を詰めたところで、ボーマ城塞には城壁と水掘がある。それを150人ちょっとばかりの少人数で越えられるか、てのは、普通に考えりゃ無理な話。
 
「ははー! 間抜けどもに分からせてやれ! この城塞はそうそう簡単に落とせるもんじゃないッて事をな!」
 城門の上でそう叫ぶのはアニチェト・ヴォルタス。
 確かに数の上では五分。そして魔人ディモニウムの魔術に加え、クークに操られ文字通りに死をも恐れぬ半死人の軍勢も居るが、それだけでは難しい。そう考えるのが普通だ。
 両翼の部隊が掘の縁にまで着く。近付けば近付くほど角度的に投石機の射程外になるが、矢に対しては無防備になる。車輪付きの大きな木盾も、放射状に頭越しで射られる矢は防ぎにくい。
 そのため前面に立てる大きな木盾のみならず、手に持つ円盾も高く掲げてなんとか矢を防ごうとしている。
 一般兵が何人もやられ、また防ごう、避けようと言う意志のない操られた半死人たちも次々と射られているが、一般兵と違って操られた半死人たちはそれだけで行動不能にはならない。即死させられない限りは、腕や脚、肩や腹に矢が刺さっても問題なく動き続けられる。
 
 その両翼の部隊が、それぞれに堀を越えた。
 右翼側は水堀の側面から、一気に【土壁】を何枚も作り出し、堀を渡る橋のようにする。その上を操られた半死人達が猛烈な勢いで走り出してあっという間に城壁へとたどり着くと、今度は城壁に張り付いた半死人達が互いの体を登り合う。かなり不細工な組体操だが、これは確かに半死人にしか出来ないやり方だ。下の方の一部は重さに耐えられず潰されているが、潰す方も潰される方も知った事じゃない。
 
 反対、左翼側は何本かのロープ並みに太い蜘蛛の糸のような網が放たれ、胸壁や円塔へと絡みつく。当然これも魔人ディモニウムの魔法だ。右翼同様にクークに操られた半死人たちが全速力で駆け上ってなだれ込む。
 どちらも、特殊な魔力、魔術を使える魔人ディモニウムに侵入の突破口を開かせ、不死者アンデッドのごとく恐れ知らずな操られた半死人がそれをこじ開ける。こりゃ、その両者が居なきゃ有り得ねぇ、“マトモ”じゃあねぇ強引な戦術。
 
 登られ侵入を許した両翼の城壁上では、やはり恐れ知らずの操られた半死人軍が猛威を振るう。
 そもそも“狂える”半死人が軍として機能するってな状況自体信じられない話だ。その上夜戦であまり敵の姿が見えていなかったボーマ城塞側からすれば、相手側に“狂える”半死人が居ること自体把握出来てなかっただろう。この襲撃は完全に虚を突かれた形。いくら訓練された兵士でも混乱すんのは当然だ。
 
「慌てるな! 盾兵で囲み押し潰せ!」
 そう叫ぶのは左翼側の城壁を指揮する金髪の男。迫り来る半死人を、見事な剣術で的確に切り捨てている。
「囲まれたらあかん! 押し返すんや!」
 反対側の城壁を指揮する丸顔の男もまたそう鼓舞するが、こちらは金髪の男よりも武技に長けてないのが丸分かりだ。
 それはクーク側から見てもそうだったか、投石がその男の周りへと集中する。
 それを防ぐのは魔法の光。これまた基本の【魔法の盾】のようだが、丸顔男が魔術を使ったんじゃない。離れた位置、城門の上にいたアニチェト・ヴォルタスが、遠隔で使ったものだ。
 アルアジルの魔法レクチャーにあった通り、特殊な魔術具を対象に持たせておき、それを起点にして魔術を発動するという、魔導技師兼魔術師ならではの運用だ。
 
「ジョヴァンニ、慌てるな! 奴らは半死人と呼ばれる魔人ディモニウムのなり損ないだ! しぶといが、首をはね心の臓を突けば普通に死によるわ!」
 アニチェト・ヴォルタスの大声に、ジョヴァンニ含めた城壁上の兵がやや落ち着きを取り戻す。
 やはりここの要はアニチェトだ。金髪の男も丸顔男も、その他全ての兵達からも、アニチェトに対する信頼感がハンパねぇ。
 
 アニチェトは既に次の術の準備に入っている。魔導技師としての技術で作り出した、ジョヴァンニに渡していた術具のようなものは他にもあるだろう。
 だがその準備は途中で阻まれる。
 両翼へと駆け上った操られた半死人達の群れに気を取られたその隙に、クークの魔人ディモニウム部隊の1人が内側から城門を開き、跳ね橋を下ろしたからだ。
 
 魔人ディモニウムは正式な訓練を積んだ魔術師とは異なり、基本的には無理やり植え付けられた術式の魔術しか使えない。だから、ある意味一芸突破だし応用が効かねえが、その分、そのひとつだけを使い続け極めれば、多彩な術を使う魔術師のそれを上回る事もある。
 そいつが使えたのはただの【気配隠し】だけ。エリクサールに言わせりゃあ、隠密を補助する幻惑術の中じゃあ初歩も初歩。ただ周りから「なんとなく気にされにくくなる」だけでたいした効果でもないし、幻惑術の中じゃ簡単に使える方だ。だから、幻惑術を学ぶ際の入門用のような術で、それを極めるくらいに使いこなそうとする者はまず居ない。曰わく、エリクサール以外には、だ。
 だがこの魔人ディモニウムはその例外的存在。初歩的な幻惑術だとしても、それしか使えない以上「その次の術」へと進む事は出来ない。いや、勿論正式な魔術、幻惑術の勉強、修行を始めりゃ別だが、そんな機会も才能もなかった……んだろうな。
 
 何にせよ、結果としてコイツはその技をかなり極めていた。左右両翼のどっちから行ったのかは分からないが、操られた半死人たちの群れに混ざり、その存在を感じ取られることなく城壁上に登ったかと思えば、混乱する防御の兵たちの間をすり抜け、階段から城門内中庭へと降り、跳ね橋と城門を開ける仕掛けを操作した。
 この辺の経緯を正確に見ていた訳じゃねえが、おそらくは多分そういう流れだ。
 
 機械仕掛けの跳ね橋が降りるにはやや時間がかかる。アニチェトは城門の上で自ら指揮している兵の中から一隊へ指示を出し、仕掛けを操作した敵に当たらせようとする。
 そこで、左右両翼への援護と、前面のクーク本隊への対応が遅れる。
 
 すでに夜中、暗く染められた空間に眩い光の塊が現れる。クークに背負われている相棒、ペデルナと名乗っている片方の腕と足がない男が巨大な炎の塊を生み出す。
 確かに、デカい。これもまた、使えるのが【発火】のみという本来なら初歩の魔術のみだからこそ鍛え上げられた威力だろう。
 それが、クークにより四つの火の玉へと変えられて、まるで四匹の大蛇がのた打つようにしてアニチェトへと襲い掛かろうとする。
 それを防ぐのは、アニチェトによる【魔法の盾】と……闇夜に溶け込む黒い刃。
 【魔法の盾】は基本的な防御の術であると同時に、術士の力量によってはかなり高い防御力を発揮するが、全方位へは展開させられない。クークの火炎の蛇は四方から攻撃する事でその【魔法の盾】の持つ弱点を突いたかたちだ。仮に【魔法の盾】以外の何らかの防御の術や魔装具を持っていても、どれか一つは防ぎきれず当たる……そのハズだった。
 だがその一つは、アニチェトへと辿り着く前に何かにより切り裂かれ消滅する。
 まるで、巨大な魔獣のあぎとにでも喰われたかのように。
 
「な、何だッ!?」
 その異変を観たのはクーク1人。アニチェトですら多分認識はしてない。
 そして残る3つの火炎の蛇の1つは【魔法の盾】に防がれ、もう1つはアニチェトの身体そのものにかけられていた【石の肌】の術などにより威力が半減させられ、最後の1つが……、
「アグゥアアアッ!?」
 クークの背負う“発火”の使い手、ペデルナへと跳ね返った。
 
 “反射の守り”……。
 防御の魔装具の中でも希少かつ特殊な効果を持つそれは、致命的な魔術による一撃を防ぎ、その効果の一部を術士へと跳ね返す。たいていは一回、または数回で壊れてしまうが、魔導技師であるアニチェトにはそれを造ることも出来る。
 魔人ディモニウムであり、魔術への知識に乏しいクーク達には分からない“隠し玉”だ。
 
 ペデルナとそれを背負ったクークは、自らの放った炎で大火傷を負う。そこそこ近くで見ていた俺からも、かなりのダメージなのが分かる。
 悲鳴を上げ悶えるクーク達に、周りの魔人ディモニウムも一般兵もどうにも出来ず、しばらくして慌てながら髪や服に燃え移った火を消そうと叩いたりし始めた。
 そして同時に、城壁上の“操られた”半死人達の統制もおかしくなる。クークは“血晶髑髏の冠”には不慣れ。集中力が途切れれば効果も薄れる。
 その隙に俺は、素早く駆け寄り頭からそれを奪って、高くへと放り投げた。
 風切り音と共に空中の“血晶髑髏の冠”の真ん中を矢が通り抜け、その矢には黒い紐。
 当然射手はフォルトナだ。“血晶髑髏の冠”を絡め捕り、素早く紐を引くと、落ちた先には灰砂の落とし子アッシュサンド・スポーン。そのまま小さな砂嵐のようになって舞い戻ると、ハシントの元へとそれを送り届ける。

「な、何が起こった!?」
「冠が……!?」
「それより、火を……」
 クークも周りの手下、部下達も状況をまるで把握出来てねぇ。クーク自身も混乱状態だ。
 
「お、おい、馬鹿、それどこじゃねぇ、半死人達の支配が無くなっちまう!」
 クークの側でそう大声で慌ててるのは、右目の側がただれたようになっている半死人、“片目の”グレゴリオだ。ハシントを裏切り、クークを唆して“血晶髑髏の冠”を奪わせた男。取り立てて秀でた力も技もなく、せいぜいが自分より強い誰かに取り入るのが上手いだけの男。
 そいつが、その取り巻きらしい半死人連中とで灰砂の落とし子アッシュサンド・スポーンを追い始める。連中に取り返すことが出来るとは思えないが、そのまま追わせるのも厄介だ。陰に潜み闇に紛れ、気付かれずにその後を追う俺の耳に、また過去の言葉が耳に入る。
 
「……ね、猫、無事……よかった……」
 ペデルナ……いや、日乃川が呻くようにそう日本語で呟く。
 足が止まる。奴は俺を認識してるのか? それをどう捉えているのか?
 だがその言葉の真意を確かめる術もなく、日乃川は力無くうなだれ沈黙する。
 その言葉を聞いていたのか居ないのか、大野がまた、やはり前世での言葉、日本語で、
「日乃っちーーーーー!!」
 と、絶叫する。
 
 その絶叫に呼応するかのように、城門の上に巨大な熱と輝きが膨らんで、うねりとなって踊り出し───炎が、爆ぜた。
 
 
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