遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-16.J.B.(9)-It's Funky Enough.(こりゃめっちゃファンキーやん!)

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 声がしたのはここより下流。
 距離にするとだいたい4~5アクト(120m~150m)はありそうだ。
 そんな遠くからの声が聞こえてきたのは今背負って使用している“シジュメルの翼”の副次的効果らしく、風の魔力を全身に纏うことで結構遠くの音も拾ってくれるようになる。騒音まですべて拾ってくるわけでもないのが助かる。
 ただ視覚の方まで鋭くはなんねえ。鳥のようになるならむしろ“鷹の目ホークアイ”になった方がしっくりくんのにな。
 とにかく、ここからだと「どうやら誰かが何者かに襲われてるらしい」とまでしか見当はつかない。
 俺は一旦オッサン達の方へと滑空しつつ戻り、
「下流で誰か襲われてるらしい。見に行くぜ」
 とだけ告げて飛んでいく。
 自在に空を飛び回る俺を見て、グレントの奴が口をパクパクしながら驚いてやがるのがちらと視界に入った。そういや見せるの初めてか。
 
 近づいて行くとまず目に入ったのはボートだ。
 大きさはちょっとしたレジャー用プレジャーボートのクルーザー並か? いや、雰囲気込みで言えば港湾のタグボートに近いかもしれねえ。
 何にせよそいつが下流の小さな中州に乗り上げていて、周りを例の岩蟹に囲まれて居る。
 そしてそのボートの屋根に乗って、長い銛か何かを振り回しているのが一人に、落ちないようしがみついて居るのが一人。

「わぁぁぁ~~! もう、だからボートなんて嫌だッて言ったンだよォ!!
 水は嫌いだ! 水辺はもっと嫌いだし、水辺の魔物なンて、大々大ッ嫌いだぁぁぁ~!!!」
「やっかましい! ピーピー騒ぐ暇あッたら、棒でも何でも使うて追っ払えどアホ!」
 どっちもやかましいことこの上ないが、背を丸めて縮みあがってる帽子の男を、銛を振り回して懸命に岩蟹を追い払おうとしている女がどやしつけている。
 まあこのままじゃ間違い無く二人とも生きたまま岩蟹にクチャクチャ喰われるのも時間の問題で、さてどうしたモンかと考える。
 助けるか助けないか? いや、考え所なのは、「どう助けるか?」だ。
 
 
「改良調整したことで使えるようになったのは、“魔法攻撃”だ」
 と、事前の説明でオッサンが自慢気に言っていたそれは、残念なことにこの状況ではそう使い勝手の良いモンでもねェ。
 いや、むしろまるで使えないとも言える。
 
 理由1。このシジュメルの翼で使えるようになった魔法攻撃というのは、所謂風属性の攻撃魔法。
 魔法による攻撃と言うのには大別すると二つあり、一つは「魔力で物理法則を操作して、それを攻撃に使用するもの」で、もう一つは「魔力そのものを攻撃力に変換して叩きつける」もの。
 前者を属性魔法と言うのに対して、後者は俗に無属性なんぞと呼ばれる。
 つまり「土属性の魔法で石礫を生成し相手にぶつける」とか、「炎を操り敵にぶつける」とかは、属性魔法攻撃。
 このシジュメルの翼は、元々風を操り空を飛ぶもの。なので攻撃も風属性の魔法になる。
 で、岩蟹の特徴はというと非常に硬い岩のような殻。これは岩蟹が持つ土属性の魔力によるものらしい。
 俺がシジュメルの翼で飛ばせる【風の刃根】は、ぶっちゃけ岩蟹の殻を貫けるか怪しい。
 【風の刃根】の威力はせいぜい投げナイフ程度だからな。
 なので、こういう物理的な防御力の高い相手には、後者の「魔力そのものを攻撃力に変換して叩きつける」方がよく効く。
 
 で、理由2。もっと威力のデカいのを使えば、あの二人も巻き込む。
 正確に慎重にやれば巻き込まず出来るかもしれないが、そこまでの自信は俺にゃあ無い。
 
 なので、第三の選択。
「掴まれーーーーーーーー!!!」
 俺は声を上げながらボートの方へと滑空していく。
 屋根の上の二人も、それからつられて岩蟹もそれに気づき俺の方へ顔を向けるが、それで対応出来るほど遅くない。

 手を伸ばして前方から抱きかかえるようにして男を掴むと、そのまま上昇して旋回。
 今来た方向へととって返し、俺を追いかけてきたオッサン等の元に男を放り投げた。
 
「い、痛ッたーーーい!!!」
 地面に転がりつつ叫ぶ男を無視し、オッサン等に
「あと一人居る! フォロー頼むぜ!」
 とだけ告げ再び旋回。
「おい、行くぞ! 銛は捨てて手ェ伸ばせ!」
 叫んで告げるその言葉に、女は一瞬だけ逡巡を見せるが、俺と岩蟹それぞれに視線を巡らせると意を決して両手を高く掲げた。
 
 再び、その両脇に腕を差し込み抱え上げ、背中に回してがっちりとホールド。
 女は「うひゃぁぁぁぁぁぁ!!!! 嘘、嘘、飛んでる! 本当に飛んでるゥ!!!」とかこれまたやかましい。てか、二人そろってどんだけやかましいんだよお前ら。
 旋回し男と同じ場所に下ろすと、既に投槍器を構えたトムヨイとグレントが投擲を開始する。
 周りを固めるのは盾持ちのアダンに、簡素な胴鎧に例のドワーフ合金の籠手とブーツを身に着けたオッサン、軽装鎧とクロスボウを装備したニキ。
 岩蟹のいる中洲から、今オッサン達が陣取っている場所まではやや高低差がありちょっとした高台になっている。
 水の中では素早い動きになる岩蟹だが、ゆるやかな斜面を登るのは苦手なようだ。
 
 トムヨイの投げ槍でまず二体が撃ち抜かれ、登り切る前に俺が「周りを巻き込む」からと使わなかった方の魔法攻撃、【突風】をかける。
 突風は両方の魔法の翼を打ち合せる様にして魔力による風の塊を叩き込む攻撃で、数体の岩蟹が吹き飛ばされ押し戻され、緩い斜面を転がり落ちた。
 それを潜り抜け上がって来た一体を、まずはアダンが盾で打ち据え弾き飛ばし、メイスで一撃。側面に尖ったクチバシが付いているので、硬い殻の上からもある程度ダメージは入る。
 その弾き飛ばしでよろけたところに、ニキによるクロスボウの射撃と、オッサンの篭手から放たれる魔法攻撃。
 オッサンの魔法攻撃は俺のシジュメルの翼のものと違い、魔力そのものをぶつけるタイプだ。
 なので物理的な防御力に左右されず、その点は俺よりも岩蟹退治に向いている。
 
 上空で旋回し、さらに近付こうとする岩蟹を【突風】で攻撃。
 遠くからトムヨイ達の投げ槍で攻撃し、近付いたら【突風】で押し返す。それを逃れて近接の距離まで来たらアダンが盾で弾き飛ばしつつ、オッサン等が畳みかける。
 遠距離での攻撃手段を持たず、連携や策もなく突進してくるだけの岩蟹相手には、地の利もあって完璧なフォーメーションだった。
 だもんで、俺はまたまた油断をしてしまった。
 
 ◆ ◇ ◆ 
 
 意識が丸ごと持って行かれかねない衝撃。
 ジャンルカの戦鎚にでも頭をぶっ叩かれたかのようだ。
 ぐるぐると天地が回りながら、コントロールを失い墜落して行く。
 高さは上空2パーカ(6m弱)ぐらいか? いくら魔力の防護があるとは言え、この勢いで地面に墜落したらただでは済まない。
 死ぬ! 途切れかけの意識の中その事だけがくっきりとした輪郭を持って浮かび上がる。
 ヤバい、これは死ぬ……! 油断への後悔や調子に乗ってたことへの反省なんか後で良い。まずはこの状況をなんとかしなけりゃ……。
 だが、飛びかけた意識が戻るより先に何かが強く俺を掴む。
 
「おーう、間に合ったな」
 背後から俺を抱えているのはイベンダーのオッサン。
 地表にはまだ届いてない。1パーカ(3m)程の空中に浮かんでいるオッサンが、落下して来た俺を受け止めて居たのだ。
「へ? は? 何? 何でオッサン……?」
 混乱してる俺を、
「おおっと、危ね」
 と言いつつ投げ捨てるように放り投げる。
 
「うぉあッ……ぶねェッ!?
 なーにすンだよオッサ……」
 慌ててシジュメルの翼に魔力を通し、地面に叩きつけられる直前に防護だけは発動して見上げると、
「おっ、おっ、おォ~~~、おォ~~~!?」
 等と大騒ぎしながら、浮いたり落ちかけたり、右によれたり上に跳ねたり。
 飛んでるのか、それとも目に見えない巨人に掴まれておもちゃのように振り回されているのか分からない。
 
「お、おい、大丈夫か?」
 グレントが駆け寄るが、防護が間に合い怪我は無い。
 トムヨイとアダン、ニキ達はまだしつこくやってくる岩蟹への対処に追われ、助けてきた男は座り込んで震えている。
 もう一人の女の方はというと、そこらの石を拾っては岩蟹に投げつけているが、全く当たっていない。
  
 不意に、キィィィィィン、という高周波の様な音が聞こえて、その後一拍置いてからドォン、と大砲の爆音に似た音。グレントと二人して、地面に這うように縮こまる。
 
 これだ! そう、さっき俺の意識を奪ったのも、まさにこれだ。
 鰐男が口から放つ衝撃波。
 最初に狙っていた鰐男達がこちらの騒ぎに釣られて来たのか、立て続けに空中へと衝撃波を放つ。
 それをかわそうとしてか、上空でめちゃくちゃに飛び回って居たイベンダーのオッサンが、ドザッと俺の近くに落ちてくる。
 
「お~う、危ッぶねぇ、危ねェ。
 いやー、ありゃあ大したモンだな。
 お前、アレに突っ込んでたら死んでたかもな」
「誰がやらせようとしてたんだよ!?
 てか、オッサン、何でアンタも飛べてんだ?」
 
 そう、そこだ。
 さっきは間違い無くオッサンは飛び上がり、空中で俺の墜落を防いでくれた。
 
「おおう。
 この、ブーツにな」
 言いつつ、自分が足にしたドワーフ合金製のブーツを指し示す。
「お前さんの“シジュメルの翼”にあった術式を参考にして風魔法の応用で飛べるような付呪をしてみたんだけどもよ。
 いやー、ブーツだけだとバランス取るのが難しいなァ~!! こりゃまだ改良の余地ありだ」
 全く、何を作ってやがったんだこのオッサン……。
 だけどまあそれに助けられている以上、文句も言えない。
 
 しかし……。
「クソッ! 話に聞いてたトムヨイ達の状況と同じになッちまッたな……」
 装甲が異常に硬くてタフ、一度狙いを定めると執拗に突進してくる岩蟹と、遠距離からの衝撃波でこちらの意識と行動を阻害する鰐男。
 それぞれの群れだけならば対処の仕方もある。ただその双方に挟み撃ちのように狙われると、かなり厄介だ。
 幸いなのは、別に双方が連携して攻撃しようとしているというワケではないことか。そもそも奴らは群れでの連携すら出来ない。その点、知能は低い。
 
「トムヨイ! グレント! 岩蟹の方はどうだ!?」
「ん~、半分はやったけど~……う~ん」
 拙いか?
「投げ槍が無くなっちまう!」
 ああ、しまった。
 獲物を仕留めた後に、折れてなければそのまま回収してまた使うのが前提の投げ槍だが、残りが少なくなってるらしい。狩人の使う投げ槍は帝国兵のそれより簡素で軽いとは言え、そもそもそう大量には持ち歩けない。
 
「よし、俺が取れるやつを回収してくる。
 ニキ、クロスボウであっちは狙えるか?」
 俺は鰐男の進んで来る方を指して聞く。
「やってみる」
 今の位置関係としては、鰐男の方が岩蟹より遠い。
 しかし岩蟹の場合巧く急所を狙わないと弾かれ、また威力も落ちてしまいかねないクロスボウの矢も、装甲の無い鰐男には致命的ダメージを与えられる。
 
「アダン、お前は守りの要だ。頼むぞ!」
「うおっしゃい! 任せとけぃ!」
 まったく、返事だけは調子良いぜ。
「オッサン、鰐男の牽制を頼む!」
 そう言うと俺は再び、“シジュメルの翼”に魔力を通して飛び上がる。
 下では助けた女が「ねね、アタシは!? アタシは何担当!?」と叫び、もう1人の男が「僕らは邪魔しないこと担当だよ!」と返しているのが聞こえ、その声も徐々に小さくなる。
 
 上空3パーカ(10m)程に上がり、それぞれの位置関係を確認。
 鰐男は徐々に近づきつつ衝撃波を放つが、マトモに飛ぶことを諦めて囮に徹し、衝撃波が来るやブーツの魔力で一気にそこを離脱し回避、隙を見て篭手からの魔法攻撃、というやり方で、オッサンが巧く翻弄。その合間合間に放つニキのクロスボウもそこそこ当たり、8体だった鰐男のうち2体は倒されている。
 岩蟹はというと、今投げた槍が1体の肩口に刺さるも歩みは止めず。最後に残った槍は投げるべきか、白兵戦用に取っておくべきか。
 トムヨイもグレントも、革製の胴当ては着けてるものの、狩人らしい動きやすさ重視の軽装。白兵の距離で岩蟹とやり合うにはちとキツい。
 こりゃあ【突風】で距離を作って逃げるのも手か? とは思うが、そうなると荷車に乗せた戦果が奴らに食われる。
 最終的にどうしようもなくなればそうするしかねぇし、獲物を置き土産のおとりに使えば確かに逃げる時間は稼げるだろうが、その前にやれるだけのことはやっておこう。
 
 鰐男の衝撃波はここまでは届かないらしい。いや、オッサン狙いになってるから俺はノーマークなのか? 岩蟹も鰐男も頭は単純だからな。
 先ずは岩蟹の登ってくる緩い斜面へと向かって滑空。後方にある死体に刺さった投げ槍を回収しようと地面スレスレにまで低空飛行する。
「おい、JB! そいつまだ───!!」
 後ろからグレントの鋭い声。
 見ると俺が投げ槍を回収しに向かった所に居る一体が急に立ち上がる。
 ヤバい! 待ち伏せのように岩に擬態するのは知ってたが、ダメージを受けた後に死んだフリをするのは知らなかった。いや、死んだフリでなくこれも単に岩の擬態のつもりなのかもしれない。
 急に立ち上がり両手の爪を振り回し威嚇してくる岩蟹を、軌道を変えて避けようとすれば例のボートに激突するか、水に落ちる。
 どちらも立て直しに手間取るし、水場で岩蟹とやり合うのは一対一でも避けたいところ。
 糞、こうなったら一か八か───。
 
 ◆ ◇ ◆
 
「おぉっしゃ、コノヤロウ、ざまあみろ!」
 ギリギリのところで上空へと舞い上がる。
 かわしたか? 避けたのか? いや、違う。
 俺は敢えて、正面から突っ込んだ。
 
 岩蟹の両手の爪は自分の体の外側に向けての威嚇、攻撃に使われるから、接近戦においては両手持ちの長柄武器くらいの可動域がある。
 しかし逆に、自分の正面、特に腹周りに向けて動かすのはあまり得意じゃねェ。
 少なくとも、速度を上げて突っ込む俺を迎撃することは出来なかった。
 
 その真ん中、人間の顔にも見えるところにある口にも鋭い牙がいくつも並んでいるのだが、俺はそこへ頭を突っ込んでいる。
 いや、勿論咬まれてる。しかし咬む力そのものは鰐男や野生の肉食獣には及ばない。
 爪で相手をとらえ、脇にある小さな脚のいくつかで抱え込み動けなくしてから、細かい牙でこそげ取るようにして捕食するのがこいつらのやり方。
 生身の腕なんぞを突っ込んだらじわじわ食い散らかされるだろうが、ドワーフ合金製の隼のような形のヘルメットがあり、体勢も頭以外は密着してないので、脚に捕まることも歯で食い散らかされることもない。
 
 そして今何より俺は、その状態で岩蟹の両腕部分を掴みつつ、抱え上げるような体勢で上空へと昇って居るのだ。
 これは、先程船の上の二人を助け出したときに感じた違和感から試してみたこと。
 あの二人は共にやや小柄で体重も確かに重くは無さそうだったが、とは言え人一人を抱え上げるというのは並大抵のことじゃない。
 それ相応の過重がかかるつもりでやったことだが、いざ抱え上げると思いの外軽かった。いや、軽く感じた。
 その理由は? 恐らくシジュメルの翼の魔力防護膜にあるンだろう。
 この膜は空気の層のようになっており、俺と俺が身につけているものを覆うことで、移動の際の諸々や攻撃ダメージを軽減する。多分高速で飛んでも普段通り呼吸出来たりするのもこれのため。
 シジュメルの翼で空を飛ぶ上では、この防護膜は必須になる。
 そしてその膜は、身につけて手に持っている物も含めて全てを覆う。
 
 手に持った武器や道具のみならず、抱え上げた人間にもこの防護膜は展開される。恐らく、俺の身体と密着していれば、だがな。
 そしてその防護膜の副次的効果として、それらを支えるのに必要な俺の筋力、身体的負担もかなり軽減される。
 体感では半分か三分の一くらいの重さに感じられてた気がする。
 
 で、俺はそれと同じことを岩蟹に試した。
 岩蟹は実は見た目ほど重くはない。殻も硬い割に鉄よりは軽く、防具や武器の素材に利用されたりもするくらいだ。最も、特殊な技術がなきゃ修理して使い続けることも出来ないから、使い捨ての一時凌ぎにしかならないらしいが。
 それで中身はというと結構スカスカ。見た目の大きさからすれば平均的成人男性の二倍か三倍は体重がありそうだが、それ程は重くない。シジュメルの翼の補助があれば辛うじて持ち上げられる。
 
 両腕を上に挙げさせるように掴んで、ドワーフ合金製ヘルメットをした頭の部分を押し付けつつバランスをとり上昇、今度は鰐男側に急降下。
 で、その勢いのまま手を離す。
 鰐男に向けての、岩蟹爆撃だ。
 
 墜ちてくる岩蟹に気付いた数体の鰐男が衝撃波の予備動作として大きく息を吸い込むが、間に合わずに衝突。
「やったぜ、ストライク! これ、いけるわ!」
 残りの岩蟹も同じ要領で持ち上げ上空へ。そして急下降からの爆撃、離脱。
 双方は普段はテリトリーがかち合わないよう避けて生息しているが、それは言い換えれば共生出来ない者同士ということでもある。
 まして戦闘中の興奮状態のときに空から急にぶつかってきたら……そりゃ、「てめェ、何ぶつかってきてンだよ!?」の世界。
 いや、見事にお互い戦闘状態。
 
 乱戦になれば同士討ちの危険性もあるため、鰐男は衝撃波を使えない。
 素早さを生かし牙の生えた巨大な口で岩蟹に噛み付く鰐男だが、岩蟹の殻はそう簡単に喰い破れない。しかし事前のダメージもあるし、こんな風に落とされた直後で岩蟹も混乱状態。数にも勝る鰐男が優勢だが……。
 そこへ襲い掛かるのが、グレントが急ぎ拾ってきて補充したトムヨイ達の投げ槍に、ニキのクロスボウ。
 オッサンと俺もそれぞれ魔法攻撃を仕掛けて、程なくしてそこに動くモノは居なくなった。
 
 ◆ ◇ ◆
 
 昼を少し回った辺りの時間帯。
 俺達はクトリアの荒野にある、補修された古い廃屋の庭先で休んでいた。
 ここはトムヨイ達が休息用の狩猟小屋として使っている建物の一つ。
 クトリア周辺の荒野に残された廃屋の中で、そこそこマシな状態のものを適度に修理したものだ。
 ここで暮らすとなると流石に危ないが、狩猟中の休息や避難所、またどうしても帰れなくなった際に寝泊まりする場所として、トムヨイ達は他の狩人等とも共用で使っていると言う。
 今居る場所は先程の川の中州からもさほど遠くない。おそらくこの辺り一帯、以前は農場だったのだろう。井戸もあり水も使えるし、見通しも良いので仮に何者かに襲われそうになってもすぐ対応できる。
 で、遅めの昼飯として今大鍋で塩茹でにしているのが、岩蟹の脚。
 
「うめー、岩蟹、超うめーー!」
「だろー? 日持ちさせにくいのがアレだけどよ。シンプルな旨さで言えば、やっぱ岩蟹よ」
 トムヨイ達狩人がこの狩猟小屋に隠して置いてあった道具類で、調理したり諸々の下処理をしたり。 
 そしてその調理した蟹を食べた俺たちの反応に気を良くしているグレントは、頼まれてもないのに得意顔で食器を出したり茹でた蟹脚を取り出して皆に分けたりとしている。
 
 うーん、思ってたよりも単純な奴だな。
 コイツとは元々犬獣人リカートの軍から脱走するときに始めて知り合った程度の関係で、あのときは双方心身ともに疲れ果てていた。
 奴がついていったグループのリーダーと揉めたのも、正直記憶にない程度のたいしたことない理由。
 まあそのたいしたことない理由で、下手すれば殺し合いになりかねない大喧嘩になったのだから、お互いどうしようもない。
 その後暫くして、別れた連中がグレント除いてほとんど死んだと聞かされたときも、特に感情が動いたと言うことも無かった。
 あの頃の俺は精神的にかなり磨耗していたと思う。
 
「あー、くっそ! 岩蟹がこんなに旨い食いもんだったとはなー! そりゃ旨いか! 蟹だもんな、デカくてもよっ!」
「だねぇ。これ食った後に、戻って大ネズミスープなんざ口にもしたくないねェ」
 アダンとニキがもっともなことを言うと、
「へえ? アンタ等大ネズミなんか喰うてンの!? うえェェェ~」
 と、先ほど助けたボートの女。
「ちょっと、アデリア! 失礼でしょ!? 好みは人それぞれなんだから!」
 帽子を手で押さえながら弟のアルヴァーロ(うずくまってた男の方)がそうフォローするが、いやそれフォローになってないわ。
「誰が好き好んで大ネズミスープなんか喰うかよ!?」
「しゃあねえだろ、ウチのボスが食費だきゃあケチるんだからよ」
 本当はシャーイダールの仮面被ってるコボルトの好みなんだけどな……。まあ今後食事事情は改善するぜ?
 
「てかよ。アンタ等どこのモンよ?
 クトリア市街地の奴がボートなんかで川下りするとは思えねェしよ」
 城壁外での集落で言えば、自給自足を旨とする東地区。港町のグッドコーヴ。グッドコーヴとクトリアを繋ぐ中継地になる集落ノルドバ。西の渡し場近くにあるモロシタテム。後は王国駐屯軍関係者か、さらにその外側、カロド河とクトリア北部をぐるりと囲む山脈“巨神の骨”との間の諸勢力。
 成り行きで彼ら二人を助けはしたが、彼らがどの勢力に属しているかというのは重要だ。

「うーん……せやねェ~」
 やや気まずそうに頭を掻きつつ、姉のアデリアの方が答える。
 背も低くまだ若いだろう彼女は、体格も顔立ちも、振る舞いにしても同様に若く見える。
 ダークブラウンの長い髪を後ろで三つ編みに纏めて、顔には化粧っけはまるでなく、頬にはそばかす。
 パッと見の雰囲気はまさに、「お話に出てきそうな南部の田舎娘」という感じだ。
 
 弟のアルヴァーロは心配そうにして周りをキョロキョロ。顔立ちはやはり幼さを残すが、姉よりは目鼻立ちのくっきりした骨っぽさがある。ただし態度を見るに、性質としては姉の方が図太いだろうな。
 この二人の関係性は、「おてんば娘とお目付役」とでも言うような感じだ。
 さっき岩蟹に囲まれていたときも、積極的に戦おうとしていたのはアデリアの方で、弟のアルヴァーロは震えるばかりで全く立ち向かう気配が無かった。
 まあ戦力にならなかったという意味ではどちらも同じ。
 となると、自主自治が尊ばれる東地区や、規模が大きくなく自衛力の問われるノルドバも考え難い。
 
「まあ、アンタ等やったら話してもええかなー。
 アタシ等はこの河の上流、ボーマの城塞から来たんよ」
「ちょ、アデリア!?」
 弟の反応から、本来話しては拙いことだったろうというのは想像出来る。
 
 ボーマ城塞。
 たしかクトリア王朝華やかなるころ、北の山脈に住む巨人達への防衛拠点として築かれた砦の一つで西の山岳沿いにある。
 王朝崩壊後に邪術士達が王都を占拠した時期に、数人の逃げ延びた貴族や有力商人等が立て籠もり反抗拠点としていたが、度重なる内部分裂に裏切り内輪もめで集合離反を繰り返して弱体化。王国軍がクトリア征伐に来た頃にはもはやならず者の集まりしか残って居なかったと……聞いている。
 で、その中の一勢力は、今クトリア貴族街を占拠している連中の一つだったハズ。
 
「おい、ボーマってマジかよ……?」
 それまで楽しそうに岩蟹を茹でていたグレントが反応する。小屋の方で獲物の下処理をしてたトムヨイも、それを聞いて険しい顔をこちらに向ける。
「何だ? 何か知ってンのか?」
 俺を含め、ニキもアダンも、そして当然イベンダーのオッサンも、今のボーマ城塞のことは何も知らない。
「……出るんだよ、アソコは……」
 渋い顔で続けるグレント。
「何が?」
「分っかンだろ? 出るっつったら、出るンだよ!!」
「だから、なーーにがよ?」
 ……いや、予想はついてるけど敢えて聞いてみた。
「お化けだよ! お化け! 亡霊! ボーマ城塞で血の粛清と反乱とで死んでった、クトリア貴族達の亡霊が!」
「うははは! 何だよグレント! お化けが怖ェのか!?」
「怖いに決まってンだろ!? あいつら投げ槍じゃ倒せねーし、魔法やら呪いやらかけてくんだからよ!」
 面白がってついからかい気味に言ってやったが、言われてみれば真っ当な理由だ。うん、確かにそりゃ怖い。
 
「んー、俺達狩人の間じゃあねェ~。ボーマ城塞には絶対近付くなっていう~、そーゆー話になってるんだよねェ~」
 グレントの言葉をトムヨイが補足。

「まー、確かに。俺達も動く死体とかなら対処出来るけどよォ~、亡霊とかになるとどーにも出来ねえよなァ~」
「ドワーフ合金武器だしねェ。ミスリル銀とか、祝福された武器でもなきゃ、ね」
 アダンとニキもそう言って頷き合う。確かに手に余る相手だ。
 
「ふーん?
 で、その亡霊の居るっつー城塞から来たッてことは、お前さん方が亡霊なのか?」
 話をもとの軌道に戻したかのようで、その実明後日の方向に持って行くオッサン。

「ちゃうちゃう! ンなわけあるかい!
 けどなー……うん、そのー……」
 否定しつつ口ごもり、それから意を決したようにそばかす女、アデリアが続ける。

「おっちゃん! ……いや、師匠!
 唐突な話で申し訳ないんやけど……頼んます!
 アタシ等にちょっとばかしでもええから、手ェ貸してくれへん?」
 
 両手を合わせて頭を下げる相手は、イベンダーのオッサン。
 そばかす女のアデリアがオッサンを「師匠」なんて呼ぶのには理由はあるが、いやこの流れでの「頼み事」となると……んー? どうしたもんかねえ。
 
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「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

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