遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-245. マジュヌーン(91)混沌の渦 - 渚にまつわるエトセトラ

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 幻惑術への対処は最初に身に付けるよう教え込まれた事だが、その他にさせられた事の一つが“鍵”の付与、とかいうやつだ。
 
「なんだそりゃ?」
「特定の場所から別の場所へと転移出来る魔法的な鍵です」
 この世界には転送門とかってものがある。前世のSFなんかで言うテレポート装置みてぇなもんらしい。
 
「実際には、主どのは既に幾つかのそれを持っています。厳密に言えば“災厄の美妃”が、ですが」
 俺が最初、メモに書かれた手順通りに“悪魔の喉”から“闇の手の聖域”へと来たのが、まさにそう言う事らしい。
 
「この聖域はそれら特殊な門のある場所への中継地でもあります。ここから世界の様々な場所へと瞬時に移動する事が出来るのです」
「そりゃ便利だな」
 そんな事が出来るんならもっと早くに教えてくれよ。
 そうも思うが、一応いろいろと厄介な問題もあるらしい。
 
「用心すべきことの一つは、“蜘蛛の使徒”の1人、“門番ゲートキーパー”の存在です」
 なんだかまたややこしい名前が出てきたぜ。
「そいつらも何かの秘密カルト組織か?」
「主にダークエルフ達から“三美神”などと呼ばれている、まつろわぬ混沌の神のうち三柱を崇める邪神教団です」
 まだまだこの世界じゃあその手のキモい組織のネタは尽きねぇな。
 
「“蜘蛛の使徒”の門番ゲートキーパーは、それら門の幾つかを管理をしています。彼らは転移の竜脈を特権的に支配下に置いているのです。なので、我々は彼らの目を盗み、掻い潜って利用することになります」
「見つかるとみかじめ料でも取られるのか?」
「さて、取られるかどうかを言うのであれば……そうですね、非常に厄介な事にはなり得ます。
 三美神の一柱、“獄炎の”エンファーラは復讐の女神です。“蜘蛛の使徒”や“蜘蛛の子”に害した者は、執拗に狙われ、その報いを受けさせられます。
 “蜘蛛の使徒”とは、とにかく極力関わらないのが得策です」
「あちらさんもオメーにゃ言われたかねぇだろうぜ」
「恐縮です」
 
 何にせよ面倒な連中が取り仕切ってる“門”とやらを、奴らに見つからずにコッソリと利用するのに必要なのが“鍵”になるらしい。そしてそれを作って、“災厄の美妃”に「食わせる」こと。その為にアルアジルやその他の“闇の手”のメンバーと何度となく様々な場所へと移動する事になる。
 
 △ ▼ △
 
「おい」
「なんでしょう?」
「いつまでこんな事ばっか続けてんだ、あぁ?」
 俺は苛立つ気持ちを抑えることなくそう吐き捨てる。
 既に何ヶ所かで、アルアジルの言う“鍵”作りを済ませたが、正直幻惑術への対処訓練よりも退屈だ。なにせ俺自身は何もやることがねぇ。
 理屈じゃそれぞれに必要な事なのは分かる。だがこうも長いことそんな「下準備」ばかりをさせられてると、いい加減うんざりもしてくるぜ。

「そうですね……」
 俺の言葉を受けて、アルアジルは少し思案。
「実は、この段階で最も重要な場所の“鍵”を作らねばならないのですが、少しばかりの問題がありまして」
 ようやく来たか。アルアジルがこういう言い回しで言葉を濁すときは、つまりは“暴れる時間コンバットタイム”になったって事だ。
「どこだよ。さっさとやっつけさせろ」
 奴らの言う“門”のある場所ってのは、今までもそうだがだいたいが魔獣だの魔力汚染だののある危険地帯。今までもちょいちょいそう言う場所を平らげては来たが、どれもあまりに楽勝すぎた。
 
「レフレクトル……魔力汚染され、魔獣と動く死体アンデッド、そして“狂える半死人”の巣窟で……」
「フン……雑魚のたまり場だな」
「ええ、そしてすぐ近くのアルゴードに、多数の魔人ディモニウムを含む賊がおります」
 ……おっと、そう来たか。
「“鍵”とやらを作るのには邪魔か?」
「さて、微妙なところです」
「勿体ぶるなよ」
「邪魔といえば確かに邪魔ですが、奴らも積極的にレフレクトルにまで来ることもそうそうありませんから、こちらが息をひそめ隠れていれば、“鍵”を作る期間に見つかることも衝突することもないでしょう。ですが……」
「ですが、何だ?」
「幾つかの意味で、奴らを討つ利点はあります」
「利点、ね」
「一つは、奴らの頭目、“黄金頭”アウレウムは、“災厄の美妃”の供物とするのには実に手頃です。
 狂人と常人の狭間に居るかのようなアウレウムは、ある程度には理性的な思考が出来るのにも関わらず、妄想と狂気にまみれており、虐殺をも厭わぬ残虐な男です。魔力も多くありますが、何よりかなりの恨みを買っており、“災厄の美妃”へと彼の死を願う祈りは実に多く届いております。近隣住民や王国兵のみならず、部下、手下の魔人ディモニウムからすら死を望まれている程です」
 そりゃまた、ずいぶんと嫌われた野郎だな。
 
「で、強いのか? そのアウレウムとかってのはよ?
 手下の魔人ディモニウムからも死を願われてんのにまだ死んでねぇって事は、実際かなりの実力なんじゃねぇのか?」
 その俺の問いへと返されるのは、恐らくはコカカカとでも言うかの乾いた笑い。
「少なくとも……主どの以外にとっては……ですね」
 
 △ ▼ △
 
 馬鹿みてぇにデカい岩のような蟹だとか、腐り果てた動く死体アンデッドだとか、たまにわらわら這い出して来る狂える半死人だとかを適当に屠りながら数日。
 地下で野営をしながらも、取り立ててやること自体はそう変わってない。
 岩蟹とかいう馬鹿デカ蟹は魔獣だが結構旨く、茹でたり焼いたりで味わったが、それも3日もすりゃあ飽きてくる。
 その間アルアジルがしていたのは、一体の狂える半死人を生け贄とするイカれた儀式だ。
 邪術士の「邪悪な実験」とやらで不死者アンデッドによく似た体質になり、さらには正気も失っちまったその連中は、実際呼び名の通りにイカれてる。そのイカれっぷりは廃都アンディルに巣くっていた食屍鬼グールにも似ているんだが、何より一番違うのはどれほど動く死体アンデッドっぽい見た目や性質をもって居ても、実際には死んでない、ただ特殊な魔力を植え付けられた人間だ、ってことだ。
 つまり、確かに普通の人間を超越し、そして正気も失い人を貪り食らうようにはなってるが、それでも人である半死人を、今、アルアジルはイカレた儀式の生け贄としている。
 
 その儀式が何かと言えば、このレフレクトルへの繋がる“鍵”とやらを作ること。
 “鍵”ってのは魔術の術式を作るのと基本的には同じ事らしい。この辺のごちゃごちゃした理屈は俺にゃよう分からん。とにかく俺自身にその“鍵”を作る能力は無いので、“鍵”そのものを作るのはアルアジルがやるしかない。
 そして作られた“鍵”を、俺みたいな自分自身で“鍵”を作れないような奴に付与する、移し替える、ってなのも方法としてはあるらしいが、それだと限界がある。
 俺みたいな自分自身ではろくな魔力も持たない奴に与えられる“鍵”はせいぜい一つか二つ。言うなりゃスロットが少ないんだと言う。
 だから、俺ではなく俺の中にある“災厄の美妃”に付与する。それならスロットは大量にある。無限と言っても良い。で、一番良いのが、“鍵”をその門の近くに住む何者かの中に作り出し、そいつを“災厄の美妃”に食わせるやり方。そのやり方の問題は、ヒジュルの時もそうだったように、“災厄の美妃”に食わせることで付与した“鍵”は、場合によっちゃあ長く保たないことだそうだ。魔力や命を十分に与え続けていないと、食らわせることで付与した“鍵”を“災厄の美妃”自体が消化吸収して消えてしまう。ヒジュルから俺へと“持ち手”が代替わりしたあと暫く、俺は“災厄の美妃”が十分満足出来るだけの生命や魔力を与えては居なかった。なので、ヒジュルの頃に与えていた“鍵”の多くは失われてしまっている。
 だから今、アルアジルは再びレフレクトルやその他様々な場所で儀式をして新しい“鍵”を作り、それを“災厄の美妃”へと食らわせる事で、再構築させようとしている。
 
 なもんで、当初はそれまでの対幻惑術トレーニングに飽き飽きしてた俺としちゃあ良い気分転換だと思っていたが、結局また退屈を持て余す。
 しかも、対幻惑術トレーニング自体が終了したってワケじゃあねぇ。“闇の手”の一員じゃねえってのに義理堅ぇってのか、エリクサールはこんな所まで着いてきてる。だが着いて早々にどこかへ出かけて、戻って来るまでトレーニングは休み。
 
 そうして、うんざりするアルアジルの“生け贄の儀式”からは離れた位置に寝床を作り、持って来ていた安酒と、軽く塩してあぶっただけの岩蟹の脚をほじくり返して摘まんでいると、数日ぶりのやや甲高い調子外れの声がする。
 
「あ~ららららら~、こりゃまた陰気臭いねぇ、まったく君たちは」
 話題をすれば……というか、別に話題にゃしてねぇが、ちょうど今考えていた相手、エリクサールが帰って来た。
 
「何それ? 岩蟹か? 変な虫食いのヤツじゃねぇよな?」
「なんだよそりゃよ」
「毒泥飛ばしてくるのと、苔の生えてるのはくっそ不味いんだよ、岩蟹は。フツーのと赤いのと、あと卵と幼体はイケる」
「詳しいな」
「久し振りだけど、この辺はそこそこ馴染んでっからな」
「まさかお前まで邪術士のお仲間だったなんて言わねぇよな」
「うぇ~、カンベンしろよ。あんなくっそつまらねー奴らと一緒にすんな!」
「アルアジルとかとか?」
「んあ? あ~……まあ、アイツは、別な。世にも珍しく貴重な、“そこそこ面白い”邪術士の1人だからな」
 ま、なにを基準とした「面白い」かは知らねぇが。
 
「それよか、とりあえず火に当たらせろ。水に濡れた」
 そう言いながら石組みの小さなかまどの火の近くで服を脱いで座り込むエリクサール。よく見ると確かに、脱いだ奴の服は濡れている。
 クトリアの昼日中とは言え、水に濡れて地下へと降りれば、空気もひんやりしていて薄寒くもなる。
「上で乾かしてから来れば良かったろ」
「やだよ。この辺、鬱陶しい連中ばっかだもんよ」
「幻惑術で隠れてりゃ見つからねぇだろ」
「それでもヤダ」
「そもそも、何で濡れたんだ? 川遊びでもしてきたンか?」
 そう聞くと、ズズッと軽く鼻を啜ってから、
「特別料金だぜ~」
 との返し。
「何がだよ」
 会話になってないやりとりに眉根をしかめると、
「あっちの魔人ディモニウムのアジトになってる渡し場、偵察してきてやったんだよ」
 と、自慢げに返して来た。
 
 ▽ ▲ ▽
 
 “黄金頭”アウレウム。
 怪力巨体、例の金色の金属のドワーフ合金だかってのの兜を常に被っていて、素顔は誰も知らない。
 魔人ディモニウムとしての能力は、肉体皮膚をそのドワーフ合金そのものの硬さ、性質のものに変えられる、と言うもの。
 このドワーフ合金ってのは鉄より硬い上、錆びず溶けず劣化せずで魔法に対しても強い耐性がある、まさにスーパーウルトラ金属なんだが、唯一の欠点が重いこと。なので平均的に見てドワーフより非力な人間では、そうそう手軽にゃ扱えねぇ。
 だが、武器防具としては高性能だが扱いづらいドワーフ合金のその優れた性質を、自分自身の肉体に身につけられれば?
 そうなりゃ、重くて持ち運びもし難い、装備するにしてもかなりの体力が必要という、ドワーフ合金製武具の欠点が無くなる。
 つまり、“黄金頭”アウレウムは、その「何の防具も身につけていないような身軽さ」で居ながら、「全身をドワーフ合金製の鎧に身を包んでいるかのような、物理、魔法への防御力を持った怪力巨体の魔人ディモニウム」ってことだ。
 個の武力としちゃ、確かに無敵と言っても良いな。
 
 ただし、俺の持つ“災厄の美妃”を相手にしない限りは、だ。
 
「ま、あそこの親玉……てーか、ま、一番エバってんのが金ピカ野郎なのは間違いねぇな」
 塩茹でしただけの岩蟹のでかい卵をほじくり返して貪りながら、エリクサールは続ける。
 
「んで、他にも有力な魔人ディモニウム共が集まって来てやがる。名の知れた奴らで、“猛獣”ヴィオレト、“鉄塊の”ネフィル、“炎使い”の……あ~、二人組?」
 クトリア周辺の事情なんざさっぱり知らねぇが、最後の炎使いってのはもしや、と思い、
「そいつら、デカい炎を作り出す奴と、それを操れる奴の二人組か?」
「らしーな。直接は見てねーけど」
 炎を作り出す日乃川と、それを操る大野。
 俺の知ってる話じゃ、奴らはリカトリジオス軍……シュー・アル・サメットによるラアルオーム襲撃前の、俺をおびき出すための陽動工作としてサーフラジル周辺の密林を燃やす役目をさせられていた。あの二人の性格からしても、自分から進んでやったというよりかは、何も分からずただ命令されてただけだろうとは思うが、だとしたら何故今、このクトリアで賊の一味になってるんだ?
 
「……そいつらの目的は何だ?」
 眉根をしかめつつそう聞くと、
「知ぃ~らね。てか、別にねーんじゃねーの?」
 とかなんとか、いい加減な返し。
「ま、ここんとこ、こー……王国軍の対魔人ディモニウム部隊の隊長になったアウグストだかアウレロレロだか言う奴が妙にやる気を出してるとかで、細かく別れてた魔人ディモニウムの賊なんかを狩り立ててっから、隠れ家を追われた連中が集まってンじゃあねーか、てー話ー?」
 大野たちを含めた“名の知れた”魔人ディモニウム達も、元々“黄金頭”アウレウムの部下ってワケでもなく、方々に居たのがここ最近になり集まって来たらしい。緊急避難的な寄り合い所帯なので統制も無いし目的もないが、やはりその能力故に文字通りに頭一つ抜けている“黄金頭”アウレウムの一派が、他の魔人ディモニウムや山賊野盗、その手下たちを従えるかの形になっているという。
 
「んーで、本題な」
「本題?」
「あー、まぁアジルの奴に頼まれていた本題、なんだが……まだあのキモ儀式してんの? うぇ~」
 何のことかはわからねーが、とにかくエリクサールはアルアジルに頼まれて調べものをして来たらしい。
 
「まだしばらく続けんだろ。
 で、何だよ」
「お前に言ってもしゃーねーじゃん?」
「いいから言えよ。半端に話止めんな。結局後で聞くんだしよ」
 そう言うと、顔を軽く上げて半目になってから、
「ま、そーだなー」
 と生あくびと共に言う。
「例の、クトリアに一人だけ残ってるってな王の影シャーイダールは、“黄金頭”他の魔人ディモニウムとは全く関係ない。ただ市街地の地下街に残って、遺跡漁りしてるだけみてーだぜ」
 と、返って来た。
 なかなか、ずいぶん久しぶりに聞く名前だ。
 
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