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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~
2-8.J.B.(5)Get down to it.(とりかかれ!)
しおりを挟むその日俺は朝から、ブル他数名と上に出ていた。
何故かというと、ヴァンノーニファミリーのグレタに呼び出されたからだ。
呼び出されたと言っても、別に色っぽい話でもヤバげな話でもない。
お得意様からの指定依頼があったのでその依頼書を渡したい、という程度の話だ。
指定依頼というのは要するに、個別具体的に指定された発掘品が欲しい、という依頼だ。
その内容には、何々の書に書かれていた何それの鎧を見つけて欲しい、という様なものから、ドワーフ合金のディナーセットを十二揃え集めて欲しい、みたいなものまである。
厄介なものも簡単なものもあるが、どちらにしても普通に発掘品をただ売るだけのときよりもこちらの取り分が増える。
なのでその手の指定依頼があれば優先的に請けるし、指定依頼されやすい発掘品を常時ストックしていたりもする。
『銀の輝き』に着くと、グレタがまたもねちっこい目つきでこちらを見ながら奥へと招く。
正直奥に行くのは嫌なのだが、今回は俺を交渉の代表にするよう指定してきてたので、断るわけにもいかない。
しかし金色に輝くドワーフ合金の商品ばかりなのに、店の名前が『銀の輝き』なのはどうしたことか、と思わなくもないが、クトリアに店を構える前はエルフのミスリル銀製品の扱いが主だったことに由来するらしい。
指定依頼の内容は数種類のものがあったが、それほど厄介な注文は無かった。
装飾様式の指定などはストックにあるかどうかにもよるが、そのもの自体がそれほどに希少でもないので問題無いだろう。
帰ろうとすると、グレタがまた探るような目でこちらを見ながら、
「せっかくだから一緒に食事でもしてかない?
今日は特別にご馳走しても良いんだけど」
とのお誘い。
「申し出は有り難いが、まだ仕事があるんでね」
まあ、嘘だが。
「……私と食事をするよりも、さっさと早く穴蔵に戻りたいってーのかい?」
……おおっと、ちょっとヤバめの所を掠ったか。
「いや、まだ穴蔵には戻らねえよ。
上で片付けないとなんねえ雑用仕事があるのさ。
さっさと片付けないと、それこそ夜になっても下に帰れないんだ。すまねえな」
俺達が上に居られるのには門限がある。
夜までに戻れないと罰を受けるから───というのは、前々から言ってある言い訳で、まあ実際門限はあるが、周りが想像するような「邪術士のおぞましい罰」なんてのは無い。
「……そう。
じゃ、仕方ないわね」
思いの外あっさり引き下がるグレタ。
もう少しごねるかと思っていたので、ちっとばかし拍子抜けしちまう。
店を出てブルたちから、
「あの年増、まーだあンたのことに御執心みたいだねェ」
「あー、勿体ねえ。俺なら絶対お断りしねえのになあ」
「お前なんか誘われるかよ、山芋すり下ろしたみてえな寝ぼけた面しゃあがってよ」
「はッ! そういうてめェはマダラアカドククラゲに十回くれぇ咬まれたような面してンじゃねェかよ」
等とからかわれる。
「あのな、どんだけ色気があろうと、あんななァ焼けたミスリル銀を丸呑みにさせられるようなモンだぜ?
俺ァまだ、戦鎚に頭潰されて死ぬ気はねえのよ」
と、そう返すと、
「ちげェねェわ。
それにヤベェのはジャンルカだけじゃねえってよ。
グレタ自身、フォーク一本で鰐男の群れを全滅させたって噂だぜ?」
まあそれ自体は眉唾臭い話だが、それくらい油断のならない相手なのは間違いないし、こいつらも本気でグレタと食事をしたいなんてカケラも思ってもいない。いくら美しく魅力的でも、毒花は毒花だ。
「で、実際JB、どーすんだ?
ああ言っちまった手前、近場の『牛追い酒場』で呑気に飯を喰うのはヤバいだろうしな」
「だな。後になって誰かの口からそれが伝わったら、マジおっかねえわ」
食事をする暇もない、と言ってしまった手前、せいぜい屋台で何かを買って帰る、ぐらいしか出来ない。
「んー。俺は一応、ちっとばかし用事があるんだよな」
以前マランダに聞かされた、「金を持ち逃げした元回収屋」の一件、だ。
実際依頼としてはほぼ「ぶっ殺して金を取り返して来てくれ」ではあるンだが、別に殺さないで回収するのがダメ、というわけじゃあねえ。
相手が殺る気でかかってきたならまあしゃーねェけど、俺は殺し屋じゃあないので、殺さず回収出来るならやっておきたい。
よく、軽々しく「俺には殺す覚悟がある」だの、「敵に回る奴には容赦しねえ」だのイキって口にする奴らが居る。
前世のコンプトンでもそうだし、こっちの世界に転生してからもちょいちょい耳にする。
イキがったチンピラがそうやって大口を叩くことで自分を強く見せたがったり、またそう言うのが格好良いと思ったりして口にしたりしがちだが、現実問題そんな調子でイキがってる奴はだいたい早死にする。
当たり前のことだが、そんな態度で生きてりゃ敵は際限なく増えてくからだ。
一人を殺せばその一人に連なる数人が敵になり、その数人を殺せばさらにその数人に連なる奴らが敵になる。
で、倍々ゲームで報復の連鎖だ。
しかもタチの悪いことに、そういう連中の巻き添えでまた無関係な人間が死ぬ。
イキがったギャング共の報復合戦、ドライブバイ───車上から道行く“敵”目掛けての銃撃合戦。
そう、前世の俺の死因、だ。
「敵は容赦無く殺すぜ!」なんてイキがったバカが活躍できるなんてのはご都合主義塗れのド低脳映画だけの話だし、クールに人を殺せる主人公が格好良い、みてーなのも同様だ。
俺は基本的に敵は増やしたくないし、そのためにも軽々しく殺したりはしない。
その当たり前の基本が守れない、分からないバカは救いようがない。
それは、この支配者不在で無法と暴力が罷り通るクトリアでも同じ───いや、むしろだからこそ重要だ。
法という枷が無いからこそ、「この相手は軽々しく自分を殺さない/傷付けない」という信用を確保しておくことが大事になる。
───少なくとも、前世でも今世でも、糞みてえな場所で糞みてえに生きてる俺の、実感から出た一つの結論は、それだ。
◆ ◇ ◆
てなことを考えつつ、俺は一旦ブル達と別れて旧商業地区の裏手へと行く。
まずはジャンヌ達に手土産をもって情報収集。
簡単に行方が追えるとも思っていないから、一旦聞けることだけ聞いておいたら別口に。
お次は東門付近でうろついてる乞食の“腐れ頭”のところだ。
「お話ー、お話ーするよー」
座り込みぶつぶつとそう呟いているが、奴の言う「お話」ってーのは、「情報」のこと。
服だかぼろ切れだか分からないモノを身に纏い、頭髪も無く全身が火傷をしているかに爛れている。パッと見はゾンビみてーな動く死体にも見えるが実際にはそうじゃない。
じゃあ何なのかと言うと、クトリアが邪術士どもに支配されていた頃に人体実験をされた奴隷達の成れの果て、だ。
魔術に詳しい奴が言うには、死霊術士の実験で“半死人”とでも言うような状態になっているらしく、その体の中には闇属性の呪いに似た魔力が淀んで固まりこびりついているのだとか。
そのため、アンデッドと全く同じとは言えないが、飢えや乾き、環境の変化などに強く、ちょっとした怪我では死なないくらいの生命力があるのだが、矢張りアンデッドの様に光属性魔法に弱かったりもする。
そして呪いに似てはいるがこの効果は不可逆で、【呪いの浄化】を試みても中々成功せず、成功したらしたでアンデッド同様に存在そのものが浄化され、消滅してしまう。
郊外や地下迷宮の奥なんかには、実験の際やその後の苦しい生活、周囲の扱い等々によって精神の方もやられちまい、理性を失った本当の動く死体みてーになっちまった奴らも居る。
そういう奴らはもはやまともな思考も無いし会話も通じず、実験の結果としての攻撃性だけを増大化させた、まさにホラー映画のゾンビさながらに人を襲い貪り喰うようになる。
この情報屋の“腐れ頭”も、そういう“半死人”と呼ばれる元奴隷達の一人だ。そして……きちんと理性を保ってる。
「よう。“特別なお話”を聞きにきたぜ」
前金として銀貨一枚をこっそりと握らせながらそう言う。
“腐れ頭”はそれを受け取ると、ゆっくりと路地へと入り、俺はそれを追う。
廃屋の一つに造られた“腐れ頭”の隠れ家の一つへと入ると、カーテン代わりのぼろ布の奥へ。
入るや否や“腐れ頭”はどっかと腰を下ろし、
「……ったく、世知辛ェ世の中だぜ。どいつもこいつも即物的でよ。“情報”ってものの価値を全然分かってねェんだ」
と、まくし立てる。
「ま、ここいらの連中は明日の情報よか今日の飯、だからな」
俺はそう答えつつ、肩に掛けた鞄から酒瓶を取り出して一口。
「シャロンのところの自家製酒だが、まあ悪くねえ」
と、“腐れ頭”に差し出す。
「大丈夫か? 俺ァもうこれ以上頭ぁ腐らせたかねェんだけどな」
ボヤきながらも早速にと酒瓶から一口。
「……おおっ? 何でェ、あいつら腕上げたか?
この情報はまだ入って無かったぞ?」
ちびりちびりと酒を舐めつつ、
「で、まあカストについてなんだがよ」
と、そう切り出す。
カスト。
シャロンファミリーの所で用心棒兼回収屋として働いて居たが、回収金と売り上げの一部を持ち逃げした筋肉自慢の胸毛男。
ま、用心棒という仕事上ある意味仕方ないと言えば仕方ない部分もあるンだが、さっき言った「人を殺す覚悟」だの「敵は容赦無く殺すぜ」だのとやたら吹聴するタイプのチンピラだった……気がする。
何だったか……「俺はお前が生まれる前から人を殺してきてたんだぜ?」だったかな。おー怖!
シャロンの『牛追い酒場』にはあと一組、料理人兼バーテンダーとして双子の兄妹が住み込みで働いて居て、その妹の方にこなをかけていたのが呆気なく振られたもんで、逆恨みもあってこんな真似をしでかしたのかもしれない……との話も“腐れ頭”情報の一つではあるが、まあ……特に同情するよーな話じゃあねえわな。
「貴族街の方で見た……っつう噂もある」
「信憑性は?」
「んー……まだ、3割だな」
「低いな」
「ああ。さすがの俺も、“貴族街”にはちと弱い」
貴族街、と言ったところで、別に本物の貴族が住んでるワケじゃねェ。
旧貴族街。かつてクトリア王朝華やかりし頃に、主に貴族が住んでいた内城壁の中。
そこを今、邪術士達が居なくなった後の争奪戦を勝ち抜いた三部族……三大ファミリーが占拠している。
内門は完全に入場が制限され、王国駐屯軍関係者以外は入場するだけで銀貨5枚の“入場税”を課せられるから、俺たちみたいなのは気軽に行くことは出来ない。
銀貨5枚なんつったら、大ネズミ肉の串焼きが100本は買える。いや、買わねェけどな!
さっきも言ったことだが、こんなご時世だからこそ個人の信用に価値がある。
“腐れ頭”も同様で、彼と取り引きできるようになるためには手順が必要だ。
まずは「銅貨一枚でのお話」を数回「買う」。
そのお話はこの街でのちょっとした豆情報くらいのものだが、決して無用の知識というワケではない。
この時点で、“腐れ頭”はこちら側が客に値するかどうかを査定する。
つまり、「情報というものの価値を知っているか」「その上で真っ当に対価を払う誠実さを持っているか」。
中には、対価を払わないで情報だけ欲しがったり、如何にも頭が悪く哀れで弱そうに見える“腐れ頭”を暴力で脅そうとしたりする輩も居る。
そしてその手の輩は、必ず後悔する。そう───とてつもなく。
何せ“腐れ頭”は、死霊術士の実験によって造られた“半死人”の中では、数少ない「成功例」だからだ。
「東地区や王国駐屯軍関係、南の“グッドコーヴ”方面にも探りは入れているが、そっちの線は薄そうだ。
結局は、三大ファミリーのどこかに潜り込んでる……って線が、大きいかもしれん」
あくまで旧商業地区内での情報集めしか出来ない孤児達と違い、“腐れ頭”はやろうと思えばクトリア全域から情報を集められる。
そして情報を集められる範囲とその手段も凄いが、何より凄いのはそれらを分析する頭脳。
彼にとっては、逃げた用心棒の行き先を見つけ出すのなんて、「ついで」の仕事。
俺は時々特別価格で安く買わせて貰えているが、場合によっては相当な対価が必要になる。
「ま、これはそんなに急ぎでもねえし、また顔を出すから、進展があれば教えてくれ」
手付けの残り半金として銀貨一枚。
渡すと“腐れ頭”はニヤリと引きつった笑みを浮かべながら、
「こっからはアンタだから教える“特別なお話”……の、さわりの部分だ。
おそらく、もうじきここの勢力図はガラッと変わることになるぜ」
と、何やら不穏な話になる。
「そりゃ、何でだ?」
「何がキッカケになるかは俺にも分からねェよ。
だが重要なのはそこじゃねえ。
安定しているように見えて、実は今のクトリアは、水をパンパンに詰めた羊の腸みてえな状況だ、ってことさ。
三大ファミリーにしろ、旧商業地区にしろ、王国駐屯軍、郊外の魔人共にしろ、ここに何か一つでも大きな波を起こすもんが現れれば、今のバランスは呆気なく崩れるくらいの問題が内包されてんのよ」
曖昧で抽象的。しかし“腐れ頭”の分析である以上、益体もない予言者気取り……なんて切り捨てる事は出来ない。
「ま、特に三大ファミリーの中には、“ジャックの息子”の後釜を狙う奴らも居るからなあ」
ジャックの息子……。
俺たちからすれば名前しか分からない謎の存在。
勢力争いをし続けていた部族達の仲介人となって、三大ファミリーが共同でクトリアの実質的支配者のように振る舞えるような協定づくりを主導したとされる謎の人物。
その人物がもし居なくなったら……?
確かに、勢力争いは再び激化するかもしれない。
それから幾つかの話をして、俺は“腐れ頭”の隠れ家から出て行った。
◆ ◇ ◆
地下へと戻る前に、もう一度ジャンヌ達の所へ顔を出そうと歩いていくと、前からふらふらと歩いてくる者が居る。
犬の頭部の毛皮をそのまま帽子にした様な兜を被り、同様にボロい毛皮を継ぎ接ぎにして造られた服を着込んだ女、メズーラだ。
「ああー、ジ、ジ、JB」
メズーラは古くからジャンヌ達と行動を共にしている南方人で、俺とは別口ながらも、やはり犬獣人から逃げてきた元奴隷の一人だ。
不細工で汚い孤児ばかりとは言ったが、その中でメズーラの造形は悪くない。ただ、顔の右半分が火傷の痕で覆われて居なければ、の話だ。
そしてその姿は、逃げ出すときに死んでしまったこの世界での俺の妹を思い起こさせる。
また彼女は、長く過酷な奴隷生活で精神を病んでも居る。
吃音が酷く、ごく親しい相手としか会話が成立しない。
そして何よりも彼女の身に付けている毛皮───あれは、犬獣人のものだ。
彼女は自分を犬獣人だと“思い込んで”居る。
犬獣人への恐怖から、自分自身も犬獣人であると思い込むことで精神の安定を図った───のではないか。
彼女の目には、俺達もまた同じ犬獣人であるように見えているらしい。
まあ本当の所彼女の目に見えている世界がどんなものかは、俺には分かりようもない。
「どうした、メズーラ。何か新しい情報でもあったか?」
そう聞くと、メズーラは一瞬戸惑ったように固まって、それから首を横に振り、また、縦に振った。
「じ、情報、あ、る。
した、したから、逃げて、来てる」
下? カストの話……ではないのか?
「し、した、に、ドワーフの、大きなからくり、が、出た。たくさ、ん、死、死ぬ、かも」
ドワーフの大きなからくり……ドワーベン・ガーディアン……!?
まさか、いや……!?
俺はすぐさまアジトの方へと走り出した。
◆ ◇ ◆
ドワーベン・ガーディアン。
古代ドワーフの造った、ドワーフ合金製の機械仕掛けの守護者。
魔晶石を組み込んだ“核”を動力源として、からくり仕掛けの身体を動かすことの出来るゴーレム。
前世の俺の感覚からすると、正に「ロボット」だ。
これらは地下深く、古代ドワーフの遺跡の要所要所で遭遇する。
生きてないものは既に動力源が尽きていて、その場合はただの精巧な置物に過ぎない。
が、生きてる状態のものはその多くが侵入者をくびり殺す殺戮機械。
遺跡の探索者にとっては、最も恐ろしい存在だ。
その殺戮機械が、地下一階層───俺達のアジトのある場所で暴れている。
これは、ヤバい状況だ。
地下一階には俺達以外にも、余所では居場所の無い連中が暮らしていて、ハッキリ言ってそいつらは無力。
そして俺達のアジト───。
シャーイダールも居るし、奴の仕掛けた守護の結界もあるにはあるが、しかしもしそれが上位個体のドワーベン・ガーディアンだとすると……どうなるかは分からねぇ。
地下へと降り、アジトに向かって走る。
すれ違うのは上へと逃げようとする地下暮らしの奴らばかり。
途中、怪我をしてうずくまっている見知った顔を見かける。
ニキとアリック。“便利屋”ジョスのチームの一員。
血まみれのアリックを抱えてる女、ニキに、何があったのか問いかける。
「あ、あたしら、動かなくなってた上位ガーディアン拾って来たんだけどサ。
それが、アジト近くにまで来たとき、急に動き出して……暴れ出したんだよぅ!」
混乱し、ショックで泣き出しそうな顔をしているが、慰めたりしている暇は無い。
どうする?
ハッキリ言えば、俺が行ったところで易々と倒せるような相手ではない。
しかしあそこにはマルクレイやイベンダーのオッサンみたいに、殆ど戦力にならない、戦えない奴等もいる。
戦うこと自体はシャーイダールに任せるしか無い。
俺に出来るのは、他の奴らが逃げ出すための時間稼ぎ……そして、最悪───あのピクシーとオッサンを、最優先で助け出すこと、だ。
俺達シャーイダールの手下連中がここを乗り越えて再起する上で、この二人が最も重要な手札だ。
マルクレイや、ジョス、ブル他の面子は───まだ、替えがきく。
打ち壊された鉄扉を飛び越えて、アジトの中へと走り込む。
既に破壊の跡が辺り一面を覆っていて、もはや動かないだろう血塗れの仲間の姿もある。
下───吹き抜けになっている地下二階の、食堂にしている広間から悲鳴と破壊音。
俺はまず先に、この地下一階部分にある作業場へと走り込んだ。
「マルクレイ、オッサン、居るか!?」
逃げてればOK。居るなら……、
「おおう、遅かったな」
───居た……。
しかも、何を考えているのか、まだ何かを弄くり回している。
「オッサン、てめえ何やってんだ!?
さっさと逃げ……」
言い掛けて、オッサンの弄っていたモノを、マルクレイが手に取り俺のそばへ。
「て、おい、ちょっ、ちょっ、待てよ!? 何を……」
「JB、お前アレだろ?
身体に魔力を通す技、もってるよな?」
と聞いてくるオッサン。
「あ? ああ……」
持っている。
それは、俺の身体に彫り込まれた入れ墨だ。
俺の部族の呪術師が、5歳を過ぎると一年ごとに文様を刻んでいく。
これは南方人の神、砂漠の嵐シジュメルの加護を得るための呪いで、10年間かけて完成させる。
これが完成することで成人になる準備が出来るのだが、俺は10歳で犬獣人の兵士に攫われてしまったため、完成してない。
しかし完成してないなりに、奴隷生活中仲間からやり方を教わり、シジュメルの御力の一部を身に纏わせることまでは出来るようになった。
出来るのは身体の回りに風をまとわりつかせて、動きを素早くしたり、攻撃への防御にしたりすることだ。
ただしこれは、相手がドワーベンガーディアンの様な金属の機械や鎧相手では効果が薄い。
「そいつを背負ってな、身体に魔力を通すときの要領で、自分の身体を鳥にするようにイメージするんだ」
オッサンはワケの分からん事を言いつつ、マルクレイの手で俺にその背負い袋風の遺物を背負わせる。
「ハァ!? 一体何……」
オッサン自身はというと、布の下に隠しておいた重いドワーフ合金製の金ピカ鎧の篭手部分だけを腕に填めている。
「待て、待て待て、まさか戦う気か!? 武器も無いのに!?」
シャーイダールは用心深い。
隷属の首輪だけでは安心出来なかったのだろう。
オッサンには防具や他の遺物を修理させても、決して武器の修理はさせなかった。つまりここには、防具しかない。
「ああ。だがまずは俺より───」
装着した金色に輝く篭手の、手の先を俺の方へと向けて───、
「お前さんに戦ってもらわんと、な」
光り輝く魔力の奔流が迸り、俺を撃ち抜いた。
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