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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-228.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー(83)「真っ暗だ」
しおりを挟む真っ暗闇だ。
眼鏡を操作し【暗視】を発動させる。やや頭痛がし、くらくらするのは落下したせいなのか。
そう考えもするが、何かデジャヴを感じるその感覚に引きずられ、少しの間ただそこでぼうっとしてしまう。
いや、まずいな、と思い直し、ぐるり見渡して確認するが、地下室と言うよりはただの洞窟のような場所だ。
うぅむ、おかしいな、と再び見回す。ほんの一瞬ではあったが、さっき上から見えた地下の様子は、半ば砂に埋もれた倉庫のような空間だった。だとすると、例えばその地下室からさらに下にあった自然洞のような場所へと、そのままずるずると滑り落ちていった……そういうことだろうか。
けれども背後、そして上を見ても、【暗視】で見回せる範囲には滑り落ちてきた穴らしきものがない。
上の方はかなり天井は高いようで、とするとかなり高所から落ちたのか? とも思うが、だとすると汚れと軽い打ち身以外無傷と言うのは幸運すぎる。考えられるのは、騎乗していた水馬のケルッピさんが庇ってくれた、という可能性。だとすれば、僕の身代わりでダメージを負った事で、今は自動的な召喚解除となり、この場に居ないのかもしれない。
うん、まあ筋は通るな。
耳飾りを操作し、ルーズ氏の遠隔放送を確認しようのするも何も聞こえず反応無し。さらには僕とエヴリンドだけ付けていた“伝心の耳飾り”も無反応。魔力汚染の強い場所では、こういう遠隔の魔導具なんかはとくに障害が起きやすい。となるとこの地下の方が地表よりも魔力汚染が激しいのかもしれない。
僕は熊猫インプを呼び出すと、周辺を調査させる。同時に眼鏡の機能から、さらに【魔力探知】を起動させる。
汚染によるノイズが当然あるものと考えていたが、意外にもそうではなかった。魔力探知によると全体には薄く広く、主に闇属性の魔力が広がっている。ただこの程度の魔力では汚染とは言わない。普通の魔力耐性のない人間であっても、それほど大きな害のない量だ。
すぐ近くには攻撃的な魔力反応はない。もしかしたら岩蟹の群れや“狂える半死人”たちからはかなり離れたのだろうか?
ひとまずは安全、と言う事で、バッグから“手紙鳩”……文字を書いて魔力を込めて飛ばすことで、空間を越えて飛ぶ鳩となり、事前に決めてある特定の相手へと伝言を送れる魔導具を準備する。
【伝心】などの直接的な連絡手段が使えないときにも、“手紙鳩”は使える事が多い。簡単に無事と地下にいることを書いてエヴリンド宛てのそれを飛ばそうとすると……飛び立つこともせず戻ってしまう。
ううむ、これは……かなり特殊な状況だ。飛ばしたけど届かなかった、途中で消えてしまった……と言うのはそれなりにあり得る魔導具ではあるけど、飛び立つことすらないのはそう起きることでも無い。それだけ、この場所の魔力、魔術を阻害する何かしらの要因は、“普通じゃない”と思えてくる。
熊猫インプによる斥候中にも、こちらはこちらで【魔力感知】による周辺調査を続ける、が。
雑多な細かい反応とは異なるものの他、ほど近い辺りに、何人か……あるいは何体かの魔力反応がある。特に一つは……ちょっと気になるものだ。
前世の漫画なんかでもよくあった描写で、“闘気が溢れ出る”みたいなのがある。本来なら目視できないような、強者の内側から溢れ出てくる力が感じ取れる……というアレだ。
魔力にも同じようなことはある。例えば強大な魔獣、またはジャンヌみたいに「強い魔力があるが、それをコントロールする術に欠けている」ようなタイプには特に起きやすい。また、マヌサアルバ会のアルバも、魔力量が時間帯や状況で大きく変化し、それに対してややコントロールが追いついていない為、特に闇属性魔力の力が増大し始める夕方から逢魔が時にかけては「魔力が漏れ出る」ことが多いそうだ。
だが逆に、術士として魔力の扱いに長け、特にそう言う訓練を積み重ねていると、その魔力の量や見え方を抑え、コントロールする事が出来るようになる。闇の森ダークエルフにとっては基礎訓練にも含まれてて、高位の呪術師にはそう言う技に長けた者も少なくない。けど、人間の術士でそれらの出来る者はあまり多くなく、“炎の主”アイオン・クロウ師や、“闇の主”トゥエン・ディン師、といった大魔術師や、或いは魔力、魔術を暗殺や窃盗等に使うタイプの邪術士に居るくらいだ。たいていの人間の魔術師は、特別なことでもない限り魔力を抑えて隠そうとする事はあまりしない。「漏れ出る」どころか出しっぱなし。なので魔力の強い者は【魔力感知】に大きく反応する。
そして、そう言う魔力を抑え、感知されにくくしている魔力をより正確に読み取る……と言う方法、技術もある。この辺、まあある種のいたちごっこ。そして僕のこの眼鏡はケルアディード郷随一の付呪師である母ナナイによる付呪品なんだけど、そう言う隠蔽された魔力のある種の微妙な揺らぎ、痕跡も読み取れる。後は読み取れたデータ……つまり、眼鏡越しに見えた魔力の微妙な揺らぎを僕がきちんと正確に分析、把握出来るか、になるんだけど、も。
そーゆー気配のする魔力の塊が、この近くにある。
もちろん、眼鏡越しに感じ取れる揺らぎが、僕の見立て違いである……と言う可能性も高い。
けれどももしそうでないとしたら、なかなか……いや、かなり厄介。
少なくとも、この状況この段階でのご対面は、出来るだけしたくない相手だ。
まずはその辺りを避けて、恐らくは一緒に地下へと落ちた……と思われるエヴリンド他の面々を探すのに集中しよう。
そう考えて熊猫インプに指示も出しているのだけど、これがまた……どうも、変だ。
エヴリンドの魔力の波長はよく知ってる。【魔力感知】だけでも彼女だと判別出来るくらいには分かってる。付き合いの浅いミカさんやカリーナさんの波長はすぐには判別出来ないけど、ミカさんの場合は光属性なのでその特徴を見極めれば見当はつく。
なのに、周囲に幾つかある魔力の反応には、そのどれもない。
この【魔力感知】によって分かった反応だけで言えば、少なくともこの近くには彼女たちが居ない……と言う事になる。
となると……僕だけが地下の奥深くまで落ちていってしまったのか? と言う可能性が高くなる。
つまりはちょっとした遭難状態。
これはこれで、さっきとは別の意味でヤバい。僕はダンジョンバトルを経て魔力も使い魔も増え、元より苦手だった攻撃、破壊系統の魔法は未だ不得手なままなれど、使い魔の存在により以前よりは各段に戦闘能力……まあ、「自衛能力」は上がっている。
ただそれが、かつて母ナナイが1人、または数人の仲間と闇の森の外を自由気ままに旅して回ってたときのように“自衛”出来るほどかと言うと、それは無理だ。まず何より、僕自身は運動神経皆無な上に足も不自由で、杖なしではマトモに立つのもままならないくらい“虚弱”だからね。
仮に、狂える半死人にしろ、岩蟹にしろ、または動く死体にしろ、少なくとも二体以上のそれらに遭遇したら、それだけでちょっとしたピンチ。守りの術はいくらかあれど、一体を使い魔に相手してもらってる間もう一体の攻撃を僕が防ぎ続けていても、さらに一体が来たらそれだけでお手上げ。
つまるとこ僕は、ガチの正面での殴り合いになれば、使い魔込みで考えても全然糞雑魚ナメクジ弱いのだ。
地形をある程度記憶した熊猫インプが戻ってくる。まだこの洞窟の全容までは分かってないし、地上への出口も見つかってない。この場所の上はやはりかなり高く、しかも落ちて来たと思える穴はやはり無い。回転床の罠でもあったのでなきゃ……う~ん、どういうこっちゃ?
けどまあ、【魔力感知】で分かった反応から、大まかな安全地帯も把握出来た。使い魔を大蜘蛛アラリンへと切り替えて、慎重に移動を開始する。
自然洞らしいゴツゴツした岩肌を触りながら、念のためにと明かりは点けずに【暗視】の効果だけ。ごく小さな反応は、どうやらまだまだ小さい大蜘蛛系の魔虫や、魔虫とも言えない程度の小物の反応のようだった。
やはり全体としての魔力汚染は強くはないが、今居たところなんかは他よりやや魔力が濃かった。その為【魔力感知】の効果もややぼけていたところもあったが、移動するにつれそれらも鮮明になって行く。
と、そこで進行方向で動きがある。
二つほど魔力の反応が近付いて来ていたのだ。
一つは……そう、オークや食人鬼のような、魔力が高い身体能力につながっているタイプによく見られる波長。ただ、魔力そのものはそんなに強くはない感じかな。
もう一つが……例の、“怪しい”反応。感知した中でも最も注意が必要なものだ。
ただ、構造上は壁の向こう側。今居る区画とは岩肌を隔て離れている。
僕は念の為にと、自分自身の魔力を抑え感知されないよう気配を消す。そう上手くもないが、さほど高位でない術士や、普通の魔獣程度からは隠れ仰せられる。
その反応の主たちは連れ立って歩くかに淀みなくこちらへ進んでくる。まるで……いいや、これは……。
と、そこで止まる。
距離的には近い。もちろん岩壁の向こうの空間だが、直線距離では五メートルもない。
息を飲む。
まさかとは思うが───僕の位置を特定してる……?
いやいやいや、まさか、まさか……ねぇ?
より一層に気配を殺し、魔力を抑え、呼吸そのものまで止めるかにして身をすくめる。
それからしばらくすると、一つの反応が来た道を戻るかにして離れていく。それに続いてもう一つもまた移動。
二つの反応が十分に離れてから、僕はふはぁ~、っと息を飲み力も抜けて座り込んだ。
岩壁で隔てられた向こう側とは言え、緊張感はたまらない。
闇の森から転移し、ダンジョンバトルを経てクトリア共和国建国と、確かに色々な経験をしてきたけれど、こんな風に使い魔以外周りにない、全くの一人ぼっちになるということはほとんどなかった。そのことに改めて気がついて───やや愕然とする。
元々の性格、気質的にも社交的ではなく引きこもりがち。ケルアディード郷にいた頃からも、あまり周りと進んで連むことはなかった。
だもんで、前世でのことも含めて、「自分は1人でもやっていけるタイプだ」と、そう思っていた……いや、思い込んでいた。
だが今、改めてこうして見知らぬ場所で一人ぼっちになってみると、自分でも思っていなかった程に心細く頼りない。
そう、自分でも思っていなかった程に、僕は周りの人、環境、状況に助けられていた。その事が、明確に分かった。
それを思い知らさせられたことが───不注意へと繋がる。
「───これはまた、珍しいお客様で……」
背後から聞こえるその声は、嗄れたようなざらついたような独特の響き。まるで声帯そのものが人……人間やエルフとは異なるものの声に感じられる。
例の魔力の反応。
そう、まるで強力な魔術師が、あえて自分の魔力を低く抑え、周りに気取られないようにしているかのようなそれ。その持ち主が、今僕の真後ろにいる。
◇ ◆ ◇
「おや、いかが致しましたかな?」
物腰、言葉遣いは丁寧で慇懃。けれどもその、妙に人間離れした声音と相まって、底知れぬ薄気味の悪さを感じてしまう。
「ふん、聞こえぬのか喋れぬのか……まあ、どっちでも良いがな」
野太く荒々しい別の声は、先ほどのものよりやや高く離れた位置から響く。
「魔術師……しかも、ダークエルフだと? まさかあの青瓢箪が連れ込んだのではあるまいな」
続く言葉も、言ってることの意味はわからないけれども、決して友好的な雰囲気ではない。
「それはないでしょう。おそらくこちらの方……誤って“門”をくぐってしまったようですね」
“門”?
その言葉に、僕はゆっくりと、けれども細心かつ全身全霊の警戒心とともに振り返る。
逆光気味のやや弱い灯りは、後にいる巨漢の手にしたランタンだ。その手前……僕のすぐ後ろに居たのは、ローブ姿の術士。背後の巨漢も背が高いが、こちらもまた長身。ただ今は、座り込んでいた僕をやや覗き込むように上体を屈めている。そしてそのフードの奥に見える顔だちは……蜥蜴。
鱗があり、ゴツゴツとして目玉もギョロリとした、「蜥蜴のような」ではない、「蜥蜴そのもの」の顔。
蜥蜴人。
本でしか読んだことのない遠く南方に住むという獣人種。竜の眷族であるとかも言われている謎多き種族。
そしてその術士らしき蜥蜴人は、多分驚愕に目を見開いて居ただろう僕に対して、口元を歪めて目を細め、
「やあ、これは可愛らしいダークエルフのお嬢さん、はじめまして。
ところで、まずは単刀直入にお聞かせ願いたいのですが、あなたは一体どこの誰で、どのようにして“我が家”へといらしたのですかな?」
目が笑っていない、などという言い回しがあるが、あいにく僕は初めて見る蜥蜴人の“本当に笑っている目”なんてのは分からない。分からないがおそらくは多分……“笑ってはいない”のだろうと思う。
「僕は……その、市街地から来ました。レフレクトルの調査をしていて、穴に落ちてしまい……」
「ほう、レフレクトル」
「地下にあなたの住居があるとは知らず……」
我が家、と言っている以上、彼らはここに住んでいる、または何らかの拠点としていると思われる。ならば完全なアウェー。警戒はするが少なくとも友好的な“対応”はしなきゃならない。
だが、
「ああ、確かに地下ですが、ここはレフレクトルの地下ではありませんよ」
と、そう返してくる。
え? ドユコト? との僕の心情が顔に出ていたか、間をおかずに蜥蜴人が続ける。
「原理としては【影走り】、または転送門のそれと似ています。
この場所は、世界中のいくつかの場所と“門”で繋がっており、鍵を持つ者や……ごくまれに、偶然や素養により間違えてこちらへ来てしまう者がいるのです。
あなたはまあ……後者ですかね。そのレフレクトルとやらで“たまたま”門の場所に落ちてしまい、“運悪く”も、そこを通り抜けてしまった」
嫌な予感……と言うにはあまりにも“出来過ぎ”な話。闇の森からこれで三度目の、“運悪く”、“偶然に”、“意図せず”に別の場所へと移動してしまう、門をくぐり抜けてしまうとは……ちょっと天丼が過ぎるんじゃないですかねぇ!?
「何にせよ、再び“門”を潜らない事には外へ出ることは出来ません」
蜥蜴人の言葉に、僕は、
「それは、どの様にすれば……?」
と、食い気味に質問をする。
後ろの巨漢───よく見るとゴリラにそっくりで、こちらは猿獣人と言うこれまた南方に住む獣人種だろう───が、退屈そうにあくびをかみ殺しているが、そんな事には構っていられない。
「正式な“鍵”を持たぬ貴方が“門”をくぐるには、時間と場所の条件を整えなければなりません。この場所には幾つかの“門”とつながる場所があり、周期的に外へと繋がります。人によっては数日、数週間、或いは数年……数十年とその条件が合わない者もおります」
偶発的に条件が合ってしまったからこちらへと来てしまったのだから、同様に偶発的に条件が合うときにしか外へ出れない……理屈としては分かる。だけども、それで僕はどうなってしまうのか? そこが問題だ。
「それがいつだかは分かりますか!?」
「そうですね、些か調べてみないことにはなんとも……。こちらに来ていただけますかな?」
蜥蜴人は手招きするかに軽く首をふり、それから立ち上がって彼らが来ただろう道を進んで行く。ぐねぐねと曲がりくねった暗い洞窟の区画は、簡素な毛皮の垂れかけてあるゲートで別区画へと繋がっていて、その境界には魔術的な結界が張られているのが分かる。少なくとも害意を持って侵入しようとする者は、激しく後悔をするはずだ。
そのゲートの先の区画も、やはり自然洞の岩肌のままだが、ある程度には加工され、灯りも灯された居住区になっている。木の柱や梁で補強されてもいるが、魔術的な保護、補強もされている。ぱっと見には山賊の隠れ家洞窟のようだが、実際にはかなり高度な守りが施されている。
「おい」
ゲートを抜けて少ししたあたりで、同行していたゴリラ似の巨漢猿獣人がそう蜥蜴人の術士へ話し掛ける。
「俺はもう行くぞ。全くつまらんことだった」
退屈そうにそう吐き捨てて、そのまま別の方へ歩いて行く。
どうしたのかと視線で後ろ姿を追っていると、蜥蜴人の術士は、
「まあ、滅多にあることではありませんが、強敵が侵入してきたかもという期待を抱いてしまったのでしょうねぇ」
と一言。ああ~、僕の周りではまず見かけることの無い、いわゆるバトルジャンキー系の性格なのだろう。
正直、威圧的で暴力的な雰囲気を漂わせていた彼が立ち去ったことにはややホッとする。
それがまた顔に出ていたのか、蜥蜴人の術士は、
「確かに、あの者は見た目が非常にいかつく、恐ろしげに見えますが……」
歩みを止めずそう言って、
「中身も見たまんまです」
いや、フォローになってないですよ!? と、引きつりつつも内心そう突っ込む僕。
それからやや少し間があってから蜥蜴人は、
「今のは冗談だったのですが、やはり冗談というものはなかなか難しいものですねぇ」
と呟く。
「あ、いや、面白くなかったとかそういうことではなく、その、こちらもあまり精神的に余裕がないもので……」
あ、いかん。これもこれでフォローになってないわ。
「ええと、その……、先ほど、“我が家”とおっしゃってましたけれども、皆さんこちらに住んでおられるということなんですよね?」
フォローになってないフォローでちょっと気まずくなった空気を変えようと、無理に話題をねじ込むと、
「そうですね。住めば都と申しますが、このようなところでもなかなか快適に生活できていますよ」
と返してくれる。
「あなたはかなりの実力のある術士とお見受けしますが、何故このような場所におられるのですか? ……あ、差し障りなければ、で良いのですが」
蜥蜴人は丁寧で紳士的……或いは、ある種の従僕的とでも言うか、万事下手に出てくるような態度を全く崩してはいない。だが、その底知れない雰囲気だけではなく、まず間違いなく僕よりはるかに高位の実力ある魔術師だ。
「まあちょっとした隠遁生活とでも申しましょうか。人々の喧騒を離れ、自らの研究に没頭できる場所が欲しかったものでしてね」
孤高の研究者……。そう言われればそれはそれで納得のいく話ではある。実力はあるが魔術師協会などには属さず、また俗世間に名を知られたいと言う功名心のない魔術師は少なくはない。“闇の主”のトゥエン・ディン師も、縁があって魔術師協会に所属し、結果的には広くその名を知られる事にはなったが、本質的にはそう言うタイプだ。
であるならば、先ほどのゴリラ似の巨漢猿獣人は、態度こそあんなではあったが、この蜥蜴人に雇われた護衛、従僕なのかもしれない。
「さて、着きましたよ。さあ、こちらへ」
案内されたのはやや広い円形のホール状の部屋で、壁にはほぼ全面ぐるりと高い棚が設えてあり本や標本、魔導具に魔晶石などが所狭しと並べられている。部屋の真ん中にはこれまた半円状の机が二卓、背中合わせのように設えられ、その中心に回転式の作りのしっかりした椅子。つまりは、全方位を机で囲んだ書斎みたいな家具の配置。また、壁際の四方には別の作業台が四卓あり、そして天井からは大きな天球儀がぶら下がってもいる。
その半円状の机の左側部分に、これまた大きな水晶球があり、蜥蜴人の術士はそれへと手を触れて呪文を唱える。
その水晶球に浮かび上がるのは、おそらくはこの洞窟内の地図だ。いや、地図というよりはまるで3DCGで作られたマップデータのようでもある。
「さあ、この水晶球へ軽く魔力を注いでみてください」
そう促されはするが、ちょっと躊躇してしまう。良く知らない、親しくもない他の魔術師の魔導具に魔力を注ぐのはやや不作法な振る舞いだし、と言うか、魔力溜まりを奪うとき同様に、支配権を奪おうとしてると受け取られてしまうこともあり得る。それに……そうする事で罠を発動させてしまう事もあり得る。
とは言え、多分この水晶球の何らかの力を使う発動条件なんだろうからと、意を決して言われるまま魔力を少し注ぐ。
すると、水晶球の中の立体地図の何カ所かが光り輝き、それを蜥蜴人の術士が眺めてふむふむと……厳密にはシャーシャーと頷く。
「なかなか幸運ですな」
「とは?」
「レフレクトルへは、あと半日ほどあれば通じるようです」
半日……。早い、と言えば早いけど、安心は出来ない時間。
彼の話……というか、状況分析では、レフレクトルから僕だけが偶然にも“門”をくぐり抜けこちらへ来てしまったことになる。つまり、エヴリンド他あの時一緒に居た皆は、おそらくレフレクトルの地下室あたりに残されている。
けど、僕がこんな状況だと言う事は誰も知らない。地下室へと落下し、けれども僕だけが居ないとなれば……少なくともエヴリンドは僕を見つけ出す為に全力を尽くす。おそらく、撤退などしようともせずに。
闇属性魔法、魔力汚染、淀みへの耐性は最も高い。魔術の専門家ではないが回復、防御、攻撃、補助と、隙なくバランスの良い使い手で、剣も弓も上級者。確かにあの面子の中でも群を抜いた実力者だが、それでも限界はある。何よりスタミナ。魔力や魔法薬による補助、強化をしたとしても、休まず戦い続けられるのは四半刻、30分も無い。休息や回復の時間を取れなければ、体力が尽きて数に負ける。
「な……なんとか、なりませんか? 元の場所には、一緒にいた仲間が残されています。しかも、ちょうど魔物に襲われてる最中だったのです!」
半ば食ってかかるかの勢いでそう聞くが、
「とは言いましても、こればかりはどうもしようはありません。ただ……」
ただ?
「元居た場所……つまり、レフレクトル以外の場所であれば、もっと早くに出るのは可能ですが……」
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