遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-4.J.B(2)Life is underground.(ちかぐらし!)

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「何故か知らんがこの中にやり方の知識が入っとる」
 とかなんとか、頭の横を指でトントンと叩きながらオッサンが言い出す。
 ……何言ってんだ? というのがまあ最初の感想。
「いや、オッサン。あんたベガスに居たんだろ?
 何でドワーフ合金の扱いが分かるんだよ?」
 俺がそう聞き返すと、オッサンはまたもふうむと腕組み。
「うむ。まあ、これは俺の推論なんだがな───」
 と、何やらつらつらと語り出した。
 
 曰わく、まず大前提としてベガスで死んで、この世界で一人のドワーフとして転生した、として。
 その「前世の記憶」というのが、これまではずっと眠っていた様な状態だったのではないのか? と言う。
 そして今世において「死にかけた」ことをキッカケに、それが甦り出したのではないか……と。
 記憶がそれぞれに不完全なのは何故なのかということには、
「急に古い記憶データを復旧させたことで、一部データの欠落や破損が起きたみたいなもんじゃねえかな?」
 ……とのこと。
 
 んー。
 まあ俺の場合も、それなりの年になるまでは、ここで言う「前世の記憶」ってーのはハッキリしてはいなかった。
 ハッキリとそれが甦ったのは、犬獣人リカートの兵士たちが村を燃やしたとき、だ。
 あの時俺も───たしかに危うく殺されかけたんだよなあ。
 
 しっかし───何だってこのオッサン、こんな状況でこんなに冷静に状況分析出来るンだ?
 そう聞くと今度は、
「まあ、昔脳みそ全部取り出されて、俺の人格をコピーしたメモリー状態で居たこともあったしな。
 頭ン中ぐちゃぐちゃにされるのにもそこそこ馴れてるわ」
 等と言い出して……───あー、そうか。冷静なんじゃなくて、元々イカれてるんだ、と心の中で納得する。
 
 俺がそう生暖かい哀れみの目で見ているとさらに続けて、
「あー、その前にアレだ。まず頭を銃で撃たれて、コイルか何かで巻かれてたから、ってーのがあったなあ」
 とか言い出したので、これ以上イカれオッサンの妄想トーク聞いてんのも何なんで……、と、話の向きを変える。
 
「まあ、じゃあとにかくよ。
 オッサンは、ドワーフ合金の修理加工は出来そう……なんだな?」
 と、確認。
 横でピクシーがまたピーチクパーチク騒いで居るがガン無視。
 オッサンは、
「まあ、とりあえず試してみるか」
 と、また気軽にそう言う。
 ……その「ドワーフとしての記憶」の方までイカれた妄想だったら目もあてられねえわな。
 
 
 それから、俺はオッサンを作業場の方へと案内する。
 小さめの溶鉱炉と金床とふいごに、なめし台や砥石、作業台に付呪台と、一応一通り揃ってはいる。
 けどもまあ、恐らく古代ドワーフの鍛冶場だったであろう部屋に、色んな場所から使えそうなものを寄せ集めて来ただけなので、それで十分に作業出来るかどーかはよく分からない。
 
「よう、マルクレイ」
 そう声をかけると、片目で長身、痩せ型だが程よく筋肉質な男が振り返る。
 男は犬の顔を相変わらずの無表情でこちらへ向けると、俺とその横のオッサンを交互に見る。
 
 さて、こいつは犬獣人リカートだ。
 犬獣人リカートに奴隷にされて、そこから逃げ出した俺が何故犬獣人リカートと普通に会話してるかって?
 そりゃコイツは俺と同じくシャーイダールの手下の一人で、なおかつ───元奴隷だったから、だ。
 辺境四卿の一人、“毒蛇”ヴェーナの元で奴隷にされていたマルクレイは、そこを逃げ出してここへと辿り着いた。

 まあ正直、最初に会ったときは怒りでカッとなっちまったりもしたが、それも昔の話。
 今はちゃんと、その怒りをマルクレイに向けるのは理不尽な事だと分かってるし、そんなに関係も悪くはねえ。
 マルクレイはたれ耳のハウンド系に似た顔立ちをしていて、これは俺の勝手な印象だが理知的な雰囲気も醸し出している。
 で、実際けっこうな教養人でもあり、芸術家でもある。
 彼がもっとも得意とするのは彫刻と貴金属の装飾品造り。それから革の加工だ。
 だが、奴隷時代に喉を潰され声が出せないのと、左手の筋を痛めていて長時間の作業が出来ない。
 一応シャーイダールの手下の中では鍛冶師仕事全般を痛み止めを飲みつつでだましだましやっているが、最近は特にあまり芳しく無い。
 
「あー、シャーイダール様から聞いてるかもしれねえが、コイツがドワーフ合金の修理を担当する奴だ。
 隷属の首輪してるのは要するにシャーイダール様の『持ち物』ってーことだから、くれぐれも気をつけて扱ってくれよ」
 
 関係は悪くないが、一応念押しをしておく。
 オッサンの世話係でもある俺としては、何かあったらタダじゃ済まないだろうしな。
 
「で、オッサン。こいつはマルクレイ。犬獣人リカートの鍛冶師で、この作業場の監督だ。
 道具の使い方とか置き場所とかで分からない事があったら聞いてくれ。
 ただ、喉が潰れていて声が出ねえから、石版を使った筆談でな」
 
「おう、そうか。
 俺はイベンダーだ。科学者で商人で探鉱者で運び屋。そしてベガスの救世主だ。よろしくな」
 
 ……ちょっと待てオッサン、今後もそのイカれた自己紹介続ける気か?
 
 ◆ ◇ ◆
 
 さて、ここいらで俺達の生活しているアジト、そして迷宮都市クトリアについて整理しておこう。
 ティフツデイル帝国が健在だった頃、この街はまさに背徳と快楽の都だった。
 北を大山脈の“巨人の骨”、西を残り火砂漠、南をウェスカトリ湾に囲まれた立地もあり、クトリアは攻めるに難く守るに易しの天然の要害で、しかも交易の要所でもあった。
 さらには非常に豊かな“魔力溜まりマナプール”を支配下に置き、潤沢な魔力、魔晶石を生産。
 クトリア王朝は帝国からの独立を保ちつつ、しかし争うこともなく良好な関係を保っていた。───表面的には。
 
 クトリアは守りやすいが、同時にここから余所に攻め入るのも難しい。
 北は山脈越えをしなきゃならないし、南は広大な海。西には砂漠で、唯一の平地は東だが、こちらは東方シャヴィー人達の版図になり、途中にケンタウロスやらの生息する荒野もあるので、単独で遠征してもうま味はない。
 元より、そういう東方と帝国、南方とを結ぶ交易拠点として栄えている以上、自ら軍を率いて征服に乗り出す意味もない。
 が。
 時の王家、“退廃王”のザルコディナス三世は、思い上がった野心に身を焦がしていた。
 豊富な魔力溜まりマナプールから得られる力を利用して、様々な研究を重ね、その一つの成果が「巨人族の隷属化」だ。
 強固な奴隷制を布いていたクトリアでは、それらの反抗を防ぐためにも隷属化の魔術が頻繁に使われていたが、隷属化はコストの割に対象を限定させられる。有り体に言えば、魔力抵抗や精神力の強い者を隷属化するのが難しく、必要とする触媒等のコストもかかる。
 弱いふつうの奴隷なら手枷足枷と鞭で十分だが、強い相手を支配下におくのは難しい。
 その中で、巨神の骨に住む強力な巨人族を支配下に置くこと───。ザルコディナス三世はそれを研究させ、成功した。
 
 隷属化させた巨人の兵力を、ザルコディナス三世は北へと向ける。そう、帝国へ、だ。
 この辺りの動機には、ザルコディナス三世のごく個人的な感情が絡んでいるらしいが、密約を結んだ東方シャヴィー人の軍勢と連携し、ティフツデイル帝都は危機に陥る。
 ───で、滅びの七日間が起きた。
 滅びの七日間がなぜ起きたのかには諸説ある。
 一般的には天罰だとする向きも多いが、最近力を付けている聖光教会の連中なんかは闇魔術を使う邪術士の仕業だ、などと主張している。
 ともあれ帝国は壊滅し、と同時にシャヴィーの侵攻も、ザルコディナス三世の野望も潰えた。
 そう、帝都を中心に起きた滅びの七日間の災厄ではあるが、ここクトリアも大災害に見舞われていた。
 巨大地震で王都は壊滅的ダメージを受け、その後隷属化させられていた巨人達の隷属効果が切れたことから叛乱が起き、巨人たちはこの王都へとなだれ込む。
 聞いた話じゃザルコディナス三世は生きたまま巨人たちに食いちぎられて殺されたとかなんだとか───まあ、そこに同情はしねえけどな。
 
 
 さてさて、ここまでの歴史授業はこれで第一幕。
 次に来たのが“暴虐と退廃の、邪術士の都クトリア”の時代だ。

 混乱し壊滅的ダメージを受けたクトリアは、支配する勢力も無く無法地帯と化したが、この都にはまだまだ大きな利用価値がある。
 一つは巨大な“魔力溜まりマナプール”で、もう一つは、滅びの七日間の巨大地震で露わになった、地下に広がる古代ドワーフの遺跡群。
 元クトリアの魔術研究者や、シャヴィーや南方の呪術師邪術士、それらの率いる手勢等々がこぞって集まり支配権を争うが、それは早々に治まった。
 彼らは元々覇権や支配権を求めていたのではなく、それぞれに潤沢な労力と奴隷、魔力を使った魔術の研究をしたいだけであり、争うのは全くの無駄であることに気がついたのさ。
 そしてここに、ある種の協定が生まれる。
 それぞれに独立しつつも、“魔力溜まりマナプール”を共同で管理、利用しながら、お互いにお互いの研究の邪魔をしない、ということ。
 
 そして彼等は何の制約も受けずに研究に励み出す。
 その多くは───非常に邪悪で退廃的で、残虐なものだった。
 クトリアの人達の多くは皆奴隷とされ、特に元権力者達は優先的に人体実験の素材にされた。
 逃げ出そうにも魔獣に結界にと周囲は完全に囲まれていて、都市そのものが巨大な牢獄のようだ。
 都市から逃れても、海や山脈、砂漠と荒野に囲まれて行く先は無い。
 逃れた連中は周辺の山野に潜み小集団を形成するが、都市の邪術士たちに怯える日々。
 
 で、この流れで起きるのが、例の“血の髑髏事件”だ。
 ある死霊術士が、古代ドワーフ遺跡の一つから“生きた”転送門を発掘する。
 そしてその行き先は、現在正統ティフツデイル王国を名乗る王都の近郊。
 そいつは密かに門をつなぎ、王都へと自らの影響力を広め、様々な邪悪な研究の糧にしようとした。
 その中でも一番大きなのは、「ティフツデイル皇帝の血筋を持つ者たちの“高貴な血”を使った死霊術の研究」である、“血の髑髏事件”。
 しかしこの目論見は途中で露見し、転送門を通じて逆に王都の軍に乗り込まれ、それがキッカケにクトリアは“解放”されることになる。
 
 さあ、ここまでの長い長い歴史の授業、けどここからが本当に重要。
 
 邪術士たちから解放されたクトリアだが、正統ティフツデイル王国にもこの遠く離れた地を完全に支配下に治めるだけの余裕は無かった。
 そこで連中は、転送門のある遺跡と、巨大な魔力溜まりマナプールだけを支配し、それ以外には手を着けなかった。
 実際その二つさえ確保しておくだけでも十分以上の利益がある。
 なので現在クトリアは、名目上はティフツデイル王国の占領統治下にはあるが、支配者不在。
 そしてそこに、邪術士たちから逃れていた様々な小集団がやってきて、延々と小競り合いを続けた後に、今に至る。
 
 現在の“迷宮都市”クトリアとその周辺は、大きく4つの地区に別れる。
 一つ。旧貴族街。
 比較的損傷が少なく、豪華で堅牢な建物が建ち並ぶこの地区は、3つの勢力が協定を結び実質支配をしている。
 次は旧商業地区、または市街地と呼ばれる辺り。
 廃屋が多いが、外の荒野で暮らすよりははるかにマシだ。
 そして東地区と郊外。
 ざっくりと郊外、と括られる地区は、要するにクトリアの城壁外のことで、その中で東地区には城壁内に入れないか、入ろうとしない人々の集落がある。
 で、最後が俺たちの居るここ、地下遺跡内、だ。

 旧貴族街に入れるのは一部の選ばれた者達だけ。そこの住人は主にティフツデイル王国からの進駐軍や貴族に豪商らを相手に商売をしている。
 美食、ギャンブル、夜の娯楽等々など。
 
 旧商業地区には幾つかの小勢力があるが、全体としては均衡を保ちまとまって居る。
 郊外には、旧貴族街に入り込めなかった勢力が多数うろついていて、そいつらはたいていが粗野粗暴の山賊みたいな連中。数を頼りにいつか内部に入り込もうと虎視眈々と狙っている。
 で、地下遺跡内。
 ここに居るのは、本当に何処にも行き場が無く逃れてきた者、このクトリアでですら隠れ潜みたい後ろぐらい者、叉は、何らかの特別な目的や理由の有る者、だ。
 地下遺跡内を仕切る奴は今の所居ない。
 その中で邪術士シャーイダールとその手下は、数は多くないがある意味最大勢力。
 何せ血の髑髏事件以前からクトリアで活動していた邪術士シャーイダールなのだから、誰も恐ろしくて手を出せやしない。
 ま、それもあって、俺はこいつの手下になったワケだしな。
 
 俺たちは地下遺跡内の一角を占拠して、アジトとして使っている。
 水場、鍛冶場もあるし、大きな鉄扉を門代わりにして、発掘した、叉はシャーイダールの作った魔法の結界や罠なんかも設えてあるから、けっこう守りもしっかりしている。
 やってる商売は遺跡からの発掘物の売買。
 俺達手下が地下に潜って見つけてきたものの中から、シャーイダールが自分用にとより分けたもの以外を余所へ売る。
 その資金で食料やその他必要なモノを買う。
 また、フリーの探索者から買い取ることもあるが、そっちはほどほどだ。俺たちより深く潜って、より価値のある遺物を見つけ出せる奴なんか滅多に居ない。
 
 てなワケで、クトリアの中の、少なくとも地下遺跡内では一端の顔である俺たちは、まあけっこうデカい面して居るわけだ。
 シャーイダールは何故か知らないが妙な野心を持っていないようで、手下を増やして勢力拡大、地上に進出……なんてのは考えて居ないらしく、そこも俺は気に入っている。
 手下に対しても慈悲深いなんてことは勿論無いが、かと言って伝え聞く過去のクトリアの邪術士のように、実験や気まぐれで人を殺しまくる、なんてこともしない。
 進んで怒らせたいとは思わないが、結構安全な職場だと思う。
 ま、勿論地下遺跡の探索には危険が伴うわけだが、これに関してもシャーイダールは手下が確実に遺物を手にして帰還できることを重視しているため、装備や薬も結構渡してくれる。
 不満を言うなら、なかなか日の光を見れない事くらいだな。
 
 ◆ ◇ ◆
 
 数日が過ぎ、オッサンの方はというとあれで実際、そこそこの量の遺物を修理改修し始めていた。
 監視役の俺としては、まーありがてえ話。
 
「よう、調子はどうだい?」
 作業場へ昼飯を届けながら様子を聞くと、
『JB、イイカンジ、ダ』
「ホワッ!? だ、誰だおめェ!?」
 いきなり聞いたことのない声で返事をされ、俺はビクリと辺りを見回す。
『ワタシダ、JB』
 そこに居るのは鍛冶師のマルクレイ。
「へ? あ? 今の……お前か!?」
『ソノトオリダ』
 なんというか、ちょっと歪んではいるが聞き取れるくらいの声で、たれ耳の犬獣人リカートが話しかけてきている。
『イベンダー ガ 作ッテ クレタ』
「何を!?」
 指し示すのは首輪。
 革製のベルトの真ん中に、魔晶石のはめ込まれた飾りが付けられている。
「喉の微細な動きに反応して、風魔法で空気を振動させて声に変換する首輪だ」
 しれっとそんなことを言いやがる。
「おいちょっと待てよ、そんなもん……ドワーフの遺物にあったか?」
「んにゃ、無い。俺が作った」
 ……おいおいおい、何だよそりゃ?
 
『コレモ イベンダー ノ 作ダ』
 今度は左腕に装着された篭手を指し示す。
「ドワーフの遺物を修理改修するついでにな。
 こいつは腱を痛めてるっぽかったから、ある程度の鎮痛効果とパワーアシスト効果を足して、少ない力で作業出来るようにしてみた」
 何言ってんだよオッサン、この状況に適応するの早すぎだろ?
 てか、オッサンの言ってた、「元科学者」ってマジだったンじゃねえかな。
 なーんか、発想が科学者っぽいぜ。
「……オッサン、マッドサイエンティストだったんだな」
「おいおい、俺は気の良い便利な発明屋さんくらいなもんだぜ。
 マッドサイエンティストっつーのは、食料増産のための植物の遺伝子操作実験をしているウチに人間を植物性モンスターに変える胞子を作っちまったり、永遠に科学研究を続けたくて自分の脳味噌を取り出してロボットの身体に埋め込んだりするよーな奴らのことさ」
 例に出すものが濃いィわ!
 
 にしても、他にも修理改修したものや、それに別の効果を足したりしたものがかなり揃ってる。
 これだけあれば、今までの倍……いや、三倍、四倍の収益増加を狙えるんじゃねえか?
 いやー、シャーイダールの奴、良いもん拾って来たもんだわ。
 最初に死にかけたドワーフ拾ってきたときは、ついにこいつ死霊術に手を出し始めたかと思ったけどもよ。
 俺、死霊術士の手下にだけはなりたくねえもんな。
 
 俺は完成品として並べてある修理済みの遺物を色々眺める。
 ほとんどはドワーフ合金のピカピカ防具か魔装具だ。
 今でも結構一般的な効果のモノもあれば、今ではなかなかお目にかかれないようなものもある。
 
「おお、こりゃ何だ?」
 奇妙なバックパック状のモノを見つけて聞いてみる。
 実際丁度背中に背負えるくらいの薄くて小型バックパックのようだが、ものとしてはドワーフ合金をベースにした装飾のあるシロモノで、物を収納する場所はない。
「そりゃあどうも、空飛ぶ羽根みたいだな」
「へ?」
「背負ったまま身体強化をするのと同じ要領で魔力を通して行くと、収納されている翼が伸びて、風属性魔法の力で飛べる。
 まあ、グライダーとジェットパックを合わせたみてえなモノだな」
「何じゃそりゃ」
「試したことねえけどよ。
 お前、実験台になるか?」
「ならねえよ!」
 このオッサン、確実に狂的科学者マッドサイエンティスト……いや、この場合何だ? 狂狂的魔学者マッドマジコロジスト? そんなんになってるわ。適応しすぎだっつーの。
 
 それから数日、今度は大きな布の掛けられたものが鎮座ましている。
「おいおい、今度はなんだよ?」
「パワードスーツだな」
「は?」
 さ、と布をどけると黄金に輝く重そうなドワーフ鎧。
 しかしただの鎧としても凄そうだが、それ以外のギミックが付いてそうにも見える。
「マルクレイの篭手にパワーアシスト機能をつけた話しただろ?
 それの元にした術式はここのを参考にした。
 はっきり言って、オークでもなきゃ着てもまともにゃ動けないけど、何等かの魔力の動力源があれば着こなせる」
「それ、使い道あんのか? てか、動力源は?」
「うん、今ンとこねえな」
「ねえのかよ!?」
 ……ますますマッドだぜ。
 
 ◆ ◇ ◆
 
 さて、オッサンがここに来て一週間とちょいが過ぎた。
 この間もオッサンはシャーイダールの望んだ以上の修理改修を終えている。
 まあ、合間合間にまともに使えるか分からない、使い道のない、或いは売り物にはならないよーな、どー見ても「それ、オッサン、趣味で作ったろ?」なモノも多々あるんだが、成果を出している以上誰も文句は言わねえ。
 
 で、俺はその日の朝に、シャーイダールに呼び出される。
 シャーイダールの部屋には、既に一人、ブルという名の手下の一人が居た。
 こいつはハーフリング、つまり平原か丘に住む小人族の女で、丸っこい童顔だが、眉が太くて目つきが悪く唇のぽってりした顔立ち。なんつーかいつも不満顔をしてるよーに見える。
 まあそこそこ付き合いも長いので、それが必ずしも不満のあるときの顔ではない事は分かってるんだが、正直ちょっと苦手だ。
 
「“便利屋”ジョスのチームがまだ探索から戻って来て来てねえんだとよ」
 ぶっきらぼうにそう言うブル。
 ジョス達は五人一組の探索担当チームで、腕はまあそこそこ。
 ジョスは色んなことが出来るが、逆にこれと言った際立った特技がない器用貧乏タイプなのもあり、“便利屋”のあだ名がついている。
 本人もそれを自覚してか、探索行でも決して無理をせず、確実に予定内で帰還するので、遅れてるというのは珍しい。
 
「アシストか?」
 追加でチームを派遣するのか? と聞くと、
「いや。上に卸に行くのに手が足りないから、お前もついて来い」
 上に、というのは当然旧商業地区。
 ここで暮らしていると滅多に表に行くことが出来ないので、こりゃまあ、嬉しい仕事だ。
 しかもこういうときは、小遣いも出て帰りに少し遊んでも許されるからな。
 
 てなわけで今日はオッサンとちびピクシーの相手はお休みして、久々の日光浴だ。
 
 
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