遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-213 J.B.(134)Get Back(取り戻せ)

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 糞ったれ!
 心の中でそう自分に悪態をつくが、今更何言ったって始まりゃしねぇ。
 今し方、ポロ・ガロの奴が言った言葉の真偽なんてな俺には分かりゃしない。だが、あいつが普通なら入れられるはずもない複数の“加護の入れ墨”を体に入れてることから考えても、入れ墨魔法について熟知してるのは間違いない。当然、俺なんかよりも遥かにな。
 そして、代官のデジモ・カナーリオの話に関しちゃさらに真偽は分からねぇ。分からねぇが、実際かなり“筋は通る”話だ。
 
 騒乱、喧騒の闘技場内を抜け、プント・アテジオ上空へ。町の地理はある程度頭に叩き込んである。そのまま滑空して例の廃倉庫へと向かうと、その入り口近くで絡め捕られる。
 
「司令官! 司令官の予想通りです! 奴が来ました!」
 叫ぶ声はタロッツィ商会の奴隷狩り部隊正規兵のもの。
 どうやら待ち構えていたらしい正規兵達により投げつけられた何本もの分銅付きの鉄鎖が、四方八方から俺へと絡みついて、そのまま地面へと引きずり降ろされる。
 そこへ高笑いと共に現れるのは、しばらくぶりだが別に見たくもなんとも無かった顔。白銀の兜に同じく白銀の鎧を身に着けた傷だらけの顔の大男。
 タロッツィ商会の奴隷狩り部隊を率いる司令官のヤコポだ。
 
「警備のために招集があってから、きっとお前はどこかで現れるだろうと思っていた」
 得意気にそう言うヤコポ。
「何人もの隊員に上空を見張らせておいて正解だったわ。しかも、“漆黒の竜巻”を攫っておいてその場を離れるとは、愚かな真似をしたものだな。そのまま遠くまで逃げておれば、我らとて追跡はできなかったろうに」
 悔しいが全くもってその通り、一つも反論できねぇぜ。だがあの状況じゃ簡単に出来る選択じゃねえ。たらればを言うなら、計画の詳細を事前に聞かされてりゃああるいは良かったのかもしれないが、向こうからしても俺にとっても、あのタイミングであの場所にお互い同席するなんてな完全に想定外。物事ってなぁどうにも上手くはいかねぇもんだぜ。
 
「さあて、俺としてはすぐにでも縛り首にしてやってもいいんだが、何でもお前、ヴェーナ卿に巧いこと言って取り入ってるらしいじゃないか。
 となると……卿の裁定を待たねばならん」
 そう続けてから一呼吸。その小さなおめめを細めながらこちらを向いてニヤリ。
 
「……まあ、ヴェーナ卿の裁定が下されれば、むしろ今ここで殺されなかったことを後悔するだろうがな……」
 
 そりゃまた、確かに想像に難くない。
 だが……、
 
「……確かにそうだな。その時までにヴェーナ卿がまだ生きてりゃあの話だが」
 ニヤリと笑い返すのは俺の方。その言葉に即座に返されるのは、ヤコポの手にしている戦斧の柄。身動き取れないよう鎖で絡め取られた俺の頬へと、鋭く突き入れられる。
 血の混じった唾を吐き
「……そう怒るなよ。アンタ、まだ状況をしっかり把握してないよな?」
 と聞く。
「警備で呼ばれたが、闘技場の中にはいなかった。市街地のはずれでずっと空ばっか見てたんだろ? 闘技場にいる代官のデジモ、そしてヴェーナ卿が、誰にどんなふうに襲われたか、まだ全く分かってないんだよな? 分かってたら、こんな所でのんきに俺を待ち構えてたりしてねぇもんな」
 思わせぶりなだけの言葉の羅列だが、状況としてはおそらくこの推測通り。
 ヤコポは多分、俺の策で引き回され、奴隷兵に逃亡され、また“闇エルフ団”にしてやられた事で何かしらの処分を受けてる。減給なのか叱責や体罰、または降格なのか、まあ詳しいことは知らねえが、そのことで俺に対する恨みを募らせていたし、今回警備の任務であまり重要な場所を任せられなかったのもおそらくそのため。そしてだから今、現在の戦況をきちんと報告される立場にもいない。
 
「黙れ!」
 
 再びの殴打。糞、奥歯グラついたぞ。
 だがこの怒りは、俺のこの雑なあて推量が結構的を射ていたってことだろう。
 
「だから怒るなって。 俺の話を聞いた方が得なんだからよ」
 切れた口の中の血を、唾とともに吐き出しながら、俺はそう話を続ける。
「いいか、ここから見てても分かるだろうが、まずは今、シーエルフ達の軍がマレイラ海から部隊を送り込んで襲撃してる。その上、既に町中各所に潜入してた連中が、奴隷や貧民を煽って反乱まで起こさせてる。デジモもヴェーナ卿も、おかげさまで闘技場に釘付けで逃げ出せてない」
「……ふん、そのくらいのこと、言われんでも分かるわ」
「その状況でアンタがまだ余裕を持っていられるのは、この町にはデジモの設置した防御結界があるからだ。そうだろう? その結界のおかげでシーエルフの軍勢は本来の力を十分に発揮できず、今は勢いのある奴隷や貧民も、すぐに意気しおれて逃げ始めるはずだと、そう考えている」 
 ヤコポの余裕ぶった、或いは余裕ぶった演技をした笑い顔がややひりつく。
 そこへ、
「だがその防御結界は、もう機能してねぇ」
 と、爆弾一発。
 
「……何を適当なことを……」
「そう思うか? だが実際、アンタ自身肌で感じてるんじゃないのか? 今の自分たちは、思ってたほどには防御結界の恩恵を受けていない……ってことをな」
 前世にあったようなコンピューターゲームなんかじゃ、そういう魔法による恩恵なんてのは数値で明確に表されてたり、あるいは光り輝くエフェクトみたいなもんがキャラクターの周りで表示されたりなんかするから一目瞭然で分かる。だが実際この世界でのそういう魔法の恩恵ってのには、客観的にそれを証明するのが難しいもんが多い。精神的、身体的な感覚としてそれらが実感され、結果が出たとき初めて「確かに自分は魔法による恩恵を得ていたのだ」と確認できるだけだ。
 だから実際には強力な恩恵をもたらす高度な魔法であっても、本人がそれに疑心暗鬼でいればまるで実感出来ないこともあるし、逆に大した効果のない魔法、もっと言えば失敗した魔法であっても、本人が恩恵を受けたと思って行動することで望んだ以上の結果が得られれば、「自分は確かに素晴らしい魔法の恩恵を得たのだ」と納得出来ちまうこともある。ある意味、魔法版プラセボ効果みたいなもんだ。
 だから、こっちも効果が無くなっていることを言葉で証明することは出来ないが、それはあちらも同じ。そして既に疑いが感じられているときになら、さらに実感が積み重なる。

「戯れ言を……!」
 きっぱりと否定するヤコポだが、その声音には先ほどまでの自信はない。
「だがその状況を覆す事は出来る」
「何?」
 
 さて、ここからどう転がすか?
 
「上から見てたから分かるが、代官のデジモが闘技場に行ったタイミングで、すでに敵さんは館へと潜入して占拠し、防御結界を操作していた。
 だから代官の館を取り返せば、防御結界を復活させる事も出来るだろうさ。そうすりゃ、地の利、兵の数、質で上回るアンタらが勝つ」
 奴の中じゃあ俺を捕らえるのも屈辱を晴らし、名誉挽回をする為。なら、それよりでかい手柄が手に入る……となりゃ話は変わるハズ。
 
「……ふん、ヴェーナ卿に取り入ったと言うだけあり、なかなか口の回る奴だ」
 ありがたいお褒めの言葉。だが俺程度の弁舌に感心してるようじゃ、イベンダーのオッサンに会った日にゃあいいように転がされまくるぞ?
 
「だが、我々とていつまでも貴様に関わっているつもりは毛頭無い。お前のその“耳寄りの話”は、我々の今後の方針を少しばかり早めただけに過ぎん」
 本心かハッタリか。実際、そりゃいずれは館か闘技場のどちらかへ合流してたのは間違いないだろうがな。
「よし、こやつを引っ立てて、館へと向かうぞ。一班は残って、“漆黒の竜巻”を捜索しろ。
 この辺りのどこかに隠されてるはずだ」
 俺が空を飛べることは分かっていたくせに、廃倉庫の屋根の上に隠れてるとまでは想像できなかったか。だがポロ・ガロの言葉通りなら、“漆黒の竜巻”……ルチアはまともに身動き出来ねぇ状態のままのはず。ここで周りの騒音、戦いの様子を聞いて変に助けようなんてしてなきゃ、まだ目はある。
 
「ああ、構わねぇぜ。全然心配ない。全部うまくいくからな」
 聞こえよがしに大声でそう言う俺を、鎖で俺を捕縛している正規兵が乱暴に立たせる。
 
「黙っていろ。お前からはまだ聞き出したい情報はあるが、それは俺が聞いたときにだけ話せ」
 ヤコポが吐き捨てるようにそう言うと、部下の正規兵が再び乱暴に鎖を引く。
 正規兵の数は一応は十人隊が三部隊で、その内一班、つまり5人をここに残す。
 ヤコポを含めて残り26人をどこで撒くか、あるいは……歩きながらのその思考に、不意に割り込んできたのは大勢の足音に怒号。
「司令官、貧民どもです」
「数は?」
「……せいぜいが100人程度かと」
「よかろう、押しつぶし切り刻め」
「は!」
 十人隊が道幅いっぱいを塞ぐように二列。前列が盾と短剣を構えて、後列はやや距離を置いて投石器を準備。残りのうち4人は、相変わらず俺を捕らえた鎖を握り締めたままだ。
 
「やれー、ぶっ殺しちまえ!」
「うおおおおぉぉぉっっっ!!!」
 怒号、雄叫びと共に突進してくる貧民のほとんどは、武器と言うより鋤だの鎌だの肉たたき棒に包丁等、武器にもなる日用品やそこらの棒っきれを手にしている。興奮状態で勢いはあるが、中には数人、恐らくは既に倒した衛兵や奴隷商、その護衛なんかから奪ったらしいマトモな武器を持ってる奴らも居るものの、全体にはお粗末。本当に100人居たとしても、ヤコポの判断した通りに敵うとは思えない。
 予想通りに、まずは投石で前面のかなりの数が打ち倒される。
 密集しているから避けることも出来ないし、何よりも暴徒のような無秩序な爆走、投石が当たってよろけたり倒れた奴らを、止まらぬ後続が踏み潰しながらの突撃。
 最前列が衝突した時には、一気に十人以上が盾に跳ね返され、刺され切り刻まれる。
 話にならない虐殺だ。
 十人隊で幅いっぱいのこの道じゃ、三倍、四倍の人数差なんぞまるで意味はない。指揮系統も戦術もない上、装備も技能もまるで敵わない。
 後続の、まだやや冷静な奴が慌てて足を止め、
「ヤバい、敵わねぇ! こいつら、衛兵より強ぇぞ!?」
 と叫んで引き返そうとするが、それはただ後続とぶつかり合いより乱れるだけだ。
 
「バカやろう、押すな!」
「何やってんだ、進め!」
「ぶっ殺せー!」
「だから押すな……!!」
「戻れ戻れ、バカや……!」
 押し合いながらお互い武器で斬り合い殴り合いして体中から血を流し、右往左往しながら次々切り刻まれる。
 
 それほどの大部隊ではないのに自信満々だったヤコポは、暴徒集団を呆気なく殲滅しながら先へと進む。
 ゾッとするぜ。闇エルフ団の計画は確かに よくできてるンだろう。だが、奴隷や貧民をどれだけ煽って数に任せて暴れさせたところで、部隊として、兵士としての練度はそうそう簡単には覆せねぇ。シーエルフ達は個々には確かに強いだろうが、いくら海に囲まれ水路の張り巡らされた町とはいえ、地上での戦いの経験は少ないはず。何より闇エルフ団……。腕の立つ、出来る奴らはもちろん居るが、その数は決して多くない。 連中がこの町の奴隷や貧民を焚きつけて反乱を起こさせたのも、要は自分たちがまともな戦力としては弱いことを知ってるからだろう。
 
 その場しのぎの思いつき、時間稼ぎのつもりで言った、「代官の館を奪還すれば手柄になるし勝機がある」と言う話、このままヘタすりゃ実現しちまうかもしれねぇ。
 そりゃあマズい。
 
 捕らわれの身のままそう思案していると、再びタロッツィ商会正規兵が、
「また貧民、脱走奴隷どもの集団です! 先ほどより人数分は少ないてすが、ましな武装をしてるようですぞ!」
 と声をあげる。
「すり潰せ」
 全く何一つ平時と変わらぬ、つまらなさそうな声でそう指示を出すヤコポ。
 再び先ほど同様に、前列が盾と短剣を構え、後列が投石を準備すると、再び正規兵の声。
 
「何者かが走って来ます! あれは……騎兵……? いや、違う……毛の長い……牛?」
 
 発射された投石の雨を飛び越えて、遠吠えを上げる寸胴ちびオークを乗せた豚が、俺のすぐ横に勢いよく着地した。
 
 
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