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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-199 J.B.(122)This Is How We Do(俺らのやり方)
しおりを挟むまばらな木々の山あい、やや緩い坂道をタロッツィ商会正規兵が二列縦隊で進んでいる。そしてその周りを奴隷兵たちの五人一班の六班が散兵しつつ囲む陣形だ。
要するに奴隷兵は鉱山のカナリア。何かあったときに「とりあえずやられる」事で、本隊が対応する為の時間稼ぎをする役目。
だが、その陣形が今の俺には有利に働く。
タロッツィ兵と奴隷兵たちが、くっきりはっきりと距離を取って別々の位置に居るってのが、実に都合がいい。
時間は既に夕刻。奴らの狙いとしちゃ夜襲になるんだろうが、それはこっちも同じ。薄暗くなり始めた空の、山林へと入り始めた斜面に木々。うっそうと茂るとまではいかないが、そこそこ視界は悪い。
「おい! まだか!?」
「この先……あの、西の岩場を越えれば、すぐです!」
指し示すのは、見るからに目印にぴったりと言わんばかりの突き出た巨岩。
先頭で道先案内もしているフォンタナスの班は、そこへと向かい進路変更。
そして上手い具合にタイミングも合って、今まさに沈まんとする夕日の光の中に入って来る一点の黒い影。
眩しさに目を細めつつ、眉の上に手をかざしてそれを凝視しようとするタロッツィ兵が、その姿勢のまま仰け反り不安定な斜面をずるりと滑る。
「ぐおッ!?」
「何だ、あれは……!?」
タロッツィ兵の集団を襲うのは、小型の竜巻のような激しい突風。もちろん自然現象じゃない。この俺の“シジュメルの翼”で使える風の魔法による攻撃だ。
この【突風】の魔法には、それ自体にはダメージを与えるような力はない。だが、斜面、不意打ち、夕日による視界の悪さ、タロッツィ兵たちの密集気味の陣形という条件の揃ったとろに叩き込めば、一人が足を滑らせると連鎖的に大勢がその巻き添えを食らう混乱状態になる。
そこへ、
「ば、化け物だ~!!」
「あ、あれは、“巨神の骨”に住む、嵐の霊長、ルフだ!!」
口々にそう喚き出す奴隷兵達。
「ル、ルフだと!?」
「馬鹿な、こんな麓まで……」
「落ち着け、取り乱すな!!」
当然ルフなんかじゃないし、こんなところまでルフが降りてきて人間を襲うなんてことももちろんない。だが、夕日の日差しが目に入り視界が覚束ないところに突然の突風でよろめき倒れるタロッツィ兵たちはちょっとした混乱状態。相応に冷静な判断力も失われている。
そこに紛れて【風の刃根】を叩き付けると、さらに混乱は増す。
そして、突撃だ。
加速して一気に突っ込んで、真ん中のヤコポ司令官の腹に“シジュメルの翼”の隼兜で頭突きをかます。
相手が間抜けならこのまま抱え上げ連れ去っちまうことも出来るが、さすがに歴戦と言われる大男、食らいはするが簡単に捕まらない。
こちらの体当たりを半身で逸らし、倒れず踏み留まるヤコポ司令官は、長柄の大きな戦斧を構え、
「狼狽えるな! 隊列を固持し、敵襲に備えろ!」
と指示。
大音声のその指示に、タロッツィ兵たちはやや平静を取り戻し各々武器や盾を構える。
立て直し始めたタロッツィ兵たちだが、もちろんこちととらそりゃ困る。
なのでお次は……。
「ぎゃあ!」
「闇エルフ団だ! 闇エルフ団の罠だ!」
嵐の霊鳥ルフaka.俺の襲撃から逃げるため三々五々に散っていってしまった奴隷兵たちからの叫びが四方から聞こえて来る。
「何だと!?」
「おい、盾だ! 飛び道具が来るぞ!」
タロッツィ兵達が慌てて軽盾を構えるのと変わらぬタイミングで、投石が四方八方から雨のように降り注ぐ。
ガン、ゴン、ガガッ、と、赤ん坊の拳大ほどの石が、何人かのタロッツィ兵へと当たり、何枚かの盾に跳ね返される。
「岩場の向こうだ! 盾は構えたまま、次弾が来る前に回りこめ!」
ヤコポ司令官の指揮を受け、良く訓練されたタロッツィ兵が整然と走り出す。
「タロッツィ社だァ!」
「頭をねじ切っておもちゃにしてやるぜ!」
訓練されてる割に品のない挑発をかましながらの突撃に、俺は再び上空から滑空しつつ、【突風】を浴びせる。
再び勢いを削がれたタロッツィ兵の先頭に、今度は投石ではなく丸太が転がりぶちかましてくる。
「くそ、奴ら、完全に待ち構えてやがる!」
「ヤコポ司令、このままではまずいです! 一旦戻って、体制を立て直し……」
そう進言する一人のタロッツィ兵。だがその言葉は最後まで言い終える事が出来ず叩きのめされる。
「臆病風に吹かれた者は、闇エルフ団より先に我がの戦斧の洗礼を受けるぞ!
突撃だ!」
そいつを殴り倒したのはヤコポ司令官の戦斧の柄。打ち倒されたタロッツィ兵は、ふらつきながらもなんとか立ち上がる。
思ってたよりこのヤコポ司令官は厄介だ。本人が確かに言われるだけの強者だし、知将と言うワケでもないが猛将の類。決断と切り替えが早く、恐怖と鼓舞とで兵を動かす。
今回の作戦は基本的には逃げ回りつつ、罠と騙しすかし脅しの繰り返しで消耗させるもの。
ルフの襲撃も、闇エルフ団の罠も全て嘘。
俺が姿を見せぬまま“シジュメルの翼”による【飛行】と【突風】などの魔法を駆使し体勢と陣形を崩し、事前に用意しておいた諸々の道具や罠でフォンタナス達奴隷兵が攻撃を仕掛ける。
奴隷兵は逃げだし、また闇エルフ団にやられたかのふりをしているが、実際にはフォンタナス達を中心に反乱を起こす手はずになってる。
その取り引き、交渉材料はもちろん俺が奴らに掛けられた【畏怖】と【追跡】の魔術を、イベンダーから借りてきている魔導具で解除してやること。
それが出来る、て事を証明するため、既に俺はフォンタナスを始めとした数人の【畏怖】だけは解除している。
時間的にも全員を、とはいけてないが、半数くらいは既に【畏怖】の呪縛下にはない。こんな風に逃げ回りつつも反撃したり出来ているのはそいつらが居るからだ。
だが、それでも基本的にはこちら側の方が志気は低い。ヤコポ司令官によるタロッツィ兵の志気の鼓舞は、かなり厄介になる。
「隠れ潜み不意打ちするしか能のない臆病な賊徒どもよ! 我こそ至高帝ヤコポなり! 今日が貴様等の最期の日だと知れい!」
山肌にこだましそうな大音声。その威圧に、【畏怖】の魔術効果を解除出来てない奴隷兵は縮みあがる。
これまでの攻撃で、タロッツィ兵の三割近くに損傷を与え、戦力低下をしてはいる。あとさらに戦力を削り、二十人隊を半数程度まで減らせれば、奴隷兵30人と俺とで勝てるだろう……と、そう言う目算もあったが、今のでその目は完全に消えた。
丸太をかわし無傷だったタロッツィ兵が、巨石の位置を走り抜けて回り込むと、
「奴隷兵が倒れてる!」
と報告。当然それは、ヤコポ司令官の恫喝で【畏怖】の効果が発揮され、戦う意志を失っちまった奴隷兵の一人だが、幸いと言うか、今は「闇エルフ団に襲撃されている」と言う嘘を補強する材料になる。
が。
「おい、闇エルフ団はどっちだ!?」
そう問い詰めるタロッツィ兵に、怯えた奴隷兵はうずくまるだけで何も応えられない。焼き印と共に仕掛けられてた【畏怖】の呪い効果だけじゃなく、ヤコポ司令官からの威圧への恐怖も強い。
そのうずくまる奴隷兵の頭が、ばかりと二つに割れる。
「役立たずめ」
そう吐き捨てながら、奴隷兵の頭をまるでカボチャみたいに割った大きな戦斧を片手で引き抜くヤコポ司令官。
糞……! 分かっちゃ居たがこの男、奴隷兵の命なんぞ何とも思っちゃいねぇようだ。
やる気になってた奴隷兵たちも、この所業にはドン引きだろう。俺だってそうだ。まして元々戦士としてのマトモな訓練なんざ積んでねぇ、ただ奴隷狩りにあって、ボロい装備着せられて無理やり戦わさせられてただけなんだから、ガチな殺し合いへの覚悟も心構えも糞も無い。
腰の引けた奴隷兵たちがヤコポ司令官やタロッツィ兵達に見つかれば、その流れで闇エルフ団の襲撃と言う嘘もバレるかもしれねぇし、そうなりゃ計画は全てパァだ。
となりゃ、プランBだ。
俺は再び“シジュメルの翼”から、ヤコポ司令官を含む先頭のタロッツィ兵達へ【風の刃根】で牽制の攻撃。【突風】を使えりゃそっちをかましたいが、大技の方はそう連続じゃ使えねぇ。
それから、
「タロッツィの間抜けどもよ! 貴様等は既に包囲されている! 命が惜しくば武器を捨てて降参しろ!」
木々の隙間を縫うように飛び回りつつそう叫ぶ。
「上だ! 上に何者かが居るぞ!」
「弓か投石で応戦しろ!」
数人が飛び道具を構えるが、日も暮れて薄暗い山林の中で素早く動き回る俺を捉える事は出来ないし、捉えても連中の弓や投石程度では、“シジュメルの翼”の防護膜は突き破れない。
プランB。つまりは奴隷兵達は撤退、逃亡して決められた集合地点へ行き、その間俺がタロッツィ兵を引きつけておく。フォンタナス達には、「俺が奴らを間抜け呼ばわりしたら、撤退の合図」と伝えてある。
風の魔力で気配を探ると、打ち合わせ通りに奴隷兵たちが撤退している。後は十分に時間を稼いでから、さらに別の方向へとタロッツィ兵どもを引きまわした上で、俺も空からオサラバすれば完璧だ。なんだか最近、やたらと撤退戦ばかりやってるような気がするが、実際そういうのには全くうってつけの装備なんだよな、この“シジュメルの翼”ってやつはよ。
だが、そう考えてたのはちょっとばかし抜けた頭だった。
木々に紛れて飛び回り牽制する俺の目の前に、突如緑の塊がわさっと現れる。いや、現れたワケじゃない、倒れて来たんだ。
太さとしてはせいぜい両手で囲める程度でそう太くはない若い木だが、枝は四方に伸び葉の量も多い。ヤコポ司令官はそいつを戦斧で両断して倒すことで、届かぬ上空を飛び回る俺へとぶつけてきた。
戦斧なんてなそもそも木を切る為のモンじゃねぇ。特にヤコポ司令官の持つような長柄の巨大な戦斧は、木を切るための斧とは作りが違う。それに、仮に木こりの斧だったとして、若木とは言え瞬時に一撃で木を切り倒せる事はまずあり得ない。
斧が特別なのか、ヤコポ司令官が特別なのか、あるいはその両方か。とにかく突然倒れ込んできた緑生い茂る若木を、俺は上手く避けることなどできずまるでハエたたきに叩かれたハエのように押し潰される。
「敵が落ちた! 囲め!」
わわっと周りを囲み出すタロッツィ兵。俺は素早く魔力循環を整え直して“シジュメルの翼”を再起動するが、防護膜を僅かに張れただけで離脱には間に合わない。
囲むタロッツィ兵が手にした武器を突き入れ叩こうとするが、防護膜で威力は減らされ、また俺もそれらをかわし、篭手や兜で受ける。
「何だコイツ、妙だぞ!」
「う、上手く、武器が当たらねぇ!」
風の防護膜に武器を突き入れると、それこそやんわりと押し返されるような妙な感触になるらしい。それが功を奏し、連中が戸惑っている隙に、姿勢を低くして囲みを逃れようとするが、
「……南方人か!」
野太い腕が俺の腕を掴み、引っ張り上げる。
腕が抜けるかってな馬鹿力は、当然ヤコポ司令官。
「うむん? ……貴様、その入れ墨……」
暗闇の中、僅かな月明かりで俺の肌の入れ墨を見定めただろうヤコポ司令官がそう呟く。
「狙いは“漆黒の竜巻”……か?」
それが何かを、俺はまだ知らない。知らないが……つまりはそう言う事だろうな。
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