遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-198 J.B.(121)Battle Scars (天下御免の向こう傷)

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「フォンタナス以下4名、巡回より帰還しました!」
 面長で癖毛、やや初老にさしかかってる……様に見える老け顔の男がそう言って右手を胸の前へと置き報告をする。

「何だ、バカみたいに時間ばっかりかけときながら、何の成果も無しか、この糞どもが?」
「言うな言うな。こいつらが野うさぎの一匹でも捕まえてくりゃあ大したもんだ」
「違ぇねぇ」
 報告を受けた“上官”の商会正規兵たちは、がははと豪快ぶった下品な笑い声。傍で聞いてても、嘲り見下しのための笑い声ってな気分のいいもんじゃあねえな。
 
 事前に聞いていた通り、本隊のある野営地は岩場に囲まれたやや小高い丘。見通しは良く、仮に攻められても守りやすい。簡易的だがちょっとした柵に櫓なんかも建てられていて、戦支度でもねぇのになかなかのもンだ。近くには小川も流れてて、長期間の野営地にはぴったりのロケーション。
 
「詳しいことはそんなに聞かされちゃいないが」との断り込みで聞いた話としちゃ、まずはこの奴隷狩り商会、名前をタロッツィ商会、またはタロッツィ社、とかなんとか言う「業界最大手」だそうだ。
 奴隷商と傭兵団の中間みたいな商会で、“毒蛇”ヴェーナ卿の覚えもめでたく、領内での魔獣を狩る専門の護民兵団とか言う組織にも多く採用されている。
 そのタロッツィ商会の小隊がこの辺に陣取ってるのは、当然俺みたいな間抜けな流れ者を狩る為……じゃあない。連中にとってそれはもののついでの手慰みみたいなもので、基本的には探索が主な任務らしい。何を探索しているのかと言えば、一つは流民たちの隠れ里。
 税を払えず逃げ出した連中は結構いろんなところに集落を作って隠れ住んでたりするらしい。そういうのを見つけ出して纏めて狩る、と言うのは連中にとっての通常業務。
 そしてもう一つは、そういう隠れ里の一つではあるんだが、最近ちょっと派手に暴れてる連中がいるのでそいつらを見つけ出したい。
 闇のエルフ団とかなんとか名乗ってるその連中は、奴隷狩りの商会や何かを襲っては、奴隷たちを連れ去り解放してる。まるでアメリカの黒人奴隷解放運動の歴史にある、レイルロードみてえじゃねえかよ。名前が名前だし、もしかして闇の森のダークエルフが関わってたりするのか? とも思うが、まぁその辺は分からねーな。
 
 なんにせよ、連中の大きな目的はこの二つ。
 まるで最前線のような野営地を築いてはいるが、そういう意味では結構弛緩してもいる。
 流民狩りなんてのは通常業務の範囲だし、そもそも餓え衰えた非戦闘員ばかりで脅威じゃない。後者の闇のエルフなんとやらに関しては、それなりに出来る連中も居るらしいが、これだけの部隊に真っ向から戦える武装勢力ってほどでもないし、まぁその辺含めてぶっちゃけ結構舐めている。奴隷兵のフォンタナスに言わせりゃあそんなに本気で探してる風でも無いっぽいしな。「どうせ見つからないだろうけど、とりあえず上から言われてるから形だけでも探しとくか」くらいのもんか。
 
 そんなゆるゆるの部隊ってところに、隙がある。
 しかも、フォンタナス達の帰還に合わせて、俺がコッソリ岩陰づたいに忍び込めるくらいの、かなりでけぇ隙がな。
 
 野営地の中の作り自体は、ゆるゆるの雰囲気とは逆に、きっちり整然とはしている。基本は四角く区切られた柵の内側の、その真ん中に広くとられた広場があり、その周りを囲むように、チェス盤のように定間隔に並んだ天幕。広場の真正面に据えられたひときわ大きな天幕は司令部に相当するもので、そこには部隊の司令官の寝所もある。
 奴隷兵とタロッツィ商会の正規兵は装備の違いですぐ分かる。
 奴隷兵はボロボロのチュニックに、やはりボロボロの皮鎧と安物、使い古しの手槍か幅広の短剣。たまに丸盾と短弓持ちがいるくらいだ。
 正規兵も革鎧ではあるが、 手入れも行き届き磨き抜かれた上物で、黒塗りにタロッツィ商会の印章である鷹の爪の白い紋様。
 同じく革と金属を組み合わせて作られたお揃いの兜も被り、武器もピカピカの上物だ。
 なんとなく見覚えがあるのは、ヴァンノーニ商会のお揃い革鎧とデザインが似ているからか。この辺りじゃあ結構ベーシックなデザインなのかもしれねぇな。
 
 コソコソ隠れて中をうろつけるのは、前にもレイフから借りている“身隠しの外套”なる、隠密能力の向上の付呪までされた魔糸織物を身にまとっているから。特にこいつは、動かずに息を止めてる間はかなり気配を感じなくさせられるらしい。
 
「ほう、それは本当か?」
「あ、はい。あれは、闇エルフ団かどうかは分かりませんが、少なくとも何人かの琉民集団の隠れ家なのは、間違いないです、はい」
 フォンタナスは門番へと打ち合わせ通りの話をしている。
 
 内容的にはこんな話だ。
 ここから南に3ミーレ(約5キロメートル)ほど行った山裾の山林の中に古い遺跡らしきものがある。その周囲が、簡素だが人の手で作られた柵で囲われており、明らかに人の住んでる気配。しばらく隠れて様子を見てたところ、狩り、採取から戻ってきてたであろう数人の男女が戻ってきて中へと入っていく。衣服はボロボロ、一部毛皮などで補強しているが、まぁ言ってしまえば野人そのものの状態。つまり、外部とは接触が無く、明らかに隠れ住んでいる集団。
 
「分かった。ヤコポ司令官に報告してくる。ここで待ってろ」
 1人がそう言って、中央の天幕へと報告に向かう。
 
「やったじゃねぇかよ。収穫がありゃあお前たちの借金もある程度返せる。コツコツ真面目に役に立ってりゃ、いつか自由の身になれるし、なんなら俺たちみたいに正規兵に取り立ててもらうこともできるぜ」
 借金なんつっても、別にもともと借りてる金があるわけじゃない。要するに自分で払う自分の身代金だ。自分の自由を買うためにここで奉仕し働き続ける。或いは、いわゆる戦働き的な意味で実力と戦果を積み重ねていけば、正規兵に取り立ててもらえる事もある。
 
「おい、女がいたっつうのは本当だろうな?」
「あ、はい。遠目だったですけど、間違い無く」
「へへ、そりゃあいい。こんな野営地に詰めっぱなしじゃあ、なかなか女の肌にも触れねぇからよ」
「ああ。次に慰安奴隷連れて来てくれるのは、半月後だったか?」
「かぁー、そんなに待ってられっか! 俺の息子は今日にでも爆発しちまいそうだ」
「自慢の槍も、ヤギの相手ばっかりじゃ飽きちまうからな」
 身振り手振り交えて下品な話でゲラゲラ笑う。ま、この手の連中の話すことなんか、どこでも大して変わりゃあしねえな。
 
 しばらくして再び使いに走った正規兵が戻ってきて、フォンタナスを連れて行く。
 中央の大きめの天幕の前まで来たフォンタナスは、緊張と怯えで軽く震えているが、もちろそんなのはあちらさんの知った事じゃない。
「ヤコポ司令官、連れて参りました!」
 右手を胸の前に置くおなじみの敬礼でそう伝えると、天幕から現れるのは髭面禿頭の大男。
 まるで巨人が手慰みに岩を握って作ったかのようなゴツゴツといかつい顔に無数の傷。目鼻立ちは全体的にやや小さく控えめで、その体格に不似合いな蛇のように鋭い目。一言で言えば、めちゃくちゃ怖い顔だ。
 
「数人、と言ったな。具体的には?」
 言葉少なくストレートに切り込むと、フォンタナスはしどろもどろになりながら、
「え、あの、何人……だったかと、申し、ますと、えぇ……と、その……」
 と口ごもる。それも仕方ねぇ。具体的な人数がどれくらいかなんてのは打ち合わせで決めてなかった。
 
 当然のことだが、フォンタナスが目撃した流民の集団というのは真っ赤な嘘。
 奴隷兵達が呪いをかけられたことにより逃げ出すことが出来ないという話の真偽を確かめるため、こちらはイベンダーのオッサンに渡された魔力痕や術式を解析する魔導具を使った。
 手のひら大の四角い石版の先に棒がついたような形のそれは、その棒の先端部分を近づけることで、そこにある魔力痕、あるいは術式を大まかにだが調べることができる。魔術師ならば呪文一つでできることではあるが、俺やイベンダーのオッサンにとってはかなり便利な代物だ。
 
 で、その結果、「呪いで逃げられない」と言うのは嘘と判明。
 確かに焼印と共に簡単な魔法の術式を埋め込まれてはいるが、その効果は【畏怖】と【追跡】。
 つまり、タロッツィ商会への漠然とした恐れを抱かせ続ける幻惑魔法の効果と、印を付けられた奴隷の居場所をおおまかにだが追跡出来る効果。
 
 この二つは当然、「逃げ出したり歯向かったら呪いで死に至らしめる」というものに比べれば、かなり簡単な術式だ。だが、奴隷の逃亡を防ぐという意味ではこれでも十分効果的。逃げ出したところで場所は追跡されてしまうし、そもそも漠然とではあるが畏怖心を抱いてる以上、逃げ出そうという気持ちが起こらない。
 
 小狡いが、かなり効果的。
 
 で、その事を話すと、フォンタナス含め5人の奴隷兵は怒った。【畏怖】の効果があるから控えめではあったが、その畏怖の効果をかけられ続けてるということも含め、自分たちがありもしない恐怖に怯えさせられ、従わさせられていたということに対してだ。
 そこで俺はフォンタナス達に取り引きを持ち掛ける。つまり、奴ら奴隷兵は逃げ出せて、その上で俺は欲しい情報を手に入れるという目的の為の共闘をすると言う取り引き、計略を、だ。
 
「きびきび答えろ!」
「ふ、ふぁあい!」
 隣の正規兵にどやしつけられ、慌てふためきながらもフォンタナスは続ける。
 
「えー、そのとき、直接見たのは……8人……9人……10人? ほど……ですが、恐らくは、中に、もっと、居た……はず、です!」
「何故そう思う?」
「は! 遺跡の、中から、何者かが、えー……合い言葉? の、ようなもので、戻って来た者達を、仲間かどうか、確認していたからであります!」
 たどたどしくも、なんとかそう話を続けるフォンタナス。即席にしてはなかなか出来た嘘だ。やるじゃねえの。
 
 ヤコポ司令官とやらは削った岩みたいな顔を僅かに歪め……たような感じでやや思案。それから、
「良かろう! 二部隊及び奴隷兵で現場へ向かう。
 狩りの準備だ!」
「了解!」
 
 正規兵が野営地内へと指令を伝えに走る。
 二部隊ってのはなかなか厄介な数ではあるが、それでも罠にはまってもらう予定ではあるけどな。
 
 
 
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