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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-196.追放者のオーク、ガンボン(84)「───駄目だ、良くない」
しおりを挟む暴風の如き拳の雨。岩の固まりをくくりつけた棍棒のようなそれは、確かに速度はそれほどでもないが、当たればそれだけで意識を失いかねない威力を感じさせる。
「見た目に反して素早いじゃねぇの」
嗤いながらそう言う猪人だが、半ば転がりながら避ける俺が素早いのではなく、明らかにあちらが手を抜いている。
遊んでいるのだ。
最初の言葉通りに、「楽しんで」いる。
けどそれは、ある種のスポーツとしての「拳での語り合い」を楽しんでいるのではなく、猫がネズミを、猪が豚を嬲りいたぶることを愉しんでいるのだ。
この闘技場での勝敗は、審判による戦闘不能との判断、主人による棄権のいずれか。
この猪人の場合は奴隷闘士ではないから「本人の棄権」になるが、いずれにせよ殺し合いが決着ではない。
だが、一見するとただのバトルハイ、拳での語り合いを楽しんでいるかのようでいて、その目の奥にはなんとも不気味なモノが見える。
「おいおい、あんまり逃げ回るなよ。もっと語り合おうぜ、お互いの拳でよォ!」
笑い声をあげながら畳みかけるようなジャブの連打。
既に壁際へと追い込まれ、避けられる場所がほとんどない俺は、とにかく姿勢を小さく低くし、前屈みになる。
その拳が、背後、闘技場の壁へと打ち込まれる。
半分狙い通り、あとの半分は偶然にも、猪人が自爆したかたちになったが……。
壊れたのは拳ではなく壁の方。まるでハンマーでぶっ叩いたようにボコリとへこむ。
いや、待って、何その破壊力? 猪人は確かに見た目は俺の上位互換。けど一撃の破壊力は桁違いでしょ?
こんなの当たったら顔面ザクロですよ。ジャブのような牽制のパンチでこれなら、懇親のストレートやフックなら、どんだけの破壊力になるの?
冷や汗、脂汗滲む内心で、そう言えばと思い出す。南方の獣人の中には、種族的な魔法の技として魔力循環での身体強化術があるのだが、その一つに拳や足先等を、蹄のように硬くする技があるのだとか。文字通り、猪の蹄で殴られるようなもの。
体格差もある、リーチの差もある。そしてこの攻撃力の圧倒的な差。これは拳闘試合では手も足も出ないぞ。
ならば、当然俺がやるべき手はただ一つ。
全神経を全集中。
どんな破壊力のある拳でも、当たらなければダメージはない。
だから恐れるな。とにかくその腕、拳の動きに……って、危なっ! ヤバい、かすっただけでぐらぐらする!
や、本当、マジでかすっただけよ? けど……マズい、意識飛びかけた。
その僅かにかすっただけの拳でぐんにゃりする感覚に引きずられ、上体が仰け反る。
それを追撃の好機と見ただろう猪人は、間髪入れずの連打。もはや仰向けに寝転ぶようにして倒れてそれを避けると、今度は足での踏みつけ、ストンピングを狙ってくる。
その足を、俺は両腕で絡め捕るようにして受ける。
驚く猪人。構図的にはユリウスさんの所の雄牛兜のときと同じ。だが、この猪人はユリウスさんの力の影響で巨大な身体になっていた雄牛兜よりは体格は小さい。それでいて足首の太さ、頑強さは上だろうから、ヒールホールドよりは別の技だ。
反射的に足を引き抜こうとする猪人の動きに合わせて、俺はその足を持ち上げるようにして体勢を崩す。そのまま、上下は逆転。
仰向けに倒れる猪人に、今度は俺が上になる格好だ。
だが、ここから馬乗りになり乱打する……のは、得策じゃない。元々やり慣れてないし、ここでも体格差が出てくる。
だからやるべきは、極め技か締め技になるのだが、これもまた難しい。
素早く体を入れ替え上半身側へ回り、仰向けのまま体を起こせずにいる猪人の首へ両腕を回す。所謂裸締め、頸動脈を絞めて“落とす”技へと進もうとするが、猪人はその動きに対応し、体を捻って反転、くるりと起き上がる。
「……そいつが東方オーク流の格闘術とやらか?」
ふん、と鼻息荒く空気を吐き出し俺を睨みつける。
かわされはしたが、とにかく打撃戦に勝ち目がない俺としては、俺よりリーチのある猪人を逃したくない。
前のめりに詰め寄って距離を潰す。
そうくることは想定外だったか、今度こそ猪人の反応に遅れが出る。
相手は胴着を着てないし上半身はほぼ裸。なので、通常の組み手は不可能だ。だがそれでも、強引に腕を掴んで絡め取り、体勢を低くして潜り込む。
「……テメっ!?」
下から身体ごとぶつかるように押し込まれ、体勢を崩されやや仰け反る猪人。
重心が高く浮く。腰を入れる。上体を下げつつ腰を跳ね上げる。身体に、いや、魂に染み付いた一連の流れ───。
それが、防がれた。
二人揃って倒れ込む。
地面にしたたかに打ち付けられる顔面に、口の中は砂の味。
猪人は俺の投げに反応し、軸足を刈ろうと不細工な足技を返してきた。
それが、完全な投げを防ぎ、相撲で言う同体、二人ともども横倒しに。
俺より体重のある猪人が、半ばのし掛かるかにしてきた衝撃、重さに、肺の中の空気が吐き出され息が詰まる。
這い蹲りながら大きく呼吸。酸素を取り込み跳ね上がろうとするが、さらにもつれ合う。
「糞が……! ざけた真似……しやがっ……て、この……」
怒気を発しながら上体を起こし唾を吐く猪人。そのでかい拳が、振りかぶられて俺の顔面を狙うのを両腕で受けつつ、今度はそれを両脚で挟み込むようにし腕ひしぎ逆十字。
狙いは悪くないハズだが、すかさず両手を組んでそれを防ぐ。
不発の極技の、力と力での攻防。
だが、足と腕に背筋含め、全身の力で攻める俺の方に分がある流れ。このまま押し……いや、引き勝つかと思ったが、半身を上手く捻り、あちらは俺へと体重をかけて攻め手を抑える。
次第に重くなる過重に、ついにこちらが根を上げる。はがされた俺の腕や脚を、今度は猪人が狙ってくるが、あちらも疲労が激しい。荒い息をつき、さらにのろくなった手を避けて、転がるように離脱。
再び、両者向き合って構える。
今の攻防で、お互い結構な体力を消耗する。それぞれ呼吸を整え、僅かなりとも体力回復に努める場面だが、俺はそこでさらに【自己回復】の魔法を使う。回復や身体能力向上の魔法に関しては、必ずしも禁止事項ではないのだ。
「イラつかせてくれるなァ~、東方オーク流格闘術とやらはよォ~……」
再び唾を吐いてからそう睨みつけてくる猪人。自分より小さいオークなど殴り合いで黙らせられると高をくくっていたのか。
それにしては猪人の反応は、鈍重そうな見かけに反して侮れない。確かにこちらを舐めてた部分もあるだろう。だが、東方オーク流格闘術それ自体は嘘の触れ込みであるものの、実際俺が使ってるのは前世で覚えた柔道技。その点、この世界この時代の平均的な格闘術に比べれば、かなり高度な技術なのは間違いない。
それに対して、まがりなりにも即座に対応してきている。東方オーク流格闘術を警戒していたから対応できたんじゃない。瞬時の判断力なのか、あるいはこの俺が使う柔道技に似たような技をすでに経験しているのか……?
その疑問は、その次の猪人の構えでさらに混乱する。
両足を肩幅。自然な脱力をし腰を落とした構え。両手は軽く関節を曲げた自然な状態で手を開いて前に。そして右足を少し前に出しての半身。
柔道における最も基本的な、攻防両方に対応できる右自然体の構えだ。
「来いよ、ミニ豚ちゃん。ぶっ潰してやんぜ」
掌を上に向け、指先だけをくいっと曲げて誘うかの仕草。
この猪人、間違いなく知っている。柔道か、または柔道によく似た格闘技を。
お互いにらみ合いつつ距離を保つ。
先ほどまでの激しい打撃戦と打って変わった膠着状態に、観客たちには戸惑ったようなざわめきが広がる。
そのざわめきの中に、次第に野次が混ざりだす。
何やってんだ、早く戦えと行動を急かすものだが、確かにこれだけにらみ合いを続けてれば、柔道の試合でも「消極的」として警告を食らう。
焦りは禁物。だが、ただ睨み合いをしてても意味がない。
俺は軽くフェイントを交えつつ距離を詰める。タイミングをスカされた猪人は、打撃による反撃が決まらない。いや、これは打撃ではない。さっきまでの拳を使った攻撃ではなく、手のひらを開いた開手のまま。つまり、掴みに来た。
そこからは捌き合い。柔道なら道着の奥襟と袖を取りたいところだが、お互い半ば半裸。闘技場用の派手目な衣装は着てるが、それには袖も襟もない。
だから組み合いはレスリングスタイル。相手の首の後ろと二の腕を掴んでの攻防になる。
相手の猪人も、この組み手争いは様になってる。より奥、より深く 掴み、自分に有利な体勢を作るのが組み手争いのキモ。
だが、前世からの修練の賜物。この組み手争いには俺の方が一日の長がある。
相手の体勢が崩れたところを狙い、オークの握力で首を掴み、腕を引き、腰を落としてから跳ね上げる。流れるような背負いの体勢。
しかし不発。再び猪人は引き手側へ素早く逃げ、そこから脚を絡めて足払いを仕掛けてくる。
互いに体勢を崩し、再び組み手が解ける。やり直しだ。俺はまた腰を落としながら構えを取るが……そこで猪人はそのまま倒れ掛けた勢いで半回転し、俺の後頭部へ裏拳一閃。
衝撃に前のめりつつよろける。
ぐわんぐわんと意識と視界が揺れる。バカだ。今のこれは柔道の試合ではない。思っていた以上に相手の猪人が真っ当な柔道の返し技を使ってきたことから、ついそのことを忘れてしまっていた。
倒れかけた俺へ、今度は蹴りを連打。もちろん背後から。ここも……バカな油断。柔道の試合と違って、ここでは後ろからの攻撃も反則じゃない。
よろめいてる俺を見定めてか、さらに大きなモーションでの中段回し蹴りを狙う猪人の、その蹴りのタイミングに合わせて伏せるように低く屈む。
渾身の蹴りをかわされて体勢を崩すのは猪人の方。そこに背後から組み付いて、横掛け気味に足を払いながらもろとも倒れ込む。
右腕を取り、脇の下から足を差し込む。反対側からもさらに足を絡め、首を挟む。
俺の短い足でどこまで出来るか不安はあったが、何とか完成したこの形。両足を使い片方の腕と首を絞め上げる極技、後方からの変形三角絞めだ。
猪人も技ががっちりと決まった事に気付き、逃れようと激しく体を動かす。さっきも言ったが、俺の足は残念なことに短い。勢い良く暴れ続けられれば、ポロッと外れてしまうかもしれない。だから、まずは体重移動で相手の動きを出来るだけ封じる。そして、渾身の力で締め上げて、なるべく早くに落とす。
ギリギリと締め上げる足の力に次第に猪人も暴れることが出来なくなる。
そこに……激痛。
あまりの痛みに足が緩む。その緩みを逃すことなく、猪人は残った自由な左腕を隙間にねじ込んで、半ば強引に三角締めを解いた。
鉄臭い血の匂い。誰のかと言えば、もちろん俺の。ふくらはぎの一部からダラダラと溢れる滴る血に、半ば千切られた肉のその欠片を地面へと吐き出す猪人。
口を血まみれにし、血走った眼でこちらを睨みながらニタリと笑うのその顔は、あまりにも凄惨で狂気じみている。
噛みちぎられた。
そしてこれも、今回のルール上は反則ではない。
初めて。初めて今回この戦いの中で、背筋が凍るような恐怖を覚える。
強いとか、手強いとか、勝つとか負けるとか、そういうことじゃない。半ば遊び気分、弄ぶかのように笑いながら闘っていた最初の時とは違う。何がこの猪人をそうさせるのか? それは俺にはさっぱりわからない。わからないが……この手段を選ばぬ狂気じみた勝利への執着、執念。それを、今……心底恐ろしく感じる。
ユリウスさんに感じたのとも違う。グレタ・ヴァンノーニや、それに似たヴェロニカ・ヴェーナ卿に感じたのとも違う。
何だか分からない、得体の知れない狂気。
それに……俺は、やられた。
「へへ……ざまあねぇぜ……何が……とくた……だ……コラ……。試合じゃねぇンだよ、あぁ? どっちが……本当に、強ェか……ワカったか、てめェ、ごるぁ!?」
熱に浮かされたように、ぶつぶつとそんなことを呟いている。言葉の内容それ自体は、ヤンキー、チンピラのそれと大差ない。
だが、俺に対して言っているようにも聞こえるが、そうとも思えない。半ば目の焦点も合っておらず、完全な興奮状態。
ダメージは俺の方が上だが、体力の消耗は向こうの方が上。俺は何とか【自己回復】で血止めをしつつ体力回復を図るが、痛みとショックで集中力が散漫になっている。
そこに、ただ何も考えて無いかの突進で身体ごとぶつかって来る猪人。脚の怪我に、先ほど感じた恐怖。俺は避けられもせずそれをくらい、そのまま馬乗りになられる。
そこからはまた独壇場。馬乗りからのボコ殴り。しかも例の拳を硬くする強化の魔法も使われて、まさに石のハンマーで殴られているかのようだ。
なす術なく殴られるままの俺だが、【自己回復】でリカバーしながらなんとか堪える。
亀になったときには、打撃の痛みには耐えられる。連続して畳み掛けられても、痛みそのものには慣れる。だが、それでもダメージは蓄積され続ける。
打撃のダメージと、回復量。そのどちらが上かの根比べ。それを続けられるのは、耐えた後の勝ちへの強い意志、執念だ。そしてそれは、今の俺に最も欠けているもの。
元々は八百長で負ける予定の試合。急遽対戦相手が変わり、八百長自体は有耶無耶になったが、もとよりここでの勝ち負けにはあまり意味がない。
そう、ハナから俺にとっては、あまり意味のない試合だった。
審判による判定はまだ出ない。ラシードからの降参も出ない。俺は半ば試合放棄気味にただ打撃を受けつつ、ダメージを最小限にするように受けている。
興奮してるであろう観客の歓声も、俺自身が殴られる鈍い音も、だんだん意識の端から遠のいて行く。
まるでホワイトアウトするかに、意識が遠のき、視界もまた同様にぼやけてくる。
その白濁しかけた意識の先に───道が見えてくる。
ゾワゾワとまとわりつくような嫌な感覚。黒くねじ曲がった木の枝のようなそれは、次第に俺の体へとまとわりつき、内側へと潜り込んでくる。
それはだが、何故だかよく馴染みのある、落ち着き安心をもたらすもののように感じられる。
闇の安らぎ。ダークエルフであればそう表現したかもしれない。
ああ、そうだ。
もうこんな試合なんかどうでもいいじゃないか。俺にとってこの目の前の、イカれて興奮した猪人をぶっ倒すことにはハナから意味はない。こいつがどうなろうと、他の奴らがどうなろうと、俺には全く関係ない。こんな面倒なことはさっさと放り投げて、全て委ねてしまえばいい。
そう、全てを委ねてしまえば───。
『───本当にそれで良いのか?』
───駄目だ、良くない。
「───の兄ィ……!」
「───だ! 負けないでくれ……!」
負けない? 何に?
猪人に、じゃない。聞こえてくるアバッティーノ商会闘士の声に、意識を引き戻される。
そうだ、こんなところで負けてはいけないんだ、俺は。
頭を突き出し、額でやつの拳を受ける。どんなに硬い拳でも、打点がずれれば威力は減る。しかも相手のパンチに対してカウンター気味で入った拳への頭突きは、当然相手にも相応のダメージを負わせる。
「ぐがぁっ!?」
もはや死に体、と思っていただろう俺からの反撃に、猪人は驚愕と痛みからかそんな悲鳴。
その反り返り気味の体重移動に合わせて、俺は腰を跳ね上げ両肘を地面につき勢いよくブリッジ。上に乗っていた猪人はバランスを崩す。
いやヤバかった。
非常ォ~~にヤバかった。
というかヤバいことを忘れていたし、ヤバいこと思い出した。
あのままやる気も目的も、確たる意志もないままで半分意識を失ったりしていたら、俺、“狂犬”ル・シンの呪いによる人狼化の暴走始まってた可能性あったわ。
危ない、危ない。
そのまま下からの体勢で、よろけた猪人の右足へ両足を絡め、同時に両腕で相手の右手を捕らえて動きを封じる。
三角絞めの時と同様、足の短い俺では足技による関節も極めも上策とは言えないが、体勢的には最もかけやすかった。柔道の技であるが公式時代では基本的に禁じ手であり、両足で相手の膝を逆方向へと曲げる力を加える危険技、足絡だ。
わずかな【自己回復】での体力回復がここで生きてくる。攻め続けていた猪人よりも俺の方がスタミナが残っていて、脚の力も万全でなくともまだ十分ある。
頑丈で太い猪人の膝は、そう簡単には破壊されないだろうが、それでも痛みもダメージも尋常じゃない。
先ほどまでの半ば錯乱した興奮は醒めていないだろうが、それでも猛烈な痛みに野太い悲鳴を上げる。
唯一自由な左手で俺の顔面へと拳を入れるが、不安定な姿勢からのパンチはマトモに入らず、入ってもたいしたダメージじゃない。
次に俺の肩の近くを握って、その握力で強引に引き剥そうと、また腕そのものへのダメージも狙ってくるが、こちらも体勢、体力どちらの理由からもさほど有効じゃ無い。
傍目に見ても起死回生、逆転の関節技が決まった状況。もはや後は降参、試合終了の宣言が入るか、この猪人の膝を破壊するかの結末しかない。
と、そう思っていたところ、聞こえてきたのは全く予想外の叫び声だった。
「高波だーーーー! 避難しろーーーー!」
……え? ドユコト?
────────────
ひとまずガンボンちゃんパートはここまで。
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