遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第二章 迷宮都市の救世主たち ~ドキ!? 転生者だらけの迷宮都市では、奴隷ハーレムも最強チート無双も何でもアリの大運動会!? ~

2-2.J.B.(1)in the straight outta labyrinth city.(迷宮都市への一本道)

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 ギャンブルと退廃と娯楽の街、ラスベガス。
 アメリカ合衆国ネバダ州ネバダ砂漠の真ん中に、突如として輝くネオンの街。
 俺の知ってる「ベガス」と言えばそれくらいだ。
 ま、行った事は一度もねえけどな。
 ロス生まれだってーのによ。
 
 このロス、ってのも勿論「ロサンゼルス」のことだ。
 天使のいない街。ラスベガスのあるネバダ州の隣、カリフォルニア州西海岸最大の都市。
 人種の坩堝、リベラルの砦。そして、カラーギャングの街。
 
 俺はロスのコンプトン生まれのクソガキで、黒人の父親と白人の母親の元に育った。
 貧困、治安悪化、ギャング抗争にドラッグの密売。文字通りまさに「公共の敵(パブリックエネミー)」の溜まり場だ。
 そこで育った俺達みたいなクソガキは、大半は成人前にギャングになるか、ギャングに殺されるか、警官に殺されるか、だ。
 そして成人になってからも、ギャングになるか、ギャングに殺されるか、警官に殺されるか……警官になるか、だ。
 俺はそのどれも嫌だった。
 だから、何とかしてそこから抜け出したかった。
 
 黒人と白人の結婚を禁止する州法が違憲判決を受けてから何十年と経ったが、それでも場所によっては歓迎されない。いや、受け入れられないのも事実だ。
 黒人の貧困層コミュニティーが強固な所じゃ、白人との混血に殊更な差別意識が無くったって、俺みたいなのはうまく馴染めない。
 かと言って白人コミュニティーでも同様で、俺はどこにも属せない半端者として育っていた。
 その「半端者」としての俺の在り方は、生き方にも反映されちまった。
 ストレイト・アウタ・コンプトン。あそこを出るのに何か一つを極めて行くのが良いのは理屈じゃ分かる。
 けど、俺にはそれが出来なかった。
 HIP-HOPやダンス、ロックや何やらエンタメのスキルを高めて行ってにスターダムにのし上がるか?
 バスケや格闘技、スケートボードでプロスポーツの世界を目指すか?
 いや、もっとまじめに確実に、勉学に励んで学業での立身出世をするべきか?
 
 俺はその全てに挑戦し、そのどれもが中途半端になっていた。
 何をやっても一流になれない、どの世界にも属せない半端者。
 そしてその半端者のまま───成人になる前に、ギャング抗争に巻きこまれて、俺は死んだ。
 
 
 ヘイ、ヨー! さて、重要なのはこっから先だ。
 ここまでの話はいわば序章、これから先が今の状況。
 死んだのが始まり、この物語。夢の間に間に、俺の新たに、受けたこの生、それが転生。

 なぁ、アンタこいつぁ実際アメイジング。
 銃弾を浴びて次なるステージ。
 気がつきゃ俺はまさに赤子。
 それから数年半ば夢を。
 
 起きてるのか、寝ているのか、分からない様な意識のまま。
 およそ数年、育った俺はただのちっぽけな村の汚ェ子供(ガキ)。小さくて貧しい砂漠の村には、牛と山羊と狩りと豆畑。
 
 俺の身体は前世同様。エルフでもドワーフでも無くただの人間。
 肌も黒く、髪もちりちりで、最初は“異世界”だなんて思いもしねえ。アフリカのどっかの貧しい村かと、そう思っていたけどやっぱ違う。
 それが明確に分かる出来事。そいつが起きたのは10歳の頃。犬の頭をした兵士達。盾と槍と鎧全身キメて、口から出るのは臭ェ息。
 
 ヨーメン、こっから先はまたまた嫌な話さ。どこにでもありふれる糞な現実。嫌なら目を閉じ耳を塞いで、ぬるま湯の夢に身を委ねてな。
 
 奴らは言う。我らに従え。村の40人は広場に集合。
 犬獣人(リカート)の帝国、新たな支配。人間の世はもう終わりだと嘯く。
 村の男は、怒り心頭。どちらの帝国も知った事か! 叫ぶその声はすぐに断末魔。続く悲鳴とあがる血飛沫。
 
 犬獣人(リカート)共は、村を焼き払い、女子供を縛って攫う。
 俺らは奴隷。男は処刑。それから6年は地獄の日々。
 家族は離れ離れにされて、妹も母もどこかへ連れて。
 俺達ガキは、戦闘訓練。
 いずれ武器持ち、奴隷戦士に。進んでは殺され、退いても処刑。
 
 そこで俺は、ただひたすら生き延びるために知恵と工夫を重ねていく。
 手枷足枷のままでも戦う技術は、カポエイラにヒントを得て鍛錬。
 スケボーをやってたときの身体操作感覚を思い出して、複雑な地形や立体空間で素早く移動する技術を身に付ける。
 大学進学を目指してたときの勉強、その知識には、政治や歴史に関係するものもあり、この世界に関する僅かな情報から全体を想像するのに役立った。
 生き物や食べ物は元の世界と同じでは無いが、ある程度使えるサバイバル知識もあった。
 HIP-HOPや音楽の知識は使えなかっただろうって? いいや、案外そうでもない。
 歌に紛れさせて仲間同士の秘密のやりとりをしたり、ギターに似た弦楽器の演奏技術は犬獣人(リカート)共にも気に入られ、俺は比較的自由度の高い奴隷になった。
 
 決行は慎重かつ入念に。けれども確実なタイミングなんて図れない。
 とある遠征、連れられた奴隷。その数はゆうに100を超える。
 犬獣人(リカート)の幕舎、夕餉の時の、音楽を奏でに訪れる俺。
 そこで巡り会う、給仕の奴隷。身体の半分が焼けただれた娘。
 俺は目を疑う。それは妹。同じ村で育ち生き別れていた、俺のこの世界での残された……唯一の家族。
 
 俺の歌は決行の合図。叛乱は静かに着実に行われた。
 俺が広めたカポエイラを流用した格闘術。
 犬獣人(リカート)共の軍は古代ローマに近い編成で、兵装もよく似てる。
 槍をへし折り、盾と短剣を奪う。油を撒いて篝火を倒す。
 奴隷たちは今までの鬱憤をはらすかの様に暴れまくった。
 犬獣人(リカート)は身体能力で人間を上回るが、オークや猫獣人(バルーティ)程じゃあねえ。
 奴らの強みは集団の結束力。大混乱の状況では、勢いに勝る奴隷に遅れをとる。
 
 そして夜が明けたときに、俺と共に残っていた奴隷たちは40人程度───。
 犬獣人(リカート)の300を超える軍勢は殺されるか逃げ出すか。ほぼ軍としての機能を成さなくなり、奴隷たちの生き残りは奪えるものを取れるだけとり、散らばって逃げた。
 少なくはない犠牲者。その中には、再会したばかりの俺の妹も居た。
 しかも妹は、犬獣人(リカート)に殺されたんじゃなく、興奮した奴隷たちの暴走に巻き込まれて死んだんだ。
 全ては、俺の決断によってもたらされたこと───。
 
 なァ、おい。この世界にはリアルに神様が居る。俺達南方人(ラハイシュ)の神は、砂漠の嵐シジュメル。
 これは試練か? それとも罰か? 砂と嵐が吹き荒ぶ中、俺達は東へ歩き続ける。
 途中で追っ手に追撃され、獣に喰われ、野盗に襲われ、飢えと乾きに苦しんで、仲間割れをして、ようやく辿り着いた街がここ、“迷宮都市”のクトリア。
 そう、ギャンブルと退廃と娯楽の街、迷宮と欲望と背徳の街、クトリアだ。
 
 ここまでたどり着いたのは僅か12人。
 この街で死んだのが既に4人。
 残った俺達ももはやバラバラだ。
 
 俺はこの街で1年、ただ生き残る為だけに知恵と工夫を重ねている。
 勢力争い? 関わりたくねえ。
 出世? 成り上がり? こんな街で? 
 最強? 無双? そんなもん目指したがるのはガキか馬鹿だ。
 ハーレム? 反吐が出るぜ。
 糞みてえな街の糞みてえな現実で、ただこのまま死んでやるのが腹立たしいッてだけの理由で、俺は生き続けてる。
 目的も、夢も、野心もねえ。
 
 ───邪術士シャーイダールの手下に収まってるのも、そのためだ。
 
◆ ◆ ◆
 
「おい、コイツは何だ? ここは……ベガスじゃないのか?」
 
 起き上がって周りを見回すと、その“死にかけていたちっこいオッサン”は、開口一番そう言った。
 キキチガイ? それともキガチガイ? そいつの口からは懐かしい言葉。
 
「おい、オッサン、今何つった!?
 ベガスってなぁ、ラスベガスのことか!?」
 
 それはネバダ、砂漠の中。
 ギャンブルと退廃と娯楽の街。
 汚ェオッサン、俺と交錯する視線は、マジで驚嘆。

「ベガスはベガスだろうよ。
 ウェルカムトゥベガス、パラダイス、この有り様です」
 
 マジかよ。何がどーなってんだ。いや、どーなるも糞もねえよ。
「ネバダ砂漠の真ん中にある、あのベガスだよな?」
「他のベガスについちゃ、俺は知らねぇからな。
 で、コレ、何なんだよ? 夢の国かネバーランドか、ここは?」
 ネズミの国でもマイケルの庭でもありゃしねえが、そうだなそりゃあ、驚くわな。
 
「ちょっと! コイツ、どころか、コレ!?
 チョーー失礼! チョーー信じらんない!
 この愛らしいピートちゃんを、コレ扱いできるとか、ヒトの皮を被ったケダモノね!」
 あーうるせえ、無視だ無視。
 キャンキャン喚く小妖精のピクシーは、精霊と生き物の中間みたいなやつだ。
 大きさは30センチくらい。人間の子供に良く似た外見で、背中には蜻蛉と蝶のを合わせたよーな羽根が付いている。
 人間の生活圏で見かけることの滅多に無いそいつは、空を飛び回りその羽根から魔法の粉を出すことが出来る。
 この魔法の粉はそれだけでも傷や病を癒やす効力があるが、さらには様々な錬金術の素材としても使われる。
 こいつはだから、邪術士シャーイダールの「切り札」の一つ。
 その貴重なピクシーの監視役を任されるくらいには、俺は信用されて居るッてワケだ……が。
 
 さあ、それより今はこのオッサンだ。
 シャーイダールは理由は言わなかったが、このオッサンのこともピクシー同様に自分の切り札の一つにしたいと思っているらしい。
 それが何故か? まさかこのオッサンもアメリカ生まれの転生者だから……てーんじゃ無いよなあ?
 どーだ? 分からん。
 俺はあいつにそれなりに信用されてるけれども、素顔も見たことはないし腹の底も分からねえ。
 分からねえことを悩むより、そいつは一旦棚上げにして、このオッサンがどこまで現状を認識しているのか? そう、そこだ。
 
「オッサン、おい、オッサン。
 名前……あー、まず、俺のことは“JB”で良い。
 オッサン、まず名前は? それと、何か覚えてるか? オッサン、死にかけてたんだぜ?」
 
 まずはコミュニケーション。そして情報。さらに言うならば信頼を勝ち取れ。
 真っ直ぐに目を見てそう聞くと、オッサンはふうむと顎を掻いてから、
「俺は、まあ……商人で科学者で探鉱者で、運び屋だ。
 ベガス近郊じゃそこそこ有名。だけどここいらじゃそれもどうかね。
 イベンダー・ロットン。それが俺の名。
 他に言うべきは……救世主ってことか?」
 何やらベラベラと流暢に並べ立てる。
 
 で、むむ、と、これは俺も顔をしかめる。
 言ってる言葉は理解できるが、言ってる内容は概ね分からん。
 商人で科学者……は、まあ分かる。探鉱者って、砂漠で鉱脈でも探してるのか?
 科学者ってのと合わせると、鉱脈や化石資源を見つける地質学者だったりするのか?
 けど“運び屋”ってのは、そこと繋がらない。
 で、挙げ句最後の、“救世主”って……そりゃ一体何だってんだ?
 
 むむむ、と唸る。
「オッサン、アンタ、変人(フリークス)か」
「おいおい、いくらこ汚ェからって変異体(フリークス)扱いはねえだろよ」
 いかんいかん、本人に直接言う事じゃねえな。
「悪ィ。気にすんな、悪い意味じゃねえんだ。
 それより……そうだな、ちょっと待ってくれ」
 俺はそう言うと、部屋の隅の水瓶から小さなたらいに水を入れ、ぼろ布と手鏡を持ってくる。
 手鏡はまず脇において、ぼろ布をたらいの水で濡らすとオッサンの顔を丁寧に拭い、泥や乾いた血の汚れを落としていった。
 それから手鏡をかざして、
「これが今のオッサンの顔だけどよ。
 ……どうだ?」
 
 この外見に見覚えはあるのか? つまり、いつ転生したのか?
 いや、必ずしも転生したとは限らねえけど、その辺り確認しておきたい。
 オッサンは目を細めるようにしてじっと鏡を覗き込む。
 覗きこんでから色々表情を変えて、ふん、と息を吐く。
「ふーんむ。
 髭を整えたいな」
 
 ……それだけかよ!?
 いや、だとしたら転生して何年も経ってるのか? そんなに顔が違ってないのか? いや、転生じゃなくてそのまま別世界に来たパターンか?
 
「だが、うん……。
 こりゃ俺の顔じゃねえな」
「違うんかよ!?」
「ああ、俺はもっとハンサムだったからな。
 死にかけてたとか言ってたが、治すときに整形する必要のあるほどの大怪我だったのか?」
「あ、いや、そう言うワケじゃねえんだけどよ……」
 何だろう、調子が狂うな……。

「あー、オッサン。
 一番最後の記憶は何だ?」
 死んだときのことを覚えてるのか?
 それを聞くと再びふうむと考えこんで、
「んー?
 んんんー?
 ありゃ、んー? 何だ?
 超変異体(スーパーミュータント)か……死の爪(デスクロー)……いや、食死鬼(グール)の大軍……?
 おい、ちょっと待て、何だこりゃ?
 全然思い出せ無い……てか、いや……俺は何なんだ?」
 
 何なんだ? と言われても、こっちもオッサンが何を言ってるのか分からん。
 元々イカレたオッサンなのか、何か記憶が混乱でもしているのか?
 まいった。この調子じゃ、いつになればマトモに話が出来るようになるのか分からない。
 
 
 で。
 その騒ぎが外に伝わったのか、牢獄のような格子扉の向こうからズルズルと布の引きずる音。
 これは邪術士シャーイダールが歩くときの音だ。
 
「目覚めたか?」
 くぐもったしわがれ声。
 背中が歪に曲がった小柄な男は、全身を黒いローブで包み、様々な魔術装身具を身に付けて、顔を布と魔装具の仮面でも隠している。
 仮面は一見、木彫りの民芸品のようにしか見えない代物だが、実は古代工芸品(アーティファクト)級の魔力が込められているというのは知られた話。
 
「あ、はい。まあ、ですがその……」
 さっ、と端に寄って道を開ける。
 護衛二人を横につけて、ゆっくりとオッサンへと近づいて行く邪術士シャーイダール。
 ここでオッサンが妙なことを言い出して、話が拗れたら面倒だが、シャーイダールを止める事なんざ俺にゃ無理だ。
 
 またもピーピーとわめき出す小煩いピクシーの籠を醜く節くれだった指先でピンと弾く。
 それからオッサンへと向き直り、
 
「ドワーフよ。
 貴様はもう我の下僕よ。その隷属の首輪が何かは分かるな?」
 そう言われて、オッサンはややキョトンとしたような顔をしてから、首に手をやる。
 そこに嵌められた魔法の首輪は、かつてクトリアの邪術士達が強力な力を持つ者を隷属支配するのに使っていたもの。
 今は貴重なその魔術具を使ってまで支配下にしたいのならば、このオッサンは余程の者なんだろうか?
 
「貴様にはこれから、発掘された古代ドワーフの遺物を、修理改修して使えるようにしてもらう。
 きちんと言うことを聞いていれば、命の保証はしてやろう」
 この迷宮都市クトリアは、色々と複雑な歴史経緯を持つ場所だが、特にこの街の地下に広がる古代都市の遺跡群は、未だに探索し尽くされては居ない。
 そして俺達シャーイダールの手下の大きな仕事の一つは、そこから遺物を引き揚げてくることだ。
 なる程。
 このオッサンがそれらの遺物を修理改修出来るというのなら、確かに重要人物だ。
 
 シャーイダールの目的も分かったし、このオッサンにどんな能力が求められてるのかも分かった。
 だが……大丈夫なのか? このオッサンは俺と同じく転生してる可能性が高い。いきなりそんなこと出来るのか?
 そんなことを思いつつ、俺はオッサンとシャーイダールを交互に見る。
 
 オッサンはまた眉根を寄せてうむむと唸り、
「良く分からんが、アンタ俺に修理依頼をしたいのか?
 まあ……それはそれで良いんだが……うむ、そうだな……」
 再び両手を組んで考えごとをし、
「とりあえず腹が減った。飯と酒をくれ。
 あと便所と風呂はどこだ?
 ベッドはそこそこでも良いぞ。何なら床でも寝れるしな。
 だが、残業超過労働は無し。労働環境の不備は仕事の精度に関わるぜ?」
 
 そこ!?
 いや、言ってる事は正しいけど……そこ!?
 何だか本当に、調子が狂う。
 
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