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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-181.追放者のオーク、ガンボン(69)「……まだ?」
しおりを挟む「ったく……何が“闇エルフ団”だ、ふざけた名前をつけやがって……!」
苛立たしげにそう吐き捨てるのは、もちろん“闇の森”ダークエルフ、レンジャー見習いのセロン。
今現在この“毒蛇”ヴェーナ領を荒らしている山賊達の名乗る名前が“闇エルフ団”だと言うのだから、本家であり元祖であるダークエルフのセロンからすれば、商標権の侵害であり名誉毀損であり訴訟沙汰の怒り心頭案件だ。
例えるなら、あまり治安のよろしくない海外の国へと旅行に行ったところ、現地の人たちから「最近、“日本人団”と名乗るギャング団が暴れまわってる」……と聞かされるようなものだろう。
「ま、それだけ人間社会じゃあダークエルフってのは畏怖の対象だっ……てコトよ」
そう言うのは、ベッドに横になりつつ一座の名前にもなっているトレードマークの山高帽を指でくるくると回している“座長”を演じるラシード。
「い~や、それ以上の侮蔑だ!」
なかなか整っているはずの顔をひどく歪めながらセロンは続ける。
「我らダークエルフのことなぞ知りもしない、観たことも会ったことも話したこともない連中のくせに、勝手なイメージで語り、名乗るとはな!」
お怒りごもっともです、はい。偏見、良くないよね、うん。
んが。
「さあてな。本当にそうか? そこのオークみたいな追放者のダークエルフが団長かもしれねぇだろ?」
同じく、別のベッドの上でだらりとしながら、片手に持った木製マグで、一階の食堂で買ってきた安ワインをちびちびやりながらのアリック氏。
「いいや、ないな。追放者などそう滅多にないし、仮に追放者なら、外の世界で悪さをして我ら闇の森ダークエルフに見つかる事を最も恐れる。ましてこのように我らの名誉を汚す真似などしたら、レンジャーを追っ手として差し向けられ始末されるのは必然だ」
なんというか、ケルアディード郷にいたときなんかはけっこうチャラい若者感のあったセロンだけど、郷の外に出て来ると、意外にもダークエルフの誇り、みたいな発言が増えて来てたりする。
これもまた、日本国内にいるときはたいして意識なんかしてなかったのに、海外旅行をして異文化や異なる環境に触れた時なんかに、改めて自分の日本人性に目覚めてしまう……みたいなのにも似てるのかなぁ。
ま、コレも分からんでもない。
「ま、どっちにせよ……一応は警戒はしていた方がいいだろうな。今回俺達は、派手に立ち回ったり暴れたりってな目立った動きはしない前提だ。そいつらの出没するって話のある場所を、うま~いこと避けて、情報収集を重ねてこう」
ラシードがそうまとめると、
「そう願いたいね。俺があんたらに雇われたのは、この辺の地理に詳しい道案内としてだ。山賊団とやり合うなんてな料金に入っちゃいねぇぜ」
と、再びアリックさんが返す。
そこへセロン、今度はやや意地の悪い感じで、
「こっちが避けようと思ったって、向こうが避けてくれるとは限らンのじゃないのか? それにその……探し人だかっていう、クリスティナ? だったか? そいつがその山賊に捕まってるってな可能性だってあるだろう?」
と言い出す。
「おい、妙なコト言うンじゃあねぇよ。重ねて言うけどな、俺ぁ山賊団とやり合うのは仕事に入ってねぇからな? もしそんな状況になったら、さっさとトンズラさせてもらうぜ」
「ああ、そうしな。俺もお荷物背中に戦う気は無い」
売り言葉に買い言葉。臆病とも酷薄ともとれるアリックさんの言葉に、さらに追い打ちをかけるかのセロン。
だが、そんなことより聞き捨てなら無い言葉があった。
「ぐむむ……!」
とりあえず、何だかよく分からない唸り声みたいな声を思わず出してしまう俺。
「……そんな、ことは、……無い!
クリスティナが、山賊なんぞに捕まっているとか、そーゆーコトは……無い!」
寡黙にしてクールなことで知られる俺がそう言葉少なに断言すると、アリックさんは軽く驚いて、セロンはそれよりさらに驚き慌てながら、
「あ、いや。あくまで、あくまで例えばの話だ。とにかく要するにさ、その、勝手に闇エルフ団なんぞと名乗ってる馬鹿げた小物悪党どもが、必ずしも俺たちの望み通りこっちを避けてくれるとは限ら無いっていう、まあそういうことだよ」
と言い繕う。
不承不承だが、まあセロンのうかつな発言については大目に見てやろう。
クリスティナの事であんまりいい加減なことを言うんじゃありませんよ?
「だがな、今まで聞いてた話からすりゃあ、そんなに避けようが無いってほどでもねえと思うぜ?」
険悪になりかけたこちらのやり取りなど素知らぬ顔で、皮袋の中のローストナッツをボリボリと噛み砕きながらラシードが言う。
「そりゃ、何でだ?」
ごもっともなアリックさんの質問に、
「魔獣や魔物を徹底的に討伐しまくってる護民兵団ってのが居るのに、何で山賊なんぞが蔓延れる?」
返すラシードの言葉に、俺たちは皆、一様に首を傾げる。
「噂になるほどでかい集団なら、そいつらも討伐対象になっててもおかしくない。だが今のところ、その護民兵団とやらが闇エルフ団討伐に出たという話は聞こえてこない。
考えられる可能性はまあ二つだ。
一つ、噂に比べて実際には大した規模の山賊団じゃない。だから護民兵団も優先的に相手にする価値なしと見なしてる。
二つ、理由はわからんが、闇エルフ団の存在そのものが虚構、嘘、誇大広告。もしかしたらある意味では、裏で護民兵団と通じてるのかもしれない」
そう言われると、確かにそれはそうなのかも……とも思うが、かといって絶対にそうだというほどの説得力はない。
「……まあ、名前の付けからしても頭の良い連中じゃなさそうだから、確かに言うほどでかい山賊団ではないのかもしれんな」
「おいおい、一つ目はまぁいいけどよ。その……二つ目の可能性ってヤツはちょっとやべぇンじゃねえのか?」
セロン、アリックさんそれぞれの反応も、まあそんな感じ。
それにさらに返すラシードはこう続ける。
「で、いずれにせよ連中の行動範囲はだいたい決まってくる。
つまりは、護民兵団が魔物や魔獣討伐をして、比較的安全になったあたりだ」
ほほう? と、再び俺たちは小首を傾げる。
「規模のでかい山賊団なら、ある程度の魔獣、魔物にも対応できるが、言うほどでかくないんだったらそんなところには怖くて住めねぇ。
そしてもし仮に、裏で護民兵団と通じてる連中だとしたら、やっぱり当然、魔獣魔物討伐の終わったところに拠点を作らせてもらっている。
まあ、俺としては前者の可能性が高いと思うがね。要するに連中の噂が広がってるのも、魔獣や魔物が少なくなり安全になったから、それまでだったら大して噂にもならなかった小物連中がのさばて話題になってるってな所じゃないのかね?」
一通りのラシードの予想は、やっぱりなるほどそうかもしれないなとも思えるが、かといって絶対にそうだと思えるほどの説得力もない。
ないが……う~んむ……。
「ま、用心、警戒するにこしたことは無いが、そんなに気にするほどのモンでもない。そんなところだな」
ひときわ高く上へと放り投げたローストナッツを器用に口で受け止めながら、ラシードはそう言って締めくくった。
◆ ◆ ◆
それからまたしばらくしてからのこと。
俺たち山高帽旅芸人一座は、毛長牛の牽く荷車と共に古い街道を進んでいた。
毛長牛というのは何と言うか、もわっとした長い毛の生えた牛の仲間。 そうだねぇ、前世で言うならばバッファローとかそういうのにちょっと似てるけども、あれに比べると毛の感じがなんと言うかこう、モップみたいにもさもさしたヤツで、本来はもっと北の方に居る家畜だ。
そして、実際のところこの毛長牛は毛長牛ではなく、聖獣巨地豚のタカギさんの変装なのである。
カツラ、ではないがそんな感じに毛長牛の毛で編み込んだマントの様なモノを着込んで、ぱっと見は毛長牛に見えるよう偽装しているのだ。
この辺の住人の多くは本物の毛長牛を見たことはないから、まあまずバレる事はない。
聖獣化した巨大地豚なんてのはレア中のレア、SSRレベルの尊い存在なので、下手に引き連れてたら目立って仕方がない。タカギさんはどこでも至高なのである。
まあ毛長牛自体もこの辺りではややレア家畜。それでもレート的にはSSRには届かないRランク程度。Rランクでもまあまあ目立つので───こういう事もある。
「それは北方人の毛長牛ですか? なかなか珍しい。皆さんも北方から旅してこられた?」
旅は道連れ世は情け、同じ街道を進む商隊主がそう話しかけてくる。
「やあ、北方と言う程の北方でもありませんよ。リール近郊の片田舎です。早くから帝国に併合された地域ですから、文化的にもほぼ帝国人ですな。ただ、毛長牛なんかはよく飼育されてましてね。南方牛より頑強で力強いから、荷運びなんかにゃ最適です」
すらりすらりと適当なことを述べるラシード。こりゃまた、イベンダーとは別タイプの口八丁手八丁だ。
今は山高帽に派手な眼帯と、ちょっと奇抜な格好をしているが、もともと顔の造形も整っていて、さらにはいわゆる上級階級の礼儀作法にも詳しい。
どうしてもどことなく山師臭い胡散臭さがつきまとってしまうイベンダーとは、その辺がちょっと違う。
商隊は三台ほどの大きく頑丈な箱型の馬車を仕立てていて、護衛の兵も十数人はいる。護民兵団のお陰で治安が良くなったと言う割にはかなりの警備だ。
となると、中の商品もただの生活雑貨や食料品なんかじゃなく、相応の高級品なんだろう。
そんな高級品を扱う商隊が、胡散臭い旅芸人一座と道を共にするなんてのは不用心じゃないか、とも思うが、そこがラシードの口の巧さでもある。
こちらは芸を見せる事で娯楽を提供し、同行することで安全性を分けてもらう。
まあもちろん、何かコトが起きたときに彼らがこっちの安全を優先してくれるなどと言う事は無いだろうが、護衛の多い商隊と同行するだけでも危険度はガクンと減る。
長旅で、道中にちょうど良い宿場が無い時は当然野宿、夜営になる。夜営の際も、彼らは馬車三台を壁のようにしてぐるりと囲み、その内側に天幕を張る。
さすがに俺たちはその中のエリアで夜営は出来ない。飯時なんかはご相伴に預かりつつ、簡単な芸を見せてからやや離れた木陰に俺たち用の天幕。二組ずつで夜警番をして休むのだが、その前には一応情報の整理と今後の相談。
「しかし、ヴェーナの評判は想像以上に良いな」
改めてのラシードのその感想は、俺たち全員の共通認識。
「税金は高いが治安も良い。滞納すればすぐに奴隷にされるが、税を納め続ける限りは労働奴隷を安値で手に入れられるから、生産量も上げられる」
「先代の頃より豊かになった……と言ってる者も多かったな」
ラシードの言葉にそう返すセロン。
「この商隊の連中も、商売がし易くなったと言っているしな。税金を多めにとられても、その分治安が良くなり儲けにも繋がる。この辺は、聞いてる限りそう悪くない話だ、が……」
そこで、ラシードは言葉を区切り、ちらりと視線をアリックさんへ。
「……俺は先代の頃はまだまだガキで、家族も周りも糞貧乏だったから違いなんざ分からねぇよ。流民になって王国領に行ってから、ようやくある程度は食えるようになったしな。
だが、今の状況を見て、あのまま残ってたら良かったのか……ってーと、そうは思えねぇぜ」
どうやら出身はこのヴェーナ領のアリックさんには、別の見解があるらしい。
「言っちまえばよ。今のヴェーナ領じゃあ、商人なら金を稼いでる限り、農民なら沢山作物を作ってる限りは良いが、少しでもしくじりゃ即地獄行きだ。ここに来るまで、かつての俺みてぇな貧民は居たか? 居なかったぜ。なんでかって言えば、税金を払えず奴隷にされたか、それを嫌がって流民になり逃げ出したかのどっちかだからだ」
そう言われて改めて思い出すと、確かにここまでの道中、そう言う貧民らしき人たちは見てない。農村でも宿場町でも、なんとなく……そう、なんとなくだが、彼らの言うように豊かな生活をしているように見えたし、何より快活で明るかった。
「さすが、良く見てるねぇ。
で、どうだった? 色々と話は聞けたんだろ?」
アリックさんのその吐き捨てるような物言いに、まるで頓着せずラシードが続ける。
「まあな。俺みたいな貧困生まれは匂いでわかるのよ。卑しく惨めったらしく、世の中恨んでる奴らの匂いってのはよ」
やぶにらみの猫背のまま、アリックさんはそう答えるが、どうもイマイチ話の流れが読めない。
「ちょっと待て、お前ら何の話をしてるんだ?」
そう思ってたのは俺だけじゃなくセロンもだったようで、俺の代わりにとでも言うか、そう話の流れに割って入る。
「“闇の森”から出たことないダークエルフのアンタや、呑気なガンボンにゃー見えねえところの話さ」
ん? 俺も? いやまあ、そうかもしれんけどさ。
やや不本意だがそこは流し、それからラシードのその言葉を、アリックが継いで話を続ける。
「例えばこの商隊の下男。それにここまで泊まってきた宿屋の飯盛り女とかな。そういう連中の半分は、元々は別の村や町で暮らして居た領民だ。だが、税金が払えなくなり奴隷にされた。
そういう奴隷は、一旦は罪人として捕まってよ。それから格付けされて方々に貸し出される」
貸し出される?
「基本的に貸し出される先は、いわゆる地方の大物、商人、大農園主……優良納税者だ。昔ッから奴隷なんてなぁ、実際買うとなるとそれなりに金も手間もかかる。だが、“毒蛇”は奴隷を有力者達に買わせるんじゃなく、安い値段で貸し出す事にした。
期間も無期限、長期間というのもあれば、例えば収穫の時期だけみたいなのもある。
借りる方は高額の買取費用を必要としねーし、自分で管理したりする手間暇労力も必要ねぇ。万が一使い潰しても、僅かな弁償金で済む。昔みてぇに奴隷とて財産、大事な労働力と考えて、丁寧に長く使う、なんて考えもなくなっちまってやがら。
だからよ、今じゃここいらは、大量の奴隷を借りて大規模な収穫を上げられる豪族、大農園主とその身内だの、鉱山主だのばかりになって、都市部もそれに近い状況だ。
とにかく、徹底して貧乏人を使い潰して金持ちとそいつらに媚びへつらう糞どもだけが肥え太る……ってな有り様なんだよ」
ううむ、確かに、俺にはそんな所は全然見えてなかった。このアリックさんの分析が正しいのかどうかも俺には分からない。分からないけど……もしその通りなら、今まで会ってきたこのヴェーナ領の人たちの笑顔や何かも、かなり違ったものに感じられる。
「……さっぱり意味が分からない。何の意味があるんだ、それは?」
それに対して、眉根を寄せてそう言うのはセロン。
セロンは若手ダークエルフレンジャー見習いで、300年は生きるダークエルフとしては若者だ。実年齢としては60歳越えくらい。そしてこれまで闇の森から出たことは全く無いと言う。
闇の森の中での経験や知識は当然豊富にあるが、その外側、特に人間社会のことについては、伝聞や書の知識ぐらいしかない。
闇の森ダークエルフ十二氏族たちはいわゆる貨幣経済というものを持たず、基本的には十二氏族内での物々交換と相互扶助で生活が成り立っている。
誰かが何かに不足してれば、別の誰かがそれを用立てて助け、助けられた者はまた別の誰かを助ける。
それが彼らにとって当たり前の生活であり、当たり前の社会だ。
もちろん、知識として人間社会は自分たちダークエルフとは違うことも、また貨幣というものを中心に経済が動いてることも知っている。
だが、知識として知っているということは、必ずしもそれを理解してるということにはならない。
多額の税を課し、それを払えない貧困者を奴隷として狩り集つめるそのやり方を、ひどい、とか悪いことだ、とか思う以前に、なぜそんなことをするのかが純粋に理解できないのだろう。
それは、半分くらい俺も同じだ。
「さあな。オレはお偉い貴族様の考えることなんざ分からねぇよ」
セロンの問いに、アリックさんはそう吐き捨てる。
「これの特徴はな」
そこへ回答を示すのはラシード。
「労働奴隷のほとんどを、ヴェーナ卿が貸し与える、という形にしてるって所だ」
そう、確かにそこはあまり聞いたことのない奴隷制のかたちだ。
「帝国時代の奴隷制だと、貴族や有力者にとって奴隷はそれぞれその勢力の財産であり、また権威でもあった。より多くの、より優秀な奴隷をたくさん抱えていることがその貴族、豪族の力そのもの、だ。
だから当然、優秀な奴隷は高値が付くしただの労働者としての奴隷だってきちんとケアをしながら大事にしなきゃならない。
その点で言やあ、良い勢力、良い貴族豪族の奴隷になるってのは、それで一切の自由が無くなるとしても、貧民流民として飢えに苦しみ、また、山賊野盗や魔獣、魔物に怯え、殺されたりするよりかは、“安全でマシな生き方”だってな考え方もできた。
だがこの貸し与え制度だと、奴隷主側は奴隷を雇うことにそれほど大きな負担がない。
気楽に、安価に、大量の労働力を手に入れられる上、自分の財産じゃないから粗雑に扱っても構わない。
結果として、奴隷の生活環境はより悪くなり、死亡率がグンと上がる」
「それは……まあ、分かる。分からないのは、何故そんなコトをするのか、だ」
ラシードの解説に、セロンはまだ納得行かない。もちろん俺もだ。
「……こっから先は、まあ予想、推論でしかないけどな」
ラシードはそう言葉を区切って、改めて話を続ける。
「一つは、大量の労働力をヴェーナ卿が貸し与えていることで、地方の豪族、大農園主の首根っこを掴まえておこう……ってことかもしれないな。
その連中がいい暮らし、いいご身分でいられるのも、そういった大量の労働力を安く借りられてるからだ。そこである時突然、貸し与える費用が一気に跳ね上げられたり、あるいは急に全員引き上げられたりされれば、一転して貧民の仲間入りだ」
「有力者が、絶対、逆らえない……?」
「そうなるな」
「特に、今居る地方の糞有力者の殆どは、ヴェロニカの代になってから成り上がった奴等ばっかりだって言うしよ」
「そうなのか?」
「ヴェロニカ・ヴェーナは女で妾腹だ。本来なら跡を継げる立場じゃなかったが、父親の死後、他の跡取り候補が相次いで“変死”して、それで後継者になった。
その時、先代やら他の跡取り候補達と懇意にしていたり、そっちを推していた有力者達も、一部を除いてほとんどが粛正されちまった……てな、話だぜ」
ワイドショー的ボンクラ感想レベルで言っても、間違い無く跡目争いのポイズン沙汰案件なのは想像に難くない話。
と、そこで改めて、
「あ、“毒蛇”……」
との二つ名の意味に気づく。
「ああ、そうよ。ヴェーナの周りにゃあ常にその噂が付きまとう。ま、俺ぁただの噂……とは、思わねぇがな」
アリックさんのヴェーナ評。実際ヴェロニカ・ヴェーナの代になってからはこの地に居なかったとは言え、少なくともこの中では最も詳しい人物からのものだけに、それなりの信憑性はある。
「……理解は出来んが、まあ理屈は分かった。要するに……その、“毒蛇”とやらが、自分の近しい者達を操るために、そうしているという事か」
セロンは不愉快そうにそうまとめる。
「ま、あくまで俺の見解ではあるがね」
いやいや、想像と言うにはなかなか説得力はある。と言うか、俺は全く思い至らなかった。
ラシードとは今回の隠密行で初めて本格的なチームになったのだけど、今まで戦団本部等でたまに顔合わせしてたときに感じていた、「なんとなくチャラくて軽薄そう」な雰囲気とは違い、意外にもこう……頭が良い。頭が良いと言うか、いや、まあ頭は良いんだけど、そう……洞察力とか発想力とか、そういうのがあるタイプの頭の良さがある。
うん、俺には決定的に無いヤツだね!
「ああ……それで、だ」
深いため息と共に吐き出されるセロンの次の問い。
「結局その辺の……面倒でふざけた話は、ガンボンやお前達の探している、クリスティナだか言う女の行方とは、関係するのか?」
そうだ、そこだ。忘れちゃいけない当初の目的。
「ン~~……そうだなぁ~~……。そこン所だが、まだちょっとばかし確証はない」
無いんかい! と、突っ込みそうになるが、いや違う、そこじゃない。
「……まだ?」
「ああ、まだ、な」
そう、「まだ」だ。
つまり、完全ではないがある程度の考えがある……と言うことだ。
「どの程度?」
俺のその追求に、ラシードはまたやや驚いたかに俺を見てからニヤリ。
「多分、もうじきどっちかが仕掛けてくる。それ次第だな」
ん? いやどゆこと?
やはりそうポカンとしていると、ガサリと何かの足音と気配。
素早く反応するのはアリックさんとセロンの二人で、ついでラシードがまず目だけで音の元を探り、それからニンマリとした笑みを浮かべる。
「これはこれは、護衛兵の皆様方、何かありましたかな?」
視線の先には隣で夜営中の商隊護衛の方々。
その1人、リーダー格らしき髭の男が後ろ手に持った何かをゆっくりと前へと動かしで差し出し……。
「いや~、別に用件ってモンでもねぇんだけどよ。なあに、アンタら旅芸人だろ? 何か色々面白ぇ余所の話とか知ってねぇかなと思ってよ」
手にした陶器瓶にはおそらくはさほど出来の良くはない濁酒。
見張り役だろう護衛兵たちからの、初っぱなから酒盛りのの誘いだった。
サボる気まんまんかよ!?
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