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第一章 今週、気付いたこと。あのね、異世界転生とかよく言うけどさ。そんーなに楽でもねぇし!? そんなに都合良く無敵モードとかならねえから!?
1-34.ケルアディード郷氏族長、ナナイ・ケラー(3) 「お互いこりゃ……満身創痍だな……おい」
しおりを挟む「丸コロ!
ウチのを頼むぞ!」
アタシは被っていたフードを跳ね上げつつ、邪魔なローブを手早く脱ぎ去り両手に短刀を構える。
レイフの策───捕虜返還の会見を行うという無謀とも言えるそれは、相手の長、化け物ゴブリンのユリウスによるレイフへの不意打ち攻撃で、一瞬にしてその場が戦場となる。
その傷は、深い。いや、致命的だ。
春先のことを思い出す。そのときもまた、レイフは数日生死の境をさ迷った。
脳が焼き切れそうな程の怒りを無理やり抑えつけ目の前の化け物ゴブリンに集中する。
「もし、途中で僕が攻撃されたときは───必ずそれぞれの手順に沿った行動を」
そう口が酸っぱくなる程に言い聞かせられていた。
特に、と念を押されては尚更それを破れない。
「母上は我が郷での最高の戦力です。相手のユリウスを必ず封じ続けて下さい」
確かに───アタシですら奴の初撃には反応出来なかった。
素早い。それも確か。しかしそれ以上に、その軌道がこちらの想定するものとは大きくかけ離れ、完全に意識の死角を突かれた。
ユリウスというこの異常なゴブリンの化け物は、古代トゥルーエルフの華美な鎧を身に付けていたが、両腕は無防備に素肌を晒していた。その理由こそがこの能力なのだろう。
まるでムカデの身体のようだ。節くれだった殻に覆われ、黒光りする腕は動きもムカデのそれに似て、変幻自在で縦横に動き回る。
その先に付いた大きな牙による一撃でレイフが貫かれず辛うじて命を止めているのは、出来る限り持たせた付呪による御守りと、何よりあの丸コロのオークが自らを盾として攻撃を僅かに逸らしてくれたからだ。
今すぐ───今すぐレイフの側に駆け寄りたい。
しかしそれをすれば化け物ゴブリンは周りのすべてをその牙で切り刻むだろう。
暴風の如きその攻撃を、受け止められるのは今ここではただ一人───アタシしか居ない。
「左右伏兵、一斉射撃!」
アタシの号令で、森に潜ませていた狩人、弓兵部隊が、左右から迫る伏兵のゴブリン達へ矢の雨を降らす。
同時に、同じく森に隠れていたエイミ率いる援軍部隊は、そのままこの中央部へ。
ここからは速さの勝負。
アタシが化け物ゴブリンを。エヴリンド達が他のゴブリンを防ぎ続けつつ、ダークエルフの援軍とゴブリン達の伏兵、どちらが先にここまで辿り着けるか。
「小賢しいぜ、猿知恵王!」
伏兵の一手を鼻で笑い飛ばしつつ、左手のミスリル刀へ魔力を込め、【紅蓮の外套】の呪文を唱える。瞬く間にアタシの周りに渦巻く炎の外套が形成された。
アタシはこれを、“獄炎”を名乗るキャメロンに術式の簡略化を無理矢理やらせ……手伝わせてあるので、効果に反してかなり短い時間で発動できる。
応じて、発動中は魔力をより多く消耗するのだが、ガヤンと異なり魔術の専門家でないけれども、生まれつき火属性の魔力をもっている上に、付呪した魔装具と術具として使えるミスリル刀の効果もあって、それらは限り無く低く抑えられている。
発動中常に魔力を消耗し続けるので、魔装具の補助があってもこれ一つを使い続けている限り他の魔法を同時に発動させられる余裕は一切無くなるが、それを踏まえても近接戦の補助系統魔法としては絶大な効果がある。森の中では延焼が怖いのであまり使えないが、開けた場所ならなおのこと使い勝手が良い。
「てめェにゃ! ウチのが! 随分と! 世話に! なッ……たなッ!!」
両手の短刀で、奴の変化した外骨格の連撃を弾きつつ、再び挑発。
「借りは……倍返しで返す!」
とにかくはコイツの意識を、レイフや他の者達から引き離し、アタシ一人に向けさせなきゃならない。
「ユリウス様!」
つい先日にアタシの造った付呪効果のあるミスリル鎧を着た側近らしきゴブリンが割って入ろうとするが、 【紅蓮の外套】 の炎に遮られ手出しが出来ない。
「お前には……過ぎた鎧だ!」
その横合いから山刀の連撃を繰り出すのはエヴリンド。
「ナナイ様自ら仕上げたミスリル鎧に貴様の下卑た匂いがつく!」
エヴリンドにはアタシがこの化け物の注意を引き続けられるよう、他の手下達の対応を任せている。
加えて、捕虜だったセロンとかいうレンジャー見習いも、捕まっていた割に良い動きをして応戦。
さて、次の次、その次まで……どうなることか。
敵の死霊術士が白骨兵を召喚する。これもレイフには想定通り。すかさずガヤンが後方から召喚獣の闇の馬で駆けつけ、石壁に泥人形で対応する。
泥人形は所謂ゴーレムという奴で、発動させるためには核とするために術式を組み込んだ魔晶石が必要なのだが、それは事前に地中へと埋めてある。
こういうことに関しては細かいガヤンは、毎晩のように闇の森各所へ出掛けては、地道にこれらの魔晶石を地中に埋め込むというような作業をしている。いつどこで必要になるか分からないから、とは本人の弁。いや本当に頭が下がるマメさ。
今回は特に、この場所を奴らが会見場に指定して来たときにはもう仕掛けに行っていた。相手も見張りはつけていただろうけれども、闇夜の中闇魔法で姿を隠蔽したガヤンを見つけることはほぼ不可能だ。
小型から大型まで、様々な大きさの泥人形は、総勢六体。数だけなら明らかに敵の白骨兵より少ないが、徹底的に破壊し尽くすか核を壊さない限り損傷を再生して動き続けるのが泥人形のいやらしいところ。その上相手の剣は効きが悪い。石壁の守りと泥人形の連携で、しばらく時間稼ぎが出来るはずだ。
同時に、ルークィッドの爺も地に降り立って、レイフへの治療を開始する。前に死にかけたときもなんとか治したんだ。今回も頼む……そう、祈らずにはいられない。
アタシは【紅蓮の外套】を操って白骨兵の数を減らしつつ、化け物ゴブリンを誘導してレイフ達から距離をとる。
レイフ達の守りは今の所なんとかなるだろうし、何よりアタシの【紅蓮の外套】にしろ、化け物ゴブリンの鞭のように振り回される硬いムカデ状の腕にしろ、巻き添えが怖い。現に化け物ゴブリンは何度か白骨兵をその腕の攻撃で壊している。
必然、アタシと化け物ゴブリンは一騎打ちの形になる。
左右の刀でそれらを防ぎ、かわし、時に応じて突き込み急所を狙うも中々届かず、また届いても硬い殻に防がれ、しかも傷をつけても瞬時に再生してしまう。
こりゃ思ってた以上の化け物で、さてどうやったら倒せるものかと考える。
矢張りレイフの言うように、搦め手で周りから攻めるのが順当か。
「どうした? 随分と無口になったな、化け物」
挑発を続けてみるが、先程から全く反応はない。ただ暴風のような勢いで、硬く変化させた牙のついた腕を振り回し続けているだけだ。
レイフは事前にこういう展開になることも予想していた。
「僕が、どうしても折り合いをつけられないと判断したら、恐らくは彼の心、思考に大きな衝撃を与える話をする。
その結果彼の心が折れるか……或いは自暴自棄になり暴走しだすか───。
ここばかりは……賭になる」
そして生憎とその賭には負けた。
何を話していたのか。それはこちらにはさっぱり分からないが、レイフとの会見の最中に様々な表情や反応を見せていたあのときとは大違いだ。
怒りなのか、絶望なのか。そのどちらでもないモノなのか、あるいはそのどちらでもあるのか。仄暗い光を宿した目で、こちらを見てるのか見てないのかも分からない。
攻撃も素早く激しいのだが、そこには駆け引きも意志も感じられず、まるで古代ドワーフの機械人形の様な単純な動きだ。
それもあって、攻撃を防ぐのはそう難しくも無い。……しかし手詰まりだ。
挑発を繰り返すのは、その状況に変化をもたらしたいからでもあるのだが……。
◆ ◇ ◆
「クッ……フ……フフ……フグ……」
嗚咽か、含み笑いか。どっちともとれる声が、不意に化け物ゴブリンから漏れ出てくる。
それは次第に大きく、高くなり、遂には大きな笑い声へと変わった。
「クフフフ……ヒヒヒ……フハ……ハハハハハハ……!!」
笑い……いや、これは───悲鳴だ。
レイフは……コイツに一体何を言ったんだ? ここまで動揺させてしまう事とは、一体何なんだ?
疑問だが、しかしそいつは今考ることじゃあない。
まずはこの化け物ゴブリンだ。
「ヒィ~ヒヒヒ……! ハッ……ハハハハ!」
大音声の笑い声が治まると共に、ムカデ状の腕による攻撃がゆっくりとなり、ついにその動きを止める。
好機と見て追撃を……とも思うが、コイツの初めて見せた感情の動きに、つい攻め手が鈍ってしまう。
「聞いたか……? フフ……。
聞いてても───理解は出来ないか」
化け物ゴブリンは力無くうなだれるかのような姿勢から、ゆっくりと向き直る。
「元人間で……死んで甦ったらゴブリンで……フフ……。
新しい人生を手に入れた力で存分に思うまま生きてやろうと考えてたらよ……。
俺ァ人間でもゴブリンでも無ェ……どっかの魔術師が作り出した……出来損ないの化け物だったんだとよ……」
どっかの魔術師……?
……ああ、そうかい成る程ね。このあたりでこんな化け物作り出せる奴なんか一人しかいねえわな。
あの野郎、見つけたらバチボコにしてやるわ。
「フフフフ……クハハハハ……。
良いじゃねえかよ、上等だ。
俺がただの出来損ないの化け物だっつーんならよ……出来損ないの化け物らしく……全て喰らって……ブチ壊してやらァ……!!」
突然、奴の身体が弾けた。
飛んできた鎧の胴当てを危うく避ける。
急激に膨れ上がったその身体は、着ていた鎧を弾き飛ばし、禍々しい魔力の渦を纏いつつ、全身は例の硬い殻に覆われていた。
腕がぶんと振り回される。身体が大きくなった分、速度は若干下がる。下がるが破壊力は桁違いに増し、地面を抉りその破片ですらまるで【石飛礫】の魔法のようだ。
先程の一瞬の逡巡が悔やまれる。
アタシの【紅蓮の外套】は、この手の遠隔攻撃には効果がない。
水や氷は蒸発する。矢なら燃やせる。素手なら火傷をするし、剣や斧等金属製の武器も、攻撃する度に熱が加わり、脆くなるか熱くて持てなくなるかする。
しかし、【石飛礫】やそれに類する投石器の攻撃の弾丸、石や岩を溶かし尽くせるほどの高温ではない。
より高温にするには魔力をより多く消耗するし、その制御が難しくなる。何よりこの魔法は、魔力で作り出した炎の渦を纏うと同時に、自分自身とその炎の間に炎による熱ダメージを防ぐ守りの魔法効果を同時に持続させねばならない。
そしてその、相反する効果を持つ攻撃と防御の二つの魔力の働きを、適切なバランスで維持し続けるというのが最も難しい。
この魔法の使い手が少ないのは、そこまで魔力を消耗しつつ制御をすると言うことの難易度に対して、それが出来てなお、有効活用出来る近接戦闘力を持つ術士が少ないからだ。
アタシの場合は自分の適性に合わせて術式の簡略化をし使い勝手を良くしたのだが、その分それら細かく微妙な変化の制御がより難しいモノになっている。
飛礫、土や石の破片が嵐のように降り注ぐ。
それらを避けるのに神経を使うと、その隙に反対の腕が直接アタシを引き裂こうと迫ってくる。
さっきまでですら決め手に欠ける持久戦の様相を示していたのに、こうなってからは回避の一手だ。
だが───。
何度目かのムカデ状の腕による攻撃を避けると、その牙の付いた切っ先が地面に突き刺さり、一瞬それが抜けなくなった。
好機───。
その腕の上をアタシは一気に駆け抜けた。
化け物ゴブリンは慌てる。慌ててその腕を抜こうと足掻き、同時に反対の手でアタシを横凪になぎ払おうとしてバランスを崩す。
腕を駆け上ってその肩口から頭部へ辿り着き、アタシは右手の短刀を奴の目に向けて突き入れようとする。
その腕を、糸の束が締め上げた。
武器を持つ手の回りには【紅蓮の外套】の炎が無い。その隙間を、奴の口から吐き出された糸が正確に抜い絡め取る。
動きを止められると同時に、さらには短刀自体をも奪われてしまった。
「てめー! そいつはアタシが竜の骨から鍛え上げた逸品だぞコンニャロー!」
かつての旅で手に入れた希有な素材を、アタシはその方法を調べに調べ上げて鍛造し武器にした。もはや二度とは造り上げられないであろう貴重な代物だ。
盗んだナイフで走り出すよーな真似は、そりゃあ許されんよ!?
【紅蓮の外套】の炎を動かし、糸を燃やして素早く離脱。
「竜の骨……? そうか、竜の骨……ねえ」
そう言いつつ、奴はアタシの竜骨刀を手にしげしげと眺めたかと思いきや……。
「まだ食べたことは無かったな」
指先で軽く摘まむと、大口をあけペロリと飲み込んだ。
……マジかよ、おい。
あまりのことに悲鳴すら上げられない。
あらゆる鉱物の武器よりも硬度のある、鍛えに鍛え上げた竜骨刀を、パキン、ペキンと噛み砕くと、そのまま一気にゴクリと飲み下す。
「ああ、成る程、それなら……こう……」
言いつつ、奴のムカデ状の外骨格を持つ右腕の先、それまでに付いていた牙の形状と材質が変化。
今そこにあるのは、巨大なムカデの牙、ではない。
巨大な竜の牙、だ。
「そして……こうか」
それまでムカデ状に腕を覆っていた黒い虫の外骨格の殻が、白い竜の骨へと入れ替わっていく。
まるで竜骨の鎧を着込んだ巨漢の戦士だが、違うのはその竜骨の鎧が奴の肉体、皮膚そのもので、鎧であると同時に剣であり牙でもあるところだ。
そして厄介なことに、覆っていたのがムカデ状の殻のときは再生はされても傷をつけることは出来た。しかし竜骨に覆われてからは硬度がまるで違う。
今残って居る左手のミスリルの短刀は、白兵武器の性能としては奴に“喰われ”た竜骨刀より数段落ちる。
左手のこれは、防御と魔術具としての目的、効果を優先させたもの。アレがアタシに造れるくらいの竜骨の鎧と同等以上の硬度であれば、文字通りにこのミスリル刀では「刃が立たない」。
「ククク……流石、ケルアディードの武器は“一味違う”。
次に……“お前を喰らう”事が出来れば、一体どんなスキルを得られるんだろうな?」
狂気に歪んだ笑みを張り付かせて、口元から牙を覗かせる。
「ざけんな。食中り起こさせてやるわ」
ムカデの牙から竜骨の牙に替え、再び襲い掛かるその腕を、今度は左の一刀だけでなんとかいなす。
話には聞いていたが、捕食吸収とかいうこいつの能力がここまで厄介だったとは。
連続して突き出される竜の牙をかわすが、かわしたハナから地面に突き刺さったそれがさらに土や石を跳ね上げて攻撃してくる。
高速で迫るそれらの一つ一つの威力はさほどでも無い。だが、打ち所が悪ければこちらの動きが止まる。そして動きが止まれば、牙の餌食。
いや……そうでなくとも、じき動きは止まる。
今のアタシは【紅蓮の外套】の追加効果で身体が活性化されて疲れにくくなっている。
だが、こうまで長引くと……それもどれだけ保つか。
アタシは奴の牙を避けて回りつつ、周囲との位置を確認。もう十分に距離はとれた。
【紅蓮の外套】は防御重視でコイツをレイフ達から引き離すために使っていた魔法。
ここからは……反撃の時間だ。
継続させていた【紅蓮の外套】を解除して、奴から離れる。そして左手のミスリル刀を腰へと戻してから、背負った弓を手にする。
竜の牙を後ろ跳びにかわし、つがえた矢を速射。
「貧弱な矢だ! さっきの魔法の方が数倍恐ろしかったぞ!」
放った矢はその数本が、竜骨の鎧に突き刺さる。しかしそれはただ表面に刺さったのみで、決して突き抜けては居ない。
ここでもし竜骨の鎧を突き抜けるだけの威力があれば、奴はそれを叩き落とすかかわすかをするだろう。
しかし刺さってもせいぜい表面のみ。だから回避も防御も考えず、こちらへの攻撃に専念できる。
繰り返し、アタシは矢を放ち続ける。
横跳び、後ろ跳び、身を翻しての半回転。軽業師のような避け方でかわしながら撃ち続けた矢が、幾つも竜骨鎧の表面に刺さっている。
「お前の刀は素晴らしいな。いや、素材の竜骨が素晴らしいのか」
「ああ、そうだな。
竜骨の鎧は、滅多なものじゃあ貫けない。
魔法の補助無しでも貫けるとしたら、同じく竜骨を素材にした武器くらい……」
ぎりり、と弦を引き絞り、この一矢に魔力を込める。
十分な魔力を込めて放ったその矢が、奴の身体を覆う竜骨鎧に突き刺さり……そして、貫いた。
ぐあ、と、奴が驚きつつ、口から血を吐きだす。
そして「そんな馬鹿な?」とでも言いたげに、突き刺さった矢を見ている。
こりゃ内蔵までいったかな?
「おーうし。一応種明かししとくわ。
この矢、鏃も竜骨製なのよ。そこに、弓の魔力を上乗せさせて貰ったんで」
威力と角度が合いさえすれば、竜骨であっても十分貫き得る。竜を倒す武器の素材として最も適切なのは、竜自身の身体なのだ。
ま、聞こえているかは分からないが、ノリでそう言っておく。
そのまま二矢、三矢と続けて放ち、刺さったそれらが連鎖的に光を放ちだす。
一応、対死霊術用に用意していたこの弓は、見た目はただの狩猟弓で軽くて取り扱いやすいだけのものに見えるが、実際にはかなり強い炎の魔法効果が付呪されている。
そしてこの付呪効果は、連鎖して増幅されて……最後に爆発する。
大きな閃光と爆音の渦の中から、雄叫びのような絶叫。
弾け飛ぶ肉片と剥がれ落ちる竜骨の鎧。
再生力が強いならば、再生する暇も無い程に破壊し尽くしてやれば良い。
アタシは容赦無く油断無く、立ち上る黒煙の向こうに見えるそいつに魔力を付与した竜骨の矢を撃ち込み続ける。
五矢、六矢、七矢……。
撃ち込まれる側から炎と爆発が起き続け、肉の焼ける匂いが煙と共に立ち上って行く。
ふふん。アタシにとっちゃ魔法と短刀はあくまで予備手段。
基本は矢張り、弓なのよ。
背後へと視線を向ける。
白骨兵は未だに増え続け、左右の伏兵が既に中央に迫り来ている。
術士を除いて動いているのはエヴリンドとセロンだけか?
これは、思ってた以上に時間が掛かったな……と、戻って加勢しなければと考えて刹那───。
───熱……!?
細く、長く、しかし鋭く研ぎ澄まされた指先───既にほぼ白骨とも言える状態のそれ、が、弓を構えたアタシの左腕を縦に刺し貫き、そのまま眼前へと迫って来た。
◆ ◇ ◆
「あぐぅあッ……!!」
悲鳴を上げつつ、後ろへと飛び退く。
間一髪、その鋭い爪……いや、アレもまた竜の牙なのだろう……それから逃れる。
が、手酷い損傷。その牙は左腕の手の甲あたりからアタシの腕を貫いて、上腕を通り肩口を抜けていた。
それを、やらせはせん! と飛び退いたことで、最悪一歩手前で回避するが……代償は、左腕。
貫いてきたそいつは抜けるそのときに、左腕の腱を引き裂いていた。
あー、拙い。相当に拙い。
左腕は既に弓を取り落とし、力無くだらりと垂れ下がる。
力が入らない、どころじゃない。猛烈な痛みと鮮血。腱のみならず動脈までぶっち切ってくれたらしい。
間に合わせに【自己回復】で血止めを図る。
そう簡単には止まらないし、痛みもそうそう引きはしない。
ぬらりと揺れてうごめくそれは、半分以上はヒト……いや、ゴブリンとしての形を留めていない。
硬質化した竜骨の鎧のみならず、ゴブリンとしての皮膚も破れ焦げており、だらり垂れ下がる。
その破れただれ垂れ下がった皮膚が、その重さに耐えられずボトリと地面に落ちるも、痕痕はゆっくり徐々にだが、新たな皮膚に覆われ再生して行く。
その速度は遅い。遅いが、それでも確実に再生し続けている。
ゴポリ、と、血反吐とも吐瀉物とも分からぬ赤黒い粘液が、奴の口から吐き出された。
「グ……がッ……げごッ……グ……じ……」
もはや言葉にもならない、唸り、嗚咽、いや……ただの、音。
「お互いこりゃ……満身創痍だな……おい」
返答はない。期待もしてない。
生き残っている右手で、先程腰に戻したミスリル刀を引き抜く。左に差していたので些か取りにくく、取り落とさないように気をつけた。
魔法は……ああ、使えなくもないが、今は回復で手一杯。詰まるところ、コイツ一本で奴の再生を止められるかどうか。
「いくぜ、若僧」
ゆらりと、双方が向かい合う。
一歩、そしてまた一歩。
お互いの間合いに徐々に近づき、じきにその境界線を越え、再び交錯するときがくる。
奴は崩れ落ちそうなその肉体を、再生と変化の繰り返しでなんとか維持し続けている。
その境界を越えた瞬間に、アタシのミスリル刀が奴の頭……らしき場所へと振り下ろされ……弾かれた。
右肩を再び貫かれる。一瞬奴の貌がまた愉悦に歪んだかに見えた。
再生がまた再び早くなりだしている。
火傷が治り、傷が塞がり、また皮膚の上を竜骨が覆い始める。
奴の手がまた変化をした。竜骨の皮膚がそのまま細かく鱗状になり、それは腕というより蛇の形状。
その蛇が、アタシの肩から首へと回り、じわり締め上げ、絡みつく。
なぶるように、じっくりじわじわと絞め殺す───それが奴の狙いか───。
意識が───遠のき───
───そしてまた、動き出す。
咆哮が───狼の咆哮が、聞こえてきた。
おいおい……一体そりゃ───何だ?
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