遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第一章 今週、気付いたこと。あのね、異世界転生とかよく言うけどさ。そんーなに楽でもねぇし!? そんなに都合良く無敵モードとかならねえから!?

1-26.「愉しい戦争の始まりだ!」

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 どうやって部屋に戻ったのかすら覚えていない。
 戻ってセロンとタカギの姿を確認すると、俺も又もそもそと寝藁に敷かれた毛皮にくるまり朝まで寝た。
 
 朝になるとセロンは既に目を覚ましていて、俺の横に座り込みこちらの様子を見ている。
 自分が俺により助けられたらしいことはうっすらと認識して居たらしく、いつもの軽薄な口調とは全く違う真剣な声音で一言、「感謝する」とだけ言う。
 
 取り合えずは助かりはしたが、この世界の回復魔法というのは万能ではない。
 切り裂かれた胸板は一応塞がっては居るが、内部の損傷まで完治した訳ではないし、血もずいぶん流れている。
 ユリウスさんも賢者セージを寄越して間に合わせの治療はしたものの、継続的に面倒を見るつもりまではなさそうだ。
 俺はセロンに無理をしないよう言い、朝飯を貰いに食堂へと向かった。
 
 タカギの為の野菜くずと、俺とセロンの為の肉スープの椀を持って戻ってくると、二人と一匹は特にさしたる会話もなくもさもさプギプギ飯を食う。ただ生きるため、身体を治すための作業としての食事。
 そのあと、ひとまずセロンにはタカギを頼むと告げて、俺は群れのアジト内部をうろつく。
 必要なものを集めて回り、昼前には作業場へ。
 作業場では数人のゴブリンが、薪を割ったり、皮をなめしたり、またそのなめした皮で革紐を作ったり、毛皮や皮の鎧の修繕をしたりしていた。
 正直、それらの作業の手際は悪く、ぎこちないものが多かった。
 薪を割るにも均等に出来ず、或いは手斧がすっぽ抜けて危うくこちらの頭をかち割られそうになるし、鎧を修繕したそばから間違えて別の場所に穴を開けたりしている。
 それらを後目に、俺はそこそこの手際で目的のものを製作する。
 俺、つまりは“追放者グラー・ノロッドのオーク、ガンボン”は、無骨で大きな手をしている割には意外と器用で、料理に限らずちょっとした鍛冶や大工仕事に細工物などが出来るのだ。
 
 まず最初に作ったのは大きめの背負子。
 L字型の木枠を二組み作って、それらを並列に並べて同じ長さの棒で繋ぎ、肩と腰に巻くための皮ベルトを付ける。
 背負って荷を運ぶための道具だが、背嚢、背負い袋と異なり剥き出しであるため、荷そのものも紐で背負子に括り付ける必要があるが、袋に入れる訳ではないので体積の大きなものも運べる。
 そう、自分と同じか、それより大きなものも、背負って歩くだけの体力があれば運べるのだ。
 
 昼になったらまた飯をもらい、再び部屋へと戻り二人と一匹でもさもさプギプギ食う。
 タカギは相変わらずで、呑気に食っては寝てウンコをしての日常。
 あまり動き回られても困るので、背負子を作るときの余りで、ちょうど良い大きさの籠を作り、寝ているタカギを中へと入れる。
 ふと見ると、いつの間にかタカギの首に革紐と色の付いた石で作られた素朴な作りのネックレスが巻きついている。どこで拾ったのだろう。
 
 セロンはあばら数本にヒビがある他、足首も挫いており、まだ棒きれを杖代わりにしないと動けない。
 俺は集めた材料から昨日賢者セージが作っていたのと同じ軟膏を作って塗り、またセロンも自分自身で【自己回復セルフヒール】の魔法を使い回復を助けようとするが、この世界の一般的回復魔法には劇的な治癒効果はなく、彼も魔法の専門家ではないため、ある程度にでも動き回れるようになるには数日かかるだろう。それでも、自然治癒に任せるよりは遥かに早い。

「すまない」
 軟膏を塗り、薬草の葉を足首に巻いていると、痛みに顔を歪めつつも礼を述べるセロン。
 俺は軽く目を合わせ、コクリと頷く。
 
 午後になると、今度は背負子を使って色々なものを運んで回ったりもした。
 斧で数本の木を切って適当な長さに揃えたものを倉庫まで運んだり、粘土質の土を運んだり、或いは別のゴブリンの作業を手伝い、その為に必要な材料を運んだり出来たものを届けたりして動き回った。

「何をやっている?」
 そうした俺の動きを不審に思ったのか、銀ピカさんが詰問してくる。
 俺は、「重いものを運ぶと、体力がつく」とだけ答える。
 その後雄牛兜や黒髪ロングさん等にも同じ様な質問をされて、やはり同じ様に答えておく。
 雄牛兜はそれに触発されたのか、戦闘訓練の合間に俺の真似をしてやたらと重い荷物を運びだしたが、背負子を使えないのであまり上手く出来ていないようだった。
 
 夜になると、今夜もユリウスさんの晩餐へと呼ばれる。
 今日の昼間はそれぞれ別行動だったことから、誰かから聞いたらしい俺の荷物運びのことを聞いてきたので、やはり同じ様にトレーニングの一環だと言うと、「はー。なんか、昔のスポコン漫画みてーな事やるねえ」とだけ。
 それからその件に関しては一切の興味を失ったのか、昨日の女達とはどうなったのか等のとりとめもない話題に移っていった。
 晩餐では、ユリウスさんには酒を勧め、俺は飲みすぎず食べ過ぎずで切り上げる。昼間に作った皮袋に幾つかの果物と焼いた肉、それと清潔な飲み水を入れて持ち帰り、その少しをセロンとタカギに分け与えた。
 
 ◆ ◆ ◆
 
 夜も更けた頃。
 俺は一際大きな荷物を背負子に括り付け、ゴブリンのアジト内を歩き回っていた。
 各所に見張りのゴブリン達が居たが、昼間のうちにさんざんこの背負子で荷物を運ぶところを見せ付けておいたので、特にこちらに注意を払う者は居なかった。
 荷物の大きさは俺の身長よりもやや高く、遠目にはちょっとした小山のよう。
 重さは……体感で言うと100キロ近くはあるだろうか?
 それをさほど苦もなく背負って運べるのだから、このオーク戦士ガンボンの肉体は思っている以上に強靱で馬力があるようだ。
 ───自分の……「向こうの世界の俺」の心が、ブレーキをかけていたのかもなあ。
 なんとはなしに、そう思う。
 
 しばらくぐるぐると移動して、所々で荷物を下ろしたり積み直したりして、俺はゴブリンのアジトの外れへと向かう。
 たどり着くのは例のゴミ捨て場。
 ここは行き止まりの窪地になっていて、片側を丸太で作られた壁、もう片側をちょっとした高さの切り立った崖に囲まれている。
 その、崖地と木の壁の境界が、盲点だ。
 崖の上には、カモフラージュとして周りに馴染むように岩と粘土で造られた見張り台が建てられて居るのだが、その位置からだとゴミ捨て場は死角になる。
 そしてこのゴミ捨て場自体にも、あまり見回りはやって来ない。
 
 俺はユリウスさんの許可があるので、このアジトの中では自由に動き回れる。しかし門をくぐって外へでることは許されていない。
 限定的な自由を与えられているが、現状としては軟禁されているようなもの。
 なので俺は、ここに足場を組んで壁を越えて外に出ることにした。
 
 背負って居た背負子を下ろし、昼間のうちに作っておいたものを取り出す。
 パーツ毎に分解した組み立て式の足場。これを木の壁に立て掛ければ、崖の側への足場になる。
 壁の全てを乗り越えられるだけの高さにするのは、流石に個々のパーツが大きくなりすぎるので断念した。
 途中からは崖の足場と壁を巧く利用して乗り越えるしかない。
 慎重に、音を立てず、足場を組み立てる。
 それを壁に立て掛けるように設置。何度か具合を確認して、倒れないように位置を調整すると、再び背負子を背負う。
 
 ここからが大変だ。
 俺一人ならば、この足場と崖を利用して壁を乗り越えるのはさほど苦でも無いだろう。
 だがこの背負子には、タカギの入った籠とセロンを隠してある。
 まず背負子の上に、俺と背中合わせになるような格好でセロンを座らせ、縄で括る。
 セロンにはおなかのところでタカギの入った籠を抱えてもらい、その上にカモフラージュの荷物を多少配置し、毛皮の毛布を掛けて、さらに縄で括る。
 臭くて息苦しいのは我慢してもらうしかないが、これしか方法は思い付かなかった。
 
 もし、俺一人で逃げ出せば、間違い無くタカギは喰われてセロンは処刑される。
 リタとカイーラは? 彼女等は俺との関係性を知られていない。だから俺が逃げ出しても処刑されることはないだろう。
 まずはケルアディード郷まで逃げる。それから何とかして外部───疾風戦団に連絡を取る。
 今の俺に出来ることは、それしかない。
 その結果───或いは誰かが傷つき、又は死んでしまうかもしれない。
 最善の選択肢が何なのか。それは分からない。
 けれどもこのまま何もせずにいれば、ユリウスさんはこれからもダークエルフ達をゲリラ戦で攻撃し続けるだろうし、リタやカイーラ達捕虜になった女性は監禁され薬漬けにされて「合意の元に」ユリウスさんの「新しい妻」にされ、男の捕虜は「試合」という名目での「公開処刑」をされ続ける。
 結局行き着く果てには、無数の悲劇しかない。
 それを止める───。
 
 止められるのか? ちゃんと正しい選択が出来るのか? それは分からない。
 ユリウスさんは恐ろしい。客観的に見て、彼の行為が許されるとも思えないし、許容も出来ない。
 けれどもじゃあ、個人的に憎いかどうかと言われると───分からない。
 ユリウスさんと戦いたいわけでも殺したいわけでもない。ゴブリン達を壊滅させたいわけでも皆殺しにしたいわけでもない。
 ただ、出来る限りで───出来る範囲の悲劇を止めたい。
 
 壁に立て掛け設置した足場に右足を乗せ、数回体重をかけて安定性を再確認する。
 それから徐に左足を上げて、一歩を踏み出したそのとき───。
 
「───どういうつもりだ、コレはよ?」
 
 ◆ ◆ ◆
 
 明々とした篝火が、狭い室内に焚かれている。
 深夜遅くだというのに、肌寒いと言うよりは寧ろ強い熱気に頭がくらくらとしそうな程だ。
 室内は強い血の匂いに満ち、無数の、そして様々な器具が設置されている。
 木製の寝台のようなもの。丸太ベースの木材を十字、叉はY字型に組み合わせたもの。内部に向けて棘の突き出た小さな檻。何かを釣り下げるためのフック……。
 その一つ、一見ただの木製の椅子だが、座った者を拘束する為のベルトが付けられているものに、俺は座らさせられている。
 今はまだ、ただ座らさせられているだけで拘束されてはいない。
 別の器具……Y字型の木製の台に拘束されているのはセロンだ。
 ぐぅ、と悲鳴を飲み込む嗚咽が聞こえる。
 それに応じて次第に高く響く哄笑は、拘束されたセロンの肌に無数の薄い傷を付け、責めなぶるヤンゴブさんのものだ。
 傷は致命的な程の深さはなく、叉重要な血管などを傷つけないよう慎重に場所を選んで付けられているが、皮一枚分を丁寧に切り裂き、また所々の皮膚を切り抜き剥がしても居る。
 切り刻みながら笑うその顔は、下からの篝火に照らされ黒々とした陰に彩られており、セロンの肌から吹き出し流れる血に情欲の炎を燃やしているかのようだった。
 
 もう一人。
 この小部屋にはもう一人の人物が居る。
 さっきまでその人物は、さらにもう一人の別の人物……賢者セージと名付けられた盲目のゴブリンと口論をしていた。
「御方様、確かにその者は御方様の命に背き過ちを犯したやもしれません。
 しかし我々と異なり、その者は御方様と同じ魂の形をもつ稀有なる存在───唯一にして無二なる、御方様の運命に関わる者なのです」
 賢者セージは、魂の形を“視る”ことで、その理由は分かっていないものの、俺とユリウスさんにだけ他のゴブリン達と違う共通点があることを知っている。
 そしてそれを、ユリウスさんにとっての運命であると信じ、主張しているのだ。
 ユリウスさんはそれを退け、賢者セージを追い出して扉の向こうへと下がらせた。
 賢者セージは渋々ながら下がるものの、くれぐれも、くれぐれも、と、食い下がり部屋を出て行った。
 
 暫く。暫くの間、肌を切り刻まれるセロンのくぐもったような、押し殺したような嗚咽が聞こえ続けていた。
 俺のせいだ、と自責する気持ちもある。せめてセロンだけでも助けられないか、とも考える。
 けれども状況を考えれば、俺の立場状況に対して、セロンのそれは非常に悪い。
 現に俺はまだ、ただ椅子に座らさせられているだけで傷一つけられても居ない。
 
「俺はさ───」
 押し黙っていたユリウスさんが、遂に口を開き声を発する。
 日本語で、だ。内容は俺と二人しか分からない。
 ヤンゴブさんはユリウスさんが話し始めたのに応じて、セロンを切り刻む手を止めた。
 荒い息と、滴り落ちる血の音。静まり返った部屋の中、それだけが小さく響いている。
「傷ついちゃってンだよね」
 ゆらり、と、それまで背を向けていたユリウスさんが、此方へと顔を向ける。
 篝火の火に背後から照らされ、逆光気味のその表情は確とは分からない。
 分からないが、その語調その声音からは、今までの様なある種の無邪気さ、陽気さはまるで感じられない。
 俺は、最初に竪穴式の独房で出会ったとき以来の、心底からの恐怖を感じる。
 しかしそれは、例えば巨大熊に襲われたときや、雄牛兜と対峙したとき等とはやや異なる。
 予感としては感じていた、けれども今までは「同じ“元日本人の転生者”」として向けられずにいた彼の狂気が、ここにきて明確な意識の元俺へと向けられつつある───その恐れが実現し始めていると言うことの恐怖であり、と同時に───ある程度にはその人となりが分かっている“つもり”であった人物が、今まで俺には見せなかった顔を露わにした事への恐怖でもあった。
 
 ずず、とユリウスさんがにじり寄って来る。
「……これってさ、マジ、裏切りじゃん?
 何なの? 有り得ないじゃん?」
 
 言葉、その調子そのもののは、物凄く軽い。
 いかにも現代日本の若者っぽいものだ。
 彼は今、“ゴブリンロードのユリウス”としてではなく、“ごく普通の、現代日本の若者”として、俺に話しかけているのだ。
 
「───そうだよ。俺、傷ついてんだよ……?
 なあ、何なんだよ、なあ? 
 何で……何で裏切るのかなァ~……!!??
 なあ…………!!!! どーーーゆーーー事なんだよ、なァ~~~~!? ええッ!?」
 
 俺の座っている椅子の背もたれ部分を、ユリウスさんは握り締める。その握力でもって、堅い木材で作られているであろう背もたれは、ミシリミシリと軋み、ひびを入れられ。
 
「……を……出すな……」
 嗄れたような掠れたような弱々しい声。
「俺……だけ……で、良い……だろ…………殺……すの……は」
 セロンが途切れ途切れに言う。
 しかしそれを聞くとユリウスさんは更に大きな声を上げ、
「モブキャラが口出してンじゃねェッッッ!!!」
 叫んで腕を振るうと、それは瞬間的に黒く輝く殻をまとった百足の様な形状へと変化し、その先端の巨大な牙の部分がセロンを拘束していた木の台を粉砕する。
「俺はコイツと話してンだよッッッ!!! でしゃばってンじゃねェよ、てめェ!!!!」
 癇癪を起こした子供───。
 不意にそんなイメージが沸いて来た。
 それと共に、俺の中にあった様々なユリウスさんへの印象……恐れが、奇妙に小さくなる。

「……止め……よう」
 我ながら、腹に力の入ってない情けない声。
「戦争とか……そういうの、は……」
 戦争なんか起こして、沢山の人を殺して……そんなことをして、どうするのか。
 それを裏切りというのならそうなのだろう。けれども俺は、それを止めたい。
 
 ぬらり、とした、血走りぬめった視線。
 しかしそれは、睨みつけるというよりは……蔑むような、或いは呆れる様な色合い。
 それから口元を歪めると、ユリウスさんは小さく笑い声をあげだした。
 
「ククク……フフフ……ハハハハハ…………!!!!
 そうか、そォ~……かァ~~~~、ガンドンちゃ~~~ん!
 そーゆーコトかァ~~~!
 ウハハハハハ!
 そーゆーコトかーーー!」
 
 先程までとは打って変わったハイテンションで、如何にもおかしくて堪らないといわんばかりにゲラゲラと笑い出す。
 
「カカカカ!
 そっか、まーーー、そうだよなあ、そりゃあ……まだ二週間くらい……だっけ?
 まあ、それじゃあしょーがねえかー!
 カカカカカカカ!」
 あまりの変貌ぶりに、俺は元よりセロンもヤンゴブさんも唖然としている。
 
「ユ……リウス……!? な……どうしたンだよ……!?」
 たまりかねてそう聞いてくるヤンゴブさんに対して、ユリウスさんはこの部屋に入り初めてエルフ語へと切り替えて、
「いや~、コイツさ。
 要するに、ビビッちまったんだよ。
 戦争始まるって聞いてさ。
 ククク……まあ、ウブだよなあ~~~!」
 如何にも愉しげな、からかいの調子。
 それを聞いて、少しの間ポカンとした顔をしたヤンゴブさんも、一緒になって笑い出す。
「ハァ!? 何だよ、ダセェな!
 昼間っから何かウロウロコソコソしてっから、何狙ってンのかと思ったらよ~~~!
 コイツ、ただのヘタレじゃねェかよ!」
 二人してゲラゲラと、それこそ腹がよじれるほど、というように笑い続ける。
「ち、違ッ……」
 
 違う。違う、そうじゃない。
 確かに戦争は怖い。戦うのも怖いし、痛いのも苦しいのも嫌だ。
 けれども……俺が言いたいことはそんな事じゃない……!!
 
「いやいや、違わない違わない。よーは、そーなんだよ。
 そりゃ、な。『コッチで目覚めて二週間程度』じゃあ、まだ実感持てないのも仕方ねえよ。分かる、分かるよ?
 けどな……コッチのセカイは、向こうみてえに平和で安全なセカイじゃーねえんだよ。
 弱肉強食。人権だの法律だの平和主義だの専守防衛だの……そういうお花畑なネゴトなんざ通用しねえ。
 弱ければ奪われる。強くならなきゃ踏みにじられる。
 命の価値は果てしなく低い。簡単に、呆気なく殺される。
 俺たちが今生きてるのは、そーゆーセカイなんだよ」
 
 ビビるな、受け入れろ。
 ユリウスさんはひとしきり笑った後、やや真面目にそう言ってくる。
 
「甘えを、捨てろ」
 
「でなきゃ此処じゃあ生きられない」
 
 何も成せていない、まだこの世界で“覚醒”して二週間の俺が、この世界での過酷な生存競争を生き抜いた上で“ゴブリンロード”に登りつめたユリウスさんにそう言われて、反論できる言葉は無い。
 
「なあ、ユリウス。
 コイツはどーする? っちゃおっか? っちゃおうぜ!」
 手にしたナイフの腹で、セロンの首筋を撫でながら、ヤンゴブさんがそう問う。
「いーや、駄目だ。
 約束は約束だ。このダークエルフをどうするかは、コイツ次第だ」
 そう断言する。少なくとも今この段階では、セロンの命を奪われることは無いようだ。
 
 そのとき───。
 この拷問部屋の扉が勢い良く開かれ、銀ピカさんが勢い良く飛び込んでくる。
「ユリウス様! 幻獣ですッッ!!」
 扉の外から多くのゴブリン達が、ざわめき恐れ混乱する声が聞こえてくる。
「慌てるな! 何が起きたか説明しろ」
 銀ピカさんを右手で制し、そのまま扉から外へと向かう。
 その後ろを、暫く周りを見回してから慌ててヤンゴブさんが続いていくと、部屋に残されたのは俺とセロンの二人きりになった。
 俺はそろそろとセロンへと近付くと、両手の縄を解いて拘束を外すと、肩を貸してなんとか立たせ、床に置かれていたタカギの入れられた籠を反対の手に持ち部屋の出口へと向かう。
 
『……ゴブリンロードに告ぐ! 我々ケルアディード郷のダークエルフは、捕虜の返還を要求する!
 期日は五日以内。会合場所の指定は貴君の要望に添う!
 返還に対してのそちら側の要求と共に、付属した魔導具にて返答をされたし!』
 
 アジトの中央広場の真ん中に、闇そのものを夜空に垂らしたかのような、白骨化したような頭部を持つ青黒い馬が居た。
 滲むその輪郭を、ユリウスさん他ゴブリン達数名が囲み、その声を聞いていた。
 その姿に見覚えがある。その声に聞き覚えがある。
 それはガヤンさんの召喚獣だ。
 そしてその声は、やや声質が変わって聞こえてはいるが、紛れもなくレイフのそれだった。
 
 闇のごとき青黒い馬の召喚獣は、レイフの声音そのもので、エルフ語で三回、帝国語で三回、同じメッセージを繰り返すと、首から下げた皮袋をポトリと地面に下ろして、そのまま駆ける様に飛び去って行った。
 
 ざわめきとしたどよめきがしばらくの間辺りを包む。
 その中で最初に動いたのはユリウスさんだ。
 ユリウスさんは落ちた皮袋へと手を伸ばす。慌てて、銀ピカさんと賢者セージがそれを止めようとするが、意に介さずに中を開けると、数枚の羊皮紙が出てくる。
 しげしげとそれを見つめつつ、またその中の一枚の羊皮紙に書かれた文章を読むと、ユリウスさんはニヤリと不適な笑みを浮かべて、大声で宣言をした。
 
「───愉しい戦争の始まりだ!」
 
 
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