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第一章 今週、気付いたこと。あのね、異世界転生とかよく言うけどさ。そんーなに楽でもねぇし!? そんなに都合良く無敵モードとかならねえから!?
1-20.「 結論:さっぱり分からない!」
しおりを挟む見知らぬ顔、見知らぬ天井、というか見知らぬ格子。
仰向けである。
しかし腕の中には仔地豚のタカギ。俺のタカギはプギプギと寝息をたてて眠っている。
薄暗い穴蔵、というのが適切な場所だ。
四畳くらいの広さの穴で、かなり高めの……目算で3メートル程度の高さに天井があり、そこには木製の格子が填められていて、わずかに日の光も射し込んできている。
その格子もきちんと製材された木材で作られたのではなく、腕くらいの太さの丸太をそのまま蔦で縛って組み上げたものだし、この穴蔵も地面をただ雑に掘ったようなもの。
で、その格子から見えていたのは女の顔だった。
勿論存じ上げません、知りません。初めて見るお顔で御座います。
何より、肌の色が緑色。
今まで観ていたダークエルフ達が青黒い肌だったので、新鮮っちゃあ新鮮だけど、何だろう、こちらに転生してきてから俺、一度も“(人間の)肌色”をした人というのを見ていない気がする。
女性は緑色の肌に、真っ黒な長い髪をしていた。
顔と肩くらいしか見えないのだけど、格子の向こうに見える範囲からすると衣服を着けてるように見えない。よもやまたこれは全裸!? と思いドギマギしたところ、こちらが起きたのを確認したからか立ち去ってしまう。
えー、裸なの? 裸じゃないの?
裸or not 裸!? どっち!? 気になる!!
暫く格子の方を見上げているが、戻ってくる様子が無い。
流石に耐えきれずに、おーーーーい、誰かーーーー、何ぞの声を出してみる。
声を出して暫くしたら、上の格子から土を投げつけられ、俺の開けていた大口の中にジャストミート。
慌てて、ぐわっ、ペッペッ!! と、咽せながら吐き出すと、驚いたタカギは目を覚まして俺の腕の間からするりと抜け出し、同時に上の方からはキケケケケ! と奇妙な笑い声が耳に入る。
見上げて視界にはいるのは先程の女性……ではなく、尖った鼻、長くて細い耳に、小さな角を生やして暗緑色の肌をした小柄な人影が二つ。
それが格子の隙間から土を俺めがけて落としては、キケケ、キケケと笑っていた。
うわ、待て待て待て、マジか!?
その姿には覚えがある。
というか、知識としての覚えがある。
ゴブリン。
俺の種族のオークと並んで、所謂ファンタジー系のゲームや小説、漫画等では最もポピュラーな「雑魚モンスター」。
邪悪で残忍、凶暴で野蛮。
村を襲い、隊商を襲い、男ハ殺セ! 女ハ犯セ! グギャギャ! 鬼畜生だゴブ!
……で、お馴染みのゴブリオさんの種族ッッ……!!
「向こうの世界」のフィクションにおける知識としてのみならず、この世界に来てからもレイフやエヴリンド達ダークエルフ経由でのゴブリン知識は得ているし、しかも恐らくはこの世界の……「追放者のガンボン」としての人生……オーク生の終焉は、ゴブリン達の襲撃によるもの……らしい、というのも判明している。
そしてもし今のこの状況が想定通りに、「ゴブリンの群れの襲撃を受け、捕虜として捕まった」のだとしたら……?
……ヤベェ、超ヤベェ!
てか、何で捕虜になった?
アレか、肉付きが太ましすぎて雄っぱいあるから、ふくよかぽっちゃり美人と間違われたか!? いやタカギと一緒、ということは、親子地豚として食肉加工用としてのストックか!?
いや、いや、待て。
今、上にいるのはゴブリンだろう。多分きっとおそらくは。
じゃあその前の女性は何者だ?
顔立ちは、今さっきちらりと見えたゴブリン(仮)とはまるで違う。
いや……うーんむ。小さな角があったような気もするし、肌も緑ベースで近いと言えば近い。
こう……一番左に「平均的な外見の人間」を置いて、一番右に今観た「ゴブリン(仮)」を置くとしたら、だいたい四、五割くらいは人間っぽい。
レイフの話だと、ゴブリンはエルフやオーク同様に人間と交配出来るとかいう話だったから、人間とのハーフなのかもしれない。
ゴブリンハーフ? ハーフゴブリン? そういうのって、どーなんだ?
ハーフダークエルフのアランディ隊長は、他のダークエルフよりも体格が良く髭も生えて居て“人間臭い”特徴があった。
一般的なゴブリンは知能が低い、とのことだったが、だとしたらハーフゴブリンは?
もしかしたら、人間とか他の種族とのハーフのゴブリンは、一般的なゴブリンよりも知能が高い、とか言うことなのか?
そうなると、一般的なゴブリンより知能の高いハーフゴブリンは、そのゴブリンの群の中ではリーダー的立場になっているのかもしれない。
よし、そう仮定してみよう。仮定した。
ここはゴブリン(仮)の住処。
ダークエルフの使節団はそのゴブリン(仮)の群れに襲われて、俺は捕虜になった。
最初に観た女ゴブリン(仮)は、人間かエルフとのハーフで、この群れのリーダー的立場。でなくとも、知能が他よりやや高い。
……で、どうする?
ダメだ、そこから先、特に何も浮かばない!!
てかそもそも最初の疑問の一つ、「何故捕虜にしたのか?」は、そう仮定したところでさっぱり分からない。
結論:さっぱり分からない!
さっぱり分からない以上、これ以上考えても意味が無い。
意味が無い、ということも無いだろうけれども、どーしょーもない。
開き直るワケでもないし、腹を据えてどーなっても構わん、とかでもない。
んー。
改めて状況を整理し始めたら、切迫感を持って慌てられるほどの材料が無い、という気がしてきている、ということ……かな?
今すぐ命が奪われる……と言うような危機感が、今はない。
いや、「良く分からんけど監禁されてる」の時点で、本当はかなり慌ててパニクるに足る状況ではあるハズなんだけどさ。
むー……と、またひと唸り。
いやまあ、それで結局どうすべえか、と。
格子から覗いていたゴブリン(仮)は、既に居なくなってる。
あいつらはなんというか、話が出来そうにない。
「おーーーーーーい、誰かーーーー、居ますかーーーーーー?」
またさっきのゴブリン(仮)に土を掛けられたら嫌なので、再びタカギを抱いて隅っこに座りつつ、もう一度叫んで見る。
「アーーナタハーー、オーク語ーーー、ワカリマスカーーーー?」
ゴブリンとかって、ゴブリン語なのだろうかどうなのか。言語能力があるのかも知らんけど。
「ワーータシハーー、エルフ語トーーー、帝国語モーーー、少シーーーー、話セマーーーーース!」
「“タカギ”ハーー、ワタシノーーー、友達ノーーー、仔地豚デーーース! ワタシハーーー、大キナーーー、地豚デハーーー、アーーーリマセーーーン!」
一息つく。他に何か言うことあるかな?
「カーーーイホーーーウ、シーーーテクダサーーーイヨーーー!」
再び一息つく。ううむ、あまり反応が無い感じ。もう近くに居ないのかな?
暫く待って、もう一度色々と叫んでみる。
誰かしらと接触しないことには状況が全く分からない。
もしここにいる連中が、さっき土をかけてきた頭の悪そうなゴブリン(仮)ばかりだとしたら……んーーー、どうしたものか。
そう考えつつ叫び続けていたら、上で何か変化が起きる。数人の気配と、ざわめきだ。
そしていきなり被せてあった丸太製の格子がそのままどけられて、そこから大きな影が降って来た。
うひっ!? と、俺は驚きつつ、タカギを胸に抱えたまま壁際へと退く。
この穴蔵の真ん中に、明らかな巨体が降り立っていた。
それは、大きくしなやかな体格を持ち、暗緑色の肌は艶やかで、染み一つ無いかに光を反射し輝いているかのようだった。
それは、長い白髪を靡かせて、額には二対の大きな角を生やしていた。
それは、毛皮を縫い合わせただろうローブを身に纏い、ゆったりとした、或いは優美とも言える所作でこちらへと向き直り、その鬼のような異形をこちらへと向けた。
それは、前合わせのローブの前方をはだけたままで、しかもそのローブの下は全裸であった。
俺のちょうど目の前に、鬼が居た。いや、在った。
大鬼の小鬼が鬼の偉容でそこに在った。
◆ ◆ ◆
ゆうに2メートルは超える偉丈夫で、体中には入れ墨のような奇妙な紋様が描かれている。
顔立ちはというと、骨っぽく精悍なのだが、それでいて粗野粗暴の気配もなく、目鼻立ちもシャープで彫りの深い、まるでそう、ギリシア彫刻のような整い方をしていた。
その男が、前をはだけたローブの下は全裸のままという出で立ちで、興味深げに、或いは探るような視線でこちらを観ている。
「ユリウス!」
叫び声がして、別の誰かが縄梯子を伝って降りてくる。
今度は女。こちらも毛皮の服を身に纏っているが、服というよりはビキニ。腰の方は鮮やかな布が巻かれているので、一見するとパレオのようでもある。そして多分、先程こちらを覗いていた黒髪の女だ。
降りてきた女はすぐさま巨漢の横に侍り、こちらを睨む。
「お前……」
巨漢の手がこちらに伸ばされ、俺を指さす。エルフ語だ。エルフ語を話す巨漢。
ここまで、呆気にとられ呆然としていた俺の頭の中に、最大警戒のアラートが響き出した。
さっきまでは、「てか、ゴブリンって基本頭悪いっていうし、体格も体力も子供並らしいじゃん? とりあえずここから出られれば逃げられるんじゃね?」くらいの感覚が、ちょっとは……いや、だいぶあった。
しかしこれ……。今ここにいるこの巨漢。
これ、絶対ヤバい奴!
所謂、「ボスキャラ」クラスの奴!
いや、そうですすみません、完全にナーメテーターです!
レイフやエヴリンドも、実際きちんと話していたはず。
普通のゴブリンの群れはたしかにさほどの脅威じゃない……が、ホブゴブリンにまで成長すると体力が桁違いになり、群にシャーマンが加わると、魔法のみならず戦略戦術が大幅に変わる。
そして彼等は言っていた。最近、ゴブリンの群れに異常が起きている、と。
つまり……こいつだ。
こいつがその、“異常”の大元なんだ。
俺、分かっちゃいました。
こいつがその、最近のゴブリンの群れの異常の根元です。
だってゴブリンって、小鬼じゃん? 明らかにこいつ、大鬼だもん! てか、巨人だもん! 何斗の拳だよ的な大巨人だもん!
俺はもう完全なガクブル状態で仔地豚のタカギを腕に抱えつつ壁際に張り付いている。
これは転生初日に、巨大な化け物熊にロックオンされたとき以来の……いや、それ以上の真正ガクブルだ。
威が違う。圧が違う。暴まで違う。全てが違う。
身に纏う空気、雰囲気が全く違っている。
目を背けたくなるほどの暴威の圧に、けれども目を離せず見開いたまま硬直していると、そいつは俺の方へと向けていた骨太な指を軽く下げ、
「その、子豚」
タカギを指す。
嘘、止めて、タカギは食べないで! 一口サイズのおつまみみたいに食べないで!
「そいつの名前が……“タカギ”……か?」
続けて問われたのは意外な内容。
意図を読みかねるも、俺は素直にこくこくと肯定の意味で頷く。
そいつはそれに、やや眉根を寄せて思案してから、
「何故だ?」
と続ける。
何故か? 何についての「何故」なのか?
何故仔地豚に名前を付けるのか? 何故“タカギ”なのか?
問われても、なんと答えて良いものか。躊躇していると横の黒髪の女が鋭い口調で、
「答えろ!」
と詰め寄る。怖い!
「え、その、ブ……ブーなら、タ……タカギ、かなあ……と」
この答え、理解できるのだろうか。
そいつはしかめていた眉根を更にしかめてから、今度は大きく目を見開いて口元を綻ばせる。
「ハッ! なるほどな! ハ、ハハハハ!」
何かに納得したように笑い出した。
俺は呆気にとられる。それは横に居た女も同様なようだ。
二人と一匹が呆然と見守る中、ひとしきり笑い終えてからそいつは再び俺へと向き直り、こう言ってきた。
「で、そうだな……。
お前は、いつ、どんな風に死んだんだ?」
はっきりとした、日本語で。
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