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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-177.J.B.(117)Firework(花火)
しおりを挟む遊軍部隊を乗せた魔導船三隻は、静かにゆっくりと港を出ると、まずは北西方面へと向かう。
ボバーシオのすぐ西にある河から遡り南下すれば、それはそれでシーリオに着くのだが、それだと包囲軍に近すぎて見つかってしまう。
なので、一旦より西にある別の支流へと向かう。
支流の河口、かつては漁村だったと思われる廃村の跡を超えてさらに南下すると、ゴツゴツした岩場の多い辺りに来る。
そこで船を岸へと着けて、部隊を降ろす。
船に残るのは操舵する船員と、司令塔であるレイシルドにその護衛の部隊のみ。
レイシルドはこの部隊を動かす為に、俺の持ってる“伝心の耳飾り”と似たような魔導具を用意していた。
ただしこれは、魔導船に据え付けられたやや大きな……そうだな、ちょっとしたデスクトップパソコンくれーの貝の形をした親機を中心にして、他の子機とやり取り出来ると言うタイプで、超小型の“伝心の耳飾り”よりは広範囲で使えるが、そのぶん取り扱いもちょっと面倒なようだ。
レイシルドがその魔力の波長とやらを調整したことで、俺の“伝心の耳飾り”とレイシルドの親機とはやり取りが出来るが、俺と他の子機を持った部隊とでは直接やり取りはできない。
部隊は帝国流に合わせ十人隊の5部隊、つまりは50人。
いずれも元“砂漠の咆哮”の強者たちを部隊長とし、他の元団員や、スナフスリー同様、団員ではなかったが従者をしてたり出入りしてたりした連中が主な隊員。
ほとんどの獣人種ってのは一般的に俺達人間種よりも身体能力が高いし、何より感覚が鋭い。話によると、犬獣人は猫獣人なんかよりは個体としてはあまり強くはないらしいが、集団戦に強い。だから猫獣人主体の元“砂漠の咆哮”の遊軍部隊は、軍団として正面からぷつかれば不利になるが、影に乗じたゲリラ戦なら上手。
まあ部隊長の一人には、猿獣人と言う猿っぽい獣人も居るので、完全に猫獣人ばかりってなワケでもねぇがな。
俺は先行しつつ上空を滑空。夜中なもんだからほぼ目視じゃ見えねぇが、“シジュメルの翼”の風魔法センサーで物の位置や動きは分かる。
犬獣人も猫獣人も、どちらも匂いや音への感覚も鋭く夜目も利くから、夜陰に乗じた急襲の有利さはあまりない。
つまり、上手く不意を突けるかどうかに関して、俺の上空からの広範囲偵察はかなり重要だ。
レイシルドの指示の通りに空を飛び進んで行くと、大きなオアシスの湖に、その周りに立ち並ぶ日干しレンガと土製の家家、かつてシーリオと呼ばれていた町が見えてくる……いや、“感じられて”来る。
そこに居るリカトリジオス兵士達の数は……ああ、全く言葉通りに「数え切れない」。
奴隷や奴隷兵を含めれば一万を越す軍勢がここに駐屯してると言うが、その半分が現在ボバーシオの包囲戦をしているとしても、残りの四、五千人はこのシーリオに駐留しているハズ。
その数相手に、奇襲とは言え50人程度の遊軍部隊で仕掛けるってのは、マトモに考えりゃあ、正気の沙汰とは言えねえぜ。
「レイシルド、シーリオ上空に着いた。だがこりゃ、まあ夜警番だけでも 100か200人は起きてるだろうし、総数なら数え切れねぇ。
どう考えも無理筋じゃねーか?」
これまた言うなら余計なお世話。だが、こうまでの大軍勢を目の当たりにしちゃあ、どうしても口に出さざるを得ない。
だが、レイシルドは全て承知と言わんばかりに、
「問題ない。とにかく君は、シーリオの軍に動きがあれば教えてくれ」
との返し。
当然の事ながら、兵数の歴然たる差なんてのは俺に言われるまでもなく分かりきってたこと。それが何かは分からんが、レイシルドにはそれなりの準備はしてあるんだろう。
遊軍部隊はどうやら配置についたようだ。シーリオの西側、やや小高い丘のようになっている場所。おそらく本陣としているだろう町の中心部からはやや離れている。そこで四部隊がある程度距離を取りつつ、持ってきた資材から何らかの装置を組み立て出す。
組み上げたそれを遠めに見れば、投石機のように見える。
つまり、三角の基礎に、長い棒の腕と大きな碗。そのお椀状の受け皿へと石などを乗せ、てこの原理を利用して発射する攻城兵器。
たいていは、それこそ今ボバーシオを包囲してるリカトリジオス軍が使うように、城壁や城門、敵の防御塔を破壊し、城内へとなだれ込めるように使うもの、だ。
だが、シーリオには木の柵はあるが城壁はなく、また物見櫓はあっても防御塔はない。
城門、城壁が守りの要なのではなく、精強にして多勢の兵士そのものが守りの要。それに対してこの投石機での攻撃は、いまいち効果的には思えねぇ。
だが、そこで投石を始めるのかと思いきや、しばらく待機になる。
既に設置も準備も終わっていて、いつでも発射できるような状態のようだが、何かを待ってるかのようにピタリと止まっている。
「レイシルド、何かトラブルか?」
『いや、問題ない。君はそのままシーリオのリカトリジオス軍の動きを見ていてくれ』
何かは分からんが、この状態は何らかの計略のもの……、ということか。
俺もまたしばらくホバリンク状態での待機。そのまま体感的には半時間くらいか。しばらくしてシーリオの陣内で軽く騒ぎが起きる。
“シジュメルの翼”の風魔法での気配察知に遠耳の効果で様子を探ると、シーリオ陣内への侵入者が発見されたらしい。
「おい、侵入者らしいが……これはお前達のもんか?」
『……そうか、見つかったか』
改めて考えりゃ遊軍部隊は十人隊が5隊。船に残ってるのがレイシルドにルゴイ含めた5人で、投石機に着いてるのが4隊。つまり5人程が居ない。その5人が、内部へ忍び込む密偵、斥候役……てな事か。
騒ぎは徐々に広がって来ている。そしてまた、その騒ぎの場所からは煙のようなものが立ち上って来た。火、と言うよりは、合図の狼煙か?
『騒ぎは何ヶ所だ?』
「見てる限りじゃ二ヶ所……狼煙もその近くの場所だが……」
『分かった』
レイシルドはそう答えると俺との伝心を切り上げ、どうやら他の部隊へと指示を出す。何の? 当然、攻撃のだ。
投石機から放たれるのは大きな岩の塊……かと思いきやそうじゃねぇ。
狼煙の上がった箇所へと撃ち込まれたそれは、着弾と共に燃え盛り、さらに大きな火へと変わる。
火炎弾……なんらかの魔術的な魔導具の一種か、或いは……そうだな、可燃性の強い油や火薬の類を詰めた陶器の容器に火のついた導火線を合わせた弾丸……そういうものだろう。
遊軍で奇襲をかけ、兵糧を焼く。そのために兵糧庫の位置を隠密斥候に探らせ、狼煙で位置を特定してそこへ火炎弾を撃ち込む。単純な戦術ではあるが上手く嵌まれば効果的。
だが問題はやはり……、
「……兵が動き出したぞ! 消火に回ってるのと……あとこりゃ……軽装投げ槍兵部隊か?」
リカトリジオスには騎兵と弓兵がほとんど居ない。まず犬獣人自体が人間よりも走る能力に長け、また、馬やラクダといまいち相性が良くないらしく、 文化的にあまり騎乗動物を飼育すると言うことをしてきていなかったというのもある。
また、俺は現物を見たことはないが、南の方だと鱗の甲羅のついたロバみたいな、あるいは大きくてすばしっこいアルマジロみたいな動物を騎乗や荷運び用の家畜として飼うこともあるらしいが、そいつらは性格的には戦闘用には向いてないらしい。
それで、帝国流の軍略を採用しているリカトリジオスの中で、帝国流とは運用が異なるのがこの軽装投げ槍兵。
投げ槍兵自体は帝国流でもあるが、リカトリジオスの運用は犬獣人の身体能力基準で、速度重視で隊列を組まずに敵へと走り寄り、投げ槍を一斉に投げつける。
相手の弓矢を避けるため、隊列を組まない散兵での投げ槍兵部隊の運用も、それ自体ならば帝国流にもある。
だが帝国のそれと比べると、リカトリジオスの投げ槍兵は、敵へ近づく速度や投げ槍の威力そのもののが各段に上だ。
そのリカトリジオス流の投げ槍兵。弓とは違い持ち運べる弾数も少なく精密性には欠けるが、人間の部隊よりも素早く走り、一気に距離を詰めてから大量の投げ槍りを撃ち込まれると言うのはかなりの脅威だ。うまく対応できなければ、それだけで一部隊が壊滅させられることもあるという。
ただし今は、敵……つまりはこちら側の位置を正確に把握して攻めかかっているワケじゃない。
おそらくは牽制と威力偵察を兼ねた急襲で、自軍の体勢を整える為、また、兵糧庫への消火活動のための時間稼ぎ……そんなところか。
「ざっくり分かる範囲で、50人隊編成4部隊……そっちの4部隊の位置を大まかに見当をつけて走っているみてーだぜ」
今はまだ、あちらさんはこっちにどれだけの兵がいるのかを分かっていない。だが、直に対面すれば完全に多勢に無勢。いくら元“砂漠の咆哮”の強者兵たちとは言え、あっという間に片が付いちまうだろう。
たがそれに対してのレイシルドの返答は、
『分かった』
とのシンプルなもの。
それから、もう一撃火炎弾を放ってから、仕掛けを施した投石機を残して素早く撤退を始める。
それなりに資材に金に労力をかけて造っただろう投石機を、この奇襲の為だけの使い捨てにするのも驚きだが、そこからさらに、レイシルドは手を打っている。
二度目の投石で投石機の位置を確認した軽装投げ槍兵部隊は、それぞれその位置へと投げ槍を投擲してから突撃。投擲で相手の陣と体勢を乱し、間髪入れずに追撃を加えて乱戦に持ち込むのもリカトリジオスの軽装投げ槍兵の常套手段。
だが、レイシルドはそのリカトリジオス流も踏まえての対策を練って居た。
爆音、閃光、悲鳴。
これもまた、魔術的な仕掛けと火薬や可燃性の燃料を複合的に使っていただろう置き土産は、その投石機に施されていた時限式の爆弾、とでもいうもの。
つまり、敵が突撃してくるのを見越して、ちょうど敵兵の到着するだろうタイミングに合わせて、残してきた投石機が爆発四散し、敵兵に大打撃を与えるよう仕掛けていた。
散兵故に密集していなかったため被害を免れている兵も少なくない。だが、ほぼ六割近くの兵は戦闘不能なダメージを受けている。こうなればもはや追撃は不可能。実際の兵力ではまだ上回っているが、リカトリジオス側はそこを正確には知らない。半数以上が倒れれば、兵力も規模も定かならぬ敵軍への追撃は無理。
シーリオ側を見れば火の手はまだ勢い良い上がり続け、敵兵からさらなる追撃はなさそうだ。どれだけの兵糧を焼けたのかはここからは分からない。それでも、初戦でボバーシオのラクダ騎兵を撃退したことから、防戦一方で反撃など無いと思い込んでいたところへのこの一撃は、リカトリジオス側にとってはなかなか手痛いものだろう。
俺はその顛末を、なるべく最後まで見届けておこうと細心の注意で気配を探り続ける。ここで得られる情報は、この後クトリアに戻って、対リカトリジオスの体制を整える上で必ず役に立つハズだ。
その中で、一際大きな動きのある場所を見つける。
シーリオから湖を回り込んだ南西方面。そこから離れようと走る者とそれを追う者達。逃げる者の走り方は、怪我でもしているのかやや覚束ない。数人、少なくとも2人以上の複数。
夜目は利かず、“シジュメルの翼”の風魔法で空気の流れを察しているだけだから、見た目や人種は分からない。
だが恐らくは、隠密斥候としてシーリオへと偵察に入り、兵糧庫の位置を特定して狼煙を上げて知らせた斥候達。ただの勘だが、俺はそう判断してその撤退の援護に向かう。
急降下して素早く双方の位置を確認。後方の追っ手らしき群れの手前へと、牽制の【風の刃根】を撃ち込もうと魔力を膨らませて“装填”していると、突然俺の背に加重がかかる。
何だ!? 不意の出来事に慌ててふりほどこうかと身をひねるが、そいつはがっしりと俺の右腕を絡め取って動きを阻害し、反対の左手で攻撃をしてくる。
その武器は……爪。いや、爪だけじゃあねぇ。手刀、指先……それ自体がまるで刃物のように鋭く硬い凶器になっている。
その指先で左腕がえぐり取られる。
“シジュメルの翼”の防護膜は密着されている相手にゃ効かない。つまりこの体勢……かつて“鉄塊の”ネフィルや“猛獣”ヴィオレトなんかにやられたのと同じ体勢になられたら、コッチはやられるだけになっちまう。
ふりほどこうともがくものの、そのせいで安定を失う。だが無理して飛行を保つよりはいっそ……と、俺は身体を横に反転し、背中から地面へと落ちて、背後の襲撃者を地面へと叩き付ける。
まるでゴムのような感触。
普通の人間のそれとはまた異なる奇妙で異様な感覚に驚きながらも、再び素早く転がって起き上がる。
夜の闇の中、月明かりに照らされ間近に浮かび上がる姿は、確かにリカトリジオス兵のもの。だが……。
「不死者かよ……」
雰囲気、佇まい、魔力の片鱗、匂い……。
まあとにかく、そいつの放つ様々な要素要因が、そのリカトリジオス兵が生身の生者ではなく、歪んだ魔力により動かされる動く死体だと言う事を俺に知らせてくれる。
体勢を立て直したその動く死体リカトリジオス兵は、まるで蛙のように這い蹲ると、再びの跳躍。その高さ、速さ……まさに人間と同じ背丈の蛙かってなくらい、天高くへと飛んでゆき……。
「糞ッ……!」
半ば目見当の勘で撃ち込む“シジュメルの翼”の【風の刃根】。わずかな手応えも虚しく、俺の上に再びのし掛かって来たそれを、別の何者かが蹴り飛ばして跳ね除ける。
「うん、無事?」
そこに居るのは、俺が脱出の手助けをしようとしていた隠密斥候。
惚けた調子のスナフスリーと、二人ほどの獣人戦士だ。
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