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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-175.J.B.(115)Escape From the Prison Cave(牢獄洞からの脱出)
しおりを挟むそのマーゴの言葉とほぼ同時に、投げ槍を構えていたリカトリジオス兵の後頭部に矢が突き刺さる。
遠方からの長距離精密射撃は、マーゴによるものではなくボーノのそれだ。同じ弓使いだが、遊牧騎兵のマーゴと西方人経由で帝国流の戦術に導入されたと言う長弓兵のボーノでは、得意とするものが違う。
遊牧騎兵は騎乗時など不安定な状況からの射撃が得意で、長弓兵は何よりその飛距離が売り。その上、個の腕前としてかなりの精密射撃が出来るボーノは、“悪たれ部隊”の“見立たぬ男”アモーロと同じタイプの兵種ってワケだ。
それまで魔獣の群と目視の範囲に現れた武装軍団だけ思っていたのが、不意に長距離からの射撃を受け、リカトリジオス兵の陣が乱れる。
上空から見るとマーゴが呼び出しけしかけた岩蟹たちは、既にかなりの数が減らされていた。リカトリジオス兵達にも結構な被害を与えてはいるが、トータルで見れば完敗。まだ半数……目算でも2、30人は問題なく戦えるだろう。こりゃ、限界ギリギリってところだったな。
「お、おい、降ろせ! 俺は、逃げ、ねぇぞ……!」
「うるせぇなぁ、いいから黙ってろ。今からあいつらを引きずり出すんだ」
抱えながらも喚くマクマドゥル。
だがまだ仕事は残ってる。つまりは、撤退戦。こいつらを砦から引きずり出しつつ、出来る限り引き回さないといけない。
「よし、じゃあアイツ等の中のボス……部隊長はどいつか分かるか?」
「部隊長……一番威張ってだ奴だら、あの真ん中の赤え羽飾りのある派手な兜の奴だ」
確認すると、なる程確かに居るな。
「小便でるか? 小便」
「はぁ? で、出るわげねえっぺ?」
まあそうだな。しばらく磔にされてたんだ、水分なんかちらともも残っちゃいねえだろ。
「しゃーねぇ、ちょっと引っかかっても文句言うなよ」
「はぁ? 何を……おい、何してやが……!?」
上空からの汚ねえ一撃。俺の小便を引っ掛けられた部隊長は、大声でわめきながらこちらを指さす。
「おおっと、危ねぇ」
投げ槍、そして投石が次々と襲いかかるが、ほぼ真上、しかも“シジュメルの翼”の防護膜に守られたこちらには全く届かない。
さて、どれだけ追って来るやら……?
「はっ……うはは、おめぇ、とんでもねぇことやりやがるな!?」
半ば引きつった笑いをするマクマドゥルだが、別にガキっぽい悪ふざけでやったワケじゃあねぇ。
犬獣人にとって「小便を引っ掛けられる」ってのは、かなり最大限の侮辱にあたる。
何でも古い犬獣人部族同士の戦いにおいて、負けた方の部族の代表は勝った方の部族の代表に、小便をかけられ、それにより主従が決定するという習わしがあったらしい。
それが巡り巡ってできたリカトリジオスの風習の一つが、奴隷に対して与える水が小便を一旦蒸発させてから作る小便水だというのもある。
俺も奴隷時代にはさんざっぱらあの臭ぇ水を飲まさせられた。
部隊長自ら奇声をあげ、残っていたリカトリジオス兵の半数以上を引き連れ、俺たちを追う。
なかなかの数だ。付かず離れず、奴らがきっちり追えるぐらいの距離を保ちながら、俺は空中を舞う。
その最中にも、幾度となくボーノの精密射撃が追っ手の数を減らし、倒していく。
また、残っていた白骨兵部隊もそれらを妨害するが、まあ鎧兜に剣と盾で武装していても、リカトリジオス兵と白骨兵部隊とでは実力が違いすぎる。あえなく粉砕されておしまいだ。
マーゴ達が陣を構えた辺りに着いた頃には、残るリカトリジオス兵は部隊長を含め10人と少し。
だが、とは言え対するこちらはたった4人。マクマドゥルは含めずのこの戦力じゃあ、例え凄腕揃いでも簡単な数じゃねぇし、マーゴはマーゴで慣れない魔力中継点による召喚で普段以上に疲れている。
だが、何にせよここらでケリをつけなきゃならねぇな。
俺は魔力中継点を建ててある小高い岩山に居るマーゴの側へとマクマドゥルを降ろすと、そのままぐるり翻して追っ手へ向かう。
まずは【突風】一閃。奴らの足並みを乱してやる。
そこに、背後から襲い掛かる影。
布を被りその上にさらに砂をかけ、地面の窪みに伏せ気配を消して居たスナフスリーが、地を這うような曲刀で乱れたリカトリジオス兵達の足元を撫で切りにする。
瞬く間に3人が倒され戦闘不能。残りのうち1人にはボーノの矢が突き刺さる。即死じゃあないが、戦闘力は半減だ。
俺は部隊長へと【風の刃根】を集中して叩き込む。威力も有効な距離もさほどじゃないから、周りを回転するように飛びながら攪乱目的の攻撃。
それを受け、軽盾を構えて部隊長を囲むリカトリジオス兵。そこに再びボーノの矢と俺からの【風の刃根】。
だが、軽盾とは言え盾は盾だ。ボーノの矢も俺の魔法も、それらを貫きぶち破ってダメージを与えるほどの威力は無い。
周囲を動き回り攪乱するスナフスリーも、ここまで守りを固められるとうかつには近寄れない。乱戦には強いが、整然とした軍には付け込み難い。
だが……まあ、そろそろか?
俺たちは別にここのリカトリジオス部隊を壊滅させるために来たワケじゃあねぇ。
奴らの目的を探ること、そして成り行き上ベニートたちを救い出すこと。それが今のミッションだ。
最後にまた、新たに召喚した魔獣部隊を足止めにぶつけたら、あとはさっさとトンズラかます。それで十分以上の成果だ。
が……。
「ばが、やめろ……!」
「アンダスの仇だ、ぶっ殺してやる……!!」
がなる怒声と、それを引き止める声。勢い良く飛び出してくるのは、どこで拾ったのかリカトリジオスの投げ槍を両手に持ったマクマドゥル。
これがついさっきまで、磔にされ衰弱しきってた男の動きかと思うほどの速さに力強さ。その上目は血走り、顔は紅潮し、開いた口からは涎を垂らしてもいる。前世でも見覚えはある。完全にジャンキーのツラだ。しかも、アッパー系でトチ狂ってるときのな。
多分……いや、間違い無くマーゴがいくつか持ってきていたカーングンスの呪薬、その中でも、興奮状態にすることで一時的に戦闘能力を飛躍させ、痛みや恐怖を忘れさせる戦霊薬とか言うヤツを過剰に摂取した状態だろう。
だがこれは明らかに無謀な突撃、死の特攻だ。薬で一時的に感覚や身体能力が上がり、痛みや苦痛を忘れていても、本来の身体は衰弱しきっている。何より相手はまだ5人の盾持ちリカトリジオス兵にその指揮官の部隊長。
リカトリジオスは実力主義だから、部隊長は当然一般兵よりも強い。小便かけられ、頭が茹ってこんなところまでノコノコついてきた間抜けとは言え、身体も周りの一般兵より一回りでかいし、持ってる大刀も同様にでかい。
言葉にならない叫びを上げながら突撃するマクマドゥルに、奴らも気付いて迎撃態勢を整える。
【突風】でまた隊列を乱させるか? いや、既にマクマドゥルが射線上だし、スナフスリーも含めて巻き添えになる。
じゃあマクマドゥルを抱えて再び上空へ? 確かにアリだが、間に合うか……?
だが、この少しの思案の最中に初手が決まる。
マクマドゥルは両手に掲げていた投げ槍を、リカトリジオス兵達へと投げつけた。
木製の軽盾を貫く投げ槍は、そのまま2人のリカトリジオス兵をも貫き戦闘不能に。いくら呪薬でパワーアップしてるとは言え、こりゃかなりの威力だ。
あちらもこの反撃は想定して居なかったか、不意の状況に隊列が乱れる。その隙を、スナフスリーもボーノの見逃さない。
背後から足元に滑り込んだスナフスリーの斬撃に、ボーノからの射撃。
俺はそこへとさらに【風の刃根】の集中放火でさらに陣を乱す。
一気に状況が変わり、立って居るのは部隊長と2人のみ。
だがマクマドゥルの勢いは止まらない。リカトリジオスの投げ槍の尽きた今度は、そのまま素手で部隊長へと殴りかかる。
「馬鹿、止まれ!」
流石に無茶だ。手負いとは言えガタイもマクマドゥルより二回りはデカい部隊長が、大刀を振りかざして返り討ちにしようとする。
その刀の斜め上からの斬撃を、マクマドゥルは左の二の腕で受けて流し、右の拳をそのまま部隊長の顔面に叩き込んだ。
マジかよ、有り得ねぇぜ。
普通じゃ有り得ない、信じられない光景だが、間違い無く目の前で起きた事実。俺達以上に驚いてるだろう部隊長にリカトリジオス兵。
マクマドゥルの拳はその驚きで硬直した部隊長へと連続で叩き込まれていく。
言葉にならない叫びを上げながら、馬乗りになって部隊長を殴り続ける横で、残り2人は俺とスナフスリーとで無力化させるが、俺達もまたなんとも言えず呆然としている。
しばらくして、薬の効果が切れたのか、そのまま崩折れるかにしてうなだれたマクマドゥルの下で、部隊長もまたほぼ虫の息。
スナフスリーと2人でマクマドゥルを起こし、部隊長を捕縛するが、その時見えたマクマドゥルの肌には、覚えのある紋様。
魔力を通すことで一時的に皮膚を岩のように硬くする入れ墨魔法、“白き砂岩ジュマ・チャーウェ”の加護。
いつそれを入れたのか分からないが、コイツはマーゴの養父、カサドーレも入れていたもの。
確かに、カーングンスのマクマドゥルが知っていてもおかしくはない。
「おい、後続が来るぞ!」
岩場の上で監視を続けていたボーノがそう叫ぶ。
部隊長が引き連れて来なかった残りの兵の一部が、さらにこちらへと援軍に来たようだ。
俺達は大急ぎで退却の支度をする。
マーゴはまずは足止め用に白骨兵の一隊を呼び出してから、魔力中継点そのものを破棄。魔術に明るくないリカトリジオス相手ではあるが、念のために解析、支配される可能性を無くす為だ。
それから動けなくなったマクマドゥルをマーゴの馬に、捕縛したリカトリジオスの部隊長をボーノのラクダにくくりつけ走り出す。
最後に俺が、スナフスリーを担ぎ上げ……。
と、そこで、首を振りながら俺から離れるスナフスリー。
「おい、聞いたろ? 早く逃げるぞ」
再び近づく俺に、今度は飛び去るかのようにして離れる。
「……もしかして、お前……」
まあ、そうだな。人それぞれ苦手なもあるわな。特にこの世界には、飛行機だの高層ビルだなんてありゃしねえんだから、空を飛ぶ、めちゃくちゃ高いところに行くっていう経験もそうはない。
「んじゃ、ボバーシオで集合な」
スナフスリーのことだ、上手いこと逃げられるだろう。
俺たちはそれぞれに四散して逃げ出すが、念のため俺は、敢えて目立って遠回りしての囮役をする事にした。
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