遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-172.J.B.(112)There's No Business Like Show Business(ショウほど素敵なショウ売は無い)

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「マーゴ、出来そうか?」
「あ、ああ……出来るぜ。出来る、問題無え」
「……大丈夫か、おい。あんま緊張しすぎるなよ?」
「は、はぁ!? ば、馬鹿言うな!? 別に、きん、緊張、なんか……!!」
「まあそりゃ、レイフやティエジにいろいろ習って練習はしてたが、実際本番でやるのは初めでだからな。緊張するな、ってのも無理があるか……」
「だ、だがらオレは緊張なんが、し、してねーっての!!」
「……あまりデカい声を出すな」
 俺とマーゴのくだらんやり取りに、ボーノがそう冷静に釘を刺す。
 
 まあそこそこマーゴの緊張もほぐれた所で、三人には移動を開始してもらう。
 呪術騎兵のマーゴは、東方流の方術と呼ばれる魔法の使い手だが、本職の呪術師達と比べればあくまで補助。そんなに大掛かりで高度な術は使えない。
 それでもボバーシオ行きが決まってからは、クトリアでレイフやティエジ、時にはデュアンやマーランなんかに様々な事を教えられ、付け焼き刃ながら出来ることも増えている。
 その増えた出来ること……それが今まさに必要になる。
 
「さーて、コッチも移動すっかね……」
 残るのは俺とデーニスの二人。全く信用ならないパートナーだが、砦に居るという内通者に、捕らえられてるベニートやカーングンス達とわたりをつけられるのはデーニスのみ。
 それにまあ、性格は別として実力的には申し分ない。
 
「いいか、JB。お互いやつらに見つかったら、各々で対処すること。俺はお前を助けない。お前だって俺のことを助けようなんてしなくたっていいんだぜ」
「分かってるよ。それより、その内通者とかってのは、本当にアテになンのか?」
「詳しい話は知らねえが、奴はリカトリジオスにかなりの恨みがあるらしい。捕まって拷問して吐かされたとかってならあるかもしれねーが、自分から率先してこっちを裏切るッてのは、多分ねーんじゃねーの?」
「どうだかな……。恐ろしいからこそ、いっそ連中と同化して一体になれば安心……てな考え方もあるからな」
「へっ! 俺らにゃ理解できない考え方だな。そうだろう?」
 デーニスは分かりやすいぐらいの一匹狼。仲間意識は希薄で、連んで騒ぐよりも唯我独尊、我が道を行く、を地で行く男だ。
 そのデーニスは、何故か昔から俺を自分の同類と思って居るのか、やたらにこういう話で同意を求めてくる。
 
「いいから先導してくれ」
 俺が促すと、ニヤリ笑って湿地の奥へ。
「あ、ちょっと待ってくれ」
 湿地の中に潜ろうとしするデーニスをそう引き止め、“シジュメルの翼”へと魔力を流して空気の防護膜を強めに張る。
 
「おおっ!? おいおい、何だよこりゃ?」
「言ったろ? お前が居なくなってた間にいろいろあったッてよ」
 俺とデーニスを包み込んだ防護膜は、文字通りに空気の膜のように俺たちを包んで、ある程度は湿地の水を寄せ付けない。完璧なバリアってほどじゃあないが、少なくともずぶ濡れになるほどのことはない。
 シャボンの泡の中に居るかに空気の玉に包まれたまま歩くと、岩場の陰に裂け目があり、そこからさらに奥に入ると狭めの横穴。這うように進んで暫くすると、やや広めの空間に出る。
 
「うぇっ、何だか嫌な匂いがすんなぁ……」
 じめじめと湿った空気の中、何と言うか汚れや泥や垢、肉の腐ったような匂いと、様々な生活臭が渾然一体となり漂ってくる。
「お、その辺は糞桶があるから気をつけろ」
「マジか! 牢屋かよ!?」
 確かにここで暮らしてるかの様子で、火の焚かれた石組みのかまどに毛皮と藁の寝床、その他裂いて乾かしてる干物の川魚やオオトカゲの肉の吊られた竿だのがある。
 湿地の水に下半身を濡らさなければ入ってこれない空間で、これだけの環境を整えてるのは奴の使える魔術にもよるんだろうが、それでも決して快適でも衛生的でも無ぇ。俺なら野宿をするにしてもこんなところはゴメンだが、そんなとこでもサバイブ出来ちまうのもデーニスの凄さであり強みでもある。仮にリカトリジオスが周りでウロチョロ探りを入れてる奴の存在を疑ったとしても、まさかこんなところを拠点にするとは思わない。しかも、自分たちの砦へと密かに通じる裏口だってんだからな。
 
「さ~て、とりあえずあちらさんの支度が済むまでに、俺らも準備しとくかね」
 そう言いながら、隅の方にまとめてある荷物へと向かい、何やら準備をする。
 揃えているのは、まずは道具としても武器としてもデーニスが好んで使っている長くて編み込まれた革紐と、その先に分銅の付いたドワーフ合金製ピッケル。それと鉤爪の付いた鉄と魔獣革の篭手に、恐らく薬類の入ったベルトポーチ。反対側のベルトポーチや革袋には、多分何らかの投擲用の武器や術具。最初に投げてきたのはただの魔力を付与した石だったが、こっちは元々何かしらの仕掛けがあるもんだろう。
 すぐに使うんじゃ無さそうなモノは、腰の後ろに巻いた革袋に入れてある。奴としてもここからが決戦、依頼人であるベニートを救い出すというミッションをクリアしたら、そのままボバーシオまで退却するつもりだろうから、邪魔になる物はここに捨てていくようだ。
 
 成り行きとは言えこちらもハナからそのつもり。ここで改めて用意するモンは特にねぇ。ベルトや留め具の締め具合だの、薬瓶の蓋の具合だのをチェックする程度だ。
 それで、暇を扱いてだんまりなのも空気が悪い。それに、事前にちょっとは情報が欲しい。
 
「なあ、デーニス」
「おう、何だ?」
「俺は元々は余所からの流れ者だから詳しいこと知らねえが、ベニートとの付き合いは長ぇのか?」
 “腐れ頭”他、いろんなとこから聞こえてきた情報をまとめると、元々デーニスのいた金貨団とか言うならず者集団は、シャロンファミリーと統合される前には、まだノルドバ周辺を仕切っていた頃のプレイゼス達とある程度の関係があったハズだ。
 俺自身はまた直接の面識がないベニートについて、聞けることがあるなら聞いておきたい。
 そう思っての質問だったが、デーニスはそれを受けてなんとも愉快な顔で、
「まあまあの腐れ縁だぜ。何せ、俺のオヤジを殺したのはベニートだからな」
 と返して来る。
 
「……おい、マジメな話か?」
「俺がこんなつまらねぇ冗談言う男だと思ってんのか?」
「どっちかっつーとな」
「はっ! たく、ふざけんなっつの。
 ま、実際マジメな話だ。
 俺の親父は金貨団の中じゃあ下っ端も下っ端、手先が器用なだけが取り柄の気の弱い小心者だったぜ。ただ、ナンバー2のバジャルの奴には結構気に入られてた。
 今更こまけえ経緯はよくわからねぇが、その親父を誑かし唆し、ボスの隠し金庫を開けさせたのがベニートだ。 当然即座にバレて親父は殺され、親父を可愛がってたバジャルは激怒。金貨団は真っ二つに割れて全面抗争ってワケよ。
 んで、流れでバジャル派になってた俺たちだが、まあ数押しでどんどん追い詰められて、シャロンのとこに転がり込んだ。手ぇ借りて金貨団を逆にぶっ潰して、今に至る……てな」
 今まで聞いていた話とは、また微妙に経緯は違う。だがつまるとこデーニスの親父を直接的に殺したのは確かに金貨団のボスだが、そうなるよう仕向けたのはベニートだって話だ。
 陰謀策略で周りの勢力を操り、仲違いさせ、またぶつけ合わせて漁夫の利を得る。そのやり口が見事にハマったってことか。
 
 何の気なしの質問に思いの外ハードな過去話が帰ってきて、俺は眉根を顰めて口ごもる。
「おいおい、しけたツラしてんじゃねーよ、JB!
 だからって、俺がベニートのことを親父の仇だと思って恨んでるとか、そんな解釈すんじゃねーからな?
 この話はよ、親父が間抜けでベニートが一枚上手だった。そんだけの事だ。
 ベニートの奴の誤算は、金貨団を内輪もめで数を減らさせて、生き残った奴らを上手いこと自分たちの手下にしようと目論んでたのが、俺がシャロン一家を利用したお陰で計画通りに行かなかったってところだ。あのときもまあ、なかなか笑えるツラしてたぜ、ベニートはよ。ベニートは親父よか上手だったが、俺はそのさらに上だったのよ」
 ククク、と、さも愉快げに思い出し笑いをするデーニス。
 
 なんつーか、ある意味デーニスらしい、なんとも理解しがたい奇妙な関係性だ。
 ベニートは恐らくその時に、自分の目論見をスカされたことでデーニスの事を覚えていて、しかもその手腕を評価していたんだろう。それで今回、身内にも自分の目的がバレるのを嫌がったベニートは、外部の協力者を使おうとしてまずはとデーニスを雇い、さらには長旅にも備えてカーングンスまで雇った。
 
「……他は、どんな感じなんだ? その……ベニートってのはよ?」
「まあ、なかなか愉快なおっさんだぜ。なんつーか、未だにギラギラしてやがってよ。
 奴に言わせっと、三大ファミリーは“ジャックの息子”の三者協定で牙を抜かれて、腑抜けになったってーのよ。
 まあ、プレイゼスの奴らはもともと寄せ集めだが、中心に居たのは劇場の劇団連中だ。元密偵だの下級兵士だのも混ざっちゃいるが、ほとんどは本来荒事向きの連中じゃあなかった。で、だもんでベニートも含めてプレイゼスにとっちゃあ、邪術士専横の25年間、いつか再び、あの王都の大劇場に返り咲いて、豪華絢爛な舞台をやるってーのが悲願だったわけよ」
 
 実際、奴らの舞台はかなりのモンだ。 ザッツエンターテイメント。高い金払って王国からわざわざ見に来るだけの価値はあるってもんだ。
 その念願かなって、貴族街で三者協定を結び、争いごとをしなくて済むようになった。大劇場を占拠し、王国兵や王国貴族や大商人を相手に、舞台や音楽やらで荒稼ぎもしている。
 まさに、ショウほど素敵な商売はない。
 だから……ほとんどの連中は三者協定に大満足している。
 
 あの“洒落者気取り”のパコだって、もし三者協定がなけりゃあ“鉄槌頭”のネロスにあんな態度はとれなかったはず。ある意味では直接的な武力に欠けるプレイゼスこそ、三者協定に最も守られていたファミリーだ。
 
「陰謀策謀に長けたプレイゼス……てな評判だが、言い換えりゃ正面切っての殴り合いじゃ劣るってことだ。そりゃ貴族街三大ファミリーの中で……ってなだけの話じゃねぇ。邪術士専横時代に、ノルドバ周辺で幅きかせてた頃だってそうだ。
 要するに苦肉の策よ。周りの無法者共に負けまいと必死こいて虚勢を張って、それこそ役者が狡猾で冷酷な悪党を演じるみてぇにして生き延びて来てた」
 
 改めてそう言われると、確かにそれはそうかもなと思える。この世界だけの話じゃねえ。前世のスラムで暮らしてた頃もそういう奴らは周りにたくさんいた。コンプトン生まれの俺にとっちゃお馴染みのヒップホップ、ギャングスタラップだって、始まりはそういう虚勢の塊みたいなもんでもある。俺はこんなにすげーんだ、こんなにキレたワルなんだ。そうアピールし続けねぇとやってけねえ。
 
「ベニートのオッサンはよ。そいつに溺れちまったんだ」
 
 デーニスはそう話を続ける。
 
「最初は演技、虚勢、ハッタリの悪党ぶり。それから正面からの殴り合いじゃあ負けるからと、姑息な陰謀策謀の繰り返し。
 そんな生活を20年ン年続けてるウチに、どっちが本来の自分か分からなくなっちまう。
 王都解放で貴族街入りして、三者協定である程度の安全を手に入れた後も、ベニートはその頃の快楽が忘れられなくなった。
 誰かを騙し、陥れ、破滅に追いやって、自分の思う通りに動かす。そいつが止められなくなった。
 だが、それでもクランドロールにゃ腕っ節があるし、マヌサアルバ会は不気味で恐ろしい。あいつらに直接働きかけて操り陥れるのは難しい……となりゃ、外で悪さするしかねぇ。
 実際のとこ、奴がシャーイダールの6つの仮面を集めようとしてるってのも、本気でクトリア王になりたくてやってるかどうかは俺にも分かンねえ。て言うか、多分ありゃ、ただの趣味だな」
「趣味……って、お前……」
「結局よ、ベニートにとっちゃあ貴族街の安定した生活なンてなあ、退屈で仕方がなかったんだよ」
 
 ああ、そうか。この一言で俺は、デーニスがベニートの事をどう評しているのかが分かった。
 つまりは、同類。デーニスはベニートを、自分と同じく安定した街暮らしには耐えられない男だと考えている。そう言う事だ。
 そしてそれはデーニスにとって、ベニートが間接的とはいえ親の仇であるということよりも大きく意味のあることなんだろう。
 
「あと……そうだ、お前のその雇った宿無しの犬獣人リカート
 そいつの名前と外見はどんなんだ?」
 それから改めてそう、一番聞いとかなきゃならないことを聞いておく。こっちの味方のはずの奴を、間違えて攻撃したりなんかしたら洒落ンならねぇ。

「名前は……無ぇ。名乗らなかったからな。だから俺たちは“ただれ傷”って呼んでたぜ」
「ただれ傷?」
「ちょっと変わったツラした奴でな。全体は薄茶から灰色っぽいくすんだ毛並みだが、目の周りからこう、黒い模様が伸びてる。
 んで、顔の真ん中辺りにバカでかくてただれたみてーな傷痕があんのよ。
 一目見たら忘れらんねぇツラだぜ」
 そりゃまた、結構なもんだ。
 リカトリジオスに恨みがあるってな話と合わせれば、もしかしたら昔拷問か何かをされた傷なのかもしんねぇな。 
 
 そんな話をして居ると、伝心の耳飾りを通じての念話が来る。レイフから借りていた魔導具の伝心の耳飾り。全員分はさすがに用意出来なかったから、俺ともう一つで、その一つは今はマーゴに渡してある。
 
『よう。どうだ、上手くいったか?』
『はん! 全然問題ねえっぺ。オレにががれば簡単なもんだ』
 虚勢を張ってるかもしれないが暗さはない。確かに上手くできたんだろう。
 
「よし、そんじゃあまあ、一発かましてやるとするか!」
 
 
 
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