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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!
3-167.J.B.(107)Tears in heaven(天国の涙)
しおりを挟むイスマエル・カリル。グッドコーヴの名匠、トバイアス・レガルドの元弟子で、テーリ・レガルドと駆け落ちしボバーシオに移住した船大工。
ボバーシオの猥雑な港を抜けると工業地帯があり、その一画が造船所だ。
造船所には大小様々な船があるが、建造中のよりかは修理中のもが多い。材木置き場には材木の量は少なく、リカトリジオスの包囲で資材が不足しているのが感じられる。
「あ、この先です」
イスマエルの工房への道案内は、例の犬獣人のルゴイ。コイツはなんというか、確かに戦士としてはかなりの腕なのは見ただけで分かるんだが、態度物腰に関しちゃあ頼りないと言うか、控えめと言うか、妙におどおどしていると言うか……とにかくそんな所がある。その辺、ダミオンにちょっと似てるかもしんねぇな。
その案内に従い進むのは、俺とヤマー達「勝手にここまで来てしまったボンクラ連中」。マーゴ始め本隊は別口の調査だ。
工房へと近付くと、何やらざわついた様子。その騒ぎの中心から聞こえてくるのは、
「うるせー、この唐変木! 資材がねぇつってんだろ!? ガタガタ抜かしてっと二度と椅子に座れねぇくらいケツ蹴っ飛ばすぞ!」
「なんだとコラこの糞ア……!?」
売り言葉に買い言葉、今にも殴り合いが始まり兼ねない喧騒がピタリと止まるのは、その当事者同士の間に大きな体がのっそり割って入ったからだ。
「お忙しいところスミマセェン。
工房主のイスマエルに取り次いで頂きたいのですがね?」
空気を読んでか読まないでか分からないとぼけた調子でそう聞くのは、灰色の毛並みの長身の犬獣人、ルゴイ。
まるで空気から滲み出たかに突然現れた……ように思える佇まいに、言外の圧。それに飲み込まれて、荒くれ船乗りと思われる数人と、その荒くれ共へと啖呵を切っていたスラリとした赤毛の女も押し黙り、それぞれに距離をとる。
最初に気を取り直したのは赤毛の女で、やや緊張したままながらも、
「あ、ああ。だけど……何の用だ? 言っておくけど、今は新規の修理も新造も請けられないぞ?」
と返す。
「なあ、アンタ、もしかしてグウェンドリンか?」
アダンやグッドコーヴの人々からの人物評、気が短く口の悪い乱暴者。そのイメージにピッタリ嵌まる。
「そうだけど……何だ、アンタ? イスマエルに用じゃないのか?」
「俺はJB。こっちのは連れだ。クトリアからアンタとそのイスマエルを探しに来た。用件は……まあ、仕事の依頼だな」
トバイアスの弟子で、魔導船を作れる船大工、イスマエル。彼を連れて帰れるのが一番だが、さてどうなるか。
「へぇ、そりゃ遠路はるばるゴクロー様だな。けど今は無理だ」
と、素っ気ない。
「そ、そうだぜ! 横から割り込んでんじゃねぇぞ!」
グェンドリンより遅れて気を取り直した荒くれ船乗り達がそう食ってかかってくるが、俺は
「アンタらの方は、資材が足りなくてまだ請けられてもいないんだろ?」
と返す。
「そいつはオメーだって同じだろう!」
まあそうかもしれねぇが、こっちの依頼はここで船を造ったり修繕したりの仕事じゃねえ。ボバーシオに資材があっても無くても関係はねぇんだよな。
とは言え、だ。
「つうか、そもそも何で資材がねぇんだ?」
まずはそこだ。そう聞くと赤毛の女グウェンドリンは腕組みため息で回答をする。
「ここらじゃ木材は元々、シーリオか北東の“巨神の骨”の辺りから切り出していたんだよ。
けど、リカトリジオスの包囲が始まって、シーリオ方面からは手に入れられねぇし、“巨神の骨”方面から手に入れた木材も、ほとんどが兵器工房で使われちまう」
「兵器?」
言われて思い出すのはボバーシオの塔、城壁の上。たしかにあの辺りに、大型のバリスタ……投げ槍くれぇの馬鹿でかい矢を撃つ馬鹿でかい弓だの投石機だの、または城壁に取り付く兵士へと投げ落とす丸太なんかだのが設置してあった……のを、ちらり見かけた気がする。
「その上ここ最近じゃあ、川を使って山から木を切り出し運んで来てた材木商連中が、賊に襲われてんのか魔獣に食われてンのか、戻ってこないことまであるときた」
つまり、元々の供給量が減り、その上で少ない木材が船大工にまで回ってこない……と。
そりゃ確かに船大工としちゃあ仕事も出来ねぇな。
「あ~、まあ、事情は分かった。だが、とにかく……まずはイスマエルと話をさせてもらえねぇか?」
どうあれ交渉のテーブルにつかなきゃ話が進まねえ。そう思って面会を 取り付けようとするが、
「わざわざ遠くから来て悪ぃけどよ、今はそれどころじゃねぇんだ。一昨日来やがれ」
「なんだとコラこのアマ! こちとら熊髭魂……」
「おい、黙ってろって!」
「テメーが話すとややこしくなんだよ!」
「あ、てめ、こら、組み付くな、コノヤロ!」
「そうだおめーら、熊髭舐めンな!」
「……はいはい、そこまで、そこまで」
後ろで騒ぐ馬鹿どもはルゴイにお任せで置いといて、とは言えそう言われて「はいそうですか」と帰るワケにもいかねぇ。
「今日が無理なら明日も明後日も来るぜ。こっちもそれなりに重要な案件だ、少なくとも返事がもらえるまでクトリアにゃ戻れねえよ」
「じゃあずっとここで暮らしてろ。アンタらの事情なんかこっちゃ知ったこっちゃないんだ」
利害の調整どころじゃねぇな。このグウェンドリン、とりつく島もありゃしねぇぞ。
「そうはいくかよ。とにかく返事くらい確認させてくれ」
「だから一昨日来いっつってんだろ」
ダメだ、このままじゃ平行線だ。折り合いのつけようもねぇぞ。
「……あ~、糞。アダンの言ってた通りだな……」
思わずそうボヤいちまうが、小声のそれをグウェンドリンは耳敏く聞いたらしく、
「……あぁ? アダンの馬鹿か何だって?」
と食いついてくる。
やべえか? とも思うが、聞かれッちまったからにゃあ仕方ねぇ。
「……あー、まあ、奴は同僚だ。アンタの事も知ってたからな。ガキの時分のことしか覚えてねぇが、“気の強いお姫様”だ、ってな事は言ってたぜ」
「けっ、よく言う。あの馬鹿がそんな気の利いた言い回しするわけねーだろ。せいぜい、“短気の暴れ者”とか言ってたんだろ!」
うん、まぁ、大体合ってるな。
「……まあ、あの馬鹿が居たんなら、姉ちゃんについても何か聞いてんだろ? それで察しろ」
察しろ、と言われても、姉のテーリについてはたいしたことを聞いてない。妹のグウェンとは真逆に、情緒豊かではあるがおおらかでおっとりとしている……程度の話だ。
「悪ィがさっぱり分かんねぇ」
「鈍い野郎だなテメーはよ」
「無茶言うな」
食い下がる俺にとうとう根負けしたか、あるいは単に話の流れでか。グウェンドリンはフゥと大きく息を吐いてからこれまでの経緯を語る。
「……いいか、まず半年前に親父とお袋、兄貴が死んで、アタシがそのことも知らせる為にもボバーシオくんだりまで来た。同じ頃シーリオが落とされ、リカトリジオスはその後も何度となく攻めちゃあ引き、攻めちゃあ引きだ。
イスマエルとテーリ姉ちゃんは、親父に反対されたまま、無理やりこっちで結婚した。だから、姉ちゃんは心のどこかでずっと、いつか親父にも認められて、家族仲良く暮らしたい……て、そう願ってた」
その望みが、両親の死で完全に絶たれた。聞く感じ、元々不仲な家族と言うワケじゃなかったようだ。
「訳知り顔で気の持ちようだ、なんて言う奴もいるけどよ、そんな簡単なモンじゃねぇよ。姉ちゃんは駆け落ちするんだって本当は辛かったんだ。けど親父も親父で糞頑固だから、一度言い出したらそう意見を変えねぇ。
アタシは板挟みになってる姉ちゃんを見かねて、いっそイスマエルと駆け落ちしちまえってはっぱかけちまった。そんときは、それが一番良いッて、そう思ってよ……」
それを、グウェンドリンの責任だ……なんて事は姉のテーリもイスマエルも言わないだろう。どうあれ決断したのはその2人だ。だが、グウェンドリン本人からすりゃそうも言えねぇ。
嵐で遭難したのも言っちまえばただの不運。誰にも責任があるわけじゃねえが、人間ってのはそう言うどうしようもない災難があった時に、どこか何かに責任があると思いたがる。それを他人に押し付けるか、自責にしちまうかの違いはあれど、そうしねぇとあまりの理不尽に耐えられない。
グウェンドリンは……直接的にはそう言わねぇが……多分、自分を責めた。不仲なまま、関係修復も出来ず両親と死に別れちまった姉に対して。その事で、恐らく大きな悲しみに見まわれるだろう事がわかる姉に対して。
そう語るグウェンドリンの顔は、俺からすりゃ年相応かそれ以上に幼く、それでいて迷子になり途方に暮れるも、泣き出すことも助けを求めることもできずに立ち尽くす、意地っ張りの子供のようにも見えた。
「……ちっ、余計な事話しちまった。とにかく、だから今は新しい仕事なんざ受けられる状況じゃねぇんだよ」
ややばつが悪そうにそう吐き捨てるグウェンドリン。その様子に、どう声をかけたら良いもんか躊躇していると、不意に横から大きな呻き声……いや、嗚咽とすすり泣きが聞こえてくる。
「ぐおぅおおお……! 分がる、分がるぞぉ!」
何だぁ? と振り向いて見ると、まずは滂沱の涙を流すヤマーに、それに寄り添うかの王の守護者の若手たち。
「俺もよぅ、そりゃ時には理屈っぽい姉貴や、醒めた態度で糞生意気な弟、それに、センスが糞ダサくて北方人の誇りなんか忘れちまったような親父に対して、喧嘩もするし、文句も言うし、10日ぐらい余裕で口も利かないってなる時もあッけどよォ!
けど……そうなってるときに死に目に会えないとか、そんなん……辛すぎるぜ……!」
普段はイカれ妄想に取り憑かれて、周りや家族への悪態ばかりついているヤマーの奴が、なんとも家族思いなことをまくし立てる。
「分かるぜ~、ヤマー!」
「おうよ! それによ、血の繋がった家族だけじゃねぇよ! 俺たち王の守護者全員、家族そのものだしよぉ!」
取り巻き連中もそう言い肩を抱きながらおいおいと泣き始める。
突然のことに呆気にとられ、周りの誰もが反応出来ずにいる……かと思いきや、その嗚咽とすすり泣きの合唱団に新たに加わる者が出てくる。
何気にやや距離を置きつつも目を潤ませていたブレソルが……じゃあない。
グウェンドリン本人が、そのヤマー達の滂沱の輪に加わって来た。
「……くそッ! 分かってくれンのかよ! そうだよ、姉ちゃんは……だから、本当に辛くてよ……! アタシだって、どーにかしてやりてぇのに……何も出来なくてよ……!!」
「分かる、分かるぜ!」
「ウォォォ……!」
俺も、ルゴイも、まだ居残っていた荒くれ船乗りも、その混成号泣合唱団の突然のライブコンサートに言葉も出ない。
おいおい泣きながらお互いに肩を抱き合い慈しみ合うかの様子は、確かにある意味感動的だが、ある意味まあ……引いちまう。
「はぁ~、オメデテーこったな……」
最も呆れた調子でそうボヤくのはプリニオ。俺もその気持ちは分からんでもないが……まあ、何だ。とりあえずは泣き止むのを待つか。
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