遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-165.J.B-(105)River of No Return(戻らずの河)

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「───で、結局何なんだよお前ら?」
「いや~、まあ、それがよぉ~……」
 一行を代表して……相変わらず死と闇の使徒がどーのと喚くアホのヤマーをいったん黙らせてから……経緯を語るのは、元“銀の閃き”、現“ブルの驚嘆すべき秘法店”の下働き店員の一人、すらりと背の高い南方人ラハイシュのプリニオ。
 場所は牢獄じゃなく、城門脇の塔の一階、簡素な応接室とでも言うかの部屋の奥だが、やや遠巻きにした門兵達に睨みを効かされ、逃げ道は塞がれている。
 
 俺が数人連れで“密命”を帯びてクトリアを出たことは、当然見送り面子と遺跡調査団及び秘法店関係者以外には知られて居ない。
 だが、“密命”なんて言ったところで、まあ単純に「公式な使者とかじゃない」、「その内容を大っぴらにしていない」程度の話で、国家機密レベルのシークレットエージェントでも何でも無い。
 とは言え、そこらにやいやい吹聴されて良いってほどオープンな話でもないから、あんまり余計なことは言うなよ、程度には釘を刺してはいた。
 が、その程度で事足りる……と考えていたのは俺たちの見通しの甘さだな。
 
 その夜、ボーマ城塞での訓練を通じてそれなりの知己を得た数人が、“牛追い酒場”で酒飲み話に俺のボバーシオ行きについて触れる。
 事情を知らない王の守護者ガーディアン・オブ・キングス組、つまりはヤマーとその連れ連中が何があったと食い下がり、しぶしぶながらも「議会からの密命で調査に行くらしい」と答えた。
 で、それなら俺たちの力が必要だろう……と、吹き上がる。
 まあそこから先はあの調子だ。熊髭魂がどーの、闇の力がどーのの戯言だが、酔いもあってさらに気勢を上げまくる。
 
「そこによ、あの猫獣人バルーティだ」
猫獣人バルーティ?」
 
 もちろんスナフスリーの事でも、アティックの事でもない。
 何でも、白い毛並みの女猫獣人バルーティが、「ボバーシオに行くなら、ちょうど良い裏道を知っている」と話しかけてきたそうだ。
 
 クトリアからボバーシオ方面に行く……つまりは西カロド河の西への渡河点は何ヶ所かはある。俺たちが使ったグッドコーヴから西岸の入江の隠し波止場てのは、その中でも安全確実なルートの一つ。
 かつて最も活用されていたアルゴードの渡し場は、魔力汚染で魔獣の溜まり場になっててまともに使えない。
 そこより上流にも、何ヶ所かの古い渡し場や、泳ぎで渡れるような場所もあり、俺がかつてリカトリジオスの軍から逃げ出してクトリアへ向かったのもそう言う場所からだが、それらも場合によっちゃあ岩蟹や鰐男の餌食。俺たちがそいつらに出合わず無事クトリアへこれたのも、俺たちとは別ルートを行ったグレントたちが鰐男に襲われたのも、単なる運と巡り合わせだ。
 
 何にせよ、その猫獣人バルーティはそういった裏道を知っていたらしい。
 酔いで調子に乗った馬鹿ってのはおっそろしいもんだ。ヤマーだけではなくプリニオ含めて同席していた数人が、王の守護者ガーディアン・オブ・キングスのラクダを勝手に持ち出し、そのルートでボバーシオまで行ってやろう……と言う流れになる。
 夜中に猫獣人バルーティの案内で進んだ先は、だいたいアルゴードの渡し場とボーマ城塞との中間くらいの位置。
 
 この辺りになると、酔いも醒めてやや冷静になりだした奴も居る。元王国の囚人で、センティドゥ廃城塞での戦いに従軍した事で免罪され、その後クトリア遺跡調査団へと入った木こりのブレソルなんかはそうだ。
 ブレソルは基本的には気の良い大男……てなタイプだが、何というか自分の意見、考えってのをあまり持ってなくて、周りの勢いやノリに流されやすいところがある。元々奴が借金踏み倒しで囚人となった経緯も、そう言うお人好しで周りに流され易い性格かららしい。ぶっちゃけ、他人の借金を背負っちまったからだとか。
 かといって、調子に乗ってイキがり無茶をするってな方でもなく、まあ言うなりゃ俺の周りにゃ珍しい常識人の部類だ。普段なら絶対ここまでは来てないハズだが、冷静にはなりつつも逆に今更一人でクトリアにまで戻るのも怖い……てな感じでズルズルついて来ちまったようだ。
 逆にプリニオはと言うと、基本が軽薄で短絡的。その上アダン同様、女の前では見栄を張りたがるところがある。だから案内役の女猫獣人バルーティが平気な顔して居るのに、慎重な態度を取るのは怯えてるみたいでみっともない……とか考えちまう。
 ヤマーと王の守護者ガーディアン・オブ・キングスの連れは……まあ、そもそもがあの調子だ。
 
 西カロド河まで来て、そこからどう河を渡るのか。
 女猫獣人バルーティの連れてきた辺りは、中洲が途中にあったり、川幅が狭くなっていたりといったような渡り易い場所には見えなかった。どうするのかと思いつつさらに案内された先は岸壁の下のちょっとした洞窟。その中に何艘かの船が隠してあったらしい。
 ラクダはそこに残し、その船に乗ってまずは北上して河を遡る。帆と櫂を併用した小型船で、結構な力仕事。そして、西へと向かう支流へとルートを変える。
 
 カロド河はクトリアぐるり取り囲む大山脈、“巨神の骨”から流れ出る河で、クトリア旧王都の北側で西カロド河と東カロド河に別れている。
 そしてそのそれぞれに、別の支流が集合し別れてもいて、西カロド河はアルゴード近辺からウェスカトリ湾へと注ぐのが本流の流れだが、さらに西へと向かいボバーシオ方面、マレイラ海へと注ぐ支流もある。
 つまり、マレイラ海からウェスカトリ湾へと船で移動する事も、可能か不可能かと言えば、可能ではある。
 
 ただ、簡単じゃあない。
 アルゴード近辺もそうだが、このマレイラ海へと向かう支流にも魔獣、魔物が多い。さらにカロド河から切り替わる流れは勢いもあり難所もある。
 そこに加えて、海賊都市の異名を持つボバーシオ周辺は、特にクトリアが邪術士専横の時代に入り海賊、川賊が勢力を強め、襲われる危険もある。
 ヴォルタス家が勢力圏としているウェスカトリ湾の俺らが使ったルートとは、その辺の安全性が段違いだそうだ。
 
 その辺の事情はスナフスリーからも聞いては居るが、ヤマーを始めとしたコイツ等は全然知らない。
 何も知らないまま、その女猫獣人バルーティとやらの話に乗っかって船に乗り、うかうかとここまで来ちまった……。
 
「……その女猫獣人バルーティとやらが川賊の仲間で、奴隷として売り飛ばされる……というような可能性は考えなかったのか?」
 半ば呆れ、半ば怒気をはらんだ声でそう聞くのはボーノ。
「え? あ、いや……そんなのは……あったのか?」
 戸惑いつつもびびってそう返すのはブレソルで、何のことか、みたいな呆けた面をしてるのはヤマー。
 
「ああ、確かによ、あの女猫獣人バルーティ、途中からどーも様子がおかしかったぜ!」
 不機嫌そうに付け加えるプリニオは、続く問いにさらに怒りを全面に出す。
「そもそもその女猫獣人バルーティはどこに居るんだよ?」
 そう聞く俺らに、
「そう、それだよ! あの女猫獣人バルーティ、船を降りてそいつをまた隠して来るッて言ってから、全然姿見せやしねぇ! 俺たち置いて、どっか行っちまったんだよ!」
 
 で、しばらく待っても姿が見えず、夜も明け始めて疲れに眠気。
 残されたプリニオ達は苛立ちもあり喧嘩になるが、それも疲れてどうしようもなくなって、とりあえず下流を目指そうと移動する。
 で、なんとかボバーシオまでたどり着いて……あの騒動だ。
 なんともタイミング良く俺たちと落ち合えたが、そうでなければあのまま牢獄に入れられててもおかしかねぇ。
 何のかんの言って今のボバーシオは戦時下だからな。
 
「なあ、JB」
 それまで黙ってその様子を見ていたマーゴが、小声で俺へと聞いてくる。
「このバカどもはおめの部下が?」
「違ぇーよ……て、いや、ブレソルはまあ、部下じゃあねぇが仕事仲間か……」
「余計なごどがもしれねぇが、バカど連んでッどバカが移るぞ」
「好き好んで連んでんじゃねーわ!」
 面倒くせえが、コイツら含めて俺が仕切るしかねぇんだよな。
 
「だが……妙な話だな。その女猫獣人バルーティは何でお前たちをわざわざ連れて来たんだ? ただボバーシオに来たいだけなら、一人でも来れただろうに」
 ボーノがまたもっともな疑問を口にすると、
「あの船、一人で動かすにはちょっとでかすぎたからなあ。帆を操ったり、櫂で漕いだり、結構力仕事はさせられた。もしかしたら、そのための力仕事する奴を探してたのかも……」
 意外にもそう冷静な分析をするブレソル。この後どうなるかは分かったもんじゃねえが、ひとまず状況が落ち着いたことで、頭の方もある程度はしっかりしてきたというところか。
 
 にしても、コイツ等の間抜けぶり軽率ぶりはともかく、その女猫獣人バルーティとやらの事は良く分からねぇ。ブレソルの言う通り、コイツ等を誘ったのは単に船を操るのに人手が欲しかっただけなのかもしれねぇが、だとして何をしにボバーシオ近辺まで来たのかはさっぱりだ。
 
 今の状況含めて分からんことばかりでどーにもだが、その他の細かい話なんかも聞きつつ暫く待つと、兵士が数人が現れ移動を促される。
 
「ん……んおぉっ!? 何だァ!?」
「起きろ。着いて来いってよ」
 酒飲んで夜通し船を動かして朝から徒歩でボバーシオまで移動したんだから、まあ色んな意味で疲れ果ててるヤマー達は半分は寝ていた。
 しかし、その強行軍が出来たってだけでも、ボーマ城塞でのブートキャンプは効果あったな。ブレソルだけはまだ未参加だが。
 
 で、案内される先は別の塔の中階。どうやら誰かの執務室のようだ。
 石造りの簡素だがしっかりとした作りで、真ん中には磨かれた木の机に椅子かあり、その手前には長椅子とテーブル。南方人ラハイシュの王国だが、文化的には帝国、クトリア式の影響も色濃く受けている。
 
 そこに居たのは兵士の他はまずスナフスリー。そして真ん中には、革と布地に錨打ちされた上等な鎧姿の南方人ラハイシュの初老の男と、反対側には鹿に似た獣人に、それに付き従うかの長身でやや毛足の長い犬獣人リカート兵。
 それぞれに、いかにも歴戦の雰囲気を匂わせている。
 
「ドミンゴ将軍閣下だ。将軍、こちらがクトリアから来た者達です」
 横に侍っている鹿に似た獣人がそう言うと、
「うむ」
 と一言。将軍と紹介されたその初老の南方人ラハイシュは、手にした金の指輪を弄びつつ、鷹揚にこちらへと値踏みするかのような視線を向ける。
 それを受け、例の調子で口上を述べそうになるヤマーをプリニオ達が羽交い締めにして黙らせ、俺は代表して帝国流の礼をしながら名乗りを返す。
「クトリアの探索者、JBとその連れ一行だ。ボバーシオには人捜しで来た。ここで問題を起こす気は全くない」
 戦時下である以上、よそ者にピリピリするのは当然だ。だがいきなり“将軍”が出てくるなんてな想定してねぇ。そしてここに来る前の城門での、「スナフスリーが手配されている」との話。
 だが、こうして執務室で相変わらずのとぼけ面で、捕縛もされず立っているところを見ると、その辺の経緯もちょっと分からねぇな。
 
「俺はレイシルドと言う者だ。ここでは防衛隊の一員として働いている。
 聞くところによれば、君は新たなクトリア王のダークエルフの直属の部下だそうだが?」
 痩せて角の折れた鹿のような獣人種の男がそう聞いて来る。
 
「いや、まずあいつはクトリア王じゃない。クトリアは共和制になったから、王は存在しない。議会が今の統治機構だ。
 それに、あいつとは共闘した仲だが、別に部下じゃあねぇ。まあ、遺跡調査団が議会からも仕事を請けている……と言う意味でなら、一応依頼主の一人、じゃああるがな」
 
 この世界でも、共和制と言う政治システム自体はそんなに奇異なもんじゃない。ティフツデイル帝国も、元々は都市国家の集合体から共和制、そして帝国へと変わっていっているはずだ。その辺は、この世界の人間の歴史も、前世での古代史に近い変遷を経ている。
 だが、問われてさらりそう返せる人間がどれだけ居るか……となるとまた話は別。前世じゃハイスクールレベルの歴史知識でも、そういう事を学ぶ機会がなきゃ得られないし、公教育なんて無いこの世界ならなおさらだ。
 俺がこの辺の歴史を知ってるのも、ハコブからの聞きかじりを前世知識で補完したから。
 この世界での一般的な歴史観は、口伝と体感的な知識。まして、王政と共和制の違いなんてのもそうそう簡単には説明出来ないし、もっと言えば世の中に様々な政治体制が存在する、と言う認識自体、まず殆どの“庶民”は持って居ない。
 つまり、今の会話だけでも、分かる奴からすれば十分に「インテリの受け答え」になる。
 
 実際、レイシルドと言う鹿のような獣人は、わずかにだが目を見開いて驚いたかに小首を傾げる。多分、いろんな意味で奴の頭の中にあったこちらへの認識をアップデートしているところだろう。
 もちろん事実をそのまんま言っただけでしかねぇんだが、ある意味じゃ牽制みてーなもんにもなる。コッチはただのボンクラじゃあねぇぞ、てな。
 
 だが、この鹿男がどこから俺がレイフの部下だという話を聞いたのか? となると……、
「ね? 違ったでしょ?」
 腕組みしながらスナフスリーがそう補足する。
 
 ああ、さっきよりも分かり易く苛立った様に眉根を寄せる鹿男。スナフスリーの態度物言いは、獣人種同士でもやっぱやや鬱陶しいのか。
 
「……ふん、話が違うようだな」
 ドミンゴ将軍はつまらなさそうにそう言い、鹿男は焦ったかに言葉を継ぐ。
「いや、将軍、お待ちを……!
 ああ、君、JBと言ったね? ここは駆け引きなしで、腹を割って話そう。
 君はその……そうだな、例えばクトリア王……じゃなく、その議会から何かを預かっていたりはしないのか? 言伝か何かでも……」
 
 ……ああ、そうか、そう言う事か。
 いや、そいつは悪いが、さすがの俺でも手に余る話だ。イベンダーのオッサンなら、巧いことたぶらかしたり誤魔化したりすんのも簡単かもしんねぇが、俺の口先に権限ではそんなことは決められねぇ。
 
「悪いが、今のところ何もない。
 だが、そうだな、一応俺の口から言えることだけを言うなら、少なくとも今、クトリアで、ボバーシオからの悪い知らせを望んでる奴は誰もいない……ってことぐらいだ」
 
 軍事同盟、何らかの支援……。はっきり言って、現状ボバーシオ以下の防衛戦力しかないクトリアにそれらを望む程に、ボバーシオの防衛隊は疲弊している……てことか。
 俺の、いや、俺たちのボバーシオとリカトリジオス軍との戦い、その「膠着状態」と言う風聞への認識は、ちょっとばかし……いや、かなり楽観的だったのかもしれねぇな。
 
「うん、クトリアは動かないよ。まだそんな余力はないしね」
 俺の言葉にそう補足するかのように付け加えるのはスナフスリー。
「なら、王国軍は……」
「その気配はないね。実際詳しいことはわからないけど、大使館辺りから聞こえてくる話じゃ、本国でも態度を決めかねてるみたいだし、何よりまだクトリア共和国との関係性をどうするかすら決めかねてる」
 スナフスリーにしちゃ意外にも……と言えるほどこいつのことを知ってるかといえばそうではないが、妙に饒舌に語りだす。しかも、かなり正確な情報だ。
 
「唯一、良い話なのは、クトリアは避難民への受け入れを進めてる……と言うところだね、うん」
 シーリオ、ボバーシオ、そしてそれ以外の西カロド河よりこちら側の住人たちが今、リカトリジオス軍に追われてクトリア周辺へと逃げて来ている。
 この動きに対して、大きな反発や混乱が起きないよう……てのは、レイフを中心に進めてる事の一つだ。
 
「はっ! だから言ったろう、この野郎なんざアテになんねーってよ!
 事が起きりゃ逃げ出す事しか頭にねぇンだからな!」
 
 不意に、そうがなりながら入室してくる者が居る。誰だ、と視線をやると……こりゃまた初めてお目にかかるぜ。確かありゃ、“残り火砂漠”を超えてはるか南の密林地帯に住むと言われてる猿の獣人、猿獣人シマシーマとかって奴だ。
 背が高く、薄茶色ベースの体毛をしたそいつは、やはり革製の鎧を身に付けているが、顔中、身体中と古傷だらけで、さらには右目にはこれまた黒革製の眼帯をしている。傷の中でも特に目立つのは、顔の真ん中に×の字型の大きな傷痕。そしてさらに特徴的なのは、頭頂部から恐らく背中にかけてあるだろう銀毛だ。
 その、背が高くて傷だらけのサル顔男が、睨みつけるようにしてスナフスリーを見てうなる。
 
「ファーディ・ロン、将軍の前だ」
 窘める鹿男にも舌打ちで返す猿面は、それでもそこで口を閉じる。少なくとも立場は鹿男の方が上らしい。
 
「いずれにせよ、新たな収穫はないのは確か、か……」
 深くため息をつくようにドミンゴ将軍が言うと、
「残念ですが、仕方ありません」
 と鹿男。
 
 それから鹿男は右手を軽く上げると、
「門兵、彼らを牢へと連れていけ」
 そう指示を出した。
 
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