遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-164.J.B-(104)Over the river(河の向こうへ)

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 アルゴードの渡し場とレフレクトル。西カロド河南側の渡し場とそこにほど近い港町だ。
 かつてはそこから対岸へと渡り、交易もされていたそうだが、今はもう使われて居ない。
 と言うか、今じゃグッドコーヴがクトリア唯一の港町だが、元々は西カロド河の河口近くに位置するレフレクトルの方が大きく栄えていた港町で、グッドコーヴは小さな漁村みたいなもんだったらしい。
 クトリアが海洋交易で栄えだしてから、グッドコーヴも第二の港湾都市として発展し、ザルコディナス三世の暴政時にはレフレクトルの凋落が大きく、邪術士支配の頃にはその邪術士達の手下、ならず者の支配下になった。
 王都解放後もその頃の勢力が残り居座り続けていたが、数年前にそこを根城としていた山賊と王国駐屯軍との間に大規模な衝突があり、何があったのが詳しいことは分からないが、その結果、いわゆる汚れた魔力による汚染が広がってしまい、人の住めぬ土地になってしまったってな話だ。
 レイフはいずれその汚染を除去し、再び渡し場、また防衛拠点として使えるよう再整備したいと考えているが、それをやるにはまだまだ時間も資材も人手もかかる。
 
 汚染と魔獣、そして動く死体アンデッドの巣窟と化している廃墟のアルゴードとレフレクトルを迂回して渡れるのは、かなり上流のボーマ城塞へ向かう橋か、その途上の数ヶ所、そして俺達も今回使うルートのグッドコーヴから船を出し、対岸のちょっとした入江へと向かうというルート。ただしボーマ城塞側の橋からは、今度は陸路で南下するのが面倒くさい。かなり荒れた岩場に崖の道無き道で、山と河川両方の魔獣、猛獣が徘徊してる。
 なので、ベニートと雇われたカーングンス、そして同行した船大工の娘グウェンドリン達もこのグッドコーヴからのルートでカロド河西岸方面へと渡った。
 
 馬とラクダをそれぞれ一頭ずつに四人を乗せても余裕のある中型の帆船に乗り数刻。ついた入江の岸壁の下にはちょっとした洞窟がある。この中型帆船が余裕で入る広さの洞窟の奥には、古くはあるが整備された船着き場。
 
「こりゃ大したもんだな。昔は密貿易の船でも出入りしてたんじゃねーのか?」
 感心してそう軽口を叩くと、
「ああ、良く分かったな。これもまあ、ヴォルタス家の秘密の船着場の一つだ」
 と、船長が言う。マジでかよ。
 
「表側はうまく偽装してあるから、船着き場があるのは周りからは見られねぇ。手筈通りの連絡があれば迎えに来るが、それじゃ間に合わねぇってんだったら、そこらに転がってるボロ船使って何とかしてくれ」
 奥には幾艘かの小舟がある。馬とラクダを連れて戻るんだったら分乗しなきゃならないだろうが、まあできなくはないか。
 
「了解。ま、なんとかなるだろう」
 上陸し荷物も降ろして、戻る中型帆船を見送る。
 
 早朝に船を出したから、まだ宙天に日が昇るには時間がある。今のうちに ある程度は移動して、昼前にはちょうどいい野営場所を見つけて休息。やや日が傾きだしてからボバーシオへと向かえば、夜前には着くだろう。
 だが、伝え聞く限り現在のボバーシオはリカトリジオス軍に包囲され戦闘の真っ最中のはず……と、そうは思うが、ひょろブチ猫獣人バルーティのスナフスリーに言わせると必ずしもそうじゃ無いらしい。
 
「うん、包囲してる時もある、してない時もあるね」
 隠し港の洞窟内で今後の方針について話し合ってる時に出たその言葉に、元王国軍兵士のボーノが聞き返す。
「どういう事だ? 包囲がしきれて居ないのか?」
「うん、そうとも言えるし、そうでないかもしれないね」
 どっちだよ。
 
 煙に巻くようなつもりはないのだろうが結果そうなっているスナフスリーの話をよく聞くに、どうやらこういうことのようだ。
 
 リカトリジオスは残り火砂漠北東部に二つの大きな拠点を持っている。
 一つは、 半年ほど前に陥落させ支配したボバーシオの衛星都市、オアシスの町シーリオ。
 もう一つは、かつては“廃都アンディル”と呼ばれていた呪われた都。
 
 シーリオは現在、リカトリジオスの東征策における最前線。当然、ボバーシオ攻略に来ている部隊の本拠地もここだ。
 そのシーリオと残り火砂漠西方のリカトリジオス本拠地とを繋ぐ中継地点が、廃都アンディル。
 俺からすれば因縁深い場所だ。かつて奴隷として連れまわされていた部隊が攻略しようとしていた呪われた都で、その近くまで来たところで部隊に何かトラブルが起きた。
 それが何か。後になって知った事だが、どうやらその廃都アンディルの食屍鬼グールの集団に襲われたらしいって話だが、その時ゃ何も分からねぇ。
 分からないが、それでもその好機に乗じてかねてから計画していた反乱を起こす。その結果多くの仲間が死に、そして何人かが生き延び俺と共に逃げて行った。
 言い換えりゃ、俺たちの反乱が成功したのは廃都アンディルのお陰だが、その廃都アンディルが奴らの手に落ちた事が、シーリオの陥落、ボバーシオの包囲へと繋がっている。
 
 で、スナフスリーの話じゃあ、ボバーシオ包囲の部隊はある一定期間包囲し攻め立てているかと思うと、しばらくするとシーリオまで撤退するらしい。
 はじめ、リカトリジオス軍が攻撃を諦め逃げ出したと考えたボバーシオ側は、それを好機とラクダ騎兵中心の追撃部隊で後を追う。だが、その部隊はあっけなく伏兵に敗れた。
 幾度なくその手の攻防が繰り返されて今に至ってるらしいンだが、どうやらリカトリジオス軍はいくつかの軍団でローテーションを組み、交代交代で包囲戦を仕掛けてるみたいだと言う。
 
「……どういうことだ?」
 思案するのは元王国軍兵士のボーノ。
「リカトリジオス軍は帝国の奴隷兵だった犬獣人リカート部族が中心になってるんだろう? だったら帝国流の戦術なんじゃないのか?」
「……いや、聞いたことがないな。
 通常、城攻めには3倍以上の兵力が必要と言われている。それ以下の兵であるならば長期戦による兵糧攻め、あるいは土木による水攻めや地下から穴を掘り進入口を作ると言った何らかの策が必要だ。
 だがそれらをやるにしても、包囲そのものを解いては意味がないし……何より海上封鎖なしで港湾都市に包囲戦を仕掛けても効果は薄い。
 包囲により外部との接触を分断し、孤立した状態で長く攻め続ける事で防衛軍の士気を下げる。それが出来なければ、攻略には何百日、何千日とかかるだろう」
「実際、包囲を始めてからかなりかかってるはずだよな?」
 俺がリカトリジオス軍から逃げ出したのがおよそ三年ほど前。
 その後奴らは廃都アンディルの拠点化に成功し、そこを足がかりにして残り火砂漠を完全に掌握。
 数年後にシーリオを落とすと、そこから幾らかの小競り合いを経てボバーシオ包囲戦を始め、半年は包囲を続けてる。まあ、ずいぶんじっくりと時間をかけているな。
 
「まあ、うん。そうだね」
 シーリオからボバーシオ周辺をうろついて暮らしてたと言うスナフスリーは、シーリオ陥落からボバーシオ包囲に至るまでの経緯をほぼ全て知ってる。そのスナフスリーからしても、リカトリジオスのそれらの動きの意図は、計りかねるらしい。
 
「城攻めが下手なんじゃねーのが?」「うん、まあ、そうかもね」
 
 マーゴのその言葉に、やはり気のない調子でそう返すスナフスリー。
 
「確か、犬獣人リカートは元々がっちりした城とかは作らないんだよな?」
「うん。拠点に木の柵とか物見の櫓なんかは作るけど、石組みの城壁なんかはまずないね。残り火砂漠周辺でそう言うの造るのは、猿獣人シマシーマ南方人ラハイシュだね」
 
 なるほど。これはある意味朗報だ。今のクトリアには野戦戦力が少ない。元より数での兵力に圧倒的な差がある上、開けた場所での戦闘になれば王国駐屯軍とカーングンス遊牧騎兵の助力がなきゃどうにもならない。
 だが、ボロくなり幾分壊れてはいるものの、かつてのクトリア王朝期の強固な城壁があり、今は修復も進んでいる。ボバーシオ包囲に手間取って居る間に、城壁修復や籠城戦への備えをしておけば優位を保てる。
 
「オレは城攻めどーのは分がんねぇーげどよ、結局そのボバーシオどがいう町には入れンのが?」
 恐らくは城攻め、という概念自体がいまいち分かってないだろうマーゴがそうせっついて聞いてくると、
「うん、まあ、入れるんじゃないかな、多分ね」
 と、またも曖昧な返答。
 
「どっちなんだよ」
「まあ、とりあえず近くまで行けば分かるよ」
 ……大丈夫か?
 
 ◇ ◆ ◇
 
 騎馬、ラクダに徒歩二人。俺は一応徒歩だが、時折“シジュメルの翼”で空からの索敵や位置確認をしつつの移動。
 位置的にクトリアよりも南西になる“残り火砂漠”は、やはり日差しも気温もクトリアより厳しい。だからここでの移動は、クトリア近郊での移動より早めに日陰になる岩場を見つけ、昼には休息。日が陰りだしてから移動再開して、夜は遅くまで進む。レイフから借りてきた魔糸織物のトーガには水の魔力も込められていて、暑さに対してやや涼しくなるが、それでもなかなか厳しい。
 こりゃ、城攻め包囲する連中も大変だな。
 
 マーゴが東方流の結界を張り、交代で見張りをしながら夜営したら、朝は早めに移動を開始。
 それが砂漠生活の基本ルールだ。俺の生まれた村でも、昼間はずっと屋内で休むか、日陰で軽作業をしていた。
 
 ある程度進んでから進路は北上。多分緯度としてはボバーシオはよりクトリアに近くなる。北側がマレイラ海に面した港湾都市で、かつては帝国領との海運交易も盛んだったらしいが、“滅びの七日間”以降はそれも難しくなり、さらにはそのマレイラ海に住むシーエルフ、つまりは水魔法を得意とし、海に住むエルフ達とも関係が悪くなって、現在は沿岸部沿いをコソコソ移動するくらいしか出来ないそうだ。
 
「リカトリジオス軍に水軍は無いよな? だから陸地側を包囲してても、船の出入りは妨害出来てねーって事だろ?」
「うん、そうだね。けど、今は取り引き出来る他の都市もほとんど無いから、あまり意味は無いね。魚は穫れるけど、せいぜいは東の沿岸や小島にある漁村と取り引きしてるくらいかな」
「海岸沿いで行けるマレイラ海旧帝国領南岸部の東は、辺境四卿の“毒蛇”ヴェロニカ・ヴェーナ=サルペン・ディポルデ領だ。他に取引出来てるとしたらせいぜいそのくらいだろうが……」
 今、ボーノの挙げた“毒蛇”ヴェーナは、俺、いや、俺たち元“シャーイダールの探索者”にとっちゃあちと因縁深い名前だな。
 俺たち探索者のリーダーだったハコブを裏から操り、裏切りと策謀で欲しいままにしようと目論んで居たヴァンノーニ・ファミリーの庇護者。
 そのグレタの企みに、本家や“毒蛇”ヴェーナまで関わってた……なんてことはまあ無いだろう。だがそれでも、やはり苦々しくは響く名前だ。
 
 何にせよ、ボバーシオの状況はそんなに良くはねえ。
 内部はボロボロ。それまで支配していた他の町や村々も全てリカトリジオスに滅ぼされ、また占領されている。
 そして唯一残った外部の窓口のマレイラ海も自由にはならない。
 そこにクトリアか王国軍が噛む……てのは、流石にまだ難しいか。
 
 今の状況は、孤立無援だが海から資源を補充出来、強固な城壁のあるボバーシオと、兵力は多いが城攻めが不得手で、勢力基盤が砂漠故に資源に乏しいリカトリジオスの、長期に渡る根比べ、持久戦……てなところなんだろう。
 だがそう言う根比べの持久戦なら、大規模な軍勢を抱えるリカトリジオスよりは、守りに徹しつつ海産資源のあるボバーシオの方に時は味方する……。現状の戦力上の劣勢をはねのけて、包囲に耐え抜けるかどうか……。そこが鍵か。
 
 1日と半ほど進んでの午前中に、ボバーシオが見える位置にまで着く。遠目にも現在は包囲なされて居ないようで、城壁外に出ている兵士や城壁の補修をする職人の姿も見える。
 念の為、向こうからは見えないだろう位置で“シジュメルの翼”で上空へ飛び、さらに広範囲を確認するが、やはりリカトリジオスらしき軍影は無い。
 
 町の規模そのものは、同じ港湾都市とはいえグッドコーヴとは比べ物にもならねぇ。
 現状はほとんどが廃墟、瓦礫の山であるクトリア旧王都は、器の規模自体はなかなかデカい。だがボバーシオの外から見た大きさは、それには及ばずともかなりデカそうだ。もしかしたら単に、活気ある印象からのもんかもしんねぇがな。
 そう、戦時下と言う割には、思ってたより活気がある。いや、戦時下だからこそ、なのかもしんねぇが。
 
「このまま入れるのか? 検問みたいなのがあるんじゃないのか?」
「うん、あるだろうね」
「どうすんだ?」
「うん、まあ、行ってみれば分かるよ」
 自信があるのか無いんだか。とは言え確かに、実際行ってみなきゃ分からねぇか。
 
 城門へと近付くごとに、奇妙な緊張感と、それに相反した弛緩したような空気も感じられる。
 定期的に攻めてくるリカトリジオスへの不安や緊張もあるが、同時にやはり定期的に去って行くことからの、ある種の侮りや楽観視がない交ぜになった。そんな微妙な空気感だ。
 兵士には南方人ラハイシュが多いが獣人種も多い。元々南方人ラハイシュの王国だと言うが、ここにもやはり、残り火砂漠の各地から逃れて来た獣人種が増えて居るのかもしれねぇ。
 その中で、前方からぎゃあぎゃあと喚く騒がしい声が聞こえてくる。
 
「だッからよォ~、俺っちは死と闇の使徒、王の守護者の期待の星……」
「何!? 死と破壊をもたらしにきだと!?」
「じゃねーよ! 死と闇の……」
「ばかてめー、ややこしい事言ってんじゃねーよ!」
 
「……聞き覚えがありすぎる」
「何だ? 知り合いか?」
 ボーノの問いに、俺はスナフスリーの顔を見る。
「うん、そうかもね」
 覚えているのかいねーのか。
 いや、何であの馬鹿どもがここに居るのか。無視したいところだが、奴らが騒いで居ると俺たちの入城も遅くなる。
「糞、しゃーねぇ……。
 あー、ちょっと良いか?」
 揉めてる門兵にそう話し掛けると、その中の一人がこちらを見て目を見張った。
 
「おい、待てよ、アイツ……」
「……んん? 何……あぁ? おい、ありゃ……」
 ざわつく門兵が走り寄って、まるで掴みかかるかに詰め寄られる相手は……、
 
「おぁ、JB! 良いとこに来てくれたぜ!」
「ンヌハハハ、我が闇の呪法の力で貴様を呼び寄せ……」
「うるせぇ、馬鹿!」
「ンガ! 殴るなよテメー!」
 
 あ、いや、俺を見て騒ぐコイツらは今はどーでも良い。
 
「お前……スナフスリーだな!?」
「うん、そうだね。だいたいはそう呼ばれてるね」
 囲まれるているのは猫獣人バルーティの狩人、案内役のスナフスリー。
 
「将軍から手配が来ている! 仲間諸共大人しくついて来い!」
 
 いきり立つ門兵達に囲まれて、とりあえず両手を挙げて見せる俺たちに、スナフスリーはいつものとぼけた顔のまま、
「うん。なんとか入れそうだね」
 と、そう言った。
 
 
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