遠くて近きルナプレール ~転生獣人と復讐ロードと~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

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第三章 クラス丸ごと異世界転生!? 追放された野獣が進む、復讐の道は怒りのデスロード!

3-161.クトリア議会議長、レイフィアス・ケラー(72)「銭の匂いがしまっせ!」

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 ジャンヌの付き添い、お供として何人かの孤児たちは既に来たことはある。けれども多くの孤児たちにとっては、中に入ることはおろか、外から見たこともほとんどない。
 前世における高層ビルディングを見慣れている僕ですら、この世界で初めて外から“妖術師の塔”を見たときはかなり驚いた。
 もちろん、高い建築物という意味でなら、その高さは前世での都心の高層ビル群と比べれて図抜けているわけじゃない。それに闇の森では“黒鉄の塔”にも出入りしていたから、この世界では決して一般的ではない特殊な工法で作られた高層建築があること自体は知っている。
 この塔の特筆すべき点は、やはり全体が古代ドワーフのからくり魔導仕掛けになっているという点と、外観の多くの部分に、ドワーフ合金製の意匠が施さてるところだ。
 はっきり言うと成金趣味的なクソど派手タワー。
 金に比べて光り方はやや鈍いとは言え、ドワーフ合金の装飾は晴天の下キラキラ光ってて目にうるさい。
 実利としては、物理的また魔法による攻撃に対する守りの意味もあるのだろうけれどもね。
 
 ほえええ、てな感じで驚き、またやや怯えてもいるジャンヌの仲間の孤児達に、遺跡調査団の家族の子ども達。
 クレトは何度か来てもいる事もあり、やや先輩風をふかせて虚勢を張ってる。
 
「いいか、お前ら。こん中の最初に入った広ぇホールにあるテーブルにはな、いろんなお菓子と食い物とか飲み物とか置いてあっからよ。それは、中に入った奴は自由に食べていいんだぜ? だから、そこ……さっき持って来いって言ったろ? そう、その袋、そうそう、そん中にコッソリ詰め込んでな、ちゃんと持って帰るんだかんな!」
「あ、お土産はみんなにあげますから、そう慌てなくても……」
「よし、開いたぞ! いいか、あンまりがっついてみせるなよな!」
「うわぁぁああぁぁ!」
「すンげぇ~~~!?」
「中も広ぉ~い!!」
 
 散々に走ったり飛んだり跳ねたり大騒ぎをする子供たち。テンション上がりマックスである。
 
「こら、クーやん! あんま変な事言うて、レイちゃんに迷惑かけんと!!」
 アデリアが珍しく窘める側になるが、クレト始めジャンヌグループの子供達相手のときは、かなりお姉さんぶっているようだ。
 
 すでに読み分け会のお歴々のお供の人たちが一階のエントランスホールには揃っていて、突然の騒ぎに何事かとこちらを向く。中にはその騒がしさ汚らしさに、あからさまな嫌悪の表情を浮かべる者たちも居るが、僕やジャンヌ、ダフネ達が同行していることに気付くと、その表情は素早く引っ込められる。
 汚らしいとは言え、最近の彼らは市街地の貧民たちの中で言えば、比較的こざっぱりした清潔な格好をしている方ではある。それに、上下水道の完備や公衆浴場の設置などを進めているため、市街地全般の衛生面もかなり向上しているのだ。
 ただ……。
 
「お、おかし、沢山、ある……!」
 
 甘味菓子やら焼き菓子の並べられたテーブルにトテトテと近寄って、やや遠慮がちに見ている一人の少女。
 メズーラと言う名の彼女は顔に大きな火傷痕のある南方人ラハイシュの少女で、何故か犬獣人リカートの毛皮の服を着ている。
 ジャンヌやJBから聞いた話だと、彼女もまたかつてリカトリジオスの奴隷だったことがあり、その時負った心の傷から、自分自身もまた犬獣人リカートであるという妄想の世界に住んでいるらしい。
 その為、犬獣人リカートの毛皮で作られている服を常に着込んでいる のだが、どんなに言われてもそれを脱ごうとも着替えようともしないため、正直とても汚い。
 たまに、彼女が寝てるときなどにジャンヌ達がコッソリと服を脱がしては洗ってたりするらしいけど、まあしょっちゅうは出来ない。
 匂いもその分ひどいものなので、まあ確かにその奇矯さも含めて顔を背けられてしまうのも仕方がないかもしれない。
 
「そうだねー、まずは幾つかのお菓子をそこのお皿に取ったら、あそこのテーブルに座って待っててね」
 他のお供の人達とは少し離れた一角を指し示してそう伝える。
 
「じぇ、じぇびの、ぶん、もてて、い、い?」
 はにかんだような笑みを浮かべつつメズーラがそう聞いてくると、横合いからクレトが、
「ばっか、JBはしばらく帰ってこねーんだよ!」
 と返す。
 うん、まあその通りなんだけど、そうね。
「良いですよ」
 本日はサービスデイです。
 実際正直な話、ここに置いてあるお菓子やおつまみ、そんなに高級な物ってわけでもないしね。とりあえず数だけ揃えてる安物の食べ放題な感じ。
  
 ジャンヌと子ども達、あとアデリアを残し、行きすがら他のお供の人達に挨拶をして、改めて上階へと向かう僕とダフネ。
 熊猫インプを使い事前に何人かへ、可能なら原稿を持って来て欲しい旨伝えていたため、届けられたものや、持って来られたものも揃い、デュアンが整理してまとめておいてくれた。
 
「いやいやいや、こりゃまた、どうもどうも、ええ、ええ。
 まあ、色々考えましてね、まあ、それなりに形になったと思ってはいるんですけどね、ええー、まぁ~、そのぉ~……」
 部屋に入るなり待っていたであろうミッチ氏が立ち上がり、そうしどもどしながら早口にまくし立てる。
「あー、何よミッチ~……さーては、自信無いなぁ~?」
 ニヤリと笑いそう突っ込むダフネに対し、
「ば……馬鹿なこと言うねぇ! そらぁお前ぇ、何だぁ、自信とかお前、そう言う……なぁ!?」
 と、さらに慌てる。
「じゃ、しょっぱなミッチの原稿行ってみよう~! ね、デュアン、ミッチの見せて!」
「はい、こちらです」
「わ、ばかお前ぇ、いきなり何……!?」
 絵面からすると、クラスのいじめっ子に秘密ノートを取り上げられたオタク少年のような有様だ。
 
 僕も、さてどんなものかと原稿を覗き込んでみると、
「……う~ん?」
「ああ~……」
 ほぼほぼ、ドワーベン・ガーディアンのうんちく情報の羅列である。
 
「……や、コレは無いっしょ、趣旨的に」
 何と言うか、最初はちゃんと子供向けの分かり易いものを書こうとした努力の跡は見られるが、書いてるうちについつい筆が乗ってしまったとでも言うか、自分の好きなものに対する情熱がほとばしりすぎたと言うか……まあ、「オタクにありがちな脱線暴走感」がプンプンしてくる。
 
「あ~……でも、この、小さなドワーベン・ガーディアンが主人公で、遺跡の中を冒険しながら進んでいくという構成は悪くないですね」
 子供向けの読み物という観点では、設定はなかなかだ。
「え? へ? や、そ、そうですかい? いや、まぁ、その、なんか親しみやすい感じにできないかなと……色々考えやしてね?」
 僕の言葉にそうにやけてくるミッチ氏だが、
「えー、そう? けど、小型ドワーベン・ガーディアンってたいてい蜘蛛型のビリビリのやつじゃん? 全然可愛くもないし、めちゃくちゃうっとうしい奴らだよ?」
 と、ダフネさん。むむ。まあ、探索者目線では確かにそういうものか。
「それに、もし子供達がそれを見て、小型ドワーベン・ガーディアンは安全なものだと思い込んでしまったら、それはそれで良くないんじゃないですかねぇ~?」
 さらにはデュアンまでもが、実にもっともな事を言う。
 ミッチ氏、ガックシ。
  
 お次は、と見せてもらったのは、エンハンス翁からのもの。
 研究者としてあまりにも偉大であるがゆえ、こんな仕事を引き受けてくれたこと自体奇跡のようなものだけれども、これがこれがなんともよくできた内容で、神話をベースにしたシンプルな読み物の中に、数え歌や一般名詞の変化の仕方などが巧妙に盛り込まれている。
 署名を見ると、どうやらエンハンス翁個人ではなく、その弟子の人達の協力も得て作ったものらしいのだけれども、それにしても素晴らしい。
 ただ問題点を上げると、完全に帝国語ベースで書かれているという点だ。
 帝国語とクトリア語は非常に近い言葉ではあるけれども、やはり細かいところに違いはある。帝国語のテキストとしては完璧だけれども、クトリアで使うにはちょっと手直しが必要かもしれない。
 
 ドゥカム師のものは……駄目だ、子供向け、初級者向けとしては内容が高度すぎる。あるいは、第一弾が浸透し、より難易度の高いテキストの需要が生まれた時にならば、これをベースにしてもいいかもしれない。
 
 その他、途中までのものも含めて何種類か確認するが、どれもそれぞれ良いところもあれば使いにくいところもあって一長一短。けれども、十分に有用なテキストが集まってきている。
 
 そしてダフネさんの原稿なんだけど……。
 
「……良い」
「うむむ……う~む」
 さすがにミッチ氏も唸らざるを得ない。
 
 話の構造はミッチ氏のものとも似ている。ただ主人公は、一人の少年と二人の少女の孤児だ。
 その三人が色々な場面で、知恵と勇気と友情とでもって、危険や難関を乗り越えてゆく。所々に謎かけや簡単な計算問題なんかも織り込まれているが、その上で特に目を引くのは、彼らが危機を乗り越えていく過程の随所に、このクトリアで子どもが生きていく上で気を付けなければならない、ある種のサバイバル知識も盛り込まれている点だ。
 それらの、ともすれば説教臭くなりそうな要素を盛り込みつつ 、それでいてユーモアとウィットに富んだ軽妙な文章に、散りばめられたナンセンスな不条理さも笑いを誘う。
 
 ただ、問題は……。
 
「けど、長い……」
「……やっぱ?」
 
 出来はとても良い。けど、長い。
 少なくとも……10冊か、それ以上はかかりそうだ。
 う~むむむむ、と考えて、まあここは一旦あちらに持って行こう、と言う事に。
 
 □ ■ □
 
「……てなワケで、ちいころはお宝の山へとたどり着いた、ってワケだ。
 おしまい」
 ミッチ氏による読み聞かせに、子ども達の反応はなかなか良さげ。
 途中のドワーベン・ガーディアンうんちくの辺りは半分は聞き入り、半分は明らかに飽きていた。
 「ちいころ」と言う名前の小型ドワーベン・ガーディアンのキャラはなかなかウケが良いようで、これの設定を、ダフネやデュアンの意見も踏まえてもっと練り込めば、意外とシリーズ化にキャラクター商品展開もできるかもしれない。
 
 担当変わって、エンハンス翁の原稿は僕が読み聞かせ。
 ほんわかおもしろ冒険ものだった ミッチのちいころ君物語とは違い、ベースが神話なだけにやや食いつきが弱い。
 ただ、問題の出し方や構成はしっかりしてるため、落ち着いてじっくりと聴きこんでいる子供たちも多い。
 問題への解答に関しては、実はジャンヌのグループにいた子供たちは、ジャンヌによる基礎教育が出来てたりするので、解答率も結構高い。この辺はクトリア一般のレベルとはちょっと違うので、あまり参考にはならないか。
 
 デュアンにはドゥカム師のものを読んで貰うが、彼が悪いわけじゃないけど、やっぱり難解さ故に評判はちょっと悪い。けれどもその辺、デュアンには話術による読み聞かせの巧さがあるので、そんなに飽きられずに続けられた。まあ、そこも参考にはならないね。
 
 他の原稿も交代で読み聞かせ、何度か休憩も挟んで、ダフネさんのものへ。
 やや緊張もしているのかダフネさん、意外とたどたどしい語りで読み聞かせの開始。けれども話術的な巧みさというよりも、何と言うか情感のこもった語り口で、次第に子供達の反応も良くなっていく。
 何より孤児の子ども達が主人公なので、同じ境遇の彼らの感情移入度は高く、序盤の山場では涙をこらえるかのような語りに引き込まれ、拍手と歓声まで湧き上がる。
 
 全部を読むにはちょっと時間がかかりすぎるから、適当なところで切り上げたものの、やはりトータルでの評価が高そうなのはダフネの物語のようだ。
 子供たちの反応に頬を紅潮させ、やりきったかのような興奮を滲ませながら一礼をするダフネ。
 すると、僕らのいたテーブル席の周りからも拍手が聞こえる。
 気が付くと、いつの間にやら他の読み分け会メンバーのお供の人達も周りに集まり、読み聞かせていた物語に聞き入っていたようだ。
 
「いや、なかなか面白かったぜ、お姉ちゃん」
「この続き、どうなっちゃうんですか?」
 あらま。子どものみならず大人も食いつく感じじゃないですか。
「スーちゃん、また2人と会えるの?」
「マオくん、魔法使いになれるの?」
 子ども達も、キャラのその後にまで興味深々なご様子。
 
 これは……銭の匂いがしまっせ!
 
 じゃなく、て。
 
 それぞれに一長一短ありつつも、なかなか企画の滑り出しには期待が持てそうですわね。
 
  
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